どちらが勝ちますか?
そして、体育祭がやってきた。
「…………」
晴れ渡る青い空を見上げて、軽く息を吐く。……最近、同じ夢ばかり見る。もう何年も前のことで、とっくに受け入れた筈の過去なのに、どうして今になって思い出すのだろう? ……分からない。けれど、何度も何度も夢に見ると、どうしても気が滅入る。
「……でも皆んなは最近、少しは分かってくれたからな……」
俺の言葉が届いたのかは分からないけど、最近は皆んな過度に迫って来なくなった。ただその代わり、今週と来週の休みは全部、皆んなとのデートで埋まってしまった。まあ、それくらいは別に構わない。寧ろ、皆んなと正面から向き合えるのは、俺にとっても嬉しいことだ。
「…………」
しかし……だから、というわけではないけれど、どうしても体育祭を頑張る気にはなれなかった。……多分、不安なのだろう。またあの夢と同じような事になってしまうのではないかと、俺は不安なんだ。だから俺は、校舎裏のベンチに1人腰掛けて、ぼーっ空を眺める。
……現実から、目を背けるように。
「……けど、こんな所に1人で居たら、あいつは怒るんだろうな……」
なんて声が聞こえる筈は無いんだけど、まるでそれを聞きつけたかのように、1人の少女が全速力でこちらに向かって走ってくる。
「真昼さん! こんな所で何をしてらっしゃるのですか! 私、サボりは許しませんわよ!」
「……いや、別にサボってるわけじゃ無いんだよ、芽衣子。俺はただ自分の種目がくるまで、ここで……英気を養ってるだけ」
「英気を養うのなら、皆さんの応援をしながらでもできますでしょう? ……それとも、体調でも優れないのですか?」
芽衣子は少し心配するように、俺の顔を覗き込む。俺はその視線から逃れるように立ち上がって、ゆっくりと歩き出す。
「大丈夫だよ、芽衣子。別に体調が悪いわけじゃ無いから。ただちょっと……」
夢見が悪いだけ。なんて言葉を言い切る前に、芽衣子が俺の肩を掴む。
「お待ちになって下さい。真昼さん」
「……なんだよ? 応援に行けって言ったのは、お前だろ?」
「そんなことよりも、ちょっと気になったのですが、貴方また……会長さんたちと何かあったのですか?」
芽衣子の真っ直ぐな瞳が、揺るぐこと無く俺を射抜く。俺はその視線に軽い笑みを返して、いつも通りに言葉を告げる。
「……悪いな、心配かけて。でも大丈夫なんだよ、そっちは。皆んなあれから、俺の気持ちを分かってくれたみたいで、だいぶ大人しくなってくれたから」
「…………それなら、良いのですが……。ですが、悩みがあるのでしたら、ちゃんと私に相談しで下さいね?」
「分かってるよ。ありがとう、芽衣子」
できるだけ優しい笑みで、芽衣子を見る。……けれど、なぜか芽衣子はまだ不服そうだ。
「……貴方の最近の笑顔は、なーんか嘘くさいですわね……」
「なんでだよ。ちゃんと笑えてる筈だろ?」
「笑えてる筈という言葉が既に、無理をしている方の台詞ですわ」
「……いやそれは、ただの言いがかりだろ?」
「………………あれですわね。私のパンツでも頭に被せてあげれば、多少は元気が出るのでしょうか?」
「……お前は真面目な顔で、何を言ってるんだ、バカ。……あ、ほんとにここで脱ごうとするんじゃねーよ!」
芽衣子の行動が本気なのか冗談なのか分からないけど、止めない訳にはいかないので必死になって芽衣子の動きを止める。
「ふふっ、冗談ですわ。流石の私も、今履いてるパンツを貴方の頭に被せたりなんかしませんわ」
芽衣子はこちらをからかうように、楽しそうな笑みを浮かべる。その笑顔を見て、俺は肩から力が抜ける。
「……芽衣子、お前はほんと……いや、いいや。……つーか、今履いてるやつじゃ無かったとしても、頭にパンツなんて被せてきたら本気で怒るからな?」
「なら、背後には気をつけることですわね」
芽衣子と2人、笑い合う。芽衣子と笑い合うと、少し心が軽くなる。きっと芽衣子には、裏表が無いからだろう。
「──おや、なんだか楽しそうだね? よかったらボクも、混ぜてくれないか?」
しかしふと、まるで俺と芽衣子の会話を遮るように、声が響いた。……会長だ。会長は楽しそうな笑みを浮かべて、長い髪をなびかせながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「……こんにちわ、会長。……会長も一緒に話しますか?」
俺はそう声をかけるが、芽衣子は少し気に食わないのか、訝しむような目で会長を見る。
「ご機嫌よう、会長さん。……体育祭なのに校舎裏で会うだなんて、奇遇ですわね」
「くふっ、ボクは君と同じ目的でここに来ただけさ。……好きな人が1人で悩んでいるのなら、声をかけたくなるのは当然のことだろう? ……おっと、君にとっての真昼は単なる友人だったね」
「友人を心配するのは、当然のことですわ。……まあ最も、その心配も杞憂でしたけど。……行きましょう? 真昼さん。もう元気は、出ましたでしょう?」
「そんなに急がなくていいじゃないか、芽衣子くん。君の出番も、真昼の出番もまだ先の筈だ。だったら少し、ボクの話に付き合ってくれよ」
「…………」
芽衣子と会長が睨み合う。こういう光景は少し久しぶりだけど、やはりあまり気持ちのいいものでは無い。だから俺は、2人の間に入るように口を挟む。
「芽衣子も会長も、そう睨み合わないでくださいよ。せっかくの体育祭なんだから、楽しんだ方がいいですって。……あ、そうだ。会長は、なんの種目に出るんです?」
2人の間に割り込んで、無理やり会話を引き取る。芽衣子はそんな俺を見て渋々と言った風に、会長はどこか楽しそうに会話を続けてくれる。
「ボクの出番は、あらかた終わってしまったよ。……ああでも、まだとっておきが残っているのか。部活動対抗の徒競走。生徒会は部活動では無いのだけれど、毎年の恒例でね。ボクはその代表として、走る事になってるんだ」
「……へえ、奇遇ですわね。私も出ますわよ? それ」
「おや、それは本当に奇遇だね。なら、君と勝負することになるのか。それは……楽しみだね」
ふふふ、と2人は少し怖い顔で見つめ合う。……けど、会話の内容的にそこまで悪いことでは無いので、止める必要はないだろう。
「芽衣子と会長、戦うんですか。それはちょっと、面白そうですね」
「ですわね。ですから…………いえ、良いことを思いつきましたわ! 賭けをしましょう! 賭けを!」
芽衣子は唐突にそう言って、ニヤリとした笑みで会長を見る。
「……賭け、か。ボクは別に、構わないよ? でも一体、何を賭けるというんだい?」
会長も芽衣子の笑みに応えるように、楽しげな笑みで芽衣子を見る。
「…………そうですわね。……あ、では、負けた方が勝った方の言うことを何でも1つ聞く。というのはいかがでしょう?」
「くふっ。楽しそうだね、それは。……ああ、真昼。そんな心配そうな顔をしなくても、大丈夫さ。ボクは芽衣子くんに、そんな無茶な命令をしたりしないから」
「いや、別に心配はしてないんですけど……」
ただ生徒会長が、体育祭でそんな賭け事みたいな真似をしてもいいのか? なんて言葉が思い浮かんだけど、会長はきっと言っても聞かないだろうから、俺は無理やり言葉を飲み込む。
「あら、もう勝った気でいるのですか? 会長さん。私、足の速さには自信があるのですよ? 伊達にバスケ部の韋駄天めいこちゃんと、呼ばれてませんもの」
「……いや、芽衣子。伊達も何も、そんな呼び方してる奴なんて1人もいないだろ?」
「私が言っていますわ!」
「…………」
芽衣子は相変わらず、バカだ。こういうところは、本当にただのバカだ。
「くふっ。芽衣子くんは相変わらず、楽しい子だ。…………では、行こうか? 2人とも。こんな所で遊んでいたせいで、肝心の競技に出られなかったら、それこそ元も子もないからね」
会長はそう言って、楽しそうにグラウンドの方に向かう。俺と芽衣子は軽く息を吐いてから、その背に続く。
2人の戦いが始まる。その結末を、俺はまだ知らない。
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