6月
お散歩タイム
6月になった。衣替えの時期ということもあって、半そでを着た生徒たちが歩いているのが窓から見える。そんな私も半そでデビューをかざり、右手にはしっかりリストバンドがついている。
風紀委員の3年生は引退した。最後のお昼休みのミーティングは、3年生が一人ひとり挨拶をして、あっけなく終わった。もう来週から先輩たちが来ないということが信じられない。3年生は引継ぎが中心で、ほとんど活動をしていなかったし、深い関わりがあったわけではないから寂しさは感じなかった。
風紀委員のお昼のミーティングにはこれまで15人いたのに、3年生が引退したことによって10人に減ってしまった。風紀室がより広く感じる。
「これからは1、2年生で本格的に活動をしていきます。まず直近の行事としては体育祭です。主に警備がメインですが、運営にももちろん関わっていきます。一人ひとりが誠意を持って任務を――」
我が風紀委員長が今後の動きについて説明している。どこか透き通るような艶のある声にうっとりと聞き入ってしまって内容が全然頭に入ってこない。最初はそんなことこれっぽっちも思わなかったのにな。顔は好みじゃなかったけど一緒にいるうちに可愛く見えてきた、と彼女のことを言っていた男子を思い出す。きっと私もそんな感じなんだと思う。
「清水さん」
「え、あ、はい」
急に名前を呼ばれてビックリする。
「明日の放課後に体育祭のキックオフミーティングがあるのだけれど出られる?」
「出られます」
「書記として私たちと一緒に出席してもらいたいのだけれど」
「はい! 分かりました」
体育祭は生徒会、風紀委員、そして運動部から代表で選出される体育祭実行委員の3つの団体で作り上げていく。生徒会は予算、備品などの管理の他、司令塔としての指示がメインだ。体育祭実行委員は準備体操や、生徒の整列、各種目の準備業務といった体を使う仕事がメイン。そして風紀委員は校内の警備や生徒会の補佐がメインになる。
明日はそのキックオフとして各団体の役職者中心に集まってミーティングを行うという。我々風紀委員からは、委員長の玲華先輩、副委員長の千夏先輩、そして書記の私の3人が出席する。集まるメンツ的にはほとんど2年生になるだろう。きっと学校行事に関心の深い意識の高い連中ばかりに違いない。
風紀委員には慣れてきたけれど、他の委員会の役職者と会うとなると少し肩身が狭い。しかし、ここで頑張れば玲華先輩にも信用してもらえると思うし、イメージアップにも繋がるに違いない。成績が悪くて失望させてしまった分を取り返さなくてはいけない。少しは頼りにしてもらいたい。私でも力になれるんだと思ってもらいたい。右手のリストバンドを見る。私のために玲華先輩は動いてくれたんだ。次は私の番。できることをしたい。でも、少し荷が重い。責任だとか、そういう言葉は苦手だ。
――翌日の放課後。
会議は生徒会室で行うことになっている。生徒会のみっちーの参加を期待したけれど、役職者じゃないので今回は参加しないようで残念だ。
時計を見るが、まだ会議まで時間があった。いつも放課後のパトロールなどで時間がある時は図書室で寝たり、一度家に帰ったりして時間を潰していることが多かった。今日は図書室に行こうと思って立ち上がると、教室のドア付近に玲華先輩と千夏先輩が立っているのが見えた。
「おっつー未来」
思わぬ来客に彼女たちの元へ駆け寄った。
「どうしたんですか?」
「会議まで時間あるじゃん? 暇っ子してるならあたし達と大人な遊びしない?」
千夏先輩は親指をピっと立ててウインクした。いちいち言い方がなんだか……。
「大人な遊びって何ですか……」
「体を動かして気持ち良くなろう的な」
白い八重歯がキラっと光っている。玲華先輩はそんな千夏先輩を呆れ顔で見ていた。気持ち良くなろうって……スケベですか……。
「千夏先輩、正気ですか」
「ただの散歩だよ散歩ーっ。もしかして変な想像しちゃった?」
ペロっと舌を出してはにかんでいる。
「散歩は大人な遊びじゃないですよね? もう変なこと言わないでくださいよ!」
「さっさと行くわよ」
玲華先輩がため息交じりに言う。意外にも散歩には乗り気なようだった。
千夏先輩ならまだしも、玲華先輩までわざわざ教室まで迎えに来てくれるなんて嬉しい。その気持ちとは裏腹に、この2人の中に自分が入って良いのかと少し不安になる。
「ほら、皆でおてて繋ごう」
「離して」
千夏先輩の誘いに玲華先輩は嫌がって手を離したが、私はされるがまま千夏先輩と手を繋ぎながら横に並んで歩いていた。なんなんだこの状況は。最初だけかと思っていたけれど、全然手を離してくれる様子がない。
「千夏先輩、何ですかこれ」
「ん? 仲良しアピール」
手をぶらぶらと揺さぶられる。千夏先輩の手は温かくて、大きかった。男子のようにゴツゴツはしていないけれど、包み込んでくれるような心地よさがあった。
すれ違う生徒がじろじろとこちらを見ている。千夏先輩の取り巻きに見られたら面倒だからやめて欲しい。
「いつまで繋いでるんですか……視線がさっきから痛いんですけど」
「もー2人とも恥ずかしがりやさんなんだからー」
千夏先輩は、ちぇっと言いながら手を離した。
見慣れた放課後のパトロールコースを他愛もない話をしながらぶらぶらと3人で歩いていると、まだ校舎にいる生徒たちは私たちを避けて道を作る。殿様かって……。背のそこそこ高い玲華先輩と千夏先輩が一緒に歩いているだけでもかなり目立つのだ、無理もない。私はそんな先輩たちに囲まれるように真ん中を歩いている。中央で歩いて良い身分なのかと頭1つ分背の小さい私としては恐縮である。
木々に覆われた人気のない道に出た。めしめしと葉っぱを踏みしめる私たちの足音がはっきりと聞こえる。
「風紀委員会には慣れたー?」
「はい。おかげ様で仕事も覚えてきたと思います」
千夏先輩に尋ねられた。玲華先輩は黙って私たちの会話を聞いていた。
「やったじゃん。3年生引退しちゃったけど心細くない?」
「特に心細くはないですね……。これから書記として本格的に活動していくこともあって、少し不安ですけど」
「不安かー。どんなところが不安?」
「先輩にこれから先、迷惑かけちゃわないかとか……。実際、結構今までも迷惑かけちゃってるとは思うんですけど……。自分に仕事が務まるのかまず心配です」
竹内の件、テストの点数の件、まだ委員会に入って間もないのにわりと迷惑をかけてしまっている気がする。問題児と思われても仕方なさそうだ。先輩からの信頼を取り戻したいと思う反面、これからも気を付けていても同じように迷惑をかけてしまうんじゃないかと思うと不安だ。
「仕事で分からないことがあれば何でも聞けば良いし、そこは遠慮しないでね」
「でも頼ってばかりもいられません」
「あんね、未来。あたし達一応先輩なんだから甘えていいんだよ?」
「甘える?」
千夏先輩のその言葉を聞いて思った。甘える。私には甘える、という行為が分からない。
何か困ったことがあっても誰にも相談できない環境で1人で育ってきた。1度つらいことがあって夜遅くに帰ってきた父に泣きついたことがあるが、父は面倒くさそうに私をあしらった。迷惑をかけたり、心配をかける子は悪い子。だから私は父に抱きしめてもらえないんだとその時に思った。
そんなこともあって人に弱みを見せることや迷惑をかけることが苦手な私は、今となっては甘えるという言葉の意味さえも分からなくなってしまっている。甘えるって一体何なんだろう。
「甘えるって具体的にどういうことですか? 頼ることですか?」
「そうだなぁー。頼るのはもちろんだけど、相談したり、わがまま言ったりすることかな。些細なことでも良いんだよ。例えば勉強おしえてくださいーとか」
千夏先輩はニヤリと意味ありげにこちらを見て笑った。
「千夏先輩、もしかして私の成績表見ました?」
「もちろん。想像以上に派手にぶちかましてくれちゃってて、ちょっと笑っちゃったよ」
やっぱり。
仕事だけじゃない。勉強も頑張らなくてはいけない。風紀委員ってきついなぁ。
「もう皆に知られてるんですね……。でも勉強教えてくれるあてはもう見つかってるんです」
勉強を見てくれるって言ってくれた人がいるから。
しかも学年1位。こんな特権なかなかない。
玲華先輩の方を見ると目が合った。けれどすぐに逸らされてしまった。
「そっかそっかー。じゃあ次のテスト楽しみにしてるわぁ」
「そう言われるとプレッシャーが……」
「まぁともかく、これから3役で行動することも多いと思うんよ。1年生1人で心細いかもしれないけど、これを機にもっと仲良くなれればなーって思ってる。あたしたちはチームメイトなんだからさ」
笑う千夏先輩の横顔が眩しかった。
そう言われるとなんだか安心する。
「もしかして私のこと考えて、この場をセッティングしてくれたんですか」
千夏先輩はいつもそう。適当に見えて実は周りが良く見えているし、人の些細な変化にも敏感だ。朝、竹内に話しかけられた私を気にかけてくれていた。私が人に甘えることが苦手だという性格もきっと見抜かれていたんだと思う。本当にずるい人だ。
「んー玲華が、未来誘うって言ったら自分も行くって聞かなくてさー」
「本当ですか?」
玲華先輩の方を見ると、ムキになって言い返してきた。
「そんなこと言ってない。千夏が無理やり連れてきたんでしょ?」
「その割には自分から1年生の教室の方にすたすた歩いて行ってたじゃーん」
「……」
玲華先輩は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
こうして千夏先輩の誘いにも何だかんだついて来てくれているところが愛らしい。玲華先輩は本当にかわいいなぁ。
「そろそろ時間かな。生徒会室向かおっかー」
時計を見ると、会議の時間の5分前になっていた。私たちは方向転換して校舎を目指して歩きだした。
生徒会室のドアを開けると早速、雫会長に迎え入れられた。
「わぁーこうやって見ると今年の風紀委員の3役ってめっちゃ美人だねぇ。未来ちゃんお久ー、頑張ってね!」
「はい……!」
雫会長に風紀委員はここね、と座る席を指示されて、そこにゆっくり腰掛けた。
続々と各委員会の役職者が用意された椅子に座っている。体育祭実行委員のメンバーは運動部特有のはきはきとした熱血系が多かった。周りを見渡す。思った通り、年上ばかりの環境に顔が強張る。
「緊張してるー?」
「わりと……」
私の隣に座る千夏先輩に声を掛けられた。顔が強張っている私を面白そうに見ている。あんまりじろじろ見ないで欲しいな。
「決定事項を簡単にメモしてくれれば良いからさー。発表とかはあたし達に任せて。大丈夫だよ。チームプレーチームプレー」
背中をポンポンと叩かれた。
私たちは今チームなんだ。これはチームプレイなんだ。シングルプレイしかしたことのない私にとっては慣れない環境ではあるけれど、今はできることをしよう。そして玲華先輩や千夏先輩の役に立てるように頑張ろう。奥歯をかみしめた。
「分かりました。がんばります」
雫会長の司会の進行に合わせて、決定事項をパソコンにメモしていった。皆の前で発表する玲華先輩や千夏先輩が眩くもかっこ良かった。
1時間ほどで会議は終了した。緊張したのは最初だけで、会議が終わる頃にはリラックスできていた。
「メモはとれた?」
玲華先輩にメモを覗き込まれる。私なりに頑張ったつもりなのだけれどどうだろうか……。こちらに身を寄せてパソコンを見る玲華先輩の横顔を見つめる。絵にも描いたような綺麗な顔だ。絹のような細くまとまりのある髪にも見入ってしまう。
「良い感じね。このメモは次のミーティングで使わせてもらうわ。今日はお疲れ様」
そう言いながら私を見た玲華先輩と至近距離でガッツリと目が合った。思わずドキっとする。灰色の瞳に自分の顔が映り、いかに自分が間抜け顔をしているのかが分かった。でもそれほどまでに玲華先輩の瞳は綺麗だった。
「先輩の眼って綺麗ですよね」
先輩は小さい声で言った。
「あなたのメモも綺麗よ」
初めて仕事で褒めてくれて胸が高鳴る。1つ役に立つことができた。
案外チームプレイも悪くはないのかもしれない。
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