3月
3送会
あるトークグループが久々に動いた。
それは2月中旬のことだった。
『今日実行委員がクラス来たんだけど、
3送会で我らにライブして欲しいってさ。
こりゃ、やるっきゃないっしょー(´∀`*)
文化祭バンド復活宣言ここにあり!』
メッセージは千夏先輩からだ。
文化祭のバンドのトークグループである。
3月の上旬、3年生を送る会というものがあり、卒業を控えた3年生に向けて1、2年生が歌を歌ったり楽器を演奏するなどの出し物を行う。この年に1度のイベントの略称を「
毎年バンド枠としては1、2バンド選ばれるそうだが、文化祭での盛り上がり方などを見て判断した3送会の実行委員達は私たちのバンドを選んだ。
千夏先輩からのメッセージを受けて他のメンバーもライブには乗り気であることが分かり、出演が速攻決定した。
文化祭と違って演奏時間は10分ほどしか取れないとのことで、一番盛り上がった君が
正直もうラップは二度と歌うことはないと思っていたのにな……。でも選ばれちゃったし、あの曲が反響があったのは確かなのでまたやるしかない。覚悟を決めた。歴代風紀委員長は韻を踏むだなんて洋子とかに言われそう。
2月の終わりに久しぶりにバンドメンバーと地下のスタジオに入って曲を合わせてみたが、1度やったことのある曲だったこともあってクオリティは当時のまま。私も歌詞を見ずに通しで歌うことができ、全体の完成度は高かった。
何度かスタジオに入り練習を重ね、3送会を明日に控えた今現在、私たちは最後の仕上げに取り掛かっていた。
「決めた。あたし風紀委員引退したら軽音部入ろーっと。スタジオのドラム叩き放題とか最高」
一通り合わせ終わって休憩していると、千夏先輩はスティックをくるくる回しながらそんなことを呟いた。
風紀委員を引退してから何かの部活に入るなんて聞いたことないけどできるんだ。初耳だ。
「まじ? 絶対千夏と組みたいそしたら」
「でも今更だよね。どっちにしろ文化祭後には引退しなくちゃだし、うちら3年だし受験じゃん? あんま部活できなくない?」
「あーそれな。風紀委員なんかに入らないで最初から軽音部入っとけば良かったのにね」
由紀先輩と有紗先輩はコーラを飲みながら千夏先輩と話している。もう3年生だから受験のことを考えなければいけないようで大変そうだ。
「昔からじゃんけん弱いんだよねー。まぁ、その代わりじゃないけど風紀委員でもらった内申使って大学は推薦で行くつもりだから受験は関係ないかなぁー」
千夏先輩は風紀委員にならなかったら軽音楽部に入るつもりだったと言っていた。それなのに不運にもじゃんけんで負けて風紀委員に。1年頑張った後に副委員長に推薦されて更にもう1年務めた。
ライブもしていたし、音楽活動が全くできないわけじゃなかったみたいだけど、きっと我慢してたんだろうなと思う。……少なくとも、積りに積もった何かが爆発して夏休みに金髪にしてしまうくらいには。
千夏先輩は成績も優秀なので推薦を勝ち取るのは容易いことだろう。受験のことを気にせずに、今度こそ好きなことに専念できる。風紀委員を引退してしまうのは寂しいけど、千夏先輩にとっては良いことだ。残りの学院生活を思う存分謳歌して欲しい。
「はぁ、それずるっ。うちは音楽の専門学校行きたかったんだけど親に全力で止められた。大学行けってさ。勉強だるいなぁ」
由紀先輩はコーラを喉に流し込むと、ふてくされたような表情になった。
「てか事務所入ってんだから軽音部入る必要なくない? ライブしてお金貰えるんでしょ? 最高じゃん」
有紗先輩はそう言うと口を尖らせた。
「まぁこれからサポートでちょくちょくライブ出るんだけどさー、足りないから。例えるならお腹空いてんのにゼリーしか食べられないみたいな状態がずっと続いたからね。今までの分取り戻すんだよ」
「さっすが。直近いつライブするか決まってんの? 観に行きたいんだけど。彼氏もドラムで、千夏のこと話したらプレイ見てみたいって言ってたし」
有紗先輩彼氏作ったんだ! 校則改定の恩恵を受けた人を初めて見た!
「へぇ。有紗の彼氏ってイケメン?」
千夏先輩はニヤリと笑った。
「私はかっこいいと思ってるけど……なに、取んないでね??」
「ははっ。とらないとらない。今度紹介してよ、彼氏の性癖当ててあげるからさ」
「きゃはは! 何それ最低!」
楽しそうだ。
千夏先輩が音楽事務所のことを2人の前で普通に話している姿を見て、私はなんだか安心した。余計なお世話かもしれないけれど。
バンドの雰囲気も心なしか以前よりも良くなっている気がする。
恋愛トークができるのは仲良い証。そんなことを千夏先輩が言っていたのを2人のやりとりを見て思い出した。
「未来はれいぴーと順調?」
由紀先輩に顔を覗き込まれた。不意打ちに思わず背筋が伸びた。
「あぁ……はい、順調です」
「同性カップルなんて最初ビックリしたけど、未来とれいぴーはなんか絵になるよね」
「そうですかね、あはは……。あの、由紀先輩は玲華先輩のことそう呼んでるんですか?」
「ん?」
「れいぴーって……」
少し気になっていたことだったので思い切って聞いてみた。
「うちのクラスみんな裏でれいぴーって呼んでるんだよね。なんかバカ真面目だけど憎めないところあるじゃん。これ本人には内緒ね」
由紀先輩は人差し指を口元に当てて、へへっと笑った。裏で呼ばれてるなんて面白い。本人はそのことを知ってるのかな。
「面と向かって呼んだことはないんですか?」
「まさか! それは死んじゃう。未来だったら呼べるかもしれないけどうちは絶対無理!」
「私も面と向かっては無理ですね……」
「いいじゃん、彼女なんでしょ?」
心の中で呼んだり、玲華先輩が寝てたであろう時にそう呼んだことはあるけど、さすがに面と向かっては私もキツいな……。
付き合ってはいるからそれなりに先輩後輩の壁を通り越して距離感は近いと思う。でも恐れ多さの方が勝ってしまう。
「まぁそうですけど面と向かっては難しいですよ……由紀先輩は恋人いないんですか?」
「うちはギターが彼氏かな。誰よりも一緒にいるしね。ほら、イケメンでしょ?」
由紀先輩は赤いギターのボディを愛おしそうに撫でた。
「イケメンです! 楽器が恋人かぁ。なんか良いですね」
楽器が恋人って言えるくらい没頭できるものがあるって羨ましいかも。でもここにいる人はみんなそう。
「もう付き合って3年目。良い声で鳴いてくれるから好きー」
由紀先輩はギターの弦を何本か弾いた。
「ほれ、そろそろ合わせるよー」
千夏先輩の声が後ろから聞こえた。
「よし、やるか!」
「はい!」
この3人は音楽を心から楽しんでいて、かつ一生懸命だ。このメンバーに混ざってライブをするからには私も本気でやらなければいけないと思う。持ち場についてマイクを構えた。
――――――――――――――
3送会当日。
私たちは講堂の控え室で自分たちの出番を待っていた。最前列には3年生が座っている。一部の生徒を除き、大部分は受験ももう終わって進路も決まっているからか、清々しい顔付きのように見える。
また、この舞台に立つ。1度経験を積んでいるからか、文化祭の時よりは緊張していない。たくさん練習したんだ。きっと大丈夫。
由紀先輩と有紗先輩は椅子に座って各自、楽器のメンテナンスをしていた。彼女たちはもう受験だし、今日ここでライブをしたら、もうしばらくこのメンバーで何かすることはないんだろうな。最後の最後に恋愛トークできる仲までになれたのに……。
そして千夏先輩もそのうち風紀委員を引退し、もう一緒に仕事をすることはできなくなってしまうと考えると心に靄がかかったような気分になった。
「3年生がこうして卒業して、千夏先輩もそのうち引退してって考えると少し寂しいです」
楽器のメンテナンスのない千夏先輩は私の隣に立って、呑気にスティックをクルクルと回していた。
5月末で玲華先輩と千夏先輩は風紀委員を引退する。引退後も玲華先輩とは変わらず会うだろうけど千夏先輩はどうだろう。もう関わる機会がないんじゃないかと思うと途端に寂しくなった。
いつも変なちょっかいをかけてくる先輩だったけど、面倒見が良くて面白くてよく可愛がってくれたと思う。これで私たちの関係が終わるなんて思ってないけれど、3送会という別れのイベントを前にして思うことは色々あるわけで……。
「まぁねー確かに寂しさはあるね。でも終わりがあるから始まりもあるわけでさ。それ自体ネガティブなことではないよ」
「そうですね」
千夏先輩は千夏先輩の道を進んでいくんだ。それをいつまでも応援できる私でありたい。
ポジティブに……ポジティブに……。
「なんでそんな顔してんのー。あたしたちの関係はこれからも続いていくっしょ」
鼻を弱い力でつままれた。
心ではポジティブにいようと思っていても、顔に寂しさが出てしまっていたようだ。まだ引退していないのに気が早いかもしれないけれど、寂しいものは寂しいから仕方ない。
「分かってるんですけど……なんだかんだ千夏先輩優しかったなって思って」
今思えば本当に飴と鞭の飴担当だったなぁ。
風紀委員に入りたての頃は慣れない環境で少し不安だったけどよく話しかけたりしてくれたし。
「上下関係が元々好きじゃないってのもあるけど、あたしが後輩に優しくできるのは先輩に優しくしてもらったからだよ。だからさ、次は未来の番。新しく入ってきた後輩に優しくしてあげて」
「はい! 絶対優しくします!」
自分に後輩ができるなんてまだ信じられないけれど、来年はこうして引退を惜しんでもらえているような先輩になれてたら良いな。
「頼もしいなぁ。次期風紀委員長は」
どこか嬉しそうな表情でそう言われた。
「引退してもたまには構ってくださいね」
ただでさえ周りに人が多い千夏先輩だから。
そのうち、私の存在なんて千夏先輩の中でどんどん小さくなって埋もれてしまいそう。
「たまにそういうデレを見せてくるよね。むしろ未来が構ってよ」
「え、私がですか?」
「そう。ま、嫌でもあたしに構わないといけなくなる方法知ってるんだけどさー」
千夏先輩はいたずらな表情になって横目で見下ろしてきた。
「何ですか?」
「校則違反しまくる。そしたら構ってくれるでしょ?」
「そういうやり方はだめです! 私のいないところで校則違反してください!」
一応風紀委員長になるので、私の見える範囲では務めを果たさなければならない。仕事を増やさないで欲しい……。
「ははは! 私のいないところでって言うところ未来らしいね」
「もう……。でも挨拶運動とかでまた会えますよね」
「寂しがり屋かよー。あのさ、まだ公にはしてないけど実は年内にアリーナでのライブが決まってんの。未来には特別にチケットあげるから観に来てよ」
「え、本当ですか! 絶対観に行きます!」
「あの時言ってくれたよね。あたしがでっかいステージでドラム叩いてる姿を見たいってさ。覚えてないかもしんないけど。嬉しかったよ」
文化祭の打ち上げの時だ!
忘れるわけがない。むしろ、千夏先輩が私がそう言ったことを覚えていてくれたことが嬉しい。
「言いましたね。覚えてますよ……なんか泣けてきますね」
「泣き虫赤ちゃんなのは分かるけど、この後ライブだかんなー? 泣きながらラップ歌われたらそれはそれで爆笑だけど」
千夏先輩はニコっと笑って私の頭を撫でた。
その撫で方は今までと違って優しいものだった。
「そろそろ準備お願いします!」
文化祭の実行委員がこちらまで来てステージの方を指差した。いよいよ私たちの出番になったようだ。
「さて、3年生送りだしますかー」
千夏先輩はスティックを構えた。
「おう!」
「暴れるぞー!」
由紀先輩と有紗先輩は椅子から立ち上がって楽器を肩にかけるとこちらまで来た。
「やってやりましょう!」
私たちはライトの当たるステージに歩みを進めた。
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