会長は突然です!
昼休み。俺に女装を強制してくる変態から逃げつつ、どこか静かな場所を探していた。
「……せっかく摩夜が弁当作ってくれたんだし、どこかでゆっくりと食べたいよな」
1人そんなことを呟きながら、廊下を歩く。なんとなく、1人になりたい気分だった。……昨日は色々あったし、それに摩耶の誕生日についてもゆっくりと考えたいと思っていた。だから俺は、どこか静かな場所を探して、1人校舎をさまよっていた。
「あ」
……そういえば、校舎裏にぽつんと置かれたベンチがあったな。ふと、そんなことを思い出す。あそこなら人も来ないし、ゆっくりと弁当を食べることができるだろう。そう決めて、校舎裏に向かう。
……が、それを遮るように声が響いた。
「2年3組、笹谷 真昼くん。会長が話したいことがあるそうなので、早急に生徒会室に向かいなさい。繰り返します……」
そんな校内放送が、3回くらい繰り返し響く。あの微妙に俺に敵意を感じる声は、生徒会の副会長だろうか? ……いや、そんなことはどうでもいい。それより今は……。
「…………行かなかったら、どうなるんだろ? ……いやまあ、いっか。あそこは静かだし、会長とも一度、話をしておきたかったからな」
グダグタと悩んでいたら、それこそゆっくりと弁当を食べる時間も無くなってしまう。俺はそう自分を納得させて、生徒会へと向かった。
◇
「……今だ! はっ!」
生徒会室に足を踏み入れた直後、そんな声とともに左から拳が迫る。
「とっ!」
俺はそれを、すんでのところで躱す。
「やっぱり、いい反応だね」
「……いきなり襲いかかるのは、本当にやめて下さいよ、会長」
俺は軽く息を吐く。会長はそれに、ニヤリとした笑みを返す。
「ふふっ。よく来たね。いきなり呼び出して悪かったよ。……まあ、かけたまえ」
会長はそう言って、ソファに俺を手招く。出会い頭の攻撃なんて、挨拶がわりだと言わんばかりだ。
「……ま、別にいいんですけどね。でもわざわざ、校内放送で呼び出さなくてもいいんじゃないですか? 会長、俺の連絡先知ってるでしょ?」
「君こそ、知っているだろう? ボクがそういう機械類の扱いが、てんでダメだってこと」
「……そういえば会長、今日日めずらしい機械音痴でしたね」
「完璧な女はモテないからね。ボクも1つくらいは、できないことを持たないとね」
「はいはい。そうですか」
俺はそう言って、会長の前のソファに座る。
「おや? 君は今日、お弁当なのか。君は料理上手だけど、あまり弁当は作らないと思っていたんだが……」
「いやこれ、俺が作ったんじゃないですよ。摩夜……妹が作ってくれたんです」
「……ほう? つまりそれは、ボクがこの前授けた作戦が上手くいって、妹くんと仲直りできたと、そういうことだね」
会長は満足げにうんうんと頷くけど、事態はそんなに単純ではない。
「仲直り……は、まあ、できたのかな。摩夜の辛辣な態度は、おかげさまで鳴りを潜めましたよ」
「それは良かった。…………しかし、君の表情から察するに、全部が全部うまくいった……というわけでも、ないようだね」
「……会長は、相変わらず鋭いですね。まあそうですよ。与えるか、奪うか。会長の言ったことは間違いでは無いんでしょうけど、ちょっと……おかしなことになったんですよ」
「珍しく文句ありげじゃないか。どうやら余程、厄介なことになったらしい。……いや、厄介なことになったというより、明らかになったと言うべきなのかな。ボクが授けた策のおかげで、君が立ち向かうべき問題の本質が明らかになった。……そういうことだろう?」
会長にそう問われて、俺は少し考える。
「…………」
俺が立ち向かうべき問題が明らかになった。……確かにそれは、そうなのだろう。昨日、姉さんと一緒にデートしたから、姉さんが……その、俺をそういう風に意識した。……というわけでは、無論、無いのだろう。もっとずっと前から、摩夜も、姉さんも、天川さんも俺をそういう風に意識していた。そして、昨日のデートでそれが表面化したんだ。
「ボクは詳しく、聞くつもりは無いよ? その辺は当人たちの問題だからね。ただ君が、もしかしてあいつ適当言いやがったな? とか思ってそうだから、今日わざわざ呼び出しただけで、ボクは深入りするつもりはないよ」
「……会長はほんと、鋭いですよね。そういうところは、うちの姉にそっくりだ」
「いやいや、君のお姉さんは別格だよ。ボクはあくまで想像しているに過ぎないけど、彼女はまるで人の心が見えているかのようだ。……だから彼女はちょっと、ボクでも太刀打ちできないな……」
珍しく会長は、困った表情を浮かべている。……姉さんは確かに、少し怖いところがある。けれど、会長がそんな顔をするほどだろうか?
「……まあでも、会長がそう言うのならそうなんでしょうね」
鋭い会長が言うのなら、それは正しいのだろう。
「ああ、そういうことにしておいてくれ。……それより、お弁当、食べないのかい? せっかく妹さんが作ってくれたのだろう」
「そうですね。とりあえず、食べましょうか」
頂きます。と手を合わせて、弁当の蓋をあける。
「…………」
弁当の中身を見て、俺は不覚にも驚いてしまった。摩夜も姉さんも、昔から料理は苦手だ。姉さんは色々と大雑把で、焼き加減も味付けも適当になることが多い。対して摩夜は、その逆。色々と細かいところまで気にし過ぎて、簡単な料理でも何時間もかかってしまう。
「……ほう。中々、美味しそうじゃないか。かなり、手がかかっているように見える」
「……ですね」
摩夜の作った弁当は、かなりの出来栄えだ。見た目だけなら、俺が作るのとなんの遜色もありはしない。そして味は……。
「美味いな。……あいつこれ、何時間かけて作ったんだ……?」
美味しい弁当を作ってくれるのは嬉しいけど、そのせいで寝不足になってはいないだろうかと、少し心配になってしまう。
「君は愛されてるね。……素直に羨ましいよ」
会長はメロンパンをかじりながら、そう呟く。
「そういえば、会長一人暮らしでしたね」
「ああ。……慣れればそれ事態は大した問題ではないんだが……偶に寂しくなってしまうのがいけないね」
「……驚いた。会長でもそんな乙女みたいなところ、あるんですね」
「なにを今更。ボクはずっと可愛い乙女だよ」
「可愛い乙女は、出会い頭に正拳突きしたりしないんですよ」
「……ふっ。君は無知だな。乙女はみんな、気になる男子にちょっかいかけたくなるものなのさ」
会長はそう言って、悪戯げに笑う。無論それは冗談なんだろうけど、昨日の今日だからどきりとしてしまう。
「……会長、それは…………って、なんか入ってるな」
口の中に入れた卵焼きに少し違和感を覚えて、咀嚼を止める。
「うん? どうかしたのかい?」
「あー、いや。……髪の毛が入ってただけです。まあ、摩夜は料理慣れしてないし、この辺は仕方ないな」
口の中に指を入れて、入っていた髪の毛を取り出す。行儀が悪いが、そのまま飲み込む訳にもいかないので、仕方ない。
「1。2。3。4。5本。偶然にしては……結構な量が入っているね」
「偶然にしてはって、故意に髪の毛を料理に混ぜる奴なんて居るわけないでしょ?」
「………………ふっ。そうだね。君の言う通りだ。少し、邪推をしてしまったよ」
会長は軽く息を吐き、俺はそれに軽い笑みを返す。
「……そういえば、そろそろ摩夜の誕生日なんですけど、会長は何をプレゼントしたらいいと思います?」
「君、それをボクに聞いてどうするんだよ。プレゼントは気持ちだよ? 君がどれだけ相手のことを考えたかが、そのままプレゼントの価値になる。……だから、その手のことで人を頼っちゃいけないな」
「いや、分かってますよ? でも俺も考えてるんですけど、中々いいのが思い浮かばなくて……。だから、なにか参考になればな、と」
「……ふむ。なるほど」
会長は考え込むように、腕を組む。俺はその間にもう1つの卵焼きを口に運ぶ。髪の毛は……入ってなかった。
「……って、会長。もう時間、ギリギリですよ。ちょっと、話し込みすぎましたね」
「おや? ……本当だ。ボクとしてことが、少し油断してしまったようだ」
会長は時計を見て、少し驚いたような顔をする。会長がこんな顔をするのは、相当、珍しい。レアだ。
「……じゃあそろそろ俺は行きますね。話はまた今度、聞かせてもらいます」
そう言って、俺は立ち上がる。
「いや、少し待ちたまえ。最後に……本題があるんだ」
会長がこっちを見る。その瞳はどこかで見たような色で、俺は思わず一歩後ずさる。
「……本題? なんの話ですか?」
会長は俺の疑問にニヤリとした笑みを返し、ゆっくりと立ち上がり告げた。
「君さ、ボクと付き合わない?」
会長は唐突に、それでも真っ直ぐに、そう言って笑った。
「は?」
だから俺は、そんな間抜けな言葉しか返せなかった。
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