エピローグ
春の道
朝の眩しい光が部屋全体を照らしている。
優しく耳に響くのどかな小鳥の声を聞きながら目玉焼きとベーコン、トーストを食べた。部屋には焼き立てのパンの香りが漂っている。
思い切り深呼吸しながら伸びをした。充実した1日の始まりを告げるかのような良い朝だ。
食べ終わった食器を鼻歌を歌いながら片付けている頃、テーブルに置かれているスマホが振動する。
「はい」
『おはよう』
「おはよ」
『今日は始業式だな。桜、咲いてるか?』
「うん。咲いてる。窓から見えるよ」
『そうか』
ピンクと青で彩られた外の景色に目をやる。桜の花びらが風に揺られて宙を待っている。またこの季節がやってきた。新しい1年の始まりだ。
「パパのところは? 桜咲いてる?」
『こっちには桜なんてないよ。ビルまみれだ。自然が恋しくなる』
「そっか。じゃあ後で写真撮って送るね」
『ありがとう。仕事の励みになるな』
「あんま無理しないでね。この前疲れた顔してたよ」
お金が全てではないけれど、お金だって大事。生きていく上で確実に必要なものだし、人生の選択肢を広げる重要なアイテムだから。今ならそう思えるけれど、健康を疎かにしたらそれこそ終わりだろう。
『未来、近々短いが休暇が取れそうなんだ。その時はどこか自然がある場所に旅行にでも行こう』
「いいね! 楽しみ」
壁に立てかけられているカレンダーのところまで行き、3月のページをめくると4月のページが顔を出した。
『もうすぐ学校か?』
「うん。そろそろ行かないと」
『時差の関係でこんな時間に電話してごめん。忘れ物、ないようにな』
「うん、ありがとう。行ってきます」
鏡の前で制服に袖を通した。
赤いネクタイをしっかりと締める。赤ネクタイは今日から2年生の色だ。新入生の色は黄色、3年生は青。
前髪をしっかり作って、髪の毛を内巻きに巻いた。
時計を確認する。
そろそろ家を出る時間だ。玄関のドアに手をかけた。
マンションの前では玲華先輩が桜の花びらをバックに細い髪を揺らしながら待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「わざわざ遠回りしてここまで来なくても良いのに……」
「これからは一緒に行こうと決めたでしょう」
「そうですね。同じ学校に通えるのもあと1年だし。行きましょうか」
自然と私たちの手は繋がれた。
風に吹かれながら学院へと続く道を歩く。
春の陽気の心地良さに包まれ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。春は芽吹きの時期。土とたくさんの植物の入り混じった香りが鼻腔を満たした。
「そういえば私と付き合ってることってもうお兄さんには言いましたか?」
開放的な気分になり尋ねた。
「ええ。泊まりの話をする時に流れで。すごく驚いていたわ」
「そうですよね……私も父に驚かれました」
「でも受け入れてくれた。今度家に連れてきて欲しいと言われたわ」
「しっかり挨拶しないとですね」
私たちがこの関係を正しいと思っているのならば、周りがどう捉えようとそれは間違いなことではない。しかし、理解されないこともあるだろう。それはお互い何となく分かっている。
そんな私たちを応援してくれる理解者が間近にいることは幸せなことだ。
歩みを進めてちょうど校門前に差し掛かかる頃――。
「……お兄さん、玲華先輩が高校を卒業する頃には彼女と結婚したいって言ってましたけど本当にするんですかね」
私たちがこうして少しずつ前に進んでいるのと同じように、周りだって動いているし変化していく。玲華先輩のお兄さんだってそう。結婚をして人生のターニングポイントを迎えようとしている。
「そうね。もう付き合いも長いから良い頃だと思う」
「お祝いしなくちゃですね。でも、そうしたら玲華先輩はどうするんですか?」
お兄さんは妻と暮らすことになる。
であるならば、今一緒に暮らしている玲華先輩はどうなるのだろうか。
「1人暮らしをするか実家に戻るかのどちらかね。行く大学によると思う」
「……じゃあ、もしよかったら私と一緒に暮らしませんか。なんて。ちょっと気が早いですかね」
「未来……」
立ち止まり、握られた手に力が込められた。
振り返り、玲華先輩を見つめた。
視線が絡み合う。玲華先輩は今にでも泣き出しそうな表情をしていたので、私は満面の笑顔を向けた。
「未来おっはよー!」
「おはよっ」
校門前でみっちーと叶恵に後ろから声をかけられた。
「おはよう!」
クラス替えはないので、2年生もこの2人とは同じクラスだ。変わるのは教室の場所だけ。今日から3階の教室になる。
「またあとでね! 叶恵、教室まで競争しよ」
「朝から階段駆け上がるの? めっちゃ汗かくじゃんか! まぁいいけど。現役なめんなよ?」
「よーいどんっ」
「ちょっ! 自分のタイミングで勝手に始めんなっ! 待てこら!」
2人は物凄い勢いで走って校舎を目指していった。学年が変わっても相変わらずだなと思って笑みが漏れた。
「あなたは競争しなくて良いの?」
「しませんよ。だってれいぴーと一緒だし」
「あなたが参加するというのなら私も付き合うわ」
「絶対私が負けるじゃないですか。それに風紀委員長が廊下を全力で走ってたら怒られちゃいますよ」
「……そうね」
玲華先輩はわずかに口角を上げて優しい表情をしている。
校舎の方に目を移した。今学院に足を運んでいる生徒は2年生と3年生。1学年分いないので、少し閑散としていて寂しい印象を受けるけれど、数日後には目を輝かせた新入生が入ってくる。
終わりは始まりだ。
新しい人生のページの書き始め。
「なんだか始まりの季節って感じでわくわくします」
「悪くないわね」
「そろそろ行きましょうか」
繋がれた手と手。
朝日に照らされて白く光る校舎へ続く一本道に、一歩踏み出した。
私の名前は、
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