お届け物
早速買ったギャルゲーをやり込んでいた。色んな意味で。
「くっそ!」
私はコントローラーを投げた。
この物語は、男主人公が対向車とぶつかり怪我を負うところから話が始まる。シミュレーションゲームのくせに、序盤は車を操作してうまく対向車にぶつからなければならない。対向車にぶつからなければ主人公は入院することができない、すなわち物語の舞台である病院に行くことができない。
なんで、わざわざ自分からぶつかりに行かなければならないのか。そこだけアクション入れてくるのやめてくれませんか。普通に走行してくる車に左ハンドルを切って追突するのだ。どこの当たり屋だよ……。そんなゲームある? しかも、その難易度が結構高いのだ。レースゲームは好きでよくやっていたけれど、なかなかタイミングよく上手くぶつかることができない。かれこれ50回くらいはトライしていると思う。
明らかにおかしい難易度に頭を抱えた。こんなの物語に進む前に詰むじゃん。
普段あまり暴言とかは吐かないけれど今回のはさすがにキレる。
ネットで検索をかけた。
『親切な先生は今日も新設手術室で施術中 無理』
この長いタイトルを入力することにさえイライラする。人をイラつかせるためにできたようなゲームだな。
検索ボタンを押すとすぐにヒットした。
――ネットでも序盤のレースゲームに関してはボロクソ書かれていた。中には物語まで進むことができず泣く泣く売った人もいるようだ。やっぱそうだ。買う前にちゃんと調べておけば良かった。ツンデレについて調べてる間に、このゲームについても探りを入れておけば良かったのだ。
しかし、その後のストーリーの評判はとても良かった。困難を超えた先に宝石があるということか。このレースゲームをクリアすることで、その難易度に値する報酬が受け取れるということだ。掲示板では、「レースゲームをクリアできることが一つの勲章」とも書かれていた。クリアできるものならしたいよ。でも、勝てる気がしない。ゲームを買った多くの人は皆この序盤のレースゲームでクリアできずストーリーにすら進めないのが現状だ。どんなゲームだよ。
テレビの画面には「ゲームオーバー」と映し出されている。対向車とぶつからないとゲームオーバーとか意味分かんない。ぶつかった方が色んな意味でゲームオーバーだろ。あぁイライラする。
ネットに書かれているゲームに対する悪口を見て共感して自分の傷を緩和させていると、通知が来た。千夏先輩からだ。
『問題。今日は何の日でしょう』
はて、なんかあったかな。カレンダーを見たけど特に何もない。
風紀委員も夏休み中はないし……。
『分かんないです。何かありましたっけ?』
『ヒント:私の名前』
千夏……。
いや、分かんないよ……。ん、でもこの夏という字……。まさか。
『もしかして今日誕生日だったりします?』
『せいかーい。ということで今暇?』
今日誕生日だったんだ、知らなかった。夏に生まれたから千夏だったんだね。
でも、ちょっといきなりすぎやしないか。別に何も用事はないけれど……。
『誕生日おめでとうございます! 暇ですけど……今から遊ぶんですか?』
そうメッセージを送った後、部屋のインターホンが鳴った。
「はい」
『宅急便です』
え、何も頼んでないと思うんだけど。もしかして父かな?
玄関のドアを開けると金髪のお姉さんが立っていた。
「宅配業者さん、お届けものはなんでしょうか……」
「愛と勇気と希望を届けにきた」
金髪の女はそう言うと私を長い腕で包み込んだ。
いきなりの抱擁に驚く。
「ちょっと! 千夏先輩!」
私から体を離すと、トレードマークの八重歯がキラッと光った。
普段2つ結びでおさげにしているが、今日は髪を下ろしている。私服もスレスレのショートパンツを履いていて、普段の千夏先輩からは想像できない見た目をしている。しかしながら、この犬のような人懐っこさは健在である。顔は千夏先輩だけれど……一体何があったんだ。
「どうしたんですか? その髪」
「夏休みだからさー真の自分を解き放ってる」
「それが千夏先輩の本当の姿だったんですね……」
「副委員長も疲れるのよー。未来も風紀委員で窮屈な思いしてたら、ここで思いきってストレス発散しちゃった方が良いよー」
多少校則はめんどくさいと思うけれど、私のストレスは今は違うところにある。
私もこの際、金髪に……やめておこう。知り合いに会った時に、ゲームに勝てなくてストレスたまって染めたなんて言ったら、心配されてしまう気がする。色々と。
「金髪はちょっと……。とりあえず色々言いたいことはありますけど、誕生日おめでとうございます。……あがります? あんまり片付いてないですけど」
宅配業者じゃないし、いきなり家に突撃してくるし、金髪だし……。
どこからつっこめば良いのやら。でも暇だと送った手前、せっかく来てくれたんだし家にあげない訳にはいかない。
「ありがとー。じゃあちょっとお邪魔しよっかな。この後、友達と近くで待ち合わせてて暇だから寄っただけだしー。長居はしないから安心してよ」
千夏先輩を家にあげて、お茶を出した。
「今日が誕生日だって知らなくてプレゼントとかは用意してないんですけど……すいません」
「あーいいよいいよ、このお茶が誕生日プレゼントってことで」
そう言いながら、千夏先輩はお茶をごくりと飲んだ。
自分から誕生日主張してきたくせにこういうところは控えめなんだね。なんかやりづらいな。
千夏先輩曰く、玲華先輩の誕生日は11月だそう。私の誕生日は2月だ。
みっちーや叶恵の誕生日は夏休み前で、購買に売っているお菓子をたくさん買ってプレゼントした。まだ仲良くなり始めたばかりの時期だったから凝ったものはプレゼントしなかった。今思えば、もっと良いものをプレゼントすれば良かったけれど校則に引っかかりそうだし、しょうがない。
金髪の女の視線はテレビの画面に向けられている。
「ゲームやってたんだ?」
「あ、はい。……恋愛ゲームなんですけど序盤がレースゲームになっててなかなか勝てないんですよ」
「ふーん。ちょっとやってみても良い?」
「いいですよ。対向車にぶつかれば勝ちです」
「イかれてるなそのゲーム……」
そう言いながらコントローラーを握る千夏先輩。簡単に操作方法の説明を行った。どうか私と同じ目にあって一緒に愚痴って欲しい。千夏先輩もできないゲームなんだって自分を安心させたい。
車は走り出す。初回はぶつかることができずゲームオーバー。2回目は要領を掴んだようで惜しいところまできているが、やはりクリアできず。
千夏先輩はコントローラーを置いて立ち上がり、伸びをした。やっぱり無理ですよね。
「難易度おかしいですよね、このゲーム」
「ちょっと本気出すわ。そのためにパワーが欲しい」
手を広げて私を迎え入れる体制をつくる千夏先輩。
これは……ハグすれば良いんだよね? 軽く千夏先輩の背中に手を回した。
「ん……」
頭の後頭部に軽く手が置かれた。なんかすっぽりハマっているな、私。
身体を離して口を開く。
「本当にこんなのでパワー出るんです?」
「それは画面見てから言いなさいな」
千夏先輩は手を組み、軽く手首を回した後、再びコントローラーをにぎった。
画面見てからって……相当自信ありげだ。本当にできるのか。これでできなかったらすごい恥ずかしい思いをすることになると思うけれど。
車が走り出す。信号を越えた先に対向車が見えた。タイミングが命だ。頑張って欲しい。
車が近づいてくる。千夏先輩は迅速なスティック裁きを見せた。
目にも止まらぬ速さで対向車につっこむ車。ドカンという効果音が部屋に響いた。
なんと画面には「クリア」という文字が出ている。
やりおった。やっぱり千夏先輩はすごい。車にぶつかるというシチュエーションではあるが、今のはかっこよかった。
「もう流石としか……。かっこ良すぎますよ。これでストーリー進められます。ありがとうございます!」
「未来のやってるゲームって面白いよねー、色んな意味で」
「そうですね……」
羊飼いの執事に続いて、親切な先生――以下略。名前だけならどのゲームよりも負けていないと思う。クレイジーさで。
「これ、玲華になんか似てない?」
千夏先輩はパッケージに描かれた椿のイラストをゆび指さした。
「似てますよね、私も思いました」
だから買ったんだけどね。
「パッケージ買いですかい?」
にやにや顔の先輩。そうだ、千夏先輩は私が玲華先輩大好きっ子だと思っているんだ。間違いではないけれど……叶恵もそうだけど、変な誤解はさせたくないな。
「ち、違いますから! 暇なんでゲームで時間つぶそうと思って面白そうなの選んだだけです」
「親切な先生は今日も……なんだこのタイトル。あたしだったら絶対買わないかなぁ。やっぱりパッケージ買いなんじゃないの?」
「いやー……」
千夏先輩は変なところで鋭いし、自分のことを見透かされているような気持ちになる。たまにそれが怖いと思うこともあるけれど、千夏先輩になら全てを知られても良いって思えるような安心感もある。それが不思議だ。
「そんな暇ならバイトでもすればー?」
「バイトには興味なくて……」
お金はある。意味もなく働くのはちょっと違う気がする。
千夏先輩は長期休みはいつもイベントの警備の仕事をしているらしい。警備って聞くと、夏休み中も風紀委員してるんですねと言いたくなる。
「んーじゃあさ、8月の終わりにライブあるんだけど行かない?」
「ライブって音楽のですか?」
「そうそう、バンド」
「そういうの行ったことないですけど面白そうですね。テレビでしか見たことないです。何のバンドですか?」
「あたしのバンド。言ってなかったけど実はバンド組んでるんだよねー」
千夏先輩がバンド……。そんなこと全く知らなかった。確かに今の風貌はバンドマンって感じがする。これが千夏先輩の真の姿。風紀副委員長の裏の顔。
「知らなかったです! パートは何を?」
「太鼓」
「太鼓ってあのドンってやつですか?」
「そうね、まぁそんな感じー」
鉢巻を巻いて、仁王立ちになって和太鼓を叩く千夏先輩の姿を想像した。勇ましい。もしかして和楽器バンドだろうか。私の知らない千夏先輩のもう1つの顔。先輩の晴れ舞台、ぜひ行きたいところだ。
「見に行きたいです、ぜひ!」
「チケット渡しておくしー」
そう言うと、ポーチからチケットを2枚取り出した。
なんで2枚?
「1人1枚ですよね……?」
「玲華誘ってくれない?」
「え、なんで私が??」
「あたしが誘ったよりも未来が誘った方が来そうだしー。まぁ無理だったらそのままチケット返してくれれば良いから」
玲華先輩と遊びたいと思っていた。このチケットを口実に、玲華先輩と一緒に遊べるのなら良い機会かもしれない。千夏先輩の顔を見ると、ニッコリと眩しい笑顔を向けられた。私が考えていること、千夏先輩はきっとお見通しなんだろう。
「分かりました。誘ってみますね」
「よろしくー。んじゃそろそろ行こうかな。顔見れて良かった。ゲーム頑張ってねー」
「はい、バンド練習も頑張ってくださいね」
結局誕生日だというのに、何も渡せないどころか私が詰んでいたゲームをクリアしてもらったし、愛と勇気と希望という名の抱擁も受けた。そして、チケットも。
宅配業者に扮した千夏先輩には色んなものをもらってばっかりだ。ライブに行くことで千夏先輩が少しでも喜んでくれるなら良いけれど……。
チケットを2枚テーブルに並べる。
私はスマホを取り出して玲華先輩にメッセージを打った。連絡先を交換してから、なんだかんだ初めてメッセージを送る。緊張する……。
親指に力を込めて、送信ボタンを押して床に突っ伏した。あぁ、送ってしまった。
『千夏先輩のライブ行きませんか? チケットもらいました。学校の近くでやるみたいで。日程と時間は――』
返事来なかったらどうしよう。
その日1日、ゲームよりもスマホが気になっていたが、返事はついに来た。それは夜のことだった。
『いいけど』
たった4文字なのに舞い上がった。
私はスマホを胸の位置で抱えて眠りについた。
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