素直な気持ちを伝えます‼︎



「お兄ちゃん、来てくれたんだね!」


「……こんにちわっス。お兄さん」



 2人の少女、摩夜と天川さんはそう言ってこちらに向かって手を振ってくる。


「…………」


 俺はそれに軽く手を挙げることで応えてから、2人の前の席に腰掛ける。



 俺は今、カフェに来ていた。まだ授業も終わっていない時間に、学校を抜け出してカフェで女の子と待ち合わせ。やってることは褒められたことではないけど、でも今日だけは大目に見て欲しい。



 だって今日は……最後の日だ。



 こんな風に色んな女の子の所を行ったり来たりするのは、きっと今日で最後になる。だからできる限り、彼女たちの想いを無下にしたくはなかった。


「ごめんね? お兄ちゃん。わざわざ呼び出しちゃって……。でも三月がどうしても、最後に話しておきたいことがあるって聞かないから、こんな風に呼び出しちゃったんだ」


 摩夜は申し訳なさそうな表情で、でもどこか甘えるように俺を見て笑う。


「……別にあたしは、最後なんて言ってないっス。お兄さんはきっと、あたしを選んでくれる筈っスから。だから最後になるのは、摩夜の方っスよ」


 摩夜の横に腰掛ける天川さんは、冷たい瞳で摩夜を睨みつける。


「三月、貴女の妄想なんて誰も聞いて無いよ。……というか、お兄ちゃんに話があるんでしょ? なら、早く話しなよ。私もお兄ちゃんも、貴女と違って暇じゃ無いの」


「別に、摩夜について来てなんて頼んで無いっス。あたしがお兄さんに連絡したら、摩夜はそれを嗅ぎつけて無理やり付いて来ただけっス。だから忙しいなら、さっさとどっか行けばいいんス」


「…………監禁なんて頭のおかしいことを考えてる女と、お兄ちゃんを2人っきりになんてさせられないよ。貴女はお兄ちゃんの優しさにつけ込んで、自分が気持ちよくなることしか考えてない最低な女。……だからお兄ちゃんは、私が守ってあげないとダメなの」


 2人は視線を合わせもせず、言い合を続ける。……このままだと、いつまで経っても本題の話が聞けそうにない。だから俺は一度咳払いをしてから、2人の会話に口を挟む。


「えーっと、2人とも悪いけど、ちょっと話を聞いてくれ。……確か、天川さんから何か大切な話があるんだよな? ならとりあえず、それを聞かせてくれないか?」


「……そうだね。お兄ちゃんの前で、いつまでも言い合いしてるわけにはいかないもんね。……三月、どうせ最後になるんだし、早く話しちゃえば?」


 摩夜は強い瞳で、天川さんを睨む。けれど天川さんはそんな摩夜を無視して、俺だけを見つめて言葉を告げる。


「まずは、ありがとうございます。こんな時間に呼び出したのに、来てもらえて嬉しいっス」


「別に構わないよ。学校をサボるのは良くないけど、でも今日は……仕方ないよ。……それで? 話っていうのは、何かな?」


 天川さんは俺の言葉を聞いて、一度目を瞑って大きく息を吸い込む。そして、ゆっくりと息を吐きながら目を開ける。


「…………」


 それだけで、天川さんの瞳が狂気に染まる。その瞳は俺を通して全く別のものを見ているようで、少し恐怖を覚えてしまう。



 でも天川さんはそんな俺の恐怖に気がつくこと無く、狂気に染まった瞳でその言葉を告げる。





「お兄さんは、神さまなんス」




 それは、天川さんが時折こぼす言葉。でも俺にはまだ、その言葉の意味が分からない。



「あたしは、お姉ちゃんが死んでからずっと……1人だったっス。誰もあたしに優しくしてくれなくて、あたしは本当に孤独だった。……でもお兄さんが、あたしの頭を撫でてくれた。お兄さんはあたしの怒りを、受け入れてくれた。お兄さんだけがあたしを見てくれて、だからお兄さんはあたしの神さまなんス。お兄さんが居てくれたから、あたしは今まで……生きてこれたんス……」



 天川さんは瞳孔の開いた瞳で、淡々と言葉を続ける。だから俺は、ただ黙って天川さんの言葉に耳を傾ける。……それしか、できない。




「それなのに、お兄さんの周りには変な女がいっぱいいるっス。お兄さんを騙して、お兄さんを自分のものにしようとするどうしようもない女が、お兄さんを狙ってるんス。そしてお兄さんが、そんな女に騙されて……あたし以外の女を選ぶなんて、そんなの……耐えられないっス」


 天川さんの瞳が俺を見る。なぜか俺は、その瞳から視線を逸らせない。



「お兄さんが誰を選んでも、お兄さんにあたしの家に来てもらえば、お兄さんはあたしを愛してくれる……ずっとそう思ってたっス。……でも、あの女のせいでそれも難しくなって……。でも、それでもあたしは、お兄さんがあたしを選んでくれるって……信じてるっス。信じたいんス……!」


 天川さんの言葉が、ただ響く。世界から自分以外のものを追い出すように、天川さんは口を動かし続ける。



「不安なんス。怖いんス。嫌なんス。耐えられないんス。お兄さんがあたしのものじゃなくなる明日なんて、要らないんス。お兄さんはただ、あたしだけを見てくれないと、駄目なんス。……だからお兄さん、今からあたしと──」






「うるさい」





 天川さんの言葉を遮るように、ふとそんな声が響いた。


「本当にうるさいんだよ、三月。神さまとか意味の分からないことを、何度も何度も……鬱陶しい。そんな気持ち悪い言葉を、お兄ちゃんに聞かせないで」


「……摩夜、まだ話の途中なんス。大事なところで、口を挟まないで欲しいっス」


「言ったでしょ? あたしもお兄ちゃんも、暇じゃないの。それなのに何度も何度も意味の分からない言葉を繰り返して……。結局貴女は、何が言いたいのよ? 三月」


 摩夜は真っ直ぐに、天川さんを睨む。でも天川さんはそんな摩夜には取り合わず、ただ俺だけを見つめる。




「お兄さん。あたしを選んでください。そうじゃないとあたし……これから先、生きていけないっス。お兄さんが他の女のものになんてなってしまったら、あたしは死ぬっス。もうそんな世界に生きる価値なんて、何も無いっスから。……だから、お兄さん。お兄さんは神さまなんだから、あたしだけをずっと見てくれないと駄目っス。……それだけはどうしても、伝えておきたかったんス」


 天川さんはただ、俺だけを見つめる。でも俺は、彼女にどんな言葉を返せばいいのか……分からない。



 天川さんは、自分を選ばないと死ぬとまで言った。……でもそれは決して、俺を脅しているわけでは無い。それくらいは、分かる。天川さんはただ事実を述べているだけで、ただ俺を……愛してくれているだけで、それ以外の他意なんて一切ないんだ。



 だから俺は、言葉に詰まる。



 もし俺が天川さんを選ばずに、天川さんが死んでしまったら……。そんなことを考えてしまうと、どうしても言葉が浮かんでこない。



 ……でもだからこそ俺は、言わなくてはならないのだろう。



「天川さん」


「なんスか? お兄さん」


「俺の答えは、皆んなの前でちゃんと返すよ。……ごめん、今言えるのは……それだけなんだ」


 それが今言える、精一杯の言葉。だからそれだけは、真っ直ぐに伝える。


「…………そうっスか。でも、待ってるっス。信じてるっス。神さまは絶対にあたしを裏切らないって、あたしはずっと信じてるっス」


 天川さんは、笑った。どこか少女のような笑みで、はにかむように笑う。だから俺も、できる限りの笑顔を返す。


「…………」


「…………」


 そうして、しばらく無言で見つめ合う。……けど、まるでそれを遮るように、摩夜が口を開く。


「話は終わり?」


「……そうっスよ」


「じゃあもう、帰ったら?」


「言われなくても、帰るっス。お兄さんが皆んなを呼び出す時間まで、まだ余裕はあるっス。だからそれまでは、お兄さんを1人にしてあげたいっス。……だから摩夜も、行くっスよ?」


 摩夜は天川さんの言葉を聞いて、少し嫌そうに顔を歪める。けど、俺の顔を見て納得してくれたのか、渋々と言ったように声をあげる。


「……そうね。今はお兄ちゃんを、1人にしてあげないとね。……待ってるよ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃだけを、待ってる……。だから今夜……楽しみにしてるね……」


 そう言って摩夜は、カフェから出て行く。天川さんも一度頭を下げて、それに続く。




 そしてやっぱり俺だけが、この場に残される。



「…………」



 軽く息を吐いて、冷めてしまったコーヒーに口をつける。


「……にがっ」


 皆んなの想いは、知っている筈だ。でもその狂気は、どうしても俺の手に余る。俺の選択に誰かの生死が関わっていると思うと、怖くて怖くて、手が……震えてしまう。



「…………怖いな。……やっぱり、怖いよ……どうしても……」



 でももう、逃げたりしない。そんなことをしても、誰の為にもならないんだから。



 俺はコーヒーを飲み干して、カフェを後にする。



「……学校、戻らないとな……」


 もう6限目の半ばくらいの時間だ。だからもう授業には間に合わない。けど、荷物は持って帰らないといけない。



 だから俺は、学校に向かう。



 でもその途中、ふと声が響いた。




「ねえ、真昼。学校に戻るんでしょ? だったらお姉ちゃんも、付き合うよ」



 告白まで、残りわずか。長い長い1日は、ゆっくりとゆっくりと進んでいく。


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