風紀委員の顔合わせ
今日は放課後に風紀委員の顔合わせがある。
生徒会室の隣の空き教室が風紀委員の活動場所となっていて、通称「風紀室」と呼ばれている。その場所に集まって顔合わせと、簡単な仕事内容の紹介、今後の動きについて説明がされるそうだ。
1学年5クラスあるため、2、3年生の風紀委員で10名いることになる。そして新入生の風紀委員は私含めて5名なので、3学年合わせて15名だ。
3年生は受験に備えて今年の5月の末で引退する。
風紀委員の通常任期は1年だが、2年生の風紀委員の任期は1年と2か月と少し長く、学年を跨いだ3年生までやることになっている。
じきに3年生が引退し、6月からは1、2年生の合計10名で活動を行う。
3年生は早くに引退することもあって、生徒会長や風紀委員長は今の2年生が務めている。これらの役職者は1年生の冬の終わりに委員長および副委員長などの役職者から推薦されて決まることになっており、羽山先輩も1年生の冬に推薦されて風紀委員長になったということになる。
ここで委員長や副委員長に選ばれてしまえば必然的にもう1年委員会を続けなくてはならない。もちろん辞退することもできる。
私はもし選ばれても辞退する予定だ。そもそも選ばれる気がしないけれど。任期は1年満了して終わらせる予定だ。
ちなみに生徒会長は立候補制で、既に生徒会に所属していなくても立候補することができる。3年生を除く全校生徒の投票によって、これも1年生の冬に選出される。
時間になった。
風紀室に入ってきた羽山先輩は私を見ると一瞬目を少し見開いたが、何事もなかったかのように視線をずらして一息ついて口を開いた。
「新入生のみなさん、風紀委員としてこれからよろしくお願いします。風紀委員長を務めています、2年C組の羽山玲華です。まずは大まかな活動内容について説明いたします――」
なにやら堅い言葉で仕事内容を説明しているがまとめるとこうだ。
風紀委員の活動は主に、週1のお昼ミーティングに、朝の挨拶運動、学校行事の取り締まり及びパトロール、下校時間に部活以外の生徒が残っていないか巡回、生徒会で開かれる委員会への出席、校則違反の取り締まりだった。
パトロールや巡回なんて言葉、本当に警察みたい。朝のあいさつ運動は登校時間を1時間ほど早くしなければならず、朝が弱い人にとっては大変そうだ。
仕事を行う際には、風紀委員と書かれた腕章を付けなければならないという。
「あたしは副委員長の2年E組、
一通り仕事内容の説明が終わると、羽山先輩の隣に立っていた副委員長が自己紹介をした。
「千夏、余計なことを言わないで」
「ほら、あんまりかたっ苦しい感じだと1年生怖がっちゃうじゃん。仕事内容なんて実際にやってるうちに覚えるもんだし、あんまり厳粛な空気出すのやめようよ」
「当たり前のことをしているだけよ。
新入生を前にして、きちんと仕事の説明もできないようでは風紀委員長としての信用性に欠けるでしょう」
「ねぇ玲華……今韻踏んだ?」
「……韻?」
羽山先輩はいぶかし気な表情になった。
1年生の1人が噴き出してしまったが、すぐにヤバいという顔になり口を両手で覆った。
先輩は何でもないといった感じで続ける。
「無意識に韻踏んでるならラッパーの才能あるかもねー。
新入生、信用せい、あたし風紀委員長、絶好調いえあーって言いながら今度から教室入ってきてよ」
さきほどの1年生はまた噴き出してしまった。それにつられて何人かもげらげらと笑い出した。
「ふざけないで!」
「あはは、ごめんごめん」
副委員長はフランクな雰囲気だった。長い髪の毛をおさげにして2つに束ねている。常に目を細めてニコニコしていて、笑うと白い八重歯がキラっと光って犬っぽい。身長は羽山先輩と同じくらいで、やや高めだった。羽山先輩と系統は違うタイプの美人さんだ。
仕切り直して羽山先輩は続ける。
「最初は1年生に簡単な仕事を覚えてもらうのでまずは、交代で朝の挨拶運動と下校時間の巡回を行ってもらいます。私と副委員長の神薙さんのいずれかが付き添いますので分からないことがあったら何でも聞いてください」
「玲華が怖かったら遠慮なくあたしに聞いてね。めーっちゃ優しく教えるから」
「……」
羽山先輩は神薙先輩を睨みつけた。黒いオーラが蔓延している。
「あれ? 怒った?」
「別に怒ってない」
「まぁまぁ、ムスッとした顔しないでって。かわいい顔が台無しだよ?」
「触らないで」
神薙先輩の手を嫌そうに振り払う羽山先輩。
他の風紀委員は苦笑いしながらそのやり取りを見ていた。
いつもこんな感じなのだろうか。でも神薙先輩のおかげでだいぶその場が和んでいるのは分かる。羽山先輩をいじるなんてすごい。そんなポジションでいられるのがなんだか羨ましいし、先輩の嫌そうな顔と、少しムッとした顔を拝むことができた。ごちそうさまです。
「あ、忘れてたー。新入生からは書記を募集したいと思ってるんだけど興味ある子いる? 仕事内容は色々書くだけ。役職に就くと内申おいしいよ? 頑張ってくれる子には熱い抱擁をプレゼントしちゃう。玲華が」
書記の仕事内容はそのまま。あったことや活動報告を文章にまとめる仕事だ。
委員長と副委員長の近くで働けるポジションなのは想像がつく。
周りを見ても誰も手を挙げようとしなかったので、私は立候補した。
「やります」
「おぉ、いいね。ありがとう。仕事を振るのはまだ先だと思うけど一応ね。
ということで玲華、この子に熱い抱擁を」
「どうして私がすることになっているの。勝手に話を進めないで」
羽山先輩からの熱い抱擁はもらうことができなかった。残念。
顔合わせは終わり、次々に生徒たちは教室から出て行った。
最後の方まで残っていた神薙先輩もついに出て行き、教室には私と羽山先輩だけになった。
2人きりの空間。
私のことは気にしていないようで、手元のファイルを開いていた。
「羽山先輩。改めてよろしくお願いしますね」
「……入る委員会を間違えたようね。校則に疑問を持つなら生徒会と言ったはずよ」
ファイルに目を通しながら答える羽山先輩。透き通った白い肌の横顔が、長く伸びる睫毛の存在を際立たせている。
「羽山先輩に興味があるんですよね」
「何を言っているの。これは遊びじゃないのよ」
「仕事はちゃんとしますよ。だから安心してください」
「……いつまでここにいるつもり? 帰ったら」
ファイルを机に置き、溜息をつくとゆっくりと視線がこちらに向けられた。
目が合っただけで少し嬉しくなった。こんなに分かりやすく興味のない素振りを見せられたことがなかったから目が合うだけでも、進歩だと思ってしまう。
「せっかくだからちょっとお話がしたくって。先輩は趣味とかありますか?」
「今仕事に関係のない話をするつもりはない」
「冷たいなぁ。後輩との仲を深めるのは風紀委員長としての仕事じゃないんですか?」
「はぁ……。趣味は読書。これでいいかしら?」
「なんか難しい文献とか読んでそうですよね。どんな本を読むんですか? 先輩の読む本、私も読んでみたいです」
「じゃあこれをおすすめするわ。隅々まで隈なく読みなさい」
差し出されたのは風紀委員の仕事内容をまとめた冊子だった。
開くとギッシリ文字が羅列していて自然に眉間にしわが寄る。活動内容だけでこれってどういうこと? パトロールがメインじゃないの?
「うげぇ……」
えずいていると、ドアが開いて生徒会長が入ってきた。
「羽山さん、委員会の名簿まとめておいたから目通しておいて」
「分かったわ」
入学式で見た生徒会長が間近に現れて、少し驚く。
みっちーのお姉さん。やはりどことなく彼女に似ていて親近感を覚える。
生徒会長は私に気がつくと、こちらを見て口を開いた。
「あれ、新しい風紀委員の子?」
「そう。今日顔合わせだったの」
「みっちー……
「みーちゃんと同じクラスなんだ!」
途端に表情が明るくなり、生徒会長の顔の周りに花が咲く。
妹の名前を出しただけでこの反応。姉妹仲の良さが伺える。実際、みっちーの会話にはよくお姉さんの名前が出てくるし。
家じゃだらしないって、妹が言ってたことは知らないことにしておこう。
「はい、入学早々声かけてもらって今は一緒にいさせてもらってます」
「最近すごい可愛い子と仲良くしてるって聞いてたけど、あなただったのね! あ、えーと名前なんだっけ……」
「清水さんよ」
私の返答の前に、羽山先輩が答えた。
入学式の時に1度だけ名乗ったけれど、それを未だに覚えていてくれたことが嬉しくなる。
「清水さんか! 下の名前は?」
「未来です」
今度は私が答える。
ここで口を開かなかったら羽山先輩は私の名前を代わりに答えてくれていたのだろうか。答えない方が良かったかな。でもそれだとまるで私が自分の名前分からないヤバイ人みたいになっちゃうね。
「未来ちゃんね、覚えた! 一緒に仕事をすることもあるだろうからこれからもよろしくね。いつもは隣の生徒会室で仕事してると思うから気軽に声かけて」
「はい、よろしくお願いします奥寺会長」
「奥寺会長なんてやめてよー、みーちゃんのお友達なんでしょ? 雫って呼んでくれると嬉しい」
「じゃあ雫会長で……」
「本当は会長付けもあんまり好きじゃないんだけど、かわいい子に呼ばれると照れるね。
それじゃあ私もう戻るね。羽山さん、資料に不備があったらまた報告よろしく!」
「ええ」
雫会長は隣の生徒会室に帰っていった。
登壇している時とは違って気さくな雰囲気だった。話しかけやすさや明るい雰囲気はみっちーと似ているし、きっと仕事もよく出来るんだろう。生徒会長に選ばれたことも納得できる。妹は天然属性入ってるけど……。
再び風紀室に2人になる。
「羽山先輩は後輩から何て呼ばれたいですか?」
「別に何でもいいわ」
「ラッパー先輩」
「ふざけているの?」
少しむきになったような顔を見せた。不覚にもその表情がかわいくて笑みがこぼれる。
「何でもいいって言ったじゃないですか」
「……」
先輩は口をつぐみ、横を向いたまま黙ってしまった。先ほど雫会長から受け取った資料を見ている。
今日はもう少し押しても大丈夫かな。
「ところで先輩、私の名前覚えててくれたんですね」
「……当然」
「嬉しかったです。私に少しは興味持ってくれてるのかなって」
「興味って……一度聞いたら人の名前は忘れないようにしてるだけ」
「先輩。入学式の日、どうして名前だけで私のクラスが分かったんです? 名簿見てクラスどこか探してくれたんですよね?」
「たまたま教室を覗いたらあなたがいただけよ」
羽山先輩は顔は横を向いたままだが、目線だけこちらに向けて小さめの声で返答した。
「肌色の医療用テープを持って、たまたま私のクラスを覗いてたんですか?」
「ちょっと黙っててくれるかしら。今資料に目を通しているの」
こちらを向いていた目線は資料の方へと戻って行ってしまった。
先輩の顔が少し赤くなったのは、きっと気のせいではない。
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