ポッキーゲーム

 11月11日はポッキーの日である。こぞって生徒たちがポッキーを買うのを見越してか、朝の学院の売店にはこれ見よがしとばかりにポッキーが陳列されていた。

 こういうの好きな人は好きなんだろうけど、私はポッキーとか、何とかの日なんてものがそんなに好きなわけじゃないしいいや。売店をスルーして教室を目指す。



 教室に入ると、みっちーがニコニコしながらこちらまで来たかと思うと、ポッキーを口にくわえて突き出してきた。



「未来ーポッキーゲームしよー!」



 ポッキーゲームとは、ポッキーを両端からそれぞれくわえて、食べ進める途中でどちらかが目を逸らしたり、口を離してしまったら負けというゲームである。

 どこぞのチキンゲームのポッキーバージョンだ。よくドラマとか漫画で見るあれである。


 

 誘われたのでやってみようかと思ったけれど、クラスメイトの視線を予想以上に集めていることに気がついて、躊躇する。文化祭が終わってからというもの、以前よりもクラスメイトの視線を感じるようになった。自意識過剰なだけかもしれないけれど……。

 さすがに皆の見てる前で、こういうことをするのは恥ずかしいかもしれない。突き出されたポッキーを前に、どうしようかとあたふたしていると叶恵が登校してきたので、叶恵の腕を引いてみっちーの前に立たせた。



「叶恵がやってくれるって」


「はぁ!? なに!?」



 登校早々にゲームのステージに立たされた叶恵は困惑していたが、ポッキーをくわえたみっちーの姿を見てこれから何の競技が始まるのか察したようだった。



「かーのーえー」



 みっちーは叶恵にポッキーを向けた。

 叶恵は、未来覚えとけと言わんばかりの顔でこちらをチラッと見た後、控えめにポッキーをくわえた。やってくれるんだ!

 このようなゲームを間近で観戦することがなかったので、少しワクワクする。



 せーのでお互い端から少しずつ食べ進めていったが、口と口が触れ合う前にポッキーは折れてしまった。



「あ……もう1回」



 みっちーは袋からもう1本取り出して、また口にくわえると叶恵の方を向いた。

 叶恵は呆れ顔でまたポッキーの先端を口で挟んだ。せーので再戦が始まったが、また途中で折れてしまった。



「もう1回」



 ゲーム開始直後に再び折れるポッキー。



「叶恵わざと折ってるでしょ? それじゃあゲームにならないじゃん」



 みっちーは折れたポッキーをもぐもぐしながら、不貞腐れたような表情になった。

 叶恵はペットボトルの水でポッキーを喉に流し込んだ後に言った。



「……お前ただキスしたいだけだろ! むっつりなんだよ!」



 みっちーのむっつり説は私も前から思ってたけど、とうとう本人の前で言っちゃったね。



「むっつりじゃないし……! でもさぁ、2人とも接吻したことあるんでしょ? ずるい」


「接吻……ふつーにキスって言えないのかよ」


「なんか口に出すの恥ずかしい」



 男女交際禁止の我が校において、中学からの内部進学組のみっちーはキスの経験がない。年齢も年齢なだけあってそういうことに興味が出てくる気持ちは分かる。

 しかしながら何事にも最初の経験というものは記憶に残るもので、そういう事こそ純粋なみっちーには大事にして欲しいと思う。私の初めての人はもう名前も覚えていない人で、今思えばもったいないことをしたなと少し後悔しているから。



「みっちー、最初は本当に好きな人とした方が良いよ」



 そう言ってから気づく。

 玲華先輩のファーストキスの相手は私だったと。

 玲華先輩が私のことを好きだったら良いんだけど、そうじゃなかった場合はやはり申し訳ないことをしたなと思う。でも抵抗されなかったし……拒否すれば幾らでも妨げられる状況だったはずだ。何はともあれ、先輩の初めてが私であってくれたことがただ嬉しい。

 心臓から溢れてくる熱い空気が、笑みとして漏れそうになるのを咳をするフリをしてごまかした。



「女子同士でもファーストキスになるのかな」



 みっちーはそう言って人差し指を頬に当てて首を傾げた。それに叶恵が返答する。

 


「捉えようによってでしょ。好きな人とじゃないとカウントしないって人もいるし、ファーストキスはお父さんとか言ってる人もいるわけだし」


「そっかぁ。わたしは女同士でもファーストキスにカウントしちゃうかも」


「おい、こっち見んな」



 私はこの会話を聞いて思った。

 玲華先輩のファーストキスを奪ってしまったと自分では思っていたけれど、玲華先輩はこれをファーストキスにカウントしているのだろうかと……。



 ――――――――――――――



 風紀委員、昼のミーティングでもポッキーを持参している人は何人かいた。みんな好きだなぁ。

 特に今日は決めることもなく、ただ皆で一緒にお昼を食べる会のようなものであり、適当な位置に座ってはそれぞれ駄弁っている。



 やることもないし、そろそろ教室に戻ろうかとお弁当箱を片付けていると千夏先輩に話しかけられた。



「未来ーあたりめゲームしよー」



 千夏先輩の手には、あたりめの袋があった。これまた渋いものを持っていらっしゃる。



「……あたりめゲーム?」


「そー。ポッキーゲームのあたりめ版」


「はい? ふざけないでください! なんでそもそも、あたりめなんですか」



 ポッキーを買わずしてどうしてあたりめなのか。

 まず噛みきれない上にポッキーのように折れないから逃げ場がないでしょ。やったとしても最後はあたりめ臭にまみれたキッスを交わすことになるのは目に見えてるし、その後どうするんだ。お互い顔を見合わせながらあたりめを噛みちぎるのか? そんなの地獄でしかない。



「企業戦略にはのりたくなくってさー。細くて長いなら、あたりめでもアリかなーって」



 千夏先輩は、あたりめを1本口に入れて奥歯で噛みながらご機嫌に言った。



「色気なさすぎです。買うのは勝手ですけど、女子高生のあたりめゲームなんてどこに需要あるんですか……」


「面白そうじゃん。やろーよ」


「私はいいです」


「えー」


「千夏先輩なら相手たくさんいるでしょう?」



 申し訳ないが千夏先輩との思い出をあたりめで塗り替えたくはない。こういうのはもっとノリの良い人にやってもらうべきで、相手が私である必要はないと思う。

 千夏先輩となら、あたりめでもウェルカムな人はいるんじゃないかな。



「まぁねー。ちゅーは毎日してる」


「え!? ……誰とですか!?」



 経験豊富そうなのは雰囲気で分かってたけど毎日してるってことは恋人でもできたんだろうか。新たな発見に若干食い気味になってしまう。

 私と千夏先輩は同盟を結んでいるが、恋愛トークは風紀委員長やその他の風紀委員の前ではまずい。

 玲華先輩の視線がこちらに向いていないことを確認するため周りを見渡す。他の風紀委員の人たちは教室に戻ったようでほとんどいなくなっていた。奥の方で玲華先輩と1年生が何かを話しているのが見える。こちらを見ていない。よし、今なら大丈夫。

 千夏先輩の恋人は誰? 返答を待つ。



「チョコちゃん」


「チョコ……ちゃん……?」


「飼い犬」



 ガックリと肩を落とす。真面目に聞いた私がバカだった。

 この人は基本的に冗談でできてるからな……。



 私のこと撫でる時と同じように犬のこともきっと撫でてるんだろうな。チョコちゃんは可愛がってもらってそうだ。



「……だと思いました。チョコちゃんとあたりめゲームやってればいいんじゃないですか……」


「顔面から食われるだろうなーははは」



 千夏先輩は、あたりめを噛みながら目を細めて笑った。本当に毎日楽しそうですね。



「もうすぐチャイムが鳴るわ。あなたたちも早く教室に戻りなさい」



 残っていた1年生も教室に戻ったようで風紀室は私たち3人になっていた。玲華先輩も手提げに荷物を入れて教室に戻る準備をしていた。



「玲華、あたりめゲームしよー」


「しないわ」


「即答じゃん、傷つくわぁー」


「風紀室にあたりめの臭いが染み渡る前に早く教室に戻って」



 玲華先輩は腕を組んで怪訝そうな顔で睨んだ。



「しょうがないからチョコちゃんとするしかないかー。ところでさー玲華ってちゅーしたことあるの?」


「……は?」



 いきなり飛んできた爆弾に固まっている。玲華先輩は私の顔を一瞬見た。目が合ってこちらも恥ずかしさでいっぱいになる。



「私は教室に戻りなさいと言ったのだけれど。日本語が分からないの?」


「まだ時間あるじゃーん。質問はぐらかさないでよー」



 千夏先輩はニヤニヤと笑いながら両手を頭の後ろで組んで、体重を椅子の背もたれにかけた。



「私は中学の頃から風紀委員をしてきたのよ。校則を守れない風紀委員がどこにいるというの」


「男女交際禁止ねーはいはい。でも付き合わなくたってできるでしょー。女の子とちゅーしたことは?」


「……そんなことどうでもいいでしょう。くだらないわ」



 あぁ、もう辞めてあげて。どうしようもなく痒い気持ちになる。

 それは玲華先輩も同じなようで、焦ったような表情なのだが、どこか恥ずかしそうな様子だった。

 千夏先輩はのけぞった体勢から一変、前屈みになり玲華先輩の顔をじっと見た後、意味深に笑った。



「へー、あるんだ。なんだかんだやることやってんだねー」


「……どうして何も言ってないのに分かるの? 勝手に決めつけないで!」


「顔見てればだいたい分かる。ファーストキスいつかなー?」



 その言葉に思わずドキっとする。玲華先輩の頬はじわじわと染まっていく。それにつられて私も体温の上昇を感じた。

 玲華先輩はちらっとこちらをまた見たが、すぐに目を背けられてしまった。



「うるさい。次の授業は移動教室だからもう行く」


「待って。忘れもの」



 千夏先輩は、余りまくっている激辛苦まんじゅうを1つ取って玲華先輩に渡した。玲華先輩はそれを受け取ると手提げに入れて、すぐに風紀室から出て行ってしまった。

 いや、普通に持っていったけど食べるのかなあれ。でも、それくらい心境的には焦っていたんだろうと思う。



「ちぇ。教えてくれたっていいのにねー。未来も気になるっしょー?」



 焦っているのは私も同じだった。千夏先輩の前で、私がファーストキスの相手だなんて言われたらどうしようかと思った。そんなことはないとは分かっているのだけれど、玲華先輩の前でキスの話をされると恥ずかしさでいっぱいになる。

 自分の唇にそっと触れた。

 女子同士のキスなんてファーストキスにカウントしない人もいるとは思う。でも、玲華先輩はきっとカウントしてくれている。そうじゃないと千夏先輩の質問に対してあんな照れた顔しないはずだし、こちらを何度か見ていた。



「未来?」


「あ、はい」



 考え事をしていたせいか千夏先輩から声をかけられていたことにスルーしていた。

 千夏先輩は前屈みの姿勢のまま、こちらの顔を覗き込んだ。咄嗟に唇に触れていた手をサッと下におろす。



「ほぉ……。そういうことか」


「え、何がですか?」



 何かを察したように顎に手をあてた千夏先輩。



「未来ってさー、今付き合ってる人いる?」


「え、いないですよ!」



 千夏先輩はあたりめを飲み込んだ後、もう一度こちらの顔を覗き込んだ。至近距離で見られてなんだかムズムズする。

 千夏先輩は何かを考えるように、うーんと言った後にふふっと笑いを漏らした。



「なるほどねぇ。まいったなー。こりゃプラン変更だー」


「プラン……?」


「いやー、こっちの話」



 何かに千夏先輩は気が付いたようだ。何に気が付いたのかは深く考えないようにしようと思う。

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