文化祭――2日目②

 いよいよ私たちの出番になった。

 ステージに上がり、各自準備を行う。一度リハーサルをここで行っていたので、楽器の音量の調整は済んでいる。ギターとベースは楽器から伸びるコードを音の出るスピーカーに繋がなければならないので、その作業が終わるのをひたすら待っていた。

 会場は次のバンドはどんなパフォーマンスを見せてくれるのかと期待を膨らませてざわざわとしている。照明が完全に落ちているので観客の顔は良く見えない。暗いのは嫌いだけど、ホラー要素抜きにしたカラオケボックスの暗い感じは好きだ。あの暗さに私は高揚感を感じる。それは今だってそう。マイクを握りしめた。

 バンドメンバーの準備が整うと、照明がパっと私たちを照らした。私たちのバンドの照明係は洋子が担当してくれている。光に照らされるや否や、会場からは大きな歓声が飛び交った。皆からの視線が直にこちらに向く。足がガクガクと震えるのが分かった。



「「千夏ー!!!」」

「由紀ー!!!」

「ありさー!」



 名前を呼ばれる先輩たち。想像はしていたけれど一番声援が多いのは千夏先輩で、男子の声も聞こえた。やっぱり人気者はすごいや。私のことなんて誰も見てない。だからそんなに緊張しなくて大丈夫だ、落ち着け私。



「未来ー!!!」

「未来頑張れー!」



 名前を呼ばれた。声のする方に顔を向けると、ステージからでも分かった。みっちーと叶恵だった。

 私にも応援してくれる人がいる。緊張しているけれど、ここで震えていたら良いパフォーマンスなんてできない。千夏先輩の方を見るとウインクされた。緊張したらアイコンタクト、だもんね。



 まずは通しで2曲。由紀先輩と有紗先輩がリクエストした曲を歌う。流行りのバンドソングで、知っている人も多い曲だ。

 最初はボーカルのアカペラ。私はマイクを片手に精神統一する。せっかくなんだから楽しまなきゃ。私がマイクを構えると、曲の始まりを察したようで会場は静まり返った。

 息を吸い込んでマイクに声を吹き込んだ。曲の入りだしの1フレーズを歌い終わると楽器隊が入って演奏が始まった。その瞬間大きな歓声が上がった。これは好感触だ。

 最初は緊張したけれど1度歌に入ってしまえばもう大丈夫。心を込めて歌う。光に照らされた私たち。反射光で観客の顔、表情が鮮明に見える。こちらを見る皆の目に熱が入っていることが少なくとも分かった。いける、いけるぞ。この感覚、1学期の期末テストの問題用紙を見た時と似ている。自信が出てきた私は自然と口角が上がって、緊張していた顔の筋肉が緩んでいった。



 2曲が過ぎるのはあっという間だった。歌い終わり、照明が弱まると会場からはたくさんの拍手が聞こえてきた。口笛を吹いている人もいる。

 2曲終わったこのタイミングでギターやベースの弦の調整を行うようなので、ここで少しのインターバルに入る。こういう時間にボーカルは基本的にメンバー紹介などをして時間を潰すそうだが、私には皆の前で話すスキルというか、そういうのはない。由紀先輩と有紗先輩は楽器の調整があって手が離せないのでマイクを千夏先輩にパスすることにしてある。後輩の特権である。



 千夏先輩にマイクを渡した後、僅かに光を感じて客席の奥の方観ると、玲華先輩が後ろの扉から入ってくるのが見えた。来てくれた……。胸が熱くなった。



「皆さん楽しんでますかー!」


「「「うおおおおおおおー!!!」」」



 千夏先輩の声に会場が盛り上がる。

 客は女子が圧倒的に多いので少し高めの「うおおおおおおお」である。



「いつも注意してくる風紀委員が何か歌ってるし、何か叩いてるじゃんなんて思った人も多いんじゃないでしょうか」



 自虐ネタに講堂には生徒たちの笑いが漏れた。



「みんなから邪険にされがちな風紀委員だけどこの場を借りて聞きたいことがある。……正直に教えてほしい。恋愛、したい人ー!」


「「「うおおおおおお!!!」」」


「したいよねーしたいよねー! そんなこと風紀委員だって分かってる! 青春といえば恋愛だ!」



 千夏先輩の捲し立てるような口調に更に会場の声のボルテージが上がった。



「校則に触れずに恋愛するにはどうすれば良いでしょうか」



 誰かが「女子と恋愛!」と叫んだ



「いや、確かに校則には触れないかもしれないけど、それ限りなくグレーゾーンに近いやつだからー。ほら、もっとあるじゃないですかー」



 千夏先輩の問いかけに皆は「知りたい!」だの「教えて!」などと口々に声を発している。



「ならば教えよう、それこそ乙女ゲーム! 欲求不満な君は今すぐ乙女ゲームを買うのだ!」



 皆が見てる前で欲求不満とかそういう言葉使わないで欲しいんだけど……。

 生徒たちは思わぬオチにゲラゲラと笑っている。



「今からやる曲はボーカルの未来がやりこんでいる乙女ゲームのエンディングテーマです! その名も羊飼いの執事! ……噛まずに言えました! 誰か褒めて」



 私の名前出して、やりこんでるとか言わないでよ恥ずかしい……。でもMC丸投げしちゃった私が言えることじゃないか……。

 皆は千夏先輩が噛まずに言えたことに対して「すごーい!」、「さすが千夏!」などと声を張り上げている一方で、羊飼いの執事を知っている生徒も何人かいたようで「信夫ー!」と叫んでいる人もいた。



「恋をしたい全ての人に届け、この思い。……ということで、そろそろ始めたいと思いますー」



 同情を誘ってこの流れで引き込むトーク力に感謝。

 バンドメンバーたちは準備が整ったようで楽器を構えていた。



 次にやる曲は千夏先輩が言っていたように、羊飼いの執事のエンディング曲の君が羊羊ひつようだ。

 会場が静まるタイミングで由紀先輩がギターが刻み始め、千夏先輩と有紗先輩が入って前奏が始まった。照明が無駄に動いている。いや、照明動きすぎでしょ、どうしたの……。あ、そういえば照明は洋子だった。ひつしつ好きだからテンション上がっちゃってるんだろうな。分かりやすい。

 この曲は一番自信のある曲だった。私はマイクに魂を吹き込んだ。ボーカルが入ると歓声が飛び交った。千夏先輩がトークで盛り上げてくれたこともあって、いい感じだ。この調子でいこう。



 ミスすることもなく君が羊羊を歌い終わるとたくさんの拍手が聞こえる。それは、確実に1,2曲目を歌い終わった時よりも大きな拍手だった。



「未来さーーーん!!!」

「未来ちゃん!!」

「未来ーーーーーーー!!!」



 知らない人からも名前を呼ばれた。会場の視線が「私」に向いているのが分かった。

 これ、結構良い感じなのでは……?



 しかしまだ終わったと思って安心するのは早い。残すは最後の一曲、ラップだ。



 千夏先輩の方を見る。うん、と頷かれた。この曲が私にとっては一番練習した曲だ。どう反応されるか分からないけれど、今まで練習してきたことを信じて進むしかない。



 照明がパッと落ちた。

 突然のことに会場がざわつく。これも先輩たちが考えた演出である。



 そんなざわついている中で千夏先輩は、んじゃ行きますか、と呟くとドラムを叩いてビートを刻み始めた。

 ドラムのビートを聞いて皆は何かが始まることを察したようで静まり返った。

 深呼吸した。やるぞ……。



 私は叫んだ。



 「YO! ワッサーップマーン、ジャスツファロミー!」



 その瞬間にスポットライトが私に当たった。会場は私の掛け声に応えるかのように声援と拍手が巻き起こっていた。

 ビートに合わせて練習したフレーズを曲にのせる。動きながら歌えとのことだったので、飛んだり跳ねたりしながらを身振り手振りを加えてステージを移動する。マイクの握り方も指摘された通りにして、マイクのお尻の方を上に向けた。私が動いているのに照明が追い付いていない。洋子……。今頃腹抱えて笑ってんのかな。仕事してお願いだから。



 観客は驚いたような顔をして茫然とこちらを見ていた。そりゃそうか、今までの曲と雰囲気変わりすぎだもんね。でも、そんなことは気にしないでマイクを握りこんで練習通りのパフォーマンスを行う。自分を出し切るだけだ!

 曲の1番を無事歌い終わると、会場が一気に盛り上がるのが分かった。たくさんの拍手が聞こえて口笛で煽られる。友達と顔を見合わせて驚きを共有している生徒たちの様子も見て取れた。間奏の間、足でリズムをとりながら客に背を向ける。「未来」と色んな人から名前を呼ばれ、それを背中で受け止めた。



 曲の2番が始まると振り返って歌い始める。会場はビートに合わせて手拍子を刻み始めた。照明もちゃんと私の動きについてきてくれてるのが分かった。洋子の笑いが収まったようで安心だ。

 私は手拍子とドラムのビートに合わせてラップを刻む。千夏先輩の方を見ると最高に楽しそうにドラムを叩いていて、私のテンションは更に上がった。



 曲の3番が始まる頃には、私はプロのラッパーになりきっていた。ラストスパートだ。たたみかけるように声を張り上げた。

 最後のフレーズを歌い終わり、ドラムがシャーンと音を響かせるとこれまで聞いた中で一番大きな声援が講堂いっぱいに響いた。会場を見渡すと皆席を立って拍手をしていた。うそ……席立ってる。

 この1か月、短い期間ではあったけれど、練習に打ち込んできた。それなりに力を入れてきた。それが今、終わった。たくさんの拍手と私の名前を呼ぶ声、会場のみんなの笑顔を見て私は目から熱いものが溢れてくるのを感じた。



 ライブが終わると控室にいた演者たちから、お疲れ様と声をかけられる。やはり最後のラップが印象に残ったようで、結構褒められた。

 喉がカラカラだ。ペットボトルの水を喉に流し込んでいると由紀先輩に肩を叩かれた。

 


「未来、れいぴーが呼んでる」



 控室の入り口に目を向けると玲華先輩が立っていた。れいぴー……。由紀先輩って確か玲華先輩と同じC組だったっけ。本人の前でそう呼んでるのかな……そりゃないか。

 


 私は足早に玲華先輩の元に向かった。



「仕事が残っていてもう行かなくてはいけないの。だから今のうちにと思って」


「はい…お忙しいのに時間作って来てくれてありがとうございました。玲華先輩が入ってくるの見えた時すごく嬉しかったです」


「最初から観られなくてごめんなさい」


「そんな……来てくれるだけで嬉しいです。……どうでしたか? 結構頑張ったつもりだったんですけど……」


「あなたがやりこんでいるゲームの曲は素晴らしかった。高音が綺麗にのびていて驚いた。最後の曲……英語がめちゃくちゃだったわ。……でも、そんなこと気にならないくらい素晴らしいパフォーマンスだった。これは本当よ。たくさん練習したのでしょう。印象に残ったのは最後の曲ね。楽器が弾ける人がうらやましいと言っていたけれど、あなたの声やパフォーマンスを羨ましいと思う人もたくさんいるはずよ」



 千夏先輩のライブに行ったときに私はピアノが弾ける玲華先輩のことを羨ましいって言ってたっけ。覚えててくれたんだ。

 玲華先輩が褒めてくれることなんて滅多にないから嬉しかった。ラップの英語はうまく誤魔化したつもりだったんだけど玲華先輩には見破られちゃった。でもその分、しっかり聞いていてくれたということが分かる。



「ありがとうございます……玲華先輩に褒められるとすごく嬉しい……」



 わざわざ言いにきてくれたことにも胸がきゅっとなった。



「千夏にもよろしく伝えておいて。もう行くわ」


「はい……」



 玲華先輩を見送ってから気が付いた。

 千夏先輩によろしくって伝言頼むくらいなら最初から千夏先輩も呼べば良かったのに。由紀先輩が呼びにきたのって私だけだったよね……?



 控室に戻ると由紀先輩と有紗先輩が椅子に腰掛けていた。



「お疲れ様です! あれ、千夏先輩は?」


「未来お疲れ。……千夏は河合さんと話してる」


「誰ですか、河合さんって」


「名の知れた音楽プロデューサーだよ。アマガエルのプロデューサー」



 私たちの文化祭には毎年プロのアーティストがメインステージの最後を飾る。今年はアマガエルというバンドが私たちの学院に来ることになっていた。私も名前を聞いたことがあるくらい有名なバンドである。

 プロデューサーの河合さんもお忍びで学院に来ていて、千夏先輩に目を付けたようだ。ノーパンプレイしてた千夏先輩に……。



「え、まさかスカウト……?」


「多分ね。まぁ声かけられても不思議じゃないと思うよ。コピーなのにアレンジしまくってて完全に自分の音楽にしてたし、リズムぶれないし」



 有紗先輩は悟りを開いたような表情だった。



「千夏先輩ってやっぱりドラムうまかったんですね」



 楽しそうに叩くとは思っていたけれど、楽器の上手さは私には分からない。できる時点でみんな上手いと思ってしまう。

 原曲と若干ドラムは違うなということは分かったけれど、あれがアレンジしていた、ということなのか。私は個人的に原曲よりも千夏先輩のドラムの方が好きだった。


 

「うちらも多少は楽器弾ける方だと思うけど、千夏はなんか次元が違うよね。グルーブ感出てたし」



 由紀先輩もそう言った。



「グルーブ感……?」


「ノリやすいし、楽器も合わせやすいってこと」


「なるほど……確かに」



 ボーカルも確かに合わせやすかった。千夏先輩の表情とか動きが余計そうさせているのもあるけれど。



「なんで千夏風紀委員にいるの。爆笑なんだけど」


「それな」


「いいなぁー千夏がデビューしたらコネで私も業界入れてくれないかなぁ……」


「羨ましいよねー」



 先輩2人は溜息を漏らした。

 私たちは4人でライブをやったけれど千夏先輩には光るものがあった。だからプロデューサーに声をかけられたんだ。

 チームプレイであっても実力のある者が引き抜かれていく。それは残された人にとっては残酷なことなのかもしれない。音楽が好きで、というよりは今回は無理やり誘われた形で入った私は千夏先輩が声をかけられたことは嬉しいし、すごいなと思ったけれど、この2人は音楽に思い入れのある人たちだ。きっともっと複雑な感情が渦巻いている気がする。



 少し経ってから千夏先輩はこちらに戻ってきた。



「何話してたんですか?」


「んーまぁ色々」



 千夏先輩は言葉を濁した。



「何だって?」

「教えてよ」



 2人の重圧に負けて、千夏先輩は観念したように口を開いた。



「……名刺渡されて興味あれば事務所に話聞きに来てくれってさ……まぁそんなことより、次アマガエルだからみよーよ。無料でプロの演奏観られる機会なんてそうないんだしさー」



「千夏だってもうプロみたいなもんじゃん」



 千夏先輩は気まずそうに苦笑いした。なんか、らしくないな。音楽が好きで一生懸命やってきて、ついにプロに声をかけられた。嬉しくないはずなんてないのに、どうしてこんな顔してるんだろう。そんなことを思いながら私は千夏先輩の顔を見ていた。



 その後、私たちはアマガエルのライブを鑑賞し、後片付けを終えて、校門前で解散した。これにて私達の今年の文化祭が終了した。



 私はライブの余韻に浸っていた。

 帰ってからスマホを開くと、普段全然話さない人も含めてたくさんのメッセージが入っていた。

 みっちーや叶恵からも絶賛の感想をもらった。やりきった。本当に終わっちゃったんだ。ほぼ全校生徒の前で自分があの舞台に立つなんて……。挑戦してみるものだな。もうやることは恐らくないだろうけれど自分の殻を破る良い思い出になった。



 今日は良い夢を見られそうだな。ライブのことを思い出しながら私は目を瞑った。

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