怒りますか?
「みーつきちゃん」
ふと、そんな声が聴こえて
「こんばんわ、三月ちゃん」
「……何の用っスか? お姉さん」
けれど、 三月に一切の動揺は無い。まるで朝音が来るのが分かっていたというように、真っ直ぐな瞳で朝音を睨む。
「少し話があるんだけど、いいよね?」
「…………あたしは今、お兄さんとのデートの余韻に浸ってるんス。……だからできれば、邪魔しないで欲しいんスけど……」
「デートの余韻……。ふふっ、可愛いこと言っちゃって。三月ちゃんは本当に、猫を被るのが上手。凄いね、褒めてあげるよ」
「────」
三月は瞳孔の開いた目で、真っ直ぐに朝音を睨む。朝音はそんな三月の顔を見て、楽しそうに言葉を続ける。
「いい顔だね。偏執的で自分勝手な、三月ちゃんの本質をよく表してるよ」
「……貴女は、何が言いたいんスか?」
「何って……そうだなぁ。……お礼かな? 三月ちゃんのおかげで、真昼の心にずっと刺さってた棘が抜けたみたい。だから、ありがとうってお礼を言いに来たんだよ」
「……お姉さん、もしかして、後つけてたんスか?」
三月の言葉には、本気の怒気が含まれている。しかしそれでも、朝音は笑う。
「まさか、あたしはそんな野暮な真似はしないよ。ただ、ちょーっと三月ちゃんの過去を調べてたら、面白いことが分かってね。それを元に三月ちゃんが今日なにをするかを想像したら、答えは簡単に分かっちゃうよね?」
「…………わざわざ過去を調べるなんて、お姉さんは異常っス。ただの頭のおかしい人っスよ」
「あれれ? それを三月ちゃんが言うのかな? 真昼の周囲の人間をぜーんぶ調べて、同級生の名前まで暗記してる貴女が、私にそんなことを言うの? 三月ちゃん」
「…………」
三月は黙って朝音を睨む。対する朝音はただ楽しそうに、言葉を続ける。
「ここ数年、三月ちゃんは必死に頑張ってたみたいだね。真昼のために、真昼のためにって言い訳しながら、必死になって色々がんばった。……ふふっ、もしかして摩夜ちゃんと友達になったのも、真昼に近付くため?」
「違うっス! 摩夜と友達になったのは、そんな理由じゃないっス!」
「あれ? 随分と怒るんだね? まだ摩夜ちゃんのこと、友達だって思ってるの? かわいいね。……摩夜ちゃんはとっくに、三月ちゃんに見切りをつけてるのに……」
「……それでもっス……それでもっスよ。……それより、もういいっスか? 貴女と話してると、気分が悪くなるっス。……お兄さんもきっと、お姉さんのそういうところが嫌いなんスよ? 自分を性悪だって気づいてない性悪なんて、ただの地獄っス」
三月はそう言い捨てて、早足に朝音の横を通り過ぎる。朝音はそんな三月を、ニヤニヤとした表情で見つめる。そして三月が自分の横を通り過ぎるのを待ってから、唐突にその言葉を口にする。
「三月ちゃん。今度、三月ちゃんの家に遊びに行ってもいい? あ、もちろん真昼も連れてだよ?」
「…………」
その言葉を聞いて、三月は足を止めてしまう。
「どうしたの? 黙り込んじゃって。……あ、別におもてなしには期待してないよ? 三月ちゃんのところは、お父さんとお母さん……あんまり家に帰って来ないみたいだし。ふふっ、そこはうちと一緒だよね? もしかして、だから摩夜ちゃんと仲良くなれたのかな?」
「………………貴女は何を言ってるんスか? まるで自分は何もかもお見通しだっていうその感じが、心底気に入らないっス。……これ以上不快なことを言うつもりだったら、あたしももう……我慢しないっスよ?」
風が吹く。生暖かい風が吹いて、2人の髪がゆらゆら揺れる。しかしそれでも、2人は視線を逸らさない。
「…………」
三月は少し、考える。朝音は、真昼が自分を選んでくれると、本気でそう信じて疑わない。でもそのくせ、他人の感情を逆なでするようなことばかり言う。真昼を大切だって言うのなら、自分になんて会いに来ず、今すぐ真昼に会いに行けばいい。でも朝音は、そうしない。
意味が分からない。
だから三月はどうしても、朝音のその態度が気に食わない。
「ふふっ、いい表情だね? 三月ちゃん。……あたしはね、三月ちゃんを買ってるんだよ? 摩夜ちゃんと桃花ちゃんは理性じゃなくて、本能で動いちゃうタイプ。だから彼女たちは、私の敵じゃ無いんだよ。でも、三月ちゃんは逆だよね? 考えて考えて考えて。計算して計算して計算して。そうして、今日という日を作ってみせた。君のお姉さんが死んだのと同じ時期に、同じ海を眺めに行く。……この日のために、三月ちゃんがどれだけ頑張ってきたのか、想像するだけで頭が下がるよ」
「うるさい。うるさいんスよ、本当に。……もういいっス。あたしの邪魔をしたいのなら、好きにすればいいんス。……でもお兄さんは、それに気がつかないほどバカじゃ無いっスよ? 貴女のその狂気。お兄さんにその本質が少しでもバレたら、貴女なんて終わりっス。精々勝手に自滅すればいいんスよ」
三月はもう聞く言葉は無いと言うように、早足にその場を後にする。
……けれど、どうしても朝音の最後の一言だけは、耳に届いてしまった。だってそれは、誰も知るはずの無い、誰にも知られたくない秘密だから。
「自分の部屋は、もう少し片付けた方がいいよ? 三月ちゃん」
「────」
三月の心臓が、どくんと跳ねる。しかしもう、足は止めない。ただ黙って真っ直ぐに、家に向かって歩き出す。
「ふふっ、これで三月ちゃんも分かってくれたかな? ……誰が真昼に相応しいかって……」
朝音は笑う。夜空に浮かぶ三日月よりも深く裂けるように、どうしようもない笑みを浮かべる。
「真昼は私を選んでくれる。そんなことは、分かってるんだよ? でも、三月ちゃん。いい加減、害虫の駆除もしないと目障りじゃん。……それに何より、真昼も嫌がるしね。……うるさい羽虫が飛び回るのは……」
夜は徐々に、更けていく。しかしそれでも、朝音は止まらない。
◇
そして三月は、自分の家にたどり着く。
「…………」
明かりのついていない家。いつも通り、一人ぼっちの家。でももう、大丈夫。朝音のせいで、多少気は削がれてしまったけど……。それでも、今日感じられた幸福が無くなるわけじゃない。
いやむしろ、胸の内の幸福は朝音に出会うことでより一層、掛け替えのないものになる。
だって、辛ければ辛いほど、苦しめば苦しむほど、真昼との思い出に寄り添うことができるから。
「ただいまっス。……お兄さん」
三月は自分の部屋に入って、開口一番にそう告げる。……無論、そこに真昼本人が居るわけでは無い。ただのその部屋には、真昼の写真が大量に飾られている。百や二百じゃきかない。何年も何年も撮り貯めてきた真昼の写真が、真っ直ぐに三月だけを見つめ続ける。
「……ふふっ、お兄さんは今日も素敵っス」
三月は真昼の写真を眺めながら、ベッドに飛び込む。そして温かく柔らかな今日の思い出を抱いて、目を閉じる。
「……愛してるっスよ。お兄さん」
1つのデートが、終わりを告げる。しかしそれでも、まだまだ真昼のデートは終わらない。
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