カラオケ
体育祭も終わり、落ち着いてきた7月の上旬。
「わたしたち叶恵とも打ち上げしたいと思ってるんだけど近々遊ばない?」
「お昼いつも1人にしちゃってたし、私たちばっかっていうのもって思って。期末テスト始まる前に3人で遊ぼうよ」
体育祭に向けたリレーの練習に加えて、そのメンバーでの打ち上げ。叶恵との時間を作れていないと思った私たちは、また3人で遊びたいねとよく話していた。
「最近遊んでなかったもんね、嬉しいお誘いありがとう。うちの近くに最近できたカラオケあって、朝クーポン配ってたから貰ったんだよね。4人までなら割引効くし良かったら行かない?」
「いいね! カラオケは久々だー!」
「カラオケかぁ」
叶恵の家はここからそこまで離れていない。電車に揺られて15分ほどで着く距離である。
私は、カラオケは生まれてから一度も行ったことがなかった。漫画やテレビによく出てくるからどんなところかは知っている。端末を操作して歌いたい曲を入れて、音楽に合わせて歌う。実に楽しそうではないか。少しわくわくした。
「やっぱ土日開催?」
「放課後だとすると私は家が近いから着替えてすぐに向かえるけど、みっちーは厳しいもんね」
叶恵の家の近くなら、叶恵も一度帰り制服を脱げば良い話だ。しかしみっちーは叶恵の家とは逆方面なので着替えてからだと時間がかかってしまうし手間だ。
ズルい方法だと、着替えを持ってきて、どこかのトイレで着替えれば良い話だが、そのために荷物を増やすというのも考えものである。
寄り道禁止の校則に縛られる。私たちは顔をしかめた。
「みっちー生徒会なんでしょ? 寄り道禁止の校則無くしてくんない?」
叶恵はそう尋ねた。そういえば、そうだった。校則変えられる人ここにいるじゃん。
「変えたいけど権力が……。今から頑張って変えられたとしても校則が変わる前にカラオケのクーポン期限切れちゃうと思う」
「はぁー。うちらの青春……制服着てどっか遊びに行ったりするのも高校生っぽくて良いのにさ。本当めんどくさいわぁ。……あ、ごめん風紀委員の前で」
「大丈夫。私も叶恵と同じこと思ってるから」
「……未来はなんで風紀委員入ったの?」
叶恵が目を細めて訝しげにこちらを見た。まずい。
「あ……。内申?」
「……嘘じゃん。内心気にしてる人はあんなテストの点数とらないでしょ」
「……好きなアニメのキャラクターが風紀委員でさぁ!」
「へー」
「未来アニメ好きだっけ? なんていうキャラ?」
叶恵にはこれが嘘だとバレバレな様子だ。みっちーは信じてるみたいだけど。
私が何故風紀委員に入ったか。無難に嘘をつかない言い方をすれば、玲華先輩にお近づきになりたいから、だけれどそれを言っても今更すぎて変な目で見られそうだ。落とすためのゲームをしているなんて言いたくないし。
みっちーの質問には、洋子が好きだと言っていたキャラを答えておいた。
そのキャラは鉄の棒で風紀を乱す人を殴るらしい。そんな風紀委員いたら絶対嫌だ。
結局私たちは無難な土曜日に遊ぶことになった。
その日は叶恵の最寄り駅で待ち合わせをしてから、一緒にカラオケに向かった。
店内で受け付けを済ませて部屋に向かう。薄暗く狭い部屋。ソファーに腰掛ける。新しくできたばかりのカラオケということもあって、独特なにおいがした。非日常的な部屋の薄暗い灯りが私をワクワクさせた。
最初にマイクを持ったのは、みっちーだった。流行りのアイドルソングを歌ってくれるらしい。ノリが良い曲でよくCMにも流れていたから知っていた。叶恵とタンバリンを構える。歌が始まると同時にリズムに合わせてタンバリンを叩いたが、私たちのタンバリンの音は徐々に小さくなっていった。
これは私の知っている曲じゃない。もはや原型がない。
楽しそうに歌うみっちー。その姿はまるでジャイア――。音痴って自分の歌が下手なのに自覚ないっていうけれど本当だったんだ。いや、みっちーが天然すぎるだけだろうか。
叶恵と顔を見合わせる。
「みっちーやべぇ」
「ここでもかましてくれたね……。みっちーとはカラオケ初めて?」
「うん。中学の頃は部活が同じだっただけで、そんな深く絡んでなかったから」
叶恵も私と同じことを考えていたようだった。みっちーがこちらを振り返ったので、私たちはとりあえず微笑み返しておいた。
「みっちーが歌う時は少し音量さげよ」
「うん、そうしよう」
次にマイクを持ったのは叶恵だった。有名な歌姫の曲で、大人びた叶恵が歌うと絵になった。とりあえず音程は外さないでくれているので有難い。人の歌っている歌をこうして聞くのも悪くないなと思った。
叶恵が歌い終わると、画面に次の曲名が表示される。私の歌だ。
『君が
「君がひつじひつじ?」
「ひつようって読むらしいよ」
「いや絶対読まないだろ! 無理やりすぎる、頑張ってもひつじようでしょこれ」
叶恵のつっこみは今日もキレッキレである。
この歌は乙女ゲームの「羊飼いの執事」のエンディングテーマだった。
私も散々馬鹿にしていたけれど、信夫の攻略が終わって馬鹿にしていたことを全力で謝りたくなった。悔しいけれど、よくできたゲームだった。やはり、フィクションではあるので、洋子のように感情移入できたわけではないけれど、1つの物語として純粋にゲームを楽しむことができた。あと羊がかわいい。他の攻略キャラも、後々プレイするつもりだ。
そしてこのエンディングテーマ。題名に騙されないで欲しい。かなりの名曲だと私は思うし、動画サイトでの視聴率もそれなりに稼いでいるのだから。
マイクを持って、魂を吹き込む。
私が歌い始めると、うおーという声が2人からあがった。そうでしょ、意外と良い曲なんだよこれ。
歌の終盤。
「そうさこれがー、君のしー、つー、じー!」
最後の「じ」でハイトーン声を伸ばす。歌い終わると、2人が拍手してくれた。爽快!
「いや歌上手すぎでしょ」
「未来、何で今まで教えてくれなかったの? お金払いたいって思っちゃった。歌手目指したら?」
「そんなおおげさな……」
歌上手いなんて1度も言われたことないのに……。
そういえば私カラオケ行ったことなかったんだった。
音楽の先生に褒められたことはあったっけ。
「もう1曲歌って!」
みっちーにマイクを渡される。
私って歌うまいの? みっちーだけに言われたら信用できないけど、叶恵にも言われたのだからそれなりに説得力はある。
調子づいた私は、歌える曲を何曲か歌った。叶恵もみっちーも自分の好きな曲を歌っていた。みっちーに関しては……楽しんでたみたいだから良しとする。3人でカラオケは楽しかったし、スッキリした。あっという間に時間が過ぎていった。
「オープン記念にクーポンをお配りしていますのでよろしければ次回のご利用の際にどうぞ」
お会計時にクーポンを人数分渡された。
「また行こうね!」
「「うん」」
もらったクーポンはその店舗でしか使えない。
期末テストの前にもう一度行きたい。テスト後だと、クーポンの期限が切れてしまうから。
予定を合わせようとするが――
「ごめん、その日は予定あるんだ」
顔の前で合掌する叶恵。
私とみっちーの予定のない日に叶恵がダメで、生憎私たちの予定が合うことはなかった。非常に残念だ。
でもせっかくだから、クーポンは使いたい。カラオケがすごく楽しかったこともあって、1人カラオケたるものを体験しようと思い、休みの日に叶恵の最寄り駅まで電車を走らせた。
2時間部屋をとって、知っている曲を熱唱した。カラオケについている採点機能なるものを使ってみたが、どの曲も90点を超えた。何もかも平凡だと思っていた私が料理にも負けず、唯一誇れるのはこれかもしれないと思い始める。やっと自分の得意なこと見つけたかも。
カラオケ店から出ると、入れ違いで叶恵に会った。
叶恵は隣にいるツンツン髪の男と手をつないでいた。これが叶恵の彼氏さんか。この日予定あるって言ってたけどデートだったんだね。それじゃあしょうがない。
「叶恵」
「え、未来!?」
叶恵は一瞬驚いた顔をして、彼氏と繋いでいた手を離すと今度は私の手を引いた。
「ごめん、高校のクラスメイト。ちょっと話したいことあるから先部屋入ってて」
「お……うす……」
男が受付を済ませて部屋に入る姿を見届けると、叶恵は私に向き合った。
「未来、お願い。言わないで欲しい」
そう懇願してきた。叶恵の表情はとても申し訳なさそうだった。
「え、言わないよ」
「本当に?」
「うん。叶恵には彼氏いるんだって前から思ってたし、今更だよ」
「いるんだって……なんでそう思ったの?」
「会話の流れとかで……。私が風紀委員だから言いづらいんだろうなって思ってた」
「そっか。バレちゃってたんだ……」
叶恵の声から緊張がぬけた。
叶恵の彼氏は、中学の頃に陸上の大会で知り合った他校の男子らしい。まだ付き合い初めて3ヶ月ちょっとで交際は順調に進んでいるという。
「絶対言わないから大丈夫だよ」
恋愛は自由にして良いと思うって風紀委員の副委員長も言ってたし大丈夫。私も口出さないスタンスにしようと体育祭の時に決めたんだ。玲華先輩にバレなきゃ問題ないよきっと。
「ありがと……あのさ、未来の好きな人は誰なの?」
「え、いないよ?」
なんとなく私たちの中で恋愛トークはしづらい雰囲気があったけれど、こうして叶恵が白状した以上、私も彼女の質問には答えなければならない空気だ。
「じゃあカレー食べてもらいたい人がいるって言ってたけどそれは誰?」
「玲……羽山先輩」
叶恵は目を丸くして口元を手で押さえた。
「いや、誤解だよ。いつも羽山先輩がお昼にお菓子ばっか食べてたから!」
「羽山先輩に弁当箱っぽいの渡されてたけど、それって未来が作った弁当だったりするの?」
「う、うん……。叶恵が私にお弁当作ってくれるって言ったじゃん? それと同じだよ」
「それはパンばっか食べてる未来が心配だったからだし!」
「私も同じようなもの食べてる先輩がしんぱ…」
いや、これは建前だ。本当の理由は、玲華先輩に好かれたかったから。玲華先輩からの特別な好意を望んでいたからだ。下心がなかったと言えば嘘になる。
よくよく思い返す。名前を呼ばれただけで、手を繋いだだけであんなにドキドキしたことは今まであっただろうか――ない。四六時中、玲華先輩のことを考えて、いちいち先輩の言動に一喜一憂している自分がいる。それは玲華先輩が攻略対象だから?――分からない。少なくともこんな感情になったことは今までない。
自分の中に何か特別な感情が渦巻いていることに私は気が付いていた。もしかしてこれが好きっていうこと? これが私の特別な好意? ……。
やはり分からない。でも、ハッキリさせようとは思わない。今はまだ分からないままで良い。そんなことを追求したところで、私のゲームは終わらないのだから。
「……未来?」
「好きか分からない。でも玲華先輩には誰よりも好かれたいって思う」
「……未来が風紀委員になった理由が分かった気がする」
叶恵は優しい顔でそう言った。
「うん……。みっちーは叶恵のこと知ってるの?」
「言ってないよ。誰にも言ってない……。本当は2人には隠し事なんてしたくなかった。親友だし……」
私たち、親友か。友達のいなかった私も親友を持つことができたんだ。私のことをそう言ってくれて、思ってくれて嬉しい。
「絶対誰にも言わないから大丈夫だよ。私は味方だから」
千夏先輩に言われて嬉しかった言葉を叶恵にも使う。
「未来、ありがとう。なんか泣けてきた」
「ないとは思うけど、もし私にも彼氏ができたらその時は教えるから」
「彼氏? 羽山先輩じゃなくて?」
私のゲームが終わる時。
それは玲華先輩を落とせた時、または1年が過ぎて私が風紀委員を引退する時だ。前者だった場合――「付き合う」という選択肢を取ることによってゲームをコンティニューすることが出来る。目先の目標に囚われていたせいか、落とした後のことをそこまで考えていなかった。
仮に落とすことができたのなら、その一瞬は満たされて、またいつものように熱が冷めてしまうのだろうか。それともコンティニューを望むのだろうか。分からない。でも、その一瞬はとんでもなくハッピーになれるというのは想像がつく。
「風紀委員長が誰かと付き合う想像できる?」
「できない……でもお弁当とか作ってあげてるような仲なんでしょ。2人とも綺麗だから一緒にいるところ見てるとお似合いだったよ」
「そうかな? 私もまさかここまでお近づきになれるなんて思わなかったなぁ。言い方変えるよ、彼氏じゃなくて、誰かと付き合ったらその時は私も言うから」
好きの気持ちが分からない。でも私が玲華先輩を好きだと自覚した時、その時は付き合うことを望むだろう。玲華先輩との仲は少しずつ縮まってきたように思うけれど、まだまだ落とせる確証はない。この先どうなるかは分からない。だからとりあえずは目先の目標を追いかけることにしたい。
「うん。お互い隠し事はなしだね」
「そうだね。彼氏待たせちゃってるよね? もう私行くから。デート楽しんでね」
「ありがと……また学校でね!」
駅を目指して歩みを進める。もうすぐ期末テストだ。
玲華先輩が勉強を見てくれる。早く会いたいな。
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