兄妹バトル戦記

 俺の名前は神薙かんなぎ わたる。今年で大学2年生だ。

 俺には2つ下に妹がいる。友達には綺麗でかわいい妹がいて羨ましいなんてよく言われるが、俺からしたら何言ってんだお前らって感じ。あいつらは妹の本性を知らないからそんなことが言えるんだ。

 とんでもない奴だよ俺の妹は。



 まぁ仲の良い兄妹だったと思うよ。少なくともあの時までは……。



――――



 事件が起こったのは俺が中学2生の頃だった。当時小学6年生の妹は俺が学校から帰るとこう言った。



「明日の渉のお弁当、わたしが作ってもいい?」



 お弁当は母さんがいつも作ってくれていたけれど、明日は妹が作ってくれると言う。料理の腕はさすがに母さんには敵わないと思うが、俺のことを思って提案したくれたことがただ嬉しかった。だから俺は妹からの提案を承認した。母さんも満更でもなさそうだった。



 翌日。



 昼休みになり、弁当箱を通学バックから出して机に置いた。すごく楽しみにしてた。どんな弁当を作ってくれたんだろうなと期待に胸を膨らませて弁当箱を開けたら、二段式の弁当箱の一段目には白米が入っていた。まぁこれは母さんと同じだ。欲を言えばふりかけが欲しかったけど。

 二段目を開けて俺は絶句した。白米だったのだ。一段目も白米、二段目も白米。白米&白米。真っ白の海がただ広がっていた。梅干しもなしだ。おかずがない。見間違いかと思って一回弁当をしまって、また取り出して開けてみてもやっぱり白だった。

 俺の可愛い妹がそんなことするわけなくね? って思った。だってそういうことする奴じゃなかったし。きっと何か間違えちゃったんだろ。そう思ってその日は購買におかずを買いに行った。



 帰ると妹が玄関で待ってた。



「お弁当どうだった?」



 含みのある笑みだった。俺は悟った。

 こいつ――千夏はとんでもねぇモンスターだと。



「めっちゃ美味しかった。千夏は将来良い嫁になれるよ」


「そっかー。良かった。また作るね」



 思いっきり皮肉を言ってやったが、千夏は何でもないような顔をして踵を返したから手を引いて止めた。



「おいこら。どういうつもりか説明しろ」


「ご飯よくお代わりしてるじゃん。渉の好きなもの入れたら喜ぶかなって思って」


「ざけんなっ、ぶっ飛ばすぞ?」


「わー、おにーたまこわーい」



 全然怖がったそぶりもなく薄ら笑いを浮かべている千夏を見て俺は復讐を決意した。



 その日の夜、千夏の部屋に忍び込んで寝てるあいつのおでこにマジックで「肉」って書いてやった。良い気味だ。

 でも翌日、俺は母さんに叱責されることになる。女の子の顔に落書きなんて最低だと。お兄ちゃんなのに大人気ないみたいなことも言われた。世の中不公平だ。女だから、年下だからってひいきしやがる。

 俺を叱責する母さんの後ろで「肉」って書かれたでこを持つ千夏は薄ら笑いを浮かべていたのを俺は忘れない。



――――



 あれからというもの、千夏は俺に些細なことで嫌がらせをするようになった。シャワー浴びてたら電気消してきたり、トイレットペーパーに細工してあったり。なんでこんなことばっかしてくるのか聞いたら、「日常生活に刺激が欲しい」とか訳わかんないことを言ってきた。平和ボケもたいがいにしろや。

 でも大人な俺は母さんに怒られたこともあってやり返すのを我慢してたんだ。でももう無理だって思ったのが、俺が高校2年生で千夏が中学3年生の時のこと。

 部屋でゲームしてたらドラムの音が隣からすごい聞こえてくんの。俺の部屋の隣はあいつの部屋。千夏はいつからかドラムバカになったみたいで自分の部屋にある電子ドラムを何かに取り憑かれたみたいにいつも叩きまくってる。

 ドラムに夢中になったからか俺への嫌がらせの頻度はだいぶ減った。なんか急にやられなくなるとなんかペース崩されるというか……いや、別に寂しいなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

 電子ドラムは基本ヘッドホンして叩くからそんな音漏れはしないはずなのにこの日は違った。しばらく我慢してたけど、あまりにもうるさくてゲームの音もかっ消されたから文句を言いに行くことにした。

 あいつの部屋のドアを無造作に開けた。



「うるさいんだけど」


「あたしの魂のビートがようやく届いたか」



 千夏の電子ドラムから伸びたコードはスピーカーに繋がれてて、そのスピーカーは壁際――俺の部屋に向かって置かれていた。

 兄妹だからって何でもして良いと思うなよ。こんなん他人だったら訴えられてもおかしくないレベルだろ。



「暇つぶしに嫌がらせすんじゃねぇよ、千夏のビートなんてクソだクソ」


「えークソかぁ。じゃあもっと練習しなきゃねー」



 千夏は笑顔でまたドラムを叩こうとした。いつもニコニコニコニコニコニコニコニコ。こいつサイコパスなんじゃねーかってたまに思うことがある。



「スピーカーこっち向けんのやめろ。ヘッドホンでやれ」


「これ新しいスピーカーなんだけどどう?」


「クソ」



 吐き捨てるように言ってドアを思い切り閉めた。自室に戻って思った。母さんに怒られたから下手に手を出さずにいたけど、千夏も中3だしもう良くね? って。

 筋トレが趣味の俺は千夏のバッグに重りを入れてやろうと思って夜にあいつの部屋に忍び込んだ。



「とうとう渉も妹の寝込みを襲うようになっちゃったかー」



 あいつは起きていた。最悪だ。



「ちっ、起きてたのかよ」


「わたるん、欲求不満なのは分かるけどこういうのは良くないと思うよー?」


「欲求不満なんかじゃねーし。きめーな」



 全く妹なんかに欲情しない。勘弁して欲しい。



「そうなのー? 夜、普通に音聞こえるからそういうの見るならイヤホンしてって言おうと思ってたんだけどなー。わたるんは何見てたのかなぁ」


「……」


「うるさいのはお互い様だねー」



 もう最悪だった。

 俺たちを隔てる部屋の壁は思ったよりも薄かったみたいだ。



――――



 俺が大学1年生で千夏が高校2年生の頃。夏だった。

 友達とキャンプが決まって準備してる時、俺の部屋にあったはずの寝袋がないことに気がついた。

 母さんや父さんは勝手に俺の部屋に入ったりなんかしないから、犯人は千夏だってすぐに思った。

 あいつが飼い犬のチョコの散歩から帰ってきたタイミングで聞いた。



「おい、俺の寝袋どこやった?」


「あーごめん、返し忘れてた」



 やっぱ犯人は千夏だった。



「貸した覚えなんてねーよ! 勝手に俺の部屋入ってんじゃねーぞしばくぞこら」


「お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの」


「……ホント性格悪すぎ。よくそんなんで友達いるよな」



 千夏は友達が多い。まぁ普通にしてれば面白い奴だとは思うよ。本気で病んだ時はわりと心配してくれるし良いところもあるのは認める。嫌がらせさえしてこなきゃ良い奴なんだよそれは分かってる。

 でも嫌がらせが悪質だから、よくこいつに友達がいるななんて思う。だって嫌がらせしてくるんだぞ? 普通に嫌だろ。俺は家族だししょうがないと思ってるけど、血が繋がってなかったら友達してたか分からないよ正直。



「あたしはこういうことする相手はちゃんと選んでやってるから」


 

 ニコニコ顔で言われた。腹が立つ。



「俺を選ぶな」


「選ばれたのは、渉でした」


「お茶のキャッチフレーズみたいに言うな。覚えとけよ。お前の部屋物色してやるからな」



 やったらやり返されるってことを教えてやる。



「下着盗んだらママンに言いつけるからよろしく」


「うわ。ぜんっぜん興味ない。自意識過剰すぎてドン引きなんだけど」



 よくライトノベルとかで「俺の妹がなんちゃら〜でかわいすぎるんだが」みたいなタイトルを見かけるけど、あんなん夢物語だ。実際に妹がいる奴は分かると思うけど。

 千夏は確かに顔とスタイルは良いけど、見ての通り性格がジャイアンだし無理。もっと愛嬌あって小さくて可愛い子が良かった。お兄ちゃんなんて呼ばれてみたかった。でも千夏は最初から俺のことを名前で呼び捨てだ。

 なんであいつがモテるのか分からない。友達に妹紹介してくれって何度も言われてるけれど断ってる。それは友達が可哀そうだからだ。



「あたしから何を盗んでくれるのか楽しみだなー、わたるん怪盗は」



 余裕そうな表情に腹が立つ。見てろよ。



 ある日、俺は大学の授業がない日の昼、千夏の部屋に侵入した。もぬけの殻の部屋を改めて見ると電子ドラムが結構位置とってるからか俺の部屋と比べると狭く感じる。

 さてさて、どうしてやろうか。タンスに目をやったけど、すぐ逸らした。誰が下着なんかとるかよ……。意識なんてしてない。決してしてない。

 本棚とか覗いてみたけど、漫画が何冊か置いてあるだけで全然面白くない。エロ本の一冊でもありゃいじれるのに。と思ってたら本棚の奥に「緊縛クラブ」と書かれた本を見つけてしまった。中を少し覗くと縄の縛り方みたいな一覧が載ってた。エロ本ってわけじゃないけど狂気じみた何かを感じた。俺いつかヤバい目に合うんじゃねーか。いつでも対抗できるように筋トレ頑張っとこ。さすがに女には負けねーよ。

 そのままパラパラと本をめくっていると、紙切れが挟んであった。



『渉。私のこと好きなのは分かるけど、さすがにこの本見てるってことは気持ち悪いの確定だからやめた方が良いよ? さすが妹の寝込みを襲うだけあるね、変態さん』



 俺はその本を見なかったことにした。



――――



 ついに俺も目に見える形で反撃できた。記念日だ。

 俺が大学2年生で千夏が高校3年生。



 普段は俺たちはシャワーで済ませてるけど、その日はたまたま風呂を沸かした。入る順番は父さん→母さん→俺→千夏の予定だった。

 両親が風呂を出たタイミングで俺は千夏に言った。



「先入っていいよ。俺見たいテレビあるし」


「おーわかったー。じゃあ先入るね」



 よし。俺は内心で笑った。



「あ、待って。友達の土産で入浴剤もらったんだけど使う?」


「お、持ってんのー? さすがじゃん」


「すっかり忘れてたわ。部屋にあるからちょっと待ってて」



 俺は部屋に戻ってプロテインのヨーグルト味の粉末を2スクープすくって、それを風呂に入れた。



「入れてきたよ」


「さんきゅー」



 千夏は何の疑いもなく風呂場に去って行った。もう笑いを堪えるので必死だった。あいつが脱衣所から消えた後、俺は風呂のドアの前で耳をすました。



「うっわぁまじかー。絶対入浴剤じゃないじゃんこれー」



 千夏の声が聞こえた。かかったな。

 面白すぎて声を堪え切れずに笑ってると気が付いたのか、風呂から千夏の声がした。



「渉も後で入るんだよね?」


「入るわけねーだろバカ。シャワーで済ませる」


「うわーやられたわー。身体カッピカピなんだけど何入れたの?」



 やられてんのに何故か嬉しそうのは何故なのか。



「プロテイン。試しに飲んでみたら?」


「おー。なんか甘い。何味これ」


「まじで飲んだのかよ、やば」


「風呂にプロテインとか頭おかしすぎて爆笑なんだけど」


「日頃の行いを反省しろや」



 言い捨てて部屋に戻った。

 ……あれ、あいつに嫌な思いさせてやろうと思ったけどそんな効いてなくなかったか。だってなんか嬉しそうだった気が……。



――



 入浴剤事件を受けて本人も反省したのか、あんまり嫌がらせしてこなくなった。実に平和で良い日々を俺は過ごしていた。



 朝起きて眠い目をこすりながらリビングに向かった。今日は俺以外全員外出してて、俺は家に1人だった。

 リビングのテーブルの上には手紙が置かれていた。

 


『渉へ



 おはよう!


 なんか私も色々と思うことがあって

 この手紙を書いています。

 普段は言えないけど本心話すね。


 いつも悪戯ばっかりしちゃってごめんね。

 何か面白くてやめられなくて。

 生意気な妹なのになんだかんだ

 いつも構ってくれる渉が大好きです。


 最初に渉にした悪戯は白米地獄だったよね。

 覚えてる?

 お詫びじゃないけど、今日のお昼ごはんは

 私が作ったから良かったら食べて。

 お米は炊飯器、おかずは鍋の中に入ってます。

 これからも仲良くよろしく!



 千夏』



 手紙読んですげーほっこりした。

 俺、妹のことなんだかんだ好きなんだなって思った。いつも嫌がらせされるけど、向こうも俺のこと好きだからやってただけでさ。よく笑い合ってるし良いコンビだよ俺たちは。



 炊飯器は保温になってて中に米が入ってた。茶碗によそった。

 おかず、何作ってくれたのかなって思って鍋開けたらさ、中は空っぽだった。

 


 空っぽだった。



 ……空っぽだった。



 代わりに鍋の底に一枚の紙が置いてあったんだ。



『おかず入ってるとでも思った? 甘いんだよ。またあの時みたいに白米だけ食ってろバカ兄貴(^^)』



 あの野郎……。俺はあいつに勝てる日が来るのだろうか。

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