どちらを選びますか?

 


「お兄さんを助けに来たっス」


 天川さんはそう言って、許可もなく勝手に会長の家に上がり込む。それはあまり、褒められた行動ではない。……けど、正直助かった。そう思ってしまう。


「ダメじゃないか、三月くん。許可も無く勝手に、人の家に入ったりしたら。……それに、今日はボクが真昼を独り占めしていい。そう決めた筈だろう? 君はもう、その約束を違えるつもりなのかい?」


 会長はやっと俺から足を退けて、天川さんと対峙する。俺は無様に咳き込んだまま、2人の様子を眺めることしかできない。


「それはこっちの台詞っス。何がキス以上のことはしない、っスか。貴女、今お兄さんに何をしてたんスか」


「……ふふっ。ただ遊んでいただけじゃないか。君が邪魔をしなければ、あのまま2人で楽しめていたんだよ。……君の勝手な行いはね、ボクと真昼を傷つけたんだ。……分かっているのかい?」


「何ふざけたこと言ってるんスか。貴女、今お兄さんを足蹴にしてたっス。最低っス。ゴミクズっス。消えちまえばいいんス。あたしが入って来なかったら、今頃お兄さんがどうなってたかなんて、考えるまでも無いっス」


「ふふっ、君は妄想がたくましい。君の頭の中は、一体どんなことで埋め尽くされているんだろうね。想像するだけで、吐き気がするよ」


「…………」


「…………」


 2人はただ、睨み合う。……これじゃあ、いつもと何も変わらない。もうこんな言い合いは見たくない。そう思ったから俺は、会長と2人っきりで話し合おうとした。なのに、どうしてこんな風になってしまうのだろう?


 ……いや、そんなの決まってる。俺の所為だ。俺がいつまでも、同じところで立ち止まっているから、こんな事になってしまうんだ。


 なら俺が、どうにかしなけらばならない。


「……2人とも、そんな風に言い合いしたって意味は無いんだ。だから……だから少しでいいから、俺の話を聞いてくれ」


 そんな俺の言葉を聞いて、2人はこちらに視線を向ける。……けれど、取り合ってはくれない。


「ダメじゃないか? 三月くん。真昼にこんな……こんな可愛い顔をさせたら……。ボクたちは真昼にこういう顔をさせたくないから、朝音さんの案を飲んだ筈だろう?」


「…………お兄さんを困らせてるのは、貴女の方っス。それに、お姉さんの案を頭から飲むなんて、そんなことできるわけ無いっス。……あの人が善意だけで、あんな事を言うわけ無いんスから」


「それは当然だよ。 ……でもボクには、朝音さんの考えが分からない。ならボクはボクなりに、できることをやるしかない。……君だって、そうなのだろう?」


「…………」


 天川さんは言葉を返さない。ただ黙って、会長を睨みつける。


「それにしても、誰かは来るんだろと思ってはいたけど、まさかそれが……君とはね。悪いが三月くん、君ではボクを止められない。ボクを止められるとするなら、それは……朝音さんくらいだろう。……いや、今のボクは、朝音さんでも止められない……!」


「……他の2人は来ないっスよ。摩夜はあの後、急に何かに思い当たったみたいに、走ってカフェに戻って行ったっス。だから今頃、お姉さんとやりあってる筈っス」


「……へぇ。摩夜くんは、朝音さんの企みに気がついたのか。……それとも、また別の件かな? ……まあ何にせよ、ボクはまだ君たちとの約束を反故にはしていない。だから君は、帰ってくれないか? ……真昼も、困っているじゃないか」


「あたしは言った筈っスよ? 都合が悪くなったら、あんな約束いつでも反故にするって」


 2人は真っ直ぐに、睨み合う。俺はそんな2人を止める為に、大きく息を吐いて思考を巡らせる。……皆の想いに向き合わないと、何度もそう思ってきた。けど、いつだって皆の狂気は俺の想像を超えていて……気づけば俺は、蚊帳の外だ。


 ……どうすれば、いいんだろう? 何度も何度もそう考えて、でも結局俺は……何もできていない。情け無い。どうしようもなく、情け無い。……けど、分からないんだ。皆んな今までとは別人みたいで、怖くて怖くて仕方がない。


「ふふっ。可愛い。なんて可愛い顔なんだ! 真昼……! 君のそういう顔を見ていると、ボクはどうしても自分を抑えられなくなる……!」


 会長の狂気が、俺を見る。俺は無意識に、会長に踏まれていた胸を抑える。別段、痛みなんて感じ無い。なのに何故か、どきりと心臓が跳ねる。


「……貴女、変態じゃないっスか。ちょっとドン引きっス。……やっぱりこんな変態とお兄さんを、2人っきりになんてしておけないっス。……行きましょう? お兄さん。あたしなら、こんな女と違ってお兄さんに変な真似はしないっスよ」


 天川さんは会長を押しのけて、俺に手を差し出す。……思わず、その手を握ってしまいたくなる。……けど、ここで天川さんの手を握っても、今までと同じ状況になるだけだ。


 ……だからその手は、握れない。


「…………」


「…………お兄さん? どうかしたっスか?」


「ふふっ。どうやら真昼は、君と行くのは嫌みたいだよ? やっぱり真昼は、ボクと一緒に居るのが1番いいんだ。……真昼? 途中で辞めてしまって、悪かったね。今度はもっと、もっともっともっと激しく……! ボクと一緒に絡み合おう……! ……君もその方が、ずっといい筈だ……!」


 会長もこちらに、手を差し出す。……けど無論、その手を握ることもできない。


「…………」


「……真昼?」


「お兄さん、どうかしたんスか?」


 俺は2人の手を拒絶して、自分の足で立ち上がる。そして真っ直ぐに、2人と対峙する。


「2人とも、聞いてくれ。ほんの少しでいいから、俺の話を聞いてくれ。……大切な話があるんだ」


「…………」


「…………」


 2人は黙って、俺を見る。俺は……俺は、言葉を考える。どうすれば、伝えられるのか。どんな言葉なら、2人の耳に届くのか。考えて、考えて、考えて、答えなんてどこにも無いって分かっているのに必死になって考えて、




 そして俺は、その言葉を告げた。









「2人とも、俺とデートしないか?」


「……え?」


 2人は同じように、驚きの声をこぼす。けど俺は、構わず言葉を続ける。ここで黙ってしまったら、もうきっと何も言えなくなってしまうから。


「考えてるんだよ、俺。どうすれば、人を好きになれるのかって。その答えはさ、まだ分からない。けど、こんな風に無理やり迫るような真似をしたり、辛いだけの言い合いを見せられても……無理なんだ。……だからさ、一回どこかに遊びに行こうぜ? そうすれば、気がつくと思うんだよ。皆んなの、良い所に……」


「…………」


「…………」


 2人は黙って、俺を見る。だから俺は、思うがままに言葉を続ける。


「……そりゃ、色んな女の子を取っ替え引っ替えしてデートするなんて、あまり褒められたことじゃない。……けど、こんな風に言い合いしたり、無理に……無理に変なことをされても、俺は誰かを好きになったりできない。だから……」


 だから……そこまで言って、俺は言葉に詰まる。だから、なんなのだろう? 分からない。……けどもう、言える言葉は言った筈だ。


「…………」


「…………」


 ……こんな風に俺が自分の想いを口にすると、いつも想像とは違う応えが返ってくる。けどもう、それで構わない。


 好き勝手やる彼女たちに対抗するには、俺も好き勝手やるしかないんだから。



「……なるほど、君はつまり朝音さんと同じことを言うんだね。一人一人とちゃんと向き合うために、誰にも邪魔されない2人っきりの時間が欲しいと、君はそう言うんだね?」


「…………いや、違うっスよ。お兄さんはやっぱり、皆んなの為を思って言ってくれてるんス。……そうじゃないと、こんな女にお兄さんが優しくする理由なんて無いっスもん」


「君は全然、真昼の気持ちを分かっていないね。そんなんだから、相手にもしてもらえないんだよ?」


「それは貴女の方っスよ、変態さん。貴女は自分一人で興奮してるだけで、全然お兄さんのことを見てないんス」


 2人はまた睨み合う。……けど、今度は俺が口を挟む。


「……悪いけど、2人とも。今日は、帰らせてくれ。2人が俺の為を思って、色々と言ってくれているのは分かる。……でも俺には俺の意思がある。だから……ごめんな。デートの件は、また今度連絡する。だから、今日はもう許してくれ……」


「…………」


「…………」


 2人は何の言葉も返さない。ただ黙って、凍えるような瞳で俺を見る。


「……じゃあ、俺は帰ります。遅くまですみませんでした、会長」


 そう言って、俺は2人に背を向ける。……けど、やっぱりそれは、肩に置かれた2人の手によって遮られる。




「待ってくれ、真昼」


「待つっス、お兄さん」



 ……軽く息を吐いて、振り返る。2人は真っ直ぐに俺の瞳を見つめて、当たり前のようにその言葉を口にする。






「デートするなら、今から行こうよ」


「デートなら、今から行くっス」




 長い夜は、まだ終わらない。


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