モテ期?

 少し肌寒くなってきた。衣替えの季節なこともあって、私も今日から長袖デビューである。校門前に取付けられていた「三園女子学院文化祭」と書かれたプレートは綺麗に取り外されていた。文化祭が終わったと思ったら次は中間テストに向けて勉強しなければならない。目まぐるしく過ぎていく時の中、私は朝の挨拶運動のため校門前に立って挨拶を行っていた。



「おはようございまーす!」


「「おはようございます!」」



 心なしか挨拶をして返事をされる率が前よりも上がった気がする。こちらをチラチラと見る視線も感じる。視線の方に目を向けると、彼女たちは口元を両手で押さえ、友達と目を見合わせてはきゃっきゃとはしゃいでいた。この光景、見たことがある。玲華先輩や千夏先輩がこのようにきゃっきゃと言われている様子を私は横から見ていたのに、その対象が自分になった。



 これがライブ効果ってやつだろうか……。私、全校生徒の前で歌ったんだもんな……。ボーカルはバンドの顔と言われるだけある。ライブしたのが遠い昔のことのように思えてしまうが、決してそんなことはない。文化祭明けの初めての学校。面白いくらいの変化である。



 挨拶運動を続けていると目立つ指輪をはめた1年生が見せつけるかのように手をかざしながら歩いていたので注意した。風紀委員の前で度胸ありすぎやしないか。



「ごめんなさい、アクセサリーは校則違反になっちゃうので……」


「ふふ……」



 私の顔を見ると何故か微笑まれた。



「あのー……」


「外しますねっ!」


「あ、はい……お願いします」


「未来ちゃんに声かけられちゃったーえへへ」



 その子は友達のもとへ駆けて行って嬉しそうに報告していた。

 わざと校則違反したの……? これは怒りたいのに怒れないやつだ。



 あいさつ運動を終えて、教室の横にある個人ロッカーを開けて風化委員の腕章をロッカーの中に戻すと1通の手紙が入っていた。

 何だろうと思って手紙を開ける。



『清水未来さん


初めて手紙を書くので少し緊張しています。

いつも、かわいいなと思って見てたんですが、

未来さんのライブを見てから本格的に

ファンになっちゃいました(ラップが特にすごかったです!

あと羊飼いの執事も買いました!)

これからも応援しています。頑張ってくださいね!


未来さんの1番のファンより』



 丸文字で書かれてた手紙。これ誰なんだろ……。1番のファンって……女子からこんな手紙をもらうことは初めてだったので笑みが溢れた。悪い気はしない。ラップ頑張ったかいがあったかもしれない。いかんいかん、にやけている場合ではないな。



 私は教室に入って叶恵の席に一直線に向かおうとするが、その途中で色んな生徒に絡まれた。みんなライブを見てくれたようで、そのことについて質問されたり、感想を述べられたりした。私がラップを歌うことが相当意外だったようで、でもそれがギャップで逆にウケたみたい。愛想笑いで乗り切って、なんとか叶恵の席にたどり着いた。叶恵の席には既にみっちーもいた。



「おはよう」


「あ、おはよう未来。ライブお疲れ様だったねー!」

「おはよ……未来」



 明らかに元気のない叶恵。



「叶恵……大丈夫?」


「大丈夫じゃないけど大丈夫……」


「それ大丈夫じゃないよね……? 何があった?」


「何言っても、うちの話聞いてくれないから別れようって送ってブロックしたんだけど、ありとあらゆるSNSを駆使して連絡しようとしてくるんだよね……ちょっとここまで来るとさすがに怖いっていうか……なんであいつのこと好きだったんだろ……」



 経緯を聞くと、ついに束縛に痺れを切らした叶恵は話し合いを申し出たが、相手は取り合ってくれなかったという。

 何を言っても聞き入れてもらえず、相手の一方的な要求を突き付けられるだけで、もうこのままではだめだと叶恵は悟って別れを切り出した。その瞬間に鳴りやまない電話にメッセージ。恐怖を感じた叶恵は着信拒否などして対応したのだが、まだ彼は諦めていないらしく執着してくると言う。



「そんなにやばかったら警察に行ったら?」


「え、でもこういうので警察行っていいわけ? よく分かんないんだけど……。あんまり事を大きくしたくないな……親に知られたくないし」


「もう少し様子みてやばそうだったら警察に相談するのも視野に入れてもいいと思う。私たちがいるから大丈夫だよ叶恵」



 なんか風紀委員になってから私も強気になったなと我ながら思う。自分のためじゃなくて人のために動ける人間になりたいと私は夏休み中に思った。今はそれが多分できている……大事な友達のためにできることをしたいと思えているから。だから私はこんなに強気になれているのかもしれない。



「わたしも守るよ! でも叶恵は足速いから追いかけられても逃げられそうだよね」


「いや、彼氏陸上部だからな? ふつーに捕まるわボケ」


「未来ー叶恵にボケって言われた……」


「ほら、今心荒れてるからしょうがないって」



 みっちーは実際ボケだから叶恵の言ってることは決して間違ってないと心の中で思いながら……。



 失恋の痛みは時間が解決してくれるだろうが、何となく今回の件はそれで済む気がしなかった。これも勘だけれど。 

 本格的に叶恵が心配になってきた。別れそうな時から話を聞く限り執着の仕方が異常である。これがこのままエスカレートしたら私のような被害を受けることになる可能性もある。なんとか阻止したい。

 しばらくは様子を見ることにするけれど、何か起こる前に私ができることを探そうと思った。



――――――――――――――



 それから何日か経過した。

 終礼が終わって生徒たちが帰る支度をする中、私は委員会に行く準備をしていた。放課後に会議があるためだった。

 机の中から筆箱を取り出すと、それに引っ張られるように手紙がひらひらと床に落ちた。また手紙……。いつから入ってたんだろ。今日の最後の授業である体育の前は入ってなかったから、きっとその時間に誰かが入れたんだろう。拾って中身を開く。



『未来ちゃんへ


渡したいものがあります。

今日の放課後、体育館倉庫の前で待っています』



 これも誰なのか名乗られていない。字体から最初にもらった手紙とは違う人だということが分かった。よりによってなんで今日の放課後なんだろう……今から会議なんだけど……。

 手紙の差出人は誰なのか分からないけれど、呼び出しを受けた以上はその場所に行きたいと思った。玲華先輩に要相談だな……。



 風紀室に向かう途中、2階の廊下で玲華先輩に会った。



「あ、先輩! お疲れ様です」


「お疲れ様」


「ごめんなさい、今日の会議遅れて参加しても良いですか……?」


「どうして?」



 玲華先輩は立ち止まって腕を組んで私を見下ろした。



「呼び出しくらってしまって」


「誰に? 先生?」


「いや、生徒だと思います……」


「どういうこと?」



 玲華先輩は訝しげに首を傾げた。



「いや……なんか手紙もらっちゃって……今日の放課後に体育倉庫の前で待ってるって」



 私の言葉を聞いた後も先輩は怪訝そうな表情を崩さなかった。この空気、そんなことで委員会を疎かにするな、なんて言われそう……。



「委員会の方を優先して」



 あーやっぱり……。



「そ、そんなぁ……先輩は同じように手紙もらっても委員会を優先するんですか?」


「当たり前でしょう。世の中には優先順位というものがあるわ」



 抵抗むなしく……。無理か……。でも行けない、の一言も言えないでそのまま放置するなんてちょっと嫌だな。それこそ、会議に出たとしてもそればかり考えて会議どころじゃなくなってしまいそうだ。



「……最近寒くなってきたじゃないですか。私のことずっと待ってる生徒のこと考えるといたたまれない気持ちになります。ダッシュで行ってすぐ戻るんで……だめですか? お願いします!」


「……私もついていく。すぐ戻るのでしょう。後輩の仕事の邪魔をしないでと言いに行くわ。これも注意という意味では風紀委員の仕事よ」


「いや、なんでそうなるんですか! それはだめでしょう、玲華先輩がいないと会議どころじゃないじゃないですか」



 この会話の流れでなんで先輩がついてくるのか分からない。委員長がいないと成立しないし、それこそ皆を待たせてしまうことになる。それにせっかく手紙をくれたのにその人が目の前で玲華先輩に注意されるなんて嫌だ。



 玲華先輩は大きなため息をついた。



「……行くのは勝手だけど、その人はろくな人じゃないと思うわ。アポイントもなしに突然呼び出した上に名乗りもしない。自分勝手で都合の良い人に決まってる。それを頭に刻み込んだ上で行くことね」


「……はい」



 そんなボロクソ言わなくても良いのに……。学園ドラマとかでよく見る感じの手紙だし、おかしいことじゃない気もするけれど……。



「終わったら早く戻ってきて」


「分かりました、行ってきます」



 とりあえず、なんとか許しをもらうことができたので私はダッシュで体育館倉庫の前を目指した。

 息を切らして指定された場所までたどり着く。待っていたのは腰まで伸びたロングヘア―が特徴的なおしとやか系の女子だった。ネクタイの色で2年生だと分かる。



「あ……未来ちゃん! 来てくれたんだ……」


「こ、こんにちは……少し遅れてごめんなさい」



 ちゃん付けで呼ばれたけれど話したことない人だ。緊張する。

 最近話かけられたりすることが多くなったけれど、この人も私のことをライブで知ってくれたのだろうか。



「ううん、いいの。話すのは初めてだよね? 2年A組の大島かおりです」



 かおり先輩は青いネクタイをきゅっと両手で握りながら自己紹介してくれた。A組だから体育祭では同じ色だ。

 玲華先輩がろくな人じゃないとか言うから若干身構えてしまったが普通に良い人そう。



「清水未来です、よろしくお願いします。……あの……渡したいものって……?」



 手紙には渡したいものがあると書かれていた。告白とはまた目的が違うのかも。



「あぁ、これ」



 かおり先輩は袋の中から何やら取り出すと、私に差し出した。



「これは……リストバンド?」



 手作り感のある無地のリストバンドだった。

 私のトレードマーク。よく見てるな。



「うん。編んだんだけど……。私家庭科部だからこういうの得意で……ほら、これから寒くなるじゃない? 暖かい素材で編んだんだ。使ってくれたら嬉しいなって」


「良いんですか……時間かかったんじゃ」


「ううん、文化祭終わってから作ったからクオリティは高くないんだけど」


「そんなことないです! 嬉しいです、ありがとうございます! でもなんで私なんかにこれを……?」


「メインステージで見て勇気づけられたから……。っていう理由じゃだめかな……? 一生懸命歌ってる姿見て、母性くすぐられたっていうか……」



 メインステージの影響力の大きさが身に染みる。先輩に母性くすぐられるとか言われると少し照れる。



「見ていてくださって嬉しいです。ありがとうございます」


「委員会大変だと思うけど頑張ってね、応援してるから……」


「ありがとうございます!」


「受け取ってもらえて良かった……」


「受け取りますよ! ……あの、私これから委員会の会議なんです。なのでもう行かなくちゃで……失礼しますね。リストバンド大事にしますから!」


「うん、急に呼び出しちゃってごめんね。行ってらっしゃい」



 思わぬプレゼントに心がほかほかした。ああいうタイプは絶対に良い人。

 取り巻きの多い玲華先輩とか千夏先輩っていつもこんな感じなのだろうか。玲華先輩は陰でチラチラ見てるような隠れファンが多いイメージだけど。

 あの2人までとはいかなくても、ライブのおかげで多少彼女たちがどういう学院生活を送っているのかが分かった気がする。



 私はリストバンドを握りしめて委員会へ足を急がせた。

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