妹は本気です‼︎
しばらくカフェでゆっくりとした時間を過ごした俺たちは、折を見てカフェを出て次の目的地に向かっていた。
「お兄ちゃん。タルト、美味しかった。ありがとう」
「……摩夜に喜んでもらえたのなら、よかったよ」
「うん。……それに、お兄ちゃんと2人っきりでゆっくり喋るの久しぶりだったから、私……凄く楽しかった」
「そうだな。こんな風に摩夜とゆっくり過ごすのは本当に、久しぶりだ……」
そんな風に楽しく会話をしながら歩いていると、ふと背後から声が響いた。
「──ちょっと、いいっスか?」
「…………」
その声と口調で、背後に誰が居るのかは分かった。けれど、それでも振り返らない訳にはいかないので、俺と摩夜はゆっくりと背後に視線を向ける。
「……三月、いったい何の用なの? もしかして、私とお兄ちゃんのデートの邪魔をしに来たの? ……貴女ってそこまで、空気の読めない女だっけ?」
摩夜は俺には見せない、冷たいだけの瞳で天川さんを睨みつける。
「…………摩夜に用があってきた訳じゃ無いっス。あたしだって本当は、声をかけるつもりなんて無かったっス。けど……摩夜じゃ頼りないから仕方ないんス」
「は? 私じゃ頼りない? いきなり現れて、貴女は何を言ってるの? 私を……怒らせたいの?」
「…………」
摩夜の冷たい視線を無視して、天川さんは俺の方に一歩近づく。摩夜はそんな天川さんを遮るように俺の前に立つけど、天川さんが差し出したものを見て一瞬、動きが止まる。
「お兄さん。これ、受け取って欲しいっス」
天川さんはそう言って、俺に折り畳み傘を差し出す。
「……なんで、傘なんだ?」
俺は分からないと言うように、天川さんの顔を見る。
「空、見て欲しいっス。もうすぐ雨が降ってくるっス。それなのに気が利かない摩夜は、傘も持ってきてないんス。……お兄さんは風邪が治ったばかりっスから、雨に濡れてぶり返しでもしたら最悪っス。だからこの傘を、お兄さんに持っていて欲しいんス」
「…………」
天川さんに傘を渡される。俺はそれを受け取る……けど、何かおかしくないか? なんで天川さんが、俺たちが傘を持ってきていない事を知っている? いやそもそも、なぜこの場所に天川さんが居るんだ? 家から、後をつけてきたのか? でも傘を持ってるかどうかなんて、家の中にでも潜んでいないと分からない筈だ。
……やっぱり皆んなの狂気は、俺の想像を越えている。
「……それで用は終わり? ならさっさと消えて。私とお兄ちゃんのデートの邪魔しないでよ。いい加減……目障りだよ?」
「そうっスね。2人の邪魔をするつもりなんて、元から無いっス。そんな事をする必要も、もう無いっスから……。もう誰が何をしようと、お兄さんはあたしのものだし、だから風邪とか引いて辛い思いだけはして欲しく無かったんス。……それじゃお兄さん、また今度っス」
そう言って天川さんは、俺の返事も待たずに立ち去って行く。小さな折り畳み傘を、俺の手に残して……。
「行こっか? お兄ちゃん。ちょっと水を差されちゃったけど、そんなの私は気にしないから、大丈夫。……だからお兄ちゃんも、私のことだけを考えてね?」
摩夜はまるで、これは自分のものだと言うように、俺の腕をぎゅっと強く抱きしめる。……だから俺は、思考を切り替える為に軽く息を吐いて……。
「あ」
しかし思わず、そう呟いて空を見上げる。
「どうかしたの? お兄ちゃん」
「いや、雨……降ってきた」
「…………」
さっきまで晴れ渡っていた筈の青空は、いつのまにか厚い雲に覆われている。そして、まるで俺たちのデートに水を差すように、しとしとと静かに雨が降り出した。
「……傘、さすか」
「うん。……でもまた後で新しいの買おうね? いつまでも三月が持って来た傘をさしてるなんて、気持ち悪いもん」
「…………」
俺たちは相合傘をしながら、ゆっくりと歩き出す。デートはまだ、終わらない。
◇
とあるビルに併設されたレストランにやって来た。綺麗な夜景が見えるレストランとして有名な場所だが、流石にディナーは高すぎるので、俺はランチを摩夜にご馳走した。
「お兄ちゃん。ご飯すごく美味しかった。……今日は本当に、楽しい1日だよ。だから……ありがとう、お兄ちゃん」
食事を終えた後、摩夜は遠い景色を眺めてそうゆっくりと言葉をこぼす。
「……そっか。俺も摩夜に喜んでもらえて、嬉しいよ」
「…………でもね、お兄ちゃん。こんな風に楽しいデートをしてると、少しだけ考えちゃうんだよ。お兄ちゃんが、誰に告白するのか……」
「…………」
俺は言葉を返せない。
「ふふっ、分かってるよ? お兄ちゃんが私を選んでくれるって、私はちゃんと分かってる。お兄ちゃんが本当に好きなのは私だけで、他の女と付き合ってるのは……ただ傷ついて欲しく無いっていうだけの、憐れみ。お兄ちゃんは、優しいもんね」
「…………」
雨が遠い街を静かに濡らす。でも摩夜は、俺だけを見つめ続ける。
「でもね、絶対に無い事だけど、もしお兄ちゃんがそんなくだらない憐れみに流されて、他の女を選んだりしたら……」
摩夜は、笑う。ただ狂気にだけ裏打ちされた表情で、ニヤリと笑ってその言葉を告げる。
「──その女、殺しちゃうかも」
「…………摩夜、それは……」
それは、流石に冗談だろう? そう言葉にしようと思うけど、摩夜の瞳があまりにも真っ直ぐで、俺は上手く言葉を紡げない、
「……ふふっ、なんて冗談だよ? いくら私でも、そんなお兄ちゃんを悲しませるような真似はしないよ。……ふふっ、びっくりした?」
「………………勘弁してくれよ、摩夜」
俺は大きく息を吐いて、一瞬よぎった嫌な感情を口から吐き出す。
「ごめね、お兄ちゃん。ちょっとだけ、お兄ちゃんに意地悪したくなっちゃった。今日があんまり楽しいから、ちょっとだけ確かめたくなっちゃったの」
「確かめるって、なんだよ。……まあ何にせよ、あんまり殺すとかそんな物騒な言葉は使うなよ?」
「ふふっ、分かってるよ。そんなことばっかり言ってると、せっかくのお兄ちゃんとの楽しいデートが台無しになっちゃうもんね? ……じゃあ、そろそろ行こっか? 次はどこに連れて行ってくれるのか、楽しみ」
そうしてレストランを後にした俺たちは、雨の街をゆっくり歩いて、静かに時を過ごす。そんな風にただ楽しいだけの時間が流れて、気がつくといつのまにか空は暗くなっていた。
「今日は楽しかったなぁ。お兄ちゃん、ありがとう。本当に心から、愛してる」
夜になる頃には雨も上がって、綺麗な星空に街を照らす。俺たちはそんな街を眺めながら、手を繋いで歩く。
「……摩夜に喜んでもらえて嬉しいよ。……でも、そろそろ帰ろうか? もう結構、いい時間だしな」
「うん、そうだね。あ、でも最後に1つだけ、行きたい所があるんだけど……いいよね?」
「いいけど、あんまり遠くはダメだぞ?」
「分かってるよ。……私が行きたい所はすぐそこ。桜が咲いてる……いや、もう散っちゃったか。……まあそれでも綺麗な星空が見える、あの自然公園。そこにちょっとだけ、寄って行きたいの。それくらい別に、いいでしょ?」
「…………構わないけど、どうしてそこなんだ?」
そこは、全てのきっかけになった場所だ。3人が俺に告白して来て、そして始めて狂気を露わにした場所。
「……お兄ちゃんと、一緒に星空が見たいの。ただ……それだけなの。……ダメ?」
「……分かったよ。じゃあ、行こうか?」
「うん! やっぱりお兄ちゃんは、優しいね。……大好きだよ? ……ふふっ」
摩夜は軽く笑って、俺の手を引っ張る。俺はそれに逆らうことなく、ゆっくりと歩き出す。
あの始まりの場所に一体何が待っているのか、俺はまだ何も知らない。
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