みんなは考えます!

 


 笹谷ささたに 朝音あさねはこの場で皆にキスを見せつけるために、このゲームを考案した……のでは無い。


「…………」


 朝音にとっても、摩夜、妹の誕生日は嬉しいものだった。この日の為にと、色々と頭を悩ませてプレゼントを用意し、摩夜が少しでも楽しめるようにと、この王様ゲームを考案した。


 ……しかし、朝音にとっての最優先は真昼だ。他の事なんて全て二の次で、だからまずは示さなければならなかった。この男は自分のものだと、お前たちが何をしようと、それは絶対に揺るがないと。



 だから、朝音はキスをした。



 王様ゲームで、キスのカードを朝音が引いたのは完全に偶然だ。例え他の女がそのカードを引いて真昼とキスをしたんだとしても、朝音は何も思わない。



 それくらい、別に構わない。真昼が最後に選ぶのは、どうせ私だから。



 朝音は狂った愛で真昼を貪り続ける。心が溶けるような快感に身を任せながら、ただただ、永遠にでもキスし続ける。



 だって、真昼は私のだから。



 朝音は、蕩けるような顔で笑った。



 ◇



 天川あまかわ 三月みつきは、ただ呆然とその光景を眺めていた。尊敬し、敬愛する先輩が、1人の女に貪られる姿を、ただ呆然と眺める事しかできなかった。


「…………」


 三月は何も言葉を発せない。理解できなかった。摩夜の姉が、こんな風に真昼にキスをするなんて、想像もしていなかった。摩夜が真昼に、兄妹が持つものとは別の愛情を向けているのは知っていた。しかしまさか、姉の朝音までそんな感情を向けているなんて、思いもしなかった。


 尊敬する真昼が、目の前で貪られている。止めないと、と思うけど、どうしても身体が動いてくれない……怖かった。三月はどうしても、朝音の瞳が怖かった。


 肉食獣のように鋭く、それでいて真昼以外の何ものも映していない狂った瞳。あの瞳が、怖い。あれは、三月のことなんて歯牙にもかけていない。



 ならどうすれば、止められる?


 視界にすら入れてもらえない自分が、どうすればあれを止められるんだ。


 誕生パーティーは、もう少しギスギスするかと思っていた。自分と摩夜は同じ人を好きになってしまったから、どうしたって上手く笑い合うことはできない。そう思っていたのに……今日の誕生パーティーは、予想以上に楽しいものだった。



 だから三月は油断した。



 そして、その油断を突くような朝音の行動。だから三月は動けない。本当は今日、自分が真昼を手に入れようと、そう考えて色々と準備もしてきた。なのに三月は動けない。それほどまでに、朝音の瞳は狂っていた。



 だから、三月は動けない。



 ……1人の少女が、動くまで。



 ◇



 久遠寺くおんじ 桃花とうかは、恐怖していた。目の前の非現実的な光景に、手をぎゅっと握りしめて、耐える事しかできない。


「…………」


 桃花は今日、純粋に摩夜の誕生日を祝いに来た。……訳では無い。彼女は彼女なりの目的があって、この場を訪れた。たが、それでも真昼の妹の誕生日を祝いたいという気持ちは、確かにあった。


 でもまさか、彼女まで居るとは思わなかった。


 笹谷 朝音。自分より2つ上の先輩。自分の愛するものしか愛さない、それ以外は何も必要としない孤高の人間。


 1年の頃、桃花は朝音に憧れていた。誰とも関わらず、特に親しい人間を作ることもなく、それでも平然と学園生活を満喫していた朝音。独り暮らしで自分の弱さを知ったばかりの桃花は、朝音のそんな強さに憧れた。自分も、そんな風になりたいと。


 だから桃花は、声をかけた。青臭く恥ずかしいと思いながらも、桃花は朝音に声をかけた。


 友達になってください、と。


 朝音はそんな桃花に、いいよ、と笑顔で応えてくれた。桃花はそんな朝音と話せるのが、とても嬉しかった。……でも、たった一言。たった一言で、彼女たちの関係は終わりを告げた。


「へぇ、朝音さん。弟がいるんですか。今度一度、会ってみたいです」


 その一言で、朝音は桃花を見切った。


「……真昼目当ての女はね、要らないんだよ」


 朝音はその後も、1人で楽しく学園生活を謳歌した。……しかし、桃花は怖くて怖くて、仕方がなかった。たった一言で、得難い友情が終わってしまう。それがどうしようもなく、怖かった。


 だから桃花は、真昼が話しかけてくれるまでずっと、孤独に戦い続けた。生徒会長という強い仮面を被り、誰かの支えになるという言い訳を重ねながら、彼女は1人戦い続けた。


 ……でも、今なら負けないと思った。真昼の為なら、あの朝音にも負けないと、そう意気込んでゲームに挑んだ。



 でも、桃花は動けない。



 だって、朝音が怖いから。桃花はただ、恐怖に耐えるようにぎゅっと手を握り込んで、真昼と朝音のキスを眺め続ける。



 それ以外なにも、できなかった。



 ◇



 そして、笹谷ささたに 摩夜まやは気がついていた。姉が兄に好意を持っていると。朝音の最近の行き過ぎたスキンシップ。自分が近くにいても、朝音は構わず真昼に抱きつき続ける。それは、姉が弟に向ける感情では無く、もっとどす黒い感情からくる行為だと、摩夜は感覚で理解していた。


「…………」


 だから、目の前の光景を見て、摩夜が感じた感情は1つ。



 お兄ちゃんを、守らないと。



 今日の誕生パーティーは、凄く楽しかった。久しぶりに、姉と三月と本心から笑いあえた。沢山のプレゼントを貰うことができた。そして、兄の作ってくれた料理はとても美味しかった。


 だから摩夜は、気が抜けていた。


 無理に兄に言い寄る桃花に頭を下げてしまうくらい、摩夜は油断していた。摩夜はずっと、考えていた。今日はできるだけ、楽しい一日にしようと。真昼が、何日もプレゼント選びに時間をかけてくれたのを知っていた。自分が少しでも喜ぶようにと、手間のかかる料理を沢山作ってくれたのを、知っていた。だから摩夜は、その想いに応えたかった。



 ……でも。



 兄を見る。兄は、朝音に食べられてしまっている。ただ呆然と、朝音のキスを受け入れる兄。きっと今、兄は凄く辛い思いをしている筈だ。……だから摩夜は、思う。




 お兄ちゃんは、私が助けてあげないと。




 他の2人は動かない。兄のことを好きだって言ったくせに、肝心なところでは何の役にも立たない。彼女たちではダメだ。あんな女共では、兄を守ることはできない。



 だから



 だから



 だから




 ──お兄ちゃんは、私が守ってあげないと。



 摩夜はゆっくりと姉に近づき、その頬を叩いた。力強く、持てる力を全て込めて、摩夜は朝音の頬を叩いた。



「……お兄ちゃんから、離れろ」



 殺意すらこもった瞳で、摩夜は真っ直ぐに朝音を睨む。朝音はそれに、赤くなった頬を軽く抑えながら、それでも余裕の笑み浮かべて言った。



「いやだ」



 ゲームはまだ、終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る