愛
お泊りの日。
夜ご飯はカレーだ。
せっかく泊まりにきてくれるんだから、心のこもったおもてなしをするんだと前から決めていた。玲華先輩の好物はカレーだから。
ついに出来立ての手作りカレーを作る約束を果たす時が来たのだ。腕の見せ所である。
一緒にスーパーに買い出しをして、材料をキッチンに並べた。
いつものスーパーなのに玲華先輩が隣にいるだけで全然違った。楽しくて楽しくて仕方なかった。恋は夢を見せてくれる。いつもの日常なのに見え方が全然違うのってなんでなんだろう。
喧嘩もなく、何もかも順調すぎて怖いくらいだ。
「手伝うわ」
手を洗っていると横から玲華先輩が顔を出した。
「え、いいですよ。適当に座ってくつろいでてください」
私はおもてなしをしなくてはならない。
客人はテレビでも見てのんびりと待っていれば良いのだ。
「どうしてそういうことを言うの? それでは一緒にいる意味がないでしょう」
「確かに……分かりました。じゃあ一緒に作りましょう。秘伝レシピを伝授してあげます」
玲華先輩は腕まくりをすると私に倣って手を洗った。
今日は私の助手として働いてもらおうかな。
「いつまで取っておくつもりなの」
玲華先輩の視線は黄色のパッケージのバランス栄養食に向けられていた。
「え、玲華先輩から新しいのもらうまでです」
私は玲華先輩にもらったそれをまだ食べていなかった。もったいないのだ。一応非常食なので賞味期限は長めだけど、賞味期限を過ぎてもきっと捨てられないだろう。我ながらどうかしてると思う。
もらったものを何でも取っておくなんて私って重い女なのかな。
「……私は常にこれを携帯しているわ。新しいのをあげるから、今のはさっさと食べて。賞味期限が切れるでしょう」
「本当ですか? 新しいのくれるんだ! やったー!」
ガッツポーズをして跳ねた。
私がカレーを作るときは、玲華先輩がこれをくれる。
そんなルーチンが出来上がったら面白いな。
「ただの非常食でしょう。どうしてそんなに嬉しそうなの……。そういうところが、そういうところがいちいち未来は……」
何やらぶつぶつ言いながらタオルで手を拭いている。
「玲華先輩との思い出は捨てられないんですよね。だからこうして定期的に交換していきましょうね」
ニコっと笑いかけると先輩の頬は僅かに染まった。
「さーってと! まず野菜切りましょうか」
にんじんを手にもつ。
「……」
「……? れっ……」
玲華先輩が無反応だったので、どうしたんだろうと思った途端に後ろから腕ごと巻き込んで抱きしめられた。
「れいぴーは後ろから抱きしめるの好きですよね」
「あなたの背が抱きしめるのには丁度良いだけよ」
回された腕に力がこめられる。
こうされると愛されてるって感じがして嬉しいけれど、両手の自由を奪われて作業ができない。カレーを作らなければいけないのに。
「もー。野菜切れないじゃないですかー」
「切らなくても良いわ」
「いやだめでしょう! 野菜なしカレーができちゃいます!」
楽しいな。この楽しいのが今夜はずっと続く。そう思うだけで心が弾む。
一緒に料理をして特製カレーを堪能した。とても喜んでもらえたように思う。作って良かった。
そのあとは片付けをしてシャワーを浴びて、流行りのドラマを見て、ああでもないこうでもないと他愛もない時間を過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎてもう寝る時間になった。
本当は朝まで起きていたいけれど、眠気に勝つことはできず、布団を一式私のベッドの横に敷いた。玲華先輩が泊まりにくると分かっていたのであらかじめ買っておいたものだ。
寝袋も視野に入れたけれど、別にキャンプをするわけではないし、ふかふかの布団に勝るものはないので辞めた。
「玲華先輩はベッドで寝てください。私は布団で良いですから」
おもてなしだ。玲華先輩には少しでも寝心地の良いベッドで寝てもらおうと思っていた。
「何を言っているの。私は下で良いわ」
「玲華先輩は、下ですか」
「そうよ……。なに?」
少し含みのある言い方をしてしまったせいか、玲華先輩は少し冷めた表情だ。
でも安心して欲しい。私は玲華先輩に手を出すつもりはない。少なくとも今じゃなくて良いと思っている。
求めたい気持ちは山々だけど、その分大事にしたいという気持ちも強いからだ。本気で好きだからこそ、こういうのは時間をかけていくべきなんだと思う。相手は私が初めて付き合う人で、まだ経験も浅いのだから。
電気を消した。
部屋には寝るとき用の小さな明かりが1つだけついているだけだ。一気に暗くなったことで視界が曇る中、足の感覚を頼りになんとかベッドまでたどり着いた。
玲華先輩は敷布団で寝ると言って聞いてくれなかったので結局私は上だ。ベッドに入ってスマホをいじった。
通知が何件か来ていたのでそれをチェックする。
「リストバンドはつけたまま寝ているの?」
横から声がした。
スマホの灯りはリストバンドを照らしていた。
私の手首には玲華先輩がくれたリストバンドが装着されている。
「あぁ、これですか。玲華先輩が近くにいてくれてる気がして安心するんです」
鼻から息をフッと吐き出し、スマホを置いてそっと右手のリストバンドに触れた。
実はプレゼントしてもらった日から夜もずっと着けている。こうして着けているとなんとなく落ち着くのだ。
「玲華先輩ももう知ってると思うんですけど、私男癖悪かったんですよ。もちろん今は全然そんなことないし玲華先輩一途ですけど。
……未だによく悪夢を見るんです。振った人たちが殺しに来る夢です」
「……前にも悪い夢を見たと言っていたわね」
「はい。悪夢を見たあとは人肌が妙に恋しくなって……。このリストバンドをしていたら玲華先輩を近くに感じられるから」
再度リストバンドをなぞった。
心を込めて玲華先輩が編んでくれたもの。
ぬいぐるみがないと眠れないなんて人がたまにいるけれど、今となっては私はこのリストバンドだ。
「……」
玲華先輩はむくっと起き上がってこちらを見た。
枕に頭を乗せながらも首を先輩のいる方――右側に倒す。目が暗さに慣れてきたのか表情がはっきり見える。眉頭を少し上にあげて心配しているような顔をしていた。
「笑っちゃうかもしれないですけど悪夢を見たその翌朝、目覚めてから思うんですよ……私なんかがこんな幸せでいいのかって。こんなに色んな人から恨まれてるのに」
何言っちゃってんだろ。こんなこと話されたって相手は困惑するだけだって分かってんのに。
その場が暗い空気にならないよう私は無理に笑ってみせた。
過去にしたことは消えない。この手首の傷と同じように。
たくさんの人を悲しませてきた私が、こんな幸せでいていいのかと疑問に思うのは本当だ。自信がなくなる。孤独感に苛まれ、自己肯定感が著しく低下して虚しさに包まれる。
いつまでこんなこと引きずってんだろ。自分って本当めんどくさい奴だな。全部嫌になる。
無理に作った笑顔は長くは続かなかった。
「私の幸せを願うくせに自分の幸せを受け入れられないなんておかしな話よ」
玲華先輩は膝立ちになり、私の腕をつかむと装着しているリストバンドを外した。
「玲華先輩……?」
そのまま玲華先輩は私の手首の傷に口づけた。
「んんっ……なにを……」
いきなりのことに思わず身を起こして抵抗しようとしたが、手を離してはくれなかった。
手首に感じる慣れない感覚。なんでこんなところにキスしてんの……。口を半開きにして目の前の光景をただ見ることしかできない。
玲華先輩は一度唇を離したかと思うと再度傷を挟むように口づけた。グロテスクだって言われてきた私の傷にこんな口づけをするなんて。
柔らかくて熱い妙な触感に漏れそうになる声を必死に抑える。
傷の割れ目を玲華先輩の舌がなぞった。
「んんっ……」
拳をぎゅっと握って、くすぐったさに耐えた。
玲華先輩は私の手首からようやく口を離したかと思うと、私のパジャマの襟元を両手で掴んで引き寄せてきた。
目の前に玲華先輩の顔がある。灰色の目には私の驚いた顔が映っている。
「あなたが私の全てを好きだと言ってくれたように、私もあなたの全て愛したい。……いいえ、愛しているわ。あなたのその手首の傷も含めて全部愛している」
その言葉に唾を飲み込んだ。
玲華先輩はベッドに上がって私のパジャマのボタンを上から外し始めた。素肌が晒された箇所から口づけられていく。
首元、胸元へのキスに変な声が出そうになるのを必死に堪えた。でも嬉しい。玲華先輩がこんなことするなんて思ってなかったから。
ついにパジャマのボタンを全て外されて、そのまま脱がされて上半身は下着になってしまった。
真っ直ぐに見つめる瞳。
「抱いてくれるんですか……?」
脱がせるってことはそういうことだって思っても良いのかな。なんて。
玲華先輩のサラサラな髪の毛を撫でた。
「私はあなたを安心させる義務がある。だからっ……」
玲華先輩は少し下を向いてぎゅっと目を瞑った。
「できますか」
妙に落ち着いた声が出た。
私のことを心配してくれているんだという気持ちは伝わった。でもちょっと強がってるよね。無理しなくて良いのに。
「……。できる、と思う」
「やり方は分かりますか?」
「それは……」
「ふふふ。かわいい」
玲華先輩の着ている服の裾の部分を持って上に持ち上げる。
私だけ脱がされるのは不公平なので、とりあえず玲華先輩の上着を脱がし返した。
きめ細やかな肌。華奢なのにふくよかな胸の膨らみ。下着姿になった玲華先輩は恥ずかしそうに両手で胸の部分を押さえている。
愛おしくなってそのまま抱きしめた。
肌と肌が密に触れ合って体温を直に感じる。暖かい。なんか生きてるって感じがする。そのまま呼吸を繰り返して「今」を感じた。
すべすべとした肌が心地良いが、触れ合っている場所が体温で徐々に汗ばむと同時に心臓がどんどん速くなっていった。
全部くっつきたい。抱きしめたまま口付ける。
好きだ、好きだ、大好きだ。気持ちが溢れて止まらない。
触れ合った唇はソフトなものからより濃厚なものへと変わっていった。それはきっと玲華先輩も私と同じ気持ちだから。奥に、もっと奥に触れたい。
「んっ…………はぁ……」
口の中の暖かさ、絡められた舌が気持ち良い。
お互いの甘い吐息が近い距離で耳に入ってきて、このまま溶けてしまうんじゃないかという錯覚に陥る。
「先輩、抱いていいですか?」
お互いの唾液が誰のものなのか分からなくなった頃、唇を離したタイミングで問う。
「……」
玲華先輩の返答はなく下を向いている。
私はそんな先輩を再度抱きしめた。
「怖い?」
「未来。私はあなたを愛している。怖いわけが……」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、私の胸の中で震えているのが分かる。
「大丈夫ですよ。私は抱きしめてるだけで満足ですから。無理しないでください」
背中を優しく撫でた。
初めてのキスでもあんなに震えてたんだ。怖いに決まってる。
私を安心させようとしてくれたんだよね。もう気持ちは十分伝わったからどうか無理だけはしないで欲しい。
心臓はうるさいくらいに脈打っているけれど、震えている玲華先輩を前に私の心は冷静だった。
「……して欲しい」
少しかすれた声で言われた。やっぱり本気なんだ。
「不順異性交遊禁止ですけどいいんですか」
校則が男女交際禁止の時も、玲華先輩は恋愛をしようとしなかった。じゃあ今回は?
答えは分かってる。でも玲華先輩の口からそれを聞きたかった。言ってもらえることで、今度こそ私は遠慮をしなくて良いんだと思いたかった。
「……私たちは男女じゃないわ」
「ふふ、そうですね」
先輩はそう解釈するんだね。
私を止める障壁となるものはもう何もなかった。
「もう少しキスしましょうか」
緊張を和らげるようにして優しく包み込みながら、先輩の唇を覆うようにキスをする。
私はキスをしながらゆっくりと玲華先輩の背中を支えながら押し倒していった。
馬乗りになって改めて見下ろすと身体のラインがすごく綺麗で息を飲んだ。普段見えていない場所が目の前で露わにされていることに、私はなんとも言えない興奮感を覚えた。
くびれの部分にそっと触れる。
「あっ……」
少し驚いたのか玲華先輩は声を漏らした。
「綺麗ですよ」
そう耳元で囁くと、抱きすくめられて首にキスをされた。
「あはは、くすぐったい」
暗い部屋の中でも玲華先輩の顔が赤くなっていることは分かった。
見つめ合った後に再び唇にキスをした。
「私も愛してます。だから優しくします」
頷いたのを確認して、私は玲華先輩のブラのホックにそっと手を伸ばした。
繋がれた手と手。
交じり合う体温。
名前を呼ばれて背中に手を回される感覚。
布団がすれる音と、快楽の中で生まれる吐息と共に何度も何度も好きだと伝え、求め、求め合った。
舌も、身体も何もかもが柔らかい。
優しさに、温かさに包まれて身体だけでなく心も満たされていくのが分かる。
もう私は1人じゃない。
そう思うと涙が溢れた。
「ごめんなさい、なんか感動しちゃって」
伝った涙にそっと唇が触れた。
「未来、あなたを愛してる」
「私もです」
春の夜。大きな愛で私は満たされた。
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