夏休み――8月

ギャルゲーム

 ――暇だ。



 高校生になって初めての夏休み。思った以上に暇であった。せみがミンミンと鳴いている声がひたすらこだましている。蝉が鳴く理由、それは雌に存在を知らせて交尾をし、子孫を残すためである。蝉も頑張ってる中、私はぼけーっとしているだけ。今までの夏休みをどう過ごしていただろうかとぼんやり考える。

 思えば、夏休みにこんな退屈な思いをしているのは私の学校生活が思ったよりも充実していたからだった。入学式前は高校生活に期待を抱けなかった。女子校に入るということが、そもそも不安だった。でも今は良い友達に囲まれているし、風紀委員もなんだかんだ楽しい。玲華先輩のおかげで料理や勉強など色んなことにチャレンジできている。心配なことはあったけれど私のゲームも順調に進んでいると言えるだろう。手ごたえは感じている。



 初めて同性を攻略対象にした。女子への接し方、落とし方が良く分からずこの1学期はとにかく一生懸命やるしかなかった。我ながら頑張っていたと思う。目標に向かって頑張っている時が1番楽しいし充実している。しかし今はどうだ。この夏休みは私は何を目標に頑張れば良いのだろうか。勉強はしばらくは休憩したいし……。



 あぁ、玲華先輩に連絡したい。しても良いって言ってくれたし。でもあまりがっつき過ぎても良くないと思う。経験上、推し過ぎたら逆に引かれてしまうから。これは駆け引きなのだ。



 時間を持て余していたこともあって羊飼いの執事の信男を始めとして太郎、勘兵衛、セバスチャン、アルベルトの5人を攻略し終わった。ゲームは夏休み明けに洋子に返そうと思っている。どのストーリーも面白かった。信男は俺様キャラ、太郎は甘いマスクにレディーファーストな優しい性格、勘兵衛は全てを完璧にこなす敬語キャラ、セバスチャンは不器用系、アルベルトは病んでいる、いわゆるヤンデレというやつであった。羊の育成もさることながら、登場人物に個性があることもあってストーリーも飽きることはなかった。乙女ゲーム、なかなか面白いじゃん。



 感情移入というよりは男女の恋愛を壁となって眺めている感覚だったけれど、全てを完璧にこなすという意味で勘兵衛は玲華先輩に近いものを感じた。洋子は信男推しなようだけれど、私は勘兵衛推しだ。勘兵衛には……親近感が沸く。

 勘兵衛は青い目、金髪でオールバック、白ぶち眼鏡をかけたキャラだった。毎回思うのだけれど、名前どうにかならなかったのか。明らかに勘兵衛って見た目じゃないじゃん。そもそも信夫や太郎にも言えた話だが執事で名前が勘兵衛ってどうなの。ストーリーがしっかりしているのでその違和感さえ忘れてしまいそうになるが、そういうところ本当にもったいない。あとゲームのタイトルも。

 セバスチャンは長い黒髪を高い位置に結って、剣の練習にひたすら打ち込むキャラだった。勘兵衛がセバスチャンという名前であるべきで、セバスチャンが勘兵衛という名前であるべきだ。担当の人が名前の割り当て間違えちゃったんだと思う。でももう引き返せないからこれでいくかってことになったんだきっと。会社の事情は知らないけれど、そうとしか思えない。



 なにはともあれ、羊飼いの執事のおかげで乙女ゲームの面白さに気づいた。今回は攻略対象が執事だったけれど、学園ものや会社が舞台のものなどはどうだろう。勘兵衛のように玲華先輩により近いキャラを攻略できるゲームをやってみたい。テレビの中でを攻略するのも悪くないだろう。



 そう思い立った私は駅前のレンタルビデオショップに向かった。

 DVDやゲーム、CDなど品揃えが豊富でたまに顔を出してはぶらぶらと見ているお店だ。テスト頑張ったんだし、新しい乙女ゲームに手を出しても良いだろう。時間はたっぷりあるんだ。



 ゲームの棚、恋愛シミュレーションと書かれた段を見る。

 いつもはシューティングゲームとかバトル系、アクション系ばかりやっていたのでここの場所に立ち止まることはなかった。

 色んなパッケージがある。その中に並ぶ、「ひつしつ」が目についた。続編と一緒に置かれている。続編は夏休みが明けたら洋子に借りよう。だからその時まで我慢だ。

 それにしても……事前にどれを買うか調べておけば良かった。正直数が多すぎてどれが良いのかさっぱりである。絵柄で選ぶべきか……。悩んでいると、背後に人の気配を感じた。



「あのー……」


「はい?」



 振り返ると眼鏡をかけた若い男性が、立っていた。

 大学生くらいに見える。



「このあとお茶しませんか?」


「……お茶ですかぁ。でもこの後やらなくちゃいけないことがあって」



 ゲームする予定があるから。



「あはは、そうですよね……。連絡先だけでも交換してくれませんか?」


「……」


「これ、受け取ってください」



 男の問いに無言でいると、アドレスの書かれた紙を渡された。男は私が受け取ったのを確認し、じゃあ、とすぐに立ち去っていった。私はとりあえずポケットにその紙をしまう。

 そういえば教師以外の男の人と話したのは久しぶりだ。この感じ、なんとなく懐かしい感覚を思い出す。入学前の私だったらここでお茶くらいはしてたかもしれないな。

 私が恋愛ゲームコーナーの前に立っていたこともあって、きっとロマンスを追い求めている少女だって思われたのかもしれない。男を対象としたリアル版恋愛ゲームをまた再開することもできるが、生憎今は玲華先輩にしか興味がないし、最初からこちらに気がある人には興味はない。

 ポケットの中でアドレスの書かれた紙をくしゃくしゃに丸めた。



 しばらく悩んで私が手にとったのは複数の女の子がジャケットに描かれているパッケージだった。恋愛シミュレーションの棚には男性向けのゲームと女性向けのゲームが混在していた。私が手にとったのは「ギャルゲー」、いわゆる男性向けのゲームだった。なぜそれを選んだのか、それは表紙に描かれているキャラクターが玲華先輩そっくりだったからである。黒髪ロングでツンとした表情で腕組みをしている白衣を着た綺麗系。



 私は女性の落とし方が未だにいまいち分からない。男にするのと同じ要領ではきっと上手くいかない。この手のゲームをプレイすることで何かヒントが得られるかもしれない。

 ギャルゲームのタイトルは「親切な先生は今日も新設手術室しんせつしゅじゅつしつ施術中せじゅつちゅう」。

 ……言いづらいタイトルって流行ってるの? 羊飼いの執事よりこれはヒドイ。もはや悪意しか感じない。こんなタイトル付けるやつが開発したゲームなんてきっとろくなゲームじゃない。棚に戻そうとするけれど、玲華先輩に似ている登場人物のことがやはり気になった。パッケージに書かれた説明書きを読む。

 ストーリーとしては、交通事故で致命傷を患った男主人公が病院で女医たちとの絆を深めていくといったものだ。攻略対象は主に女医。玲華先輩に似たキャラクターは椿という名前で、いわゆるツンデレ系であった。玲華先輩はツンデレかな? 



 典型的なツンデレキャラの言う、「別にそんなこと思ってないんだからね!」というものとは違う気もするけど、ツンデレに近いものを感じる。こんなこと言ったら万人は否定しそうだけれど、私は玲華先輩のそういう顔を知っている。

 検索サイトで「ツンデレ」と入れて検索ボタンを押した。

 「好意のある人間に対し、敵対的な態度や過度に好意的な態度の2つの性質を持つ様子、もしくはそのような傾向を持つ人」――なるほど。玲華先輩やっぱツンデレだ。確信。風紀委員長として完璧でありたいという思いと、それに抗うかのような元から持っている優しさで玲華先輩のツンデレは作り上げられているんだろう。



 椿というキャラクターが玲華先輩に似たビジュアルで性格もツンデレなら言うことなしだ。タイトル怪しいけれど、絵柄は綺麗だしやる価値はありそうだ。



 ――帰り道。



 私は片手に買い物袋をぶら下げて歩いていた。結局、買ってしまった。

 乙女ゲームを買おうと思っていたのにまさかギャルゲームを買うとは……。レジにいる店員さんに出す時少し気まずかった。あくまで私は男女の恋愛の傍観者なのだ。それは分かってもらいたい。

 がやがやと学生たちの声が聞こえる。駅前には部活帰りの生徒がちらほらといた。うちの学校の生徒もいる。



「未来!」



 声をかけられ、見てみると叶恵だった。

 日に焼けて顔が少し黒くなっている。練習頑張ってるんだろうな。思わぬところで友達に会えてテンションが上がった。



「おぉ! びっくりした。今日部活だったの?」


「そうだよ、大会近くてさ。未来は何してたの?」


「ゲーム買ったところ」



 買い物袋を顔の横でぶらぶらとさせた。



「へぇ、何のゲーム?」


「えっとね、親切な先生は今日も新設手術室でしゅ……親切な先生は今日も新設しんしゅ……」



 いや、無理じゃん。噛まないで言うの無理じゃん。

 叶恵は、親切がなんだって? と目を丸くしている。



「ごめん、ゲームのタイトルは言えない」


「え、なんで? いかがわしいゲームでも買っちゃった?」


「言いたいんだけど言えないの、ごめん……。でも内容としては女医と恋愛するゲームだよ」



 ある意味言えないんです。叶恵はいかがわしいゲームを疑ったみたいだけど……。でも女である私が女医と恋愛するゲーム買ったってこともよく考えればいかがわしい気がする。ちょっと言い方をミスしてしまったかもしれない。



「未来ってやっぱ女の子が好きなの?」


「いや、そういうわけじゃなくて……。主人公男だし! あくまで私は傍観者で、画面内の男女の恋愛を楽しんでるだけだから!」



 やはり誤解されてしまった。叶恵は私が玲華先輩に特別な好意を抱いているのを疑っている様子だし、自分が同性愛者だと誤解されても仕方がないのかもしれない。しかし、男とか女とかじゃなくて私は「玲華先輩により近い」キャラクターがいるゲームを選んだだけだ。



「そうなのね……ゲームのことはよく分からないけど……。夏休みはゲーム三昧って感じなの?」


「そうなんだよね。思ったよりも暇でさ。……叶恵、できれば夏休み中もまたみっちー入れて3人で遊びたいんだけど予定どう?」


「いいねー! 大会近いから終わってからでもよい? 3人のトークグループに予定入れとくから遊ぶ日決めようよ」


「うん、決めよう!」



 叶恵が大会終わる頃だから少し先になるのかな。

 とりあえず今は買ったゲームで遊んで時間を潰そうと思う。

 暑い夏の日差し。早く冷房のあるところへ――。私は足を急がせた。

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