生徒会選挙
早いもので、世代交代の時期になった。今月の終わりに生徒会選挙が行われて、我々1年生から新しい生徒会長が選出される。
立候補者は全校生徒の前で、成し遂げたいことをスピーチし、その後の生徒からの投票で1番多くの支持を得た人が新年度の生徒会長になることができる。
生徒会長への立候補は必ずしも生徒会の人でないといけないというルールはないため、一般の生徒からも応募を募っている。
そんな中、我々のクラスからも立候補者が出た。手を挙げたのは意外な人物だった。
「みっちーまじなの?」
「まじだよ。校則改定で成功体験積んで自信ついたんだ、無力じゃないって。生徒のためにもっと動きたいって思ったから、このまま突っ走っていきたい」
みっちーは眉をキリッとさせて拳を固めた。
この顔は本気の顔だ。時折見せる、みっちーの真剣な表情に少しドキリとすることがある。こんな顔もできるんだって。
「あのみっちーが生徒会長かぁ……。若干心配だけど、実際過去に行動を起こしてるわけだし、生徒からの知名度もあるから普通に当選しそうだよね」
叶恵はそう言うと、ジュースのストローに口をつけて外の景色をぼうっと見ている。
みっちーには天然属性が入っているので、生徒会長としてうまくやっていけるか多少心配な部分はあるけれど、校則改定に大きく関わった生徒として一躍有名になったし、現生徒会長の妹として生徒の支持も一定得ている為、当選には難くないだろうなとは思う。
でもあのみっちーが生徒会長に立候補なんて正直意外だった。人って見かけによらないなぁ。
「スピーチでヘマしなければ、きっといけるってお姉ちゃんも言ってくれたけど……お姉ちゃんの妹だからって投票されるのはなんか嫌だな。姉妹とか関係なしにわたしを見て欲しいって思うし」
「雫会長の妹」としてではなくて、みっちはー「奥寺満」として生徒からの支持を得たいって思っているんだ。凛々しくてかっこいいな。
全校生徒の前でスピーチなんて緊張しそうだ。でも、みっちーは文化祭で全校生徒の前で歌うくらい度胸あるんだった。原稿を読むくらい屁でもないんだろう。ある意味頼もしいかも。
「もうスピーチの内容考えてあるの?」
「だいたいね。千夏先輩が放課後に見てくれるって」
「千夏先輩が?」
最近仲良くしてるっぽいことは知ってたけど、選挙に向けた原稿を風紀委員の千夏先輩が添削するってなんか違和感あるな。
「うん。昨日の放課後に図書室で原稿の下書き書いてたんだけど、千夏先輩に肩叩かれて何してんのか聞かれたんだよね。選挙のスピーチ考えてるって話したら協力するって言ってくれて……」
「なんか怪しくない?」
「えぇそうかな……大丈夫だと思うんだけど」
もうだめだ。千夏先輩が関わると全部怪しく見える。スピーチでろくでもないことみっちーに言わせるじゃないかと思うと心配だ。
「まぁ、でも先輩のご厚意なんだし甘えとけば? 念のためうちらにも見せてくれると嬉しいかも」
「うん、分かった。とりあえずなんとか頑張るよ!」
みっちーは親指を立てて笑った。
叶恵も千夏先輩のヤバさを知っているのでうまく機転を利かせてくれた。出来上がった原稿は私たちがチェックする。それなら安心だ。
千夏先輩がみっちーに悪意のあることをするのかは分からないけれど、あの人は本当に行動が読めないから。予防線は前もって張っておくのだ。
――――――――――――
翌朝。
「みっちー、おはよ」
「あ、おはよー!」
朝日の差し込む教室。明るく返事を返された。
少し早く着いた私はみっちーと挨拶を交わした。叶恵はまだ来ていないようだったので、叶恵の席に腰掛けてみっちーと縦並びになる。
「原稿できた?」
「うん、だいたいね」
昨日、千夏先輩とうまくできただろうか。少しソワソワとした気持ちになる。
「見ても良い?」
「いいよ! 千夏先輩が添削してくれた部分が赤文字で、最終的に清書して繋げる感じになるからまだ完成じゃないんだけど。なんか友達に見せるの恥ずかしいね」
みっちーは少し照れたように笑いながら、机の中の原稿を取り出した。
受け取ってザッと目を通してみる。
そこには、決意から行動を起こして校則改定に繋げたサクセスストーリーが書かれていた。起承転結がしっかりしていて、流し読みをするつもりが引き込まれた。思わずみっちーをこの先も応援したくなるような内容で、私は読みながら自然と相槌を打っていた。
千夏先輩を疑ってしまって申し訳ないと言う気持ちに駆られる。みっちーが元の案を作っているのは分かるのだけれど、千夏先輩の赤字は的確に入っていた。強調したいところをよりハッキリと強調することでスピーチとして飽きが来ないように工夫されており、時には聞いている人の同情を上手く誘うような表現方法に書き換えたりなどしていて、さすがとしか言いようがなかった。
しかし原稿の後半のことだった。聞き捨てならない部分を私は発見してしまう。
『――。私には同じクラスに親友がいます。彼女は今、風紀委員として仕事を全うしています。慣れない仕事の中、生徒が気持ちよく学校生活を送れるよう一生懸命頑張るその姿を見て、私も影響を受けてここまで来ましたし、今回の校則改定に踏み切れる勇気をもらいました。そんな私の親友は、4月から風紀委員長になります。
私が生徒会長になれば、風紀委員長と1番近い距離で仕事をすることになるため、より皆さんの本音――生の声を取り入れることができると確信しています。また、生徒1人1人が過ごしやすい学院生活を実現させるため、どうすれば良いのかを新しい風紀委員長と共に考えていきたい。生徒会長と風紀委員長が団結することで学院の在り方を変えていきたいです。どうか――』
はぁ!? 風紀委員長!?
ぷるぷると原稿を持つ手が震えている。名前こそ出ていないものの絶対私だ。だってクラスに風紀委員は1人だしみっちーの親友は私だから。落ち着け……。
とりあえず私のことを風紀委員長に推薦するつもりなのは分かった。それ自体にもハテナマークしかつかないのだが、こんなもの全校生徒の前で読まれたらもう絶対、風紀委員長を断れないじゃん。どういうつもりなんだ。
この部分はほとんど赤字で書かれているので千夏先輩が考えた文章であることが分かる。クッ……。
千夏先輩が原稿に関わった理由が分かった。最初からこれをみっちーに読ませるつもりだったんだ!
「確認したいんだけど、私が風紀委員長になるって言ってたの千夏先輩?」
私は引きつった笑顔でみっちーに尋ねた。
「え……うん。千夏先輩と玲華先輩だけど……」
みっちーは私のただならぬ空気に苦笑いになっている。
「……はい? 玲華先輩も?」
何故このタイミングで玲華先輩の名前が出たのか一瞬理解が追いつかなかった。
「なんか途中から玲華先輩も来て原稿見てくれたんだよね」
「どういうことなの……」
頭を抱えた。
みっちーの選挙用のスピーチ原稿を何故風紀委員の2役が添削しているの。どういう流れでそうなったわけ……。
「未来風紀委員長になるんじゃないの? え、え?」
みっちーは困惑したような顔になって原稿用紙と私を交互に見て慌てている。
「風紀委員長になるなんて一言も言ってないんだけど……」
「ま、まじか……。え、書き直すよそしたら」
「待って……ちょっと今日のミーティングで確認しとくからまた報告するね」
「う、うん」
やられた……。千夏先輩ならまだしも、玲華先輩もグルになっていたなんて……。どういうつもりなのか聞かないと。
風紀委員の昼のミーティングが終わった後のこと。
落ち着かないまま、私はのけぞって座っている千夏先輩の席のところまで行った。玲華先輩にも確認したいけどそれは後だ。今回の主犯は千夏先輩だろうから。
「あの、みっちーのスピーチの原稿作りを手伝っていただいたようで……」
「礼には及ばん」
しらを切るつもりなのか、いつもの調子でそう返答されたので、核心に迫ることにした。
「私が風紀委員長になるそうですね」
「あは、やっぱバレちゃったかー」
私たちのやり取りを見ていたのか、玲華先輩も千夏先輩の元までやってきた。
近くに玲華先輩が来たことを確認すると、千夏先輩は少し真面目そうな表情を作って私に言った。
「もうさー単刀直入に言うけど、風紀委員長やってくんない?」
「はぁ!? 嫌だって言ったじゃないですか!」
何度か千夏先輩には風紀委員長に興味があるか聞かれたけれど、その度に興味がないと断ってきたはずだ。こうして直接言われたことで、私のことを本気で指名しようとしていることが分かってしまったが、疑問を拭うことができない。どうしてそこまでして私に風紀委員長をやらせたいのかが全く分からないのだ。
「未来。私たちはあなたを風紀委員長に推薦するわ」
「玲華先輩まで……なんで私なんですか。絶対おかしいですよ」
完全に2対1の構成になっていた。風紀委員長と副委員長を前に拳を固める。
こんなのおかしい。だって私なんかに風紀委員長なんて務まる気がしないし。
玲華先輩と比較された時に、去年の風紀委員長は良かったのになんて言われたら結構凹む自信がある。
「ほらーあたしはもう風紀委員じゃなくなるわけだし? 未来みたいな一生懸命なのにちょっと抜けてる感じの親しみやすい風紀委員長がいれば学校生活も楽しく送れるかなーって思ってさ」
「……千夏先輩らしい理由ですね」
私も同じ立場だったら緩い風紀委員長の方が良いから気持ちは分からなくもないけれど。
「ま、玲華は違う言い分があるみたいだけどさ」
玲華先輩はなんで私を風紀委員長に……。玲華先輩の顔を見ると、ゆっくりと頷かれた。
風紀委員としての威厳。よく玲華先輩はそんなことを言っていたけれど、私には皆無だ。なんで私なんだろう。
「……私威厳とかないですし」
「だからこそよ」
「え?」
目を丸くして玲華先輩を再度見る。
「だからこそ。……近くで見ていて思ったわ。きっとあなたになら皆付いてくる。私ではできなかったやり方で勤めを果たす姿を近くで見てみたいのよ」
「そ、そんなぁ……玲華先輩まで……」
そっか。玲華先輩は厳しく生徒を縛るやり方を貫いていたけれど、本心はそうしたくなかったんだ。
だからこそ、次は「
でも、責任のある仕事は荷が重い。きっとたくさん失敗してしまうだろう。口を一文字に結んで下を向いた。断るなら今だ……。
「未来、何も心配することはないわ。彼女である私が元風紀委員長になるのだから、未来に1番近い位置で仕事をサポートできるはずよ」
「……」
玲華先輩はこちらまで来ると両手で頬を包まれて上を向かされた。
いつも私が玲華先輩にやってるやつ、ここでやるの反則だ。
「なに、そのままちゅーすんの?」
「そ、そんなわけないでしょうっ!」
玲華先輩はたじろいで少し私から離れた。千夏先輩はそれを面白そうに見ている。
少し笑いそうになるのを堪えて再度下を向く。
……どうしよう。
「次、移動教室だからそろそろ行くわ」
玲華先輩は荷物をまとめて風紀室を後にした。
そのタイミングで千夏先輩も立ち上がって私に向かい合った。
「ま、今すぐ決めろとは言わないからさ。あたしとしてはみっちーにそのまま原稿を読んで欲しいなって思うよ。あの部分は特にみっちーのお気に入りだったみたいだし」
千夏先輩はそう言うとウインクして、玲華先輩に続いて風紀室を出て行った。
――――――――――――
あれから、みっちーは全校生徒の前でスピーチ原稿を堂々と読み上げた。その姿は雫会長にどこか似ていた。
生徒会長の立候補者は全体で5名。
やはり実績があるので、生徒からの信頼を元から勝ち取っていたみっちーは結果としては圧勝だった。1、2年生の全投票の3分の2以上の票を獲得したみっちーは次期の生徒会長になることが決まったのであった。
そして私は――。
とある日の放課後。
風紀室で玲華先輩と千夏先輩が見守る中で私は書類に自分の名前を記入した。書き終わると、それをそのまま洋子にパスをした。洋子も私の名前の下に自分の名前を記入した。
「頼んだわよ」
「まぁ、無理せずねー。なんかあったらすぐ相談のるからさ」
私たちは風紀委員長と副委員長からの握手に応えた。
「未来さん、頑張ろう! 可能な限りサポートするから」
洋子は顔の横で拳を作った。
「うん、頼りないかもしれないけど頑張るよ」
次期の風紀委員長と副委員長が決定した瞬間だった。
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