夏休み充実大作戦 ⑤

「何頼もっかなー」



 ――ランチタイム。髪に赤いメッシュが何本も入った千夏先輩は気怠げにメニューに目を通していた。

 去年は金髪だったけど、今年は赤いメッシュ。白いノースリーブのシャツに、黒いスキニー。髪の毛を結んでいない千夏先輩はいかにも「イカついバンドマンのお姉さん」という感じで慣れないが、中身は相変わらずだ。

 今年も普段の制服姿からは伺えない真の姿を解き放っている様子。



 ここは千夏先輩の最寄駅の近くにあるイタリアンレストランである。みっちーの最寄り駅の隣で、学校からそう遠くない。

 今日は私が誕生日を祝う立場なこともあって、場所はここにしてもらった。



 なんの気なしにメニューに目を通している千夏先輩に向かい合い、咳込みをする。ついにこの時が来た。



「あの、今日は私のおごりなので! 好きなもの注文してくださいね!」



 ずっと言いたかった言葉を言えた。

 このシチュエーションを夢見ていたので、言った後で胸が高なった。先輩相手に今の私、ちょっとかっこよかったかも。



「お、どうしたどうした?」



 千夏先輩は吹き出したように笑うと、メニューをテーブルに置いてこちらを見た。



「誕生日プレゼントの代わりというか……今日はバイトしたお金で千夏先輩の誕生日祝うって決めてたんです!」


「まじか。へぇー、バイトしてんのー?」



 千夏先輩は顎に手を当てながらニヤっと口角を上げた。



「はい、社会勉強も兼ねて弁当工場で短期バイトを。いつもお世話になってるのでこれくらいさせてくださいね!」



 ガッツポーズを向けると、千夏先輩はハハッと笑ってソファにのけぞった。



「バイト興味ないとか言ってたあの未来がねー。こっちにあんま気使わなくて良いからさぁ、自分で稼いだお金なんだし好きなように使ったら?」


「だから好きなように今日使います! 日頃の恩は返さないと……」



 だってそのためにバイト頑張ってきたのだから。

千夏先輩は変なところで遠慮するけど、今日は何としてでも私が払うつもりだ。



「未来ってさー、そういうとこ律儀だよね。この前も菓子折りくれたし」


「千夏先輩のおかげで玲華先輩とは今でもうまくやれてますし」



 渚との一件があってから、お礼として菓子折りを渡した。千夏先輩が解決してくれたおかげで今の私たちがあるのだ。感謝してもしきれない。

 贈り物をすることだけが感謝の伝え方として正しいのかは分からないけれど、何かしたいと思った。だから行動した。今だってそうだ。



「ふっふーん。じゃあめっちゃ高いステーキ頼んじゃおうっかなー」


「はい、どうぞどうぞ!!」



 朝から夕方までほぼ毎日頑張っていたこともあって、高校生にしてはかなり贅沢のできる金額をもらえる計算になる。だからいくらでも好きなものを頼んで欲しいと思う。

 働くって大変だけど、自分の稼いだお金を誰かのために使えるということは嬉しいものだな。



「あはは、冗談冗談。今日はジャンクフード食べたい気分だったからピザにする」



 どうやらステーキはフェイントだったようだ。



「千夏先輩ってジャンクフード好きですよね」


「身体に悪いものってなんであんな美味しいんだろうねー」



 千夏先輩はいつもカップラーメンとかピザ、菓子パンを食べているイメージがある。それなのにスタイルを維持できているのはドラムで運動しているからなのだろうか。



 この夏休み、千夏先輩はバイト代わりにスタジオミュージシャンとしてめっきり活動していたそう。私と違って好きなことをしてお金を稼いでいた。年内には大型のアリーナライブも控えているみたいだし、どんどん前に進んでいる。

 玲華先輩も今は人生の目標に向かって頑張っているし、道はそれぞれ違えど先輩の背中は大きく見えるものだなと思う。



 しばらくして、ピザが運ばれてきた。

 私は千夏先輩と同じものを頼んだのでテーブルの上には丸い円が2つ並べられている。



「弁当工場ねー。つまみ食いできるじゃんね?」



 千夏先輩は悪い顔をしながらピザをひとかじりした。



「いや、できないですよ! 何言ってるんですか……!」



 いきなり何を言い出すかと思えば……。



「いかにバレずにつまみ食いするかで暇つぶしすればー? 退屈なんでしょ?」


「当然のように言ってますけど千夏先輩だったら同じことできるんですか?」


「やんない」



 ピキッと何かが鳴った。

 私は取りかけたピザをお皿に戻して、千夏先輩を睨みつけた。



「自分でもやらないこと私にやらせようとしないでくださいよ! あとちょっとで終わりなのに最後の最後にやらかしてクビになるとかシャレになりませんから!」



 自分に向かない仕事だと分かりながら、なかなか進まない時計の針を何度も見ながらここまで来たのだ。最後くらい綺麗に終わりたい。これ以上、私の中の黒歴史を増やすわけにはいかない。



「あはは、それはそれで未来がまたやってくれたなーって感じで面白いんだけどなー」


「勘弁してください。今までの私の努力が水の泡になります……」


「バイト頑張ってるのは分かったけどさ、遊べてんのー? 宿題もあるっしょ」



 宿題という言葉のナイフは私にはもう刺さらない。ニッと千夏先輩に笑顔を向けた。



「宿題は終わらせましたし、遊べてますよ! この前もバイトの休み取ってみっちーと叶恵と遊びました。

 あ、そうそう。叶恵が彼氏作ったみたいです、他校の陸上部だとか」


「へぇ、叶恵ちゃんモテそうだよねー。ドMに好かれそう」


「うーん、それは否定できないかも……」


「みっちーは元気だった?」


「はい。でも叶恵が彼氏作ったから自分だけ恋人いないの寂しいって言ってて……。良い人紹介してあげたいんですけど、誰かいませんかね。私のバイト先だとおばさんばっかりなので」



 千夏先輩なら人脈も広いし、期待して良いかもしれない。



「おばさん紹介すれば良いじゃん」


「……おばさんは嫌だそうです」


「あはは、じゃあどんな人が良いの?」


「優しくて……相性が良い人が良いって……」



 相性の部分はちょっと意味深な言い方をしていたけど、まぁいいや。そこは触れないでおこう。ごまかすようにしてモグモグとピザを噛んだ。



「みっちーはさぁ、変態な人が良いかもねー。思春期拗らせてる感じがすごいし」


「あっはは……。千夏先輩くらい変態な人だと良いかもしれません」



 みっちーのムッツリっぷりには目を瞑ってきたつもりだけど、千夏先輩にも見抜かれているようじゃ、もうこれは本物だと言わざるを得ないな……。



「んーじゃあたしが付き合えば良い?」



 千夏先輩は顔を少し斜めに傾けて頬を人差し指でつついている。

 絶対この顔自分でかわいいって思ってやってるんだろうな。実際かわいいんだけど……。



「付き合うって本気ですか?」


「はは、じょーだん。組み合わせ的にさー、みっちーとあたしはボケだからコンビ成立しないじゃん?」



 コンビって……。



「漫才の話してないんですけど……」


「あたしと吉野が良い例だなー。永遠にボケ続けることになる。ツッコミのないところに笑いは生まれない」


「だから漫才の話じゃないですって」


「未来はツッコミ気質だからあたしとは相性良いんだけどなー。コンビ組んじゃう?」


「漫才じゃないでしょう? ちょっと! 何回同じこと言わせるつもりですか?」


「あは」


「もう! 真面目に話聞いてくださいよ!」



 私は大きめに口を開いて残りのピザにかぶっと噛み付いた。



「叶恵ちゃんなんてみっちーの相方には最高だと思うけど、他の相方できちゃったんだもんねー」



 相方……いつまで漫才引きずるつもりだよ。もういっか突っ込まなくて。疲れたし。

 口の中のピザをコーラで流し込んだ。



「叶恵は男の人が良いみたいですから、みっちーとコンビは難しいかもしれませんね」


「みっちーは女の人ともコンビ組める人だったりするの?」



 漫才の延長線上でこの話し方になっているけれど、千夏先輩の質問は紛れもない、みっちーが同性でも付き合えるか、ということだ。



「どっちでも良いみたいなこと言ってましたけど、おそらく男性の方が良いかと……」



 まずは恋愛対象が同性なのか、異性なのか、はたまたどちらもなのかを確認する。叶恵もそうだけど、千夏先輩はセクシャリティに理解のある人だから、むやみに人を異性愛者であると決めつけないし、差別もしない。



 千夏先輩は顎に手を当てて考え始めた。

 先程の質問は、誰かを紹介するにあたって必要な情報だから聞いたのだろうと思う。



「うーん。あ……いるわツッコミできて変態な人」



 何か閃いたようだ。



「別にツッコミできる人じゃなくて良いと思うんですけど……誰ですか?」



 千夏先輩はポケットからスマホを取り出し、時間を確認したかと思うと、唐突に誰かに電話をかけ始めた。



「シモシモー。今暇?」



 今電話かけちゃう??

 紹介できる当てのある人に電話をしているのだろうか。ハラハラした気持ちで最後のピザを食べながら千夏先輩の声を聞いていた。

 どうやら誰かを遊びに誘っている様子。



「ん。じゃねー」


「……誰に電話かけてたんです?」



 電話を切り終わったみたいなので尋ねた。



「みっちー」



 ぽかーんと口が開いた。



「え、みっちーに電話してたんですか??」



 そっち?

 なんでみっちー?



「今からこっち来るって」


「まじですか……」



 みっちーの家は1つ隣の駅だからすぐだ。

 千夏先輩の躊躇の無さというか、行動力って本当すごいな……。でもみっちーを呼んで何をするつもりだろう。



 千夏先輩も最後のピザを食べ終わると、コーラを一気に飲み干した。



「よーし。食べ終わったし、とりあえず駅行ってみっちー迎えに行こうか」


「え、あ、はい」



 テーブルの上には空のお皿が2つだ。

 もうちょっとゆっくりしてても良い気がするけれど場所を移動するそうなので、私は店員さんを呼んで席で会計を済ませた。



「ごちそーさん。まさか未来に奢られるなんてなー。ありがとね」



 千夏先輩のウインクが飛んできた。



「いえいえ! 祝えてよかったです!」



 少し鼻が高い。

 よし、これで私の任務は完了である。



 気になるのは、この後みっちーと会ってどうするつもりなんだろうということだ。千夏先輩のことだから何か考えはあるんだろうけど……。



 イタリアンレストランを出た後、道なりに進んで駅を目指した。昼とも夕方とも言えないような微妙な時間帯だ。

 改札口で千夏先輩と一緒に待機していると、程なくしてみっちーの姿が見えた。こちらに気がつくと駆け寄ってきたので軽く抱擁を交わす。

 みっちーと会うのは数日ぶりである。よく急な呼び出しにも対応してくれたなと思う。



「うし。それじゃあこれからハンバーガー屋さん行くぞー」



 千夏先輩はニコニコ顔で言った。



「え!? さっきピザ食べたじゃないですか」



 これからハンバーガーを食べる胃袋のキャパは私にはないんだけど……。



「注文は飲み物だけで良いからさ。みっちーはお腹空いてる?」


「えっと小腹が空いてます」


「おっけー。んじゃとりあえず、ついてきて」



 千夏先輩が歩き始めたので、私たちは背中を追いかけることにした。

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