【IF――大人】飲み会

 三園女子学院を卒業してからもうすぐ2年。

 それは3月のことだった。元生徒会長であり、みっちーのお姉さんでもある雫さんから1通のメールが届いた。



『久しぶりに生徒会と風紀委員のみんなで集まりませんか?』



 イベントや企画ごとが好きな雫会長らしい提案。

 思い返せば高校を卒業してから皆で集まった機会はあまりないような……。

 大学に進学し、サークルにも入ったし友達もできてそれなりに充実した大学生活を送っているけれど、風紀委員の思い出は今でも私の中に強く残っている。特に高校1年生のあの頃のことは。

 久しぶりに会いたいな、皆に。

 すぐに出席しますと返事を打った。



 ――そして同窓会当日。



 経済学部で大学2年生の私はアルバイトもしつつ授業も頑張りつつな毎日を送っていた。その日は講義がギリギリまで入っていたこともあり、少し遅れると雫会長にはあらかじめ連絡を入れておいた。

 遅れると言ってもほんの数分なのだけれど。



「ここだ……なんか緊張するなぁ」



 居酒屋の目の前までようやく到着。

 久しぶりに皆に会うんだ。わくわくするようなドキドキするような変な気分だ。深呼吸した後に店の中に入ると、こちらから見て1番手前に座っている雫会長を始めとして懐かしい顔ぶれが揃っていた。

 雫会長、みっちー、洋子……。懐かしのメンツに胸が熱くなると共にパァッと白い灯りで心が照らされる。



「未来ちゃん!! 久しぶり、元気?」



 私に気がつくと雫会長は席を立ってこちらに駆けつけた。卒業以来、雫会長には会っていなかったけれど全然変わってない、あの頃のままだ。



「雫会長! お久しぶりです。はい、元気です」


「良かった良かった! ここ空いてるから座って!」



 雫会長はみっちーの隣の席を指さした。



「未来ー会いたかったよぉ」



 座ると、みっちーがハグをしてきたので、私も会いたかったと言いながらそれに応えた。



 私と叶恵は学部は違うけれど同じ大学なのでよくすれ違ったりするし、一緒にランチを食べることも多い。でもみっちーは違う大学だ。頭が良いから私たちよりも偏差値の高いところ。

 大学が違うこともあって、みっちーとはなかなか会う機会を作ることができていなかった。今度飲みに行こうという話はよくするけれど、スケジュールが合わなかったりして実施までいかず……。こうしてみっちーと会うのはだいぶ久しぶりになる。



「……後は千夏だけかー。もう先乾杯しちゃう?」



 雫会長はもう1つの空席を見ながらつぶやいた。



「千夏先輩はまだなんですね」


「なんかバンド練習があるとかで。もうすぐ来ると思うんだけどね……ってあ!」



 雫会長の叫び声が響く間もなく、誰かの腕が私の首に回り、グッと喉元を締め付けられた。



「うぐ!」


「よっ。久しぶりー。遅れてめんごー」



 この声……。



「ちなっ! ……ちょっと、苦しい! 離して!」


「千夏、やめなさい」



 引き剥がそうともがいていると、玲華先輩が少し強めの口調で制した。



「あは、なんか懐かしいなーこの感じ」



 千夏先輩はそう言うと、力を弱めてくれた。解放された私はその場で息を整えた。

 いきなり後ろから羽交い締めするなんて、会って早々勘弁してほしい本当に……。



「一瞬誰か分からなかった! だいぶイメチェンしたね」



 雫会長は千夏先輩のことをぽかーんとした顔で見ている。

 私は度々会っているのでもう慣れたけれど、千夏先輩は大学生になってから定期的に髪色や髪型を変えたりしている。今はボーイッシュなショートカットで髪色は白っぽい明るい色でピアスがバチバチに開いている。いかにもバンドマンって感じでちょっと怖いけれど、とても似合っていてイケメン女子という言葉がしっくりくるように思う。



「あーうん、これね。まぁ髪の毛くらい染めるっしょ。……あれ、玲華も髪染めた?」


「染めてない」


「その明るさで? すげーシンプルに嘘つくじゃん」


「嘘じゃないわ」



 玲華先輩の髪を見た。綺麗なロングの茶色。



「これがれいちゃんの地毛なんですよ。高校生の時は黒染めしてたんです」



 あの時は校則や、自分が風紀委員長であることを気にして黒染めしていたみたいだけれど、大学生になってからはそれをしなくなり、黒髪の玲華先輩ではなくなった。

 黒髪も黒髪で似合っていたけれど、今の方がなんだか自然体な気がして私は好きだ。



「まじ? 知らなかった。え、染めてたんだ。いやーさすが彼女は何でも分かってるねー」



 千夏先輩はやられたと言わんばかりに白い歯を見せながら、腕を組んでのけぞって笑った。



「よし、揃ったし乾杯しよ! 皆何飲むー?」



 千夏先輩が席につくと、雫会長はテーブルに置いてあるタブレットを手に取った。このお店は注文したいものをタップして選ぶ方式のようだ。



「えーじゃあウイスキーロックで」



 皆の視線が声の主である千夏先輩に一斉に注いだ。

 普通最初はビールとかだよね……。私も最初からウィスキーロックはすごいなって思うよ……。



「……あなたいつもそれを頼んでいるの?」


「え、だって早く酔いたいじゃーん。玲華はどうせカシオレとかカルーアミルクとかそういうかわいいやつ飲んでるんでしょ?」


「……千夏と同じものを頼むわ」



 図星をつかれた玲華先輩は千夏先輩の挑発にのってしまった。



「れいちゃん、大丈夫? そんな強くないんだから無理しちゃダメだよ」



 玲華先輩はあまりお酒が強くないからいきなりウィスキーをロックで飲むのはちょっと心配。大丈夫かな。



「別に大丈夫よ」


「だそーです。ってことでウィスキーロック2つで。未来は何飲む?」


「……じゃあ私はハイボールで」



 先月誕生日を過ぎて、お酒を飲めるようになってからビールを飲んでみたけれど、苦くてあまり好きではなかった。ハイボールくらいならまだ飲める。



「私はウーロン茶のロックで」


「……それただのウーロン茶やんけ」



 洋子のオーダーに雫会長のツッコミが入った。

 それっぽい頼み方してるけど確かにただのウーロン茶だ……。



「お酒飲めないんですよね……」


「オッケーオッケー、好きなの頼もう!」



 この集まりでお酒が全く飲めない人は洋子含めて2人いた。

 私はそこまで強くはないけれど、飲めるっちゃ飲める。知っている限りだと、玲華先輩は私よりもお酒が弱くて、千夏先輩は強くて酒豪。みっちーとかはどうなんだろう。普通にビール頼んでたから飲めそうな気はするけれど――。



「お待たせしました、こちらジントニックです」



 お酒も入り、思い出話にも花が咲き、結構盛り上りを見せた飲み会の終盤。皆の緊張も溶けてきた頃、みっちーの前にジントニックが置かれた。

 最初のビールに続き、赤ワイン、次に梅酒を頼んで、今ジントニック……。こんな頼み方をしているのはみっちーだからだろうか。ちょっと今まで見たことない。



「どんな組み合わせで飲んでるの? 悪酔いしちゃうよ?」



 これだけ飲めて顔色が変わってないってことは、みっちーはそれなりにお酒に強いんだろうけど……。



「大丈夫だよ。色んなお酒を飲むと広い範囲で栄養とれて身体にも良いんだって」



 は?



「誰がそんなこと言ってたの?」


「千夏先輩」



 千夏先輩の方を見ると、やばいという顔になってごまかすように笑っている。



「……ちょっと千夏先輩! 変な飲ませ方みっちーに教えないでくださいよ!」


「ウィーアーザチャンポーン、マイフレンズ〜」


「はぁ?」



 少し頬を上気させた千夏先輩は胸に手を当てて何やら歌い始めた。どっかで聞いたことのあるメロディだが意味不明だ。



「ねぇ、未来。叶恵元気?」



 隣のみっちーにつつかれる。



「うん、元気だよ」


「証拠は?」


「……え。証拠?」



 探偵かな。



「声聞かせてくれないと納得できない」


「聞かせてくれないとって……じゃあ電話でもしてみたら?」


「わたしが電話をかけるのはおかしいと思う。証拠を提示するのは未来なんだから未来がかけて」


「なんか面倒くさいよみっちー……」



 顔色は何一つ変わらないのに絡み方がちょっとおかしい気がする。もしかして酔ってるから?

 私はスマホを取り出して電話をかけた。数コールした後に叶恵が電話に出たので、そのままみっちーにバトンタッチする。

 みっちーは叶恵と楽しそうに話し始めた。きっとみっちーがボケてそこに叶恵がツッコミを入れてるいつものパターンなんだろうな。私は手元のハイボールを一口飲んだ。



「叶恵が未来に代わってって」



 話終わったのかみっちーからスマホがパスされた。



「はい。話せたー?」


『未来、みっちーに水飲ませて今すぐ!』



 電話口で聞こえる叶恵の強めな口調に少し焦る。



「わ、分かった。みっちー、水飲めって叶恵が」


「おっけー」



 みっちーは目の前に置かれているジントニックを一気に飲み干した。



「ねぇ、それ水じゃないでしょ!? 何してるの?」


「透明だから水だよ」


「何その透明だからカロリー0みたいな考え方!」


「次は日本酒頼む。日本酒も透明だから水だし」



 どうしちゃったの。ちょっときてるかもこれ……。



「ねぇ、みっちーやばい。水飲めって言ったらジントニック一気しちゃったんだけど」


『はぁ? もうぶっ壊れてんじゃん! ただでさえいつも酔ってるみたいなのに! ダメだよこいつに酒飲ませちゃ!』


「千夏先輩が、チャンポンすれば身体に良いっていうデタラメみっちーに教えたみたいでさぁ……」


『それ信じるみっちーもみっちーだな……。ちょっと心配だけど千夏先輩いるんでしょ? なら大丈夫か』


「うん……多分……」



 千夏先輩は面倒見が良いし、あの人と繋がってるから……。



 飲みすぎないか気にかけてはいたものの、その後、本当に日本酒を頼んで一気に飲み干してしまったみっちーが潰れてしまったのは言うまでもない。



「みーちゃん……何でこんなになるまで飲んじゃったの!」



 会計を済ませて店の外まで来たが、1人では歩けない状態のみっちーに雫会長は嘆いている。

 これは半分みっちーのせいだし、半分は千夏先輩のせいだと私は思うのだけれど……。



「これ会長が1人で家に持ち帰るの大変だよねー。タクシーで帰るのもアレだし。ちょっと待ってて」



 みっちーを支えながら千夏先輩はスマホを取り出して電話をかけ始めた。



「ねー、みっちー潰れちゃったから迎えに来てくんない? うん、ごめんって。別にあたしが飲ませたわけじゃないしー。あ、場所は――……」


「お兄さんですか?」



 電話を切り終えた千夏先輩に尋ねた。



「そー。こういうのは彼氏にやらせるもんでしょ。あと20分くらいで着くと思うから」


「渉くん来てくれるんだ! ナイス……こういう時男の人って本当助かる……!」



 みっちーは今、千夏先輩のお兄さんと交際中だ。本格的に付き合ったのはみっちーが大学生になってからで、付き合い自体は1年ちょっとになる。

 面倒見の良さは兄妹で似ているようで、みっちーが危ない時にいつも助けてくれる良い人だと雫会長は絶賛していた。


 

 その後、すぐに千夏先輩のお兄さんがみっちーを迎えに来てくれて無事引き渡し完了。一旦飲み会はお開きとなり、改札口には私と玲華先輩、千夏先輩だけが残った。



「んじゃあたしはこっちだから」



 改札を出て、千夏先輩が向かおうとした方向は住んでいるところとは逆のところだった。



「あれ、どこ行くんですか?」


「あー今日はなぎっちのとこ」


「え……渚?」



 意外な言葉に思わず固まる。



「いやー今飲んでるって言ったら泊まりに来てって」


「えー……」



 渚は風紀委員の後輩である。

 千夏先輩に特別な感情を抱いていて、大学も千夏先輩を追いかける形で同じところに入学。そんな渚のことを毛嫌いするわけでもなく、千夏先輩の口から渚の話題は時たま出てくるけれど、さすがに泊まりはまずいんじゃ……。



「なんか最近かわいく見えてきて困ってんだよねー」


「……それ泊まったら危ないやつだと思いますけど。えーと……頑張ってください」


「何をー? いやらしいこと?」



 ニヤッと顔を覗き込まれる。



「ち、違います!」


「ゆーて、お2人もこの後お楽しみなんでしょ?」



 千夏先輩は私たちを交互に見た。

 玲華先輩をおそるおそる見ると、頬を染めたまま下の方を見ていた。恥ずかしさのようなものがカァっとこみ上げてくる。



「千夏先輩、怒りますよ?」


「あは、ごめんごめん。それじゃあそろそろ行くわー。また飲み行こう」


「はい。お気をつけて……」



 千夏先輩と別れ、駅のホームで帰りの電車を待つ。涼しい風が身体のアルコールの熱を少しずつ冷ましていくのが分かる。



「楽しかったね」


「そうね」


 玲華先輩の頬は先ほどからずっと赤いままだ。千夏先輩に結構飲まされてた気がするけど……天然のチークもなかなかかわいくて良いかも。



「……未来、少しふらついているんじゃないかしら」


「え? 全然平気だけど……」



 お酒は強くはないけれど、お酒に呑まれた経験は今のところない。今日はみっちーが途中から壊れ始めたので尚更飲めなかった。



「腕、つかまっても良いわよ」



 差し出される細い腕。



「腕組みたいって素直に言えばいいのに」


「……」



 腕をギュッと抱えるようにしてる持つと、グラっと玲華先輩の身体が揺れるのが分かった。



「れいちゃんの方がふらついてるじゃん。ほら、つかまって良いよ」



 体勢が逆転。

 玲華先輩は私の腕を取って少しもたれかかった。寒さもまだ残る季節だが、洋服越しに伝わってくる体温が心地良い。



「……未来。明日アルバイトは?」


「ないよ」


「お昼はカレーが良い」



 そう言ってくれるの、嬉しいな。



「リクエスト珍しいね、分かった。じゃあ買い出し行かなきゃだ」


「一緒に行く」


「いつもみたいに荷物持ってくれるの?」


「当たり前でしょう」


「頼もしいなぁ」



 長く一緒に住んでると、役割分担のようなものが明確になってくる。いつも買い物に行くと玲華先輩はたくさん荷物を持ってくれる。私も持つよ、と言うと拒否されてしまうのだ。



「今は未来の方が頼もしく感じる……。今日はいつもより飲んでしまったから。ごめんなさい」



 先ほどよりも少し強い力でギュッと腕が掴まれた。



「酔ってるれいちゃんもかわいいよ」



 電車がやってくるのが見えた。

 私たちの帰る場所は一緒。

 そしてこれからも。



 ほろ酔いの中で感じる愛おしい人の熱は私の心をより満たしたのであった。

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