委員会決め
翌日、羽山先輩からもらったテープを手首に巻きなおして登校した。テープ丸ごともらったのでまだまだ使えそうだ。
リストバンドの方がおしゃれで見栄えが良いので、それを使えなくなるのは少し残念ではあるけれど、巻かないよりはだいぶマシだ。
校門を少し進んだところで挨拶をする数人の風紀委員の中に羽山先輩を見つけた。今日は生徒会のメンバーはいないようだった。入学式の日より明らかに人数が少ない。日によって担当が違うのだろう。
相変わらずの無表情だが、長い黒髪を揺らしながら立っている姿は堂々としていて様になっている。かっこいいという言葉が似合うけれど、艶やかな色気が女性っぽさを醸し出していた。他の生徒よりも朝早く起きて、そこに立つモチベーションがどこから来るのか不思議だ。でもまた今日、会えて良かったとも思う。
「先輩、おはようございます」
「おはようございます」
他の生徒にするのと同じように挨拶を返された。
「あの、テープありがとうございました。良い感じです。目立ちにくいですし」
「そう。良かったわ」
透き通った灰色の目に見降ろされる。
素っ気ない。必要最低限のことしか話そうとしない。まるで自分には全く興味がないといった素振りだ。
わざわざ教室にまで来てテープを渡してくれるくらいだったから、少しは自分のことを気にかけてくれているんだと高を括っていたけれど、そんなに甘くはないらしい。
せっかく話せたのに、ここで会話が途切れてはもったいない気がして、雑談に走る。
「ここって校則厳しいんですね」
「生徒手帳に校則が記載されているのは知っているでしょう?」
「はい。改めて見てみました。……昨日、校内で生徒同士かキスしてるのを見ちゃったんですよね。生徒手帳には恋愛禁止みたいなこと書いてあったんですけど、これって校則違反じゃないんですか?」
「男女交際は禁止よ」
「女子校なのに男女交際禁止なんて面白いですよね。女子同士なら良いってことですか?」
「……文面に書かれている通りよ」
「ふーん……。そんな感じで脱法ハーブみたいに穴を見つけて好き勝手やる生徒がたくさん出てきちゃいそうですよね。それでまた学校側も校則を改正して、でも生徒はまた穴を見つけてって……まるで、いたちごっこのように繰り返したりして。
今回のリストバンドの件もそうですけど、医療用のリストバンドだったらオーケーということになりますよね? そんなものがあるのかは分からないですけど」
「……」
羽山先輩はただ私の方を見ていた。
「どんな意図でそんな校則作ったのか知らないですけど、注意する方も大変ですよね。校則ってそもそも必要ですかね?」
多少本音が入ってしまったが、悪意があるわけではない。ただ羽山先輩と話してみたかった。
完璧な人間なんていないなんてことは知っている。周りから完璧と言われている風紀委員長が、隠している顔を見つけてみたかった。本当はすごく気が弱くて、不器用で泣き虫だったりして。恋なんて興味ないですっていう顔をしているけど、実際には隠れて彼氏がいたりして、なんて。
怒った顔も見てみたかった。だから少し挑発したような言い方になってしまった。ダル絡みのように見えるかもしれないけれど、これは私の好奇心からだ。会話をしなければ距離を縮めることはできない。最初の印象は最悪でも、まずは相手に意識してもらわなければ始まらない。
好き、嫌いといった感情はあるが、無関心が一番距離が遠いのは言うまでもない。ここで嫌われたとしても、無関心よりはずっとマシだ。
「……校則が気に入らないのなら、生徒会に入ると良いわ。生徒の賛成と生徒会長の許可、学院長のサインがもらえれば校則を改正することもできる。
でも、ここの規律正しい校則を親や生徒が好んで入学する生徒も多くいるのは事実よ。今まで校則が大きく変わったことは創立以来1度もないのだから厳しいと思うわ」
先輩は表情を全く変えずにそう返してきた。
「生徒会ですか……」
「私は自分の役割に従って行動しているだけ」
「先輩はロボットみたいですね。ご自身は校則に疑問を持ったことはないんですか?」
「……それを風紀委員の私に聞いて何になるというの」
「気になっただけです」
私は校則を変えようとなんて微塵も思っていない。めんどくさい校則があるのはいただけないが、それに従うか、あるいはバレないようにしていればいいだけの話だ。
あの意識の高い連中たちに交じって、自己主張し、骨の折れるような地道な作業を積み重ねるようなことはしたくない。メリットがない。地位や権力にはそもそも興味がないのだ。
しかし、生徒会に入ることで、羽山先輩との絡みは必然的に増えるんだろうなというのは想像がつく。生徒会と風紀委員は一緒に仕事をする機会も多いみたいだから。
仕事自体には興味は全くないけれど、私の興味は羽山先輩にあった。
今日話して改めて思った。あれだけ挑発しても全く態度を変えることがなかったのが悔しい。彼女のことを知りたい。もっと近づくためには多少の犠牲はいとわない覚悟はある。
「いつまでそこに立っているの。遅刻する前に早く教室に向かいなさい」
「わかりました」
容赦ない物言いだとは思うけれど、まだ嫌われてはいないんだろうなというのは何となく分かった。
私の遅刻を心配してくれたんだ。そう思うようにする。
――――――――――――――
翌日のホームルーム。その日の朝は挨拶運動をする生徒はいなかった。
今日は委員会決めが行われる。
学級委員、飼育委員、保健委員、美化委員などといった様々な委員会がある中で、通年で務めなければいけない委員が、生徒会と風紀委員の2つだった。
この2つは特に忙しいため、部活に入っている生徒では難しいという。しかしながら、しっかりと仕事を果たせば内申が手に入り、良い大学への推薦が容易くなる。
1年に1度、1~3学期の中でいずれかの委員会に所属することが学院のルールとなっているため、今学期に委員会に入らないという選択肢もある。
しかし、生徒会と風紀委員は今学期からしか入ることはできない。
シャーペンをくるくると回しながら考える。
生徒会に入ろうか迷っていた。仕事内容だけ考えるとまるで地獄だ。
羽山先輩と接点を持てるのは朝の校門でくらいしか今のところない。朝みたいにダル絡みをすることもできるが、自分から会話を広げようとする素振りを全く見せないし、鬱陶しく思われて終わるだけだろう。
そもそもいつ羽山先輩がいるのか分からないし。今朝はいなかった。
「未来は何委員会か決めた?」
「考え中かな。みっちーは?」
「わたしは生徒会かな。お姉ちゃんに入れって言われてて……部活も入らないし暇だから。内申もらえるならそれはそれで良いかなって」
「みっちーは生徒会か。お姉ちゃんの言いなりで大丈夫なのとは思うけど……叶恵は決めた?」
「うちは楽そうな保健委員かな。今学期はパスで3学期にできれば良いかなって思ってる。短いしね」
保健委員は具合の悪い生徒を保健室に連れて行くくらいしか仕事がない。叶恵は私と同じ思考で、学校行事などにあまり関心がなく、どこか冷めている部分がある。陸上部に入ったのも、個人競技だったからだそうで、チームプレーよりも個人プレーが好きなタイプだ。
本当だったら自分も叶恵と同じように期間の短い3学期に、楽そうな委員会を選んでいたことだろう。
生徒会と風紀委員の枠はそれぞれクラスで1つだけだった。
生徒会枠にみっちーが入るとしたら、私は生徒会には入れなくなる。
「生徒会に入りたい人はいますか?」
先ほど早速決まった学級委員が、司会の進行を行っていた。
みっちーはスッと手を挙げて、即決だった。もし人数が溢れた場合はじゃんけんで決まるらしい。じゃんけんで内申の有無が決まるなんて恐ろしい話だとは思う。私が好奇心で手を挙げて、じゃんけんで勝ってみっちーの将来を変えてしまうというのは気が引ける。
特に行きたい大学もあるわけじゃないし。父には行けって言われているけれど。
「では、風紀委員になりたい人はいますか?」
「……」
「いないようなら、推薦――」
「はい」
私は、手をまっすぐ上に上げた。
「えーじゃあ清水さんでお願いします」
他に風紀委員への希望者はおらず、決まってしまった。
「未来、まじ?」
みっちーを始めとして、周りの生徒がぽかーんと口を開けてこちらを見ている。
「なんか面白そうだと思って」
「風紀委員になりたがる人あんまりいないから意外。羽山先輩に勧誘されたの?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「わたしが校則違反してても見逃してね!」
「生徒会に入る人がそれ言っちゃうの?」
「あ……。忘れて!」
出会ってまだ日は浅いが、みっちーは少し天然な子のようだ。
でも性格は間違いなく良いと思う。それは叶恵も同じだ。1,2年はクラス替えがないので、2人と友達になれたことには感謝したい。
生徒会と同様、風紀委員の仕事なんて、絶対に嫌だと思っていた。羽山先輩のために生徒会に入るか悩んでいたが、枠が埋まってしまったので風紀委員しか残っていない。ここを逃したらもう羽山先輩と密に関わることはできなくなってしまう。そんな危機感もあった。
そもそも羽山先輩に近づくのなら生徒会じゃなくて最初から風紀委員に入れば良かったのだ。
任期は1年。
これは私のゲームの制限時間を指す。
この期間で落とすとまではいかなくても、どこまで距離を縮められるかチャレンジしたい。
あわよくば自分に特別な好意が向けられることを望むけれど難易度は最高難度であるのは言うまでもない。
でも難しい方がやりがいがあるというものだ。
女子校に入学し学院生活での楽しみや、自己承認欲求を満たせないであろう状況から、羽山先輩は私に光を与えてくれた。彼女のことをもっと知って、近づいて、自分にしか見せない顔を見てみたい。
そんな思いから私は風紀委員を舞台としてゲームを始めることを決意するのであった。
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