テストの結果

 テストの数日後、ついに成績が返却された。案の定、ひどい結果だった。

 現状、分かっているのは自分の点数と平均点のみだが、どの教科も平均点を下回っており、赤点も多かった。予想はしていたけれど……。

 正直なめていた。私ができないんだから皆できないだろうと思っていたが、平均点からそうでないことは明確に分かる。ここまでレベルの差があるなんて。私は頭は悪くはないはずなのにどうしてこんなことになってしまったのか。今回は不運なだけだきっと。

 早く忘れてしまいたい。



「未来、成績どうだった?」



 みっちーに聞かれたので成績表をそのまま渡した。

 後々に、学年全体の順位が出されて、学年順位の上位者は校舎の玄関口で名前が貼り出される。それを作るのは生徒会の仕事となっている。その時に少なくとも、みっちーには私の順位はバレるだろうし、もうここで見せてしまおうと思った。

 勉強で特段良い点をとっても自分にとってはプラスになることはない。しかし今回のはさすがに自尊心がズタズタだ。

 みっちーなら私に優しい言葉をかけてくれるはず。心優しいみっちーなら……。



 みっちーは私の成績表を見て口を開けてぽかーんとしている。



「何か言ってよ」


「やばくない? これ。今度一緒に勉強する?」



 やばくない? という言葉が脳内にこだました。私はどうやら、やばいらしい。



「大丈夫。期末はもう少し頑張るから」



 みっちーの目から見ても私の成績はひどいようで、本格的に心にダメージを受ける。こんな点数を自分がとってしまったことに対してだ。でも気にしていたって仕方がない。終わってしまったことだ。次はもう少し頑張れば良いんだ。



 私はやればできる、きっと。今回は様子見だ。この学院に入ってから初めての試験だったし。そもそもカレー作ってたし、しょうがない。

 そう自分に言い聞かせ、頭を切り替えた。



 数日後の朝のことだった。



 登校してくると、何やら玄関口が騒がしかった。生徒たちの輪に入ってみると、白い紙に成績順位表が貼り出されていたのを確認した。



 ついにこの時が来たか。



 1学年30位まで貼り出されていたが、みっちーはなんと10位に入っていた。すごい、やっぱり勉強はできるんだ。私にやばくない? と言うだけのことはある。同じ1年の風紀委員の洋子は26位に入っている。叶恵の名前はなかった。当然私の名前もない。

 2年生の1位は玲華先輩だった。これはさすがとしか言いようがない。噂は本当だった。

 生徒会長の雫さんは2位。風紀委員長と生徒会長で2トップを決めている現状。千夏先輩の名前も見つけた。なんと5位だった。どういうことなのこれは。カップラーメン食べ続けて栄養失調になって床に這いつくばってた人がなんで5位なの?

 順位表には、見覚えのある風紀委員の名簿がちらほらとある。冷や汗が流れる。こうして現実が突きつけられている。

 誰だこんな紙作ったのは。焦る。今すぐ燃やしてやりたいと思った。私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。お腹が痛くなってきた。



 自分は何位なんだろうと考えると恐ろしい。最下位まで貼り出されないシステムで本当に良かったと思う。恥さらしも良いとこだ。



「未来、おはよう」



 肩に両手が置かれて後ろからひょっこり顔を出したみっちー。

 10位が来た! みっちーの成績順位を見た後だったこともあって、少しテンションが上がる。自分があまりにテストが出来なかったことに対しては憂鬱だが、この分野において嫉妬や妬みという感情は私には生まれない。友達の成功を素直に喜べるのは自分の長所だと思っている。



「おはよう。順位見たよ! 10位ってすごいね!」


「ありがとう、なんとかね」



 みっちーは控えめな笑顔で笑った。私の成績知ってるから気を使っている感がある。



「お姉ちゃんも2位だったじゃん。姉妹揃って頭良いんだね」


「いやいや、そんなことないよ! お姉ちゃんが勉強モードになると暇だからわたしも勉強するというか……そんな感じだから。でもやっぱり2年生は羽山先輩が1位なんだね」



 そう。1位は玲華先輩なのだ。同じ風紀委員に一応所属する身としては玲華先輩の1位は誇らしいものがある。



「そうみたいだね。風紀委員としてはちょっと嬉しいかも。……。ところでみっちー……私の順位見た?」



 喜びも束の間。自分の順位のことが頭をよぎり恐る恐る尋ねる。別に知らなくても良いことなんだけど、みっちーが見たのかは気になってしまった。30位までの貼り出しだし、ね。



「う、うん……知りたい?」



 みっちはー気まずそうな顔になった。その顔を見て察した。やはり仲の良い友達である私の順位は確認するよね。これ以上聞くのは辞めておこう。世の中には知らない方が良いことだってある。



「いいや、言わないで」


「う、うん。分かった」



 ちなみに叶恵の順位は本当に平均くらいだったそうだ。私が叶恵よりも低い順位であることは言うまでもないだろう。

 学年順位が貼りだされた関係もあって、クラスは成績の話で盛り上がっていた。もうやめて欲しい。早く時が過ぎて欲しい。



 ――――――――――――――



 その日の昼、体育が終わり、教室に帰ってくると机の上に一枚の紙が置かれていた。何だろう。

 折りたたまれていたその紙を開く。



『放課後に風紀室へ ――羽山』



 綺麗な字で書かれていた。玲華先輩からの呼び出しに胸が躍る。

 午後の授業は全く頭に入ってこなかった。いきなりの呼び出しなんでドキドキする。ひょっとして告白だったりして?? 私のゲームもクリアになっちゃう? カレーのおかげかな。



 授業終了のチャイムが鳴る。

 放課後になると、期待に胸を膨らませて一直線に早足で風紀室に向かった。



「玲華先輩!」



 ドアを開けると、玲華先輩は私を視界に捉えた。



「清水さん」


「どうしたんですか? 急に呼び出しなんて……」



 玲華先輩は表情を崩さずに淡々と告げる。



「あなたに言いたいことが2つある。まず1つ目、リストバンドの件が学院長から許可されたわ。

 校則自体に変更はないのだけれど、風紀委員長である私に理由を申請して承認が取れれば着用可能になるということになったわ」


「本当ですか!?」



 1つ目の話が告白ではなかったことに少し落胆するけれど、私にとっては良いニュースであることには変わりなかった。

 以前みっちーから電話で聞いていたリストバンドの件。話は進んでいたようで、ついにリストバンドの着用が許可されるとのことだった。雫さんにも改めてお礼を言わないと……。



「これを」



 玲華先輩から受け取った紙の上の方には「許可証」と書かれていて、下の方に学院長のサインと玲華先輩のサインがあった。着用する場合には申請しなければいけないそうだが、もう許可してくれているんだ。



「もしあなたのリストバンドに文句をつけてくる生徒がいたらこの紙を見せるように。校則違反でないことを証明することができるわ」


「うわぁ……ありがとうございます」



 許可証を胸の位置で抱きしめる。入学式で注意をしてきた玲華先輩から、許可証がもらえた。信じられない。でも嬉しい。



「ただしリストバンドは無地じゃないとだめよ。派手な模様のものは避けて」


「分かりました」



 しばらくリストバンドはご無沙汰だったけれど、またつけられると思うと嬉しい。愛用のものは黒い無地のものだったし問題ないはずだ。



「今は長袖だけれど、6月から衣替えになってより目立つだろうから時期的にはちょうど良かったと思うわ」


「そうですね、ありがとうございます!」



 確かに長袖だから動かなければそこまで目立たなかったけれどこれから半袖になるんだ。

 そんなことまで考えてくれていたのか。あぁ、感極まって玲華先輩に今すぐ抱き着きたいところだが我慢だ。もう1つ目の言いたいことって果たしてなんだろうか。これこそ告白かもしれない! 先輩の口からそれを聞くまでは我慢だ。



 そんな私の様子に玲華先輩は表情をすぐさま切り替えた。

 


 今度は鋭い視線がこちらに向けられる。あれ? なんか雰囲気が変わった。



「そしてもう1つ目の話。あなた、この成績はどういうこと?」



 玲華先輩はパソコンの画面をこちらに向けた。見たら、私の全教科の成績表が書かれた画面がモニターに映しだされていた。

 個人情報とはいったい……。

 自分の顔が青ざめていくのを感じる。上げてから落としてくるスタンス本当辞めてほしい。私の周りに咲き誇っていた花は枯れていった。



「見たんですか……」


「風紀委員全員の成績は把握しているわ。清水さんは役職者なのに風紀委員で最下位。学年では154人中143位。どういうことしかしら」


「一応下に11人いたんですね……」



 細く小さい声しか出ない。順位を聞かされてショックだが、下に11人いるということで自分を落ち着かせようと必死だった。



「図書室でテストについて聞いた時、あなたは大丈夫ですと言ったわね」


「大丈夫じゃありませんでしたね……あはは」



 笑ってごまかそうとしたが、玲華先輩の顔は怖いままだ。



「風紀委員は生徒の鏡と言ったはずよ」


「すいません……。でも別に風紀委員の活動に何か支障が出るわけではないですよね? テストの点数は悪かったかもしれませんけど、誰にも迷惑かけるわけじゃないし……」



 そう。私のテストの成績が悪かったところで誰に迷惑をかけているというんだ。勉強ができないのは個人のせいであって、私が玲華先輩に責められなければならない理由が分からない。



「生徒の気持ちになって考えてみて。成績が恐ろしく悪い人の言うことや指示することを誰が聞こうと思うかしら。

 それだけじゃないわ。生徒会と風紀委員のミッションの1つとして生徒の学力の向上もあるのを忘れたの?」



 そういえばそうだった。言い返せない状況に焦る。



「ごめんなさい……あの……どのくらい点数とれてればセーフですかね」


「次の期末テストでは少なくとも平均以上の順位は欲しいところね」


「はい……」



 77位以上になれば良いということだが、正直自信がない。中学と同じ要領で勉強してこの順位だ。地の頭の良さはそこそこ自信はあるが、勉強となれば話は別である。暗記系は得意ではなかった。



「今回どうしてこの点数になったのか理由があるの? 何か特別な理由があれば教えてほしい」



 高校から入ってきたくせに、私の点数が恐ろしく低いことで何か特別な理由があるのか心配しているのかもしれない。もちろん特別な理由なんてない。私はカレーを作っていたんだ。



「言い訳になるかもですけど、ずっとカレー作ってました。先輩に喜んでもらえるようなカレーを作るために毎日練習してたんです」



 カレーを作ってたからテストができなかったなんて、我ながら言い訳としては最低である。逆の立場ならふざけているとしか思えない。高校生にもなって、こんなことを言い訳にしていて情けないとは思うけれど本当のことだ。



「本当に言い訳ね」



 玲華先輩はため息をつく。



「喜んでくれる顔が見たかったんです。本当にそれだけなんです」



 半べそ気味な声になる。なんとか許してはくれないだろうか。私にとって最も恐れていることはテストの点数よりも玲華先輩に嫌われることだ。



「そんなことを言って私の機嫌をとろうとしても無駄よ」



 私は紛れもなく本当のことを話しているが、会話の流れからしてそう思われてもおかしくはないだろう。



「すいません……。次からは気を付けます」



 謝ることしかできない。あぁ、悲しい。勉強ができなければ玲華先輩の好感度は下がるという事実。次もし頑張っても同じような点数をとってしまったら今度こそゲームオーバーだ。自信がない。どうすれば良いんだ。



 玲華先輩は少し間を置いた後、こう言った。



「仕方ないわ……カレーの件に免じて勉強で分からないことがあれば私が教えてあげる。だから期末テストは必ず挽回して。いい?」



 玲華先輩が私に勉強を教えてくれる……? 沈んでいた何かが胸の位置で湧き上がるのを感じた。



「私と一緒に勉強してくれるんですか!?」


「勘違いしないで。風紀委員の威厳を保つためよ」



 玲華先輩は私から目を逸らしながら小さな声でそう言った。



「嬉しい……嬉しいです! 頑張ります!」



 学年1位の玲華先輩に勉強を見てもらえる! なんて最高な機会なんだ。沈んでいた気分が一気に跳ね上がった。今回の成績の悪さは反省する一方で、この成績をとった自分に感謝したい。

 先輩と一緒に勉強できるなら私はどこまでも頑張れると思う。それには自信がある。



 中間テストは終わったばかりだ。

 でも、はやく期末テストにならないだろうかと思う自分がいた。

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