終業式
あれから私はなるべく睡眠を取るように心掛けた。玲華先輩の言う通り、最低でも6、7時間は確保できるように。時間を決めて勉強すると、その時間までになんとか終わらせようと思うので、より集中できるようになった気がする。テスト前1週間から勉強を始めて、自分のできる限りの努力はした。前回のテストのように後ろめたい気持ちなんてない。
「勉強した?」
隣の席のみっちーに覗き込まれる。
席替えをしたこともあって、もうみっちーとは隣の席ではなくなったけれど、テスト期間は出席番号順で座らなければならず、またこうしてみっちーは私の隣に座っている。
この会話は中間テストの時にもした。デジャブだ。あの時は「あんまできてないかも……」と答えた記憶があるが、今回は違う。
「そこそこやったよ」
「そっか、羽山先輩に教えてもらったんだもんね。良い点とれると良いね!」
「お互いにね」
明らかに前回よりは自信がある。
しかし、みっちーを始めとして、周りのレベルが高いこともあって不安がないと言ったら嘘になる。目標は77位以上。この数字は私にとってはかなり高い壁だ。前回は143位だった。あぁ、この順位は思い出したくもない。
勉強を始める時期が遅かったのが今回の反省点だ。この1週間の努力でどこまで上を目指せるか。緊張してきた。
テスト開始のチャイムが鳴った。
同時に問題用紙、解答用紙をめくってシャーペンを走らせる。
問題用紙を見た。これは、いける。
試験監督の寺島先生は暇そうに教卓の前で立っていた。今回は時間を持て余して先生の似顔絵を描くことにはならなさそうだ。
テストは中間テストと同様、4日かけて行われるため、1日目が終わったら2日目のテスト科目勉強に時間を費やした。私の脳内にはいつも玲華先輩がいる。手を抜く訳にはいかない。最後まで粘るんだ。
4日間の試験が終了して、全体的な手ごたえとしてはそこそこだった。
教科によって出来は様々で全部が全部できたわけではなかったけれど、それなりに解答用紙を埋めることができた。この手ごたえで何位になるのかは分からないが、少なくとも前回よりはできたと思う。テスト時間を目一杯使って考えることができたのは進歩だ。あとは結果を待つのみ。
――――――――――――――
成績表が返された。
「未来、成績どうだった?」
休み時間、みっちーに尋ねられたので成績表をそのまま渡した。これもデジャブだ。さぁ、どうだろうか。「やばくない?」と言われないと良いけれど……。みっちーの反応やいかに。
「すごいじゃん! 平均以上の科目、結構ある。やっぱり羽山先輩に勉強見てもらったから?」
「うん、そうだと思う。すっごく分かりやすく説明してくれたから」
「なんか良い勉強方法教えてもらった?」
「色々あるけど、一番の教訓は睡眠をとることかな……」
「そうなんだ! だから授業中結構寝てたの?」
この子は、私が玲華先輩に「睡眠は大事よ。授業中もなるべく睡眠は取るように」なんて言われたとでも思ってるのかな。
「羽山先輩が授業中に寝ることを推進するわけないよね? よく考えてよ!」
授業中も寝てしまうくらいの寝不足にはなっちゃいけない。それが今回の教訓だ。
平均点を下回ってしまった科目もあったけれど、その数以上に平均を上回る科目もあった。現代文に関しては平均点よりもうんと高い点数をとった。これも玲華先輩のおかげだ。
問題は順位だ。平均点を超えたからといって、順位が半分以上とは限らない。1人成績が物凄い悪い生徒が平均点をぐんと下げているだけという可能性もあるからだ。
5人いて平均点が60点、私が65点で平均点よりも高くても、蓋を開けてみると、70点が3人、65点の私で1人、25点が1人だったら結果的に私は4位ということになる。順位が出るまで油断はできない。
早いもので、順位表は成績表返却の翌日には貼り出されていた。
まず1年生を見た。私の名前はなかった。これで30位以下ということは確定したということになる。そこまで良い成績でもなかったから期待していなかったけれど、やはり厳しい世界だということを思い知る。みっちーは15位、洋子はランキングに入っていなかった。洋子は乙女ゲームのやりすぎで順位が落ちてしまったのかな。
2年生は玲華先輩が1位で、千夏先輩が4位、雫会長が5位と続いていた。玲華先輩は不動の1位。私の勉強をずっと見てくれていたのにこうして1位になるってどんだけすごいんですか……。でも良かった。これで1位じゃなかったら私は責任を感じてしまっていたと思うから。
全体的に中間テストの時と、貼り出されているメンバーは変わっていなかった。成績上位者に生徒会と風紀委員のメンバーが固まっていることに変わりはない。
自分は何位なのだろうか。生徒会の人や玲華先輩、千夏先輩に聞けば分かりそうだけれど、一番聞きやすいのはみっちーだ。
「みっちー、おはよう!」
「おはよう」
「15位おめでとう! お姉さんも5位おめでとう」
「ありがとう。前回よりも順位下がっちゃったけど……」
「いや、さすがだなって思った。私今回結構頑張ったのに順位表にのれなかったし。改めてみっちーの頭の良さが分かったというか……やっぱり1週間前から勉強やり始めるんだと遅い?」
「わたしはだいたい2週間前からやってるよ」
「2週間前かぁ」
あと7日早く勉強していれば順位表に載ることもできたのかな? そんな甘くないか。
なにはともあれ、私は今回は30位以下なのは確定だ。
「ねぇ、私の順位何位だった?」
「あ、順位聞きたいかも。うち何位だった?」
教室に入るなり叶恵が会話に入ってきた。
「叶恵おはよう。えっとー……個別に教えた方が良いかな?」
「良いよ、ここで言っちゃって」
人に言えないような順位にはならないだろう。この2人になら私の順位を知られたって良いし。
「うちも良いよ。そんな隠すほど点数悪かったわけじゃないし」
叶恵とは良い勝負ができそうだ。心臓がドキドキする。
「えっとねー未来が56位で叶恵が60位だった。未来は前回よりもだいぶ順位上がっててビックリしたよ!」
56位。上出来である。
私は心でガッツポーズを決めた。そう、これで玲華先輩に顔向けできるし、何よりご褒美をもらうことができる。そして、77位よりもだいぶ余裕を持っていること、これ割と褒めてもらえるのでは?……
「まじかー。未来すごいね。負けちゃった」
「足の速さは負けるけど成績は勝たせてもらったよ」
「この勢いでみっちー抜いてほしいな」
「頑張る」
「未来、ぜひわたしを抜かして欲しい!」
「少しは対抗してよ」
下剋上。56位なんて全体で見たらそこまですごい数字じゃないかもしれないけれど前回が143位だったのだ。スタートが低ければ少し上がっただけでも評価してもらえる。元不良が更生して普通の人間になったことを人々は評価するが、「普通」を評価するなんて面白い話だと思う。しかし、今その恩恵を自分が受けていると思うと少し得した気分になる。
下から這い上がるのは実に愉快だ。叶恵の次はみっちーだ……と言いたいところだがもう少し成績低い人いないかな。次の目標は洋子あたりにしようか。
私は底辺スタートだけれど、上からスタートだったら一定の努力を続けないと下がってしまう。キープか下がることしかできないのだから。下に落ちるというのも凄いプレッシャーなんだろうな。そういう意味では1位をキープし続けてる玲華先輩ってやっぱりすごい。
テストも終わり、終業式を終えたら夏休みになる。順位が分かってからすぐに玲華先輩に報告したかったけれど、仕事もなかったせいか会えていなかった。
そして今日は終業式。この日に私は風紀委員として最後の放課後の見まわり業務があった。異常なし。夏休みに入ったんだし、校内に残る理由もないか。
見回りを終えた私は風紀室に向かった。テストの件、もう私が何位なのかは玲華先輩は知っているだろう。しかし、改めて報告をしたかったしご褒美が欲しかった。今日会えないともう夏休み明けまで会えないのだからどうしても会いたい。見回り前にも報告がしたくて風紀室を訪れた時は誰もいなかった。だからこのタイミングでもう一度確かめる。
お願い。風紀室にいてください。そう願いを込めてドアを開ける。
……いた!
「先輩、お疲れ様です」
「……お疲れ様」
「あの、今回も成績1位おめでとうございます」
「ありがとう」
「みっちーから聞いたんですけど私の順位56位でした」
「知ってるわ」
やっぱり知ってたか。先輩は私の順位見てどう思ったのかな。
「この順位をとれたのは玲華先輩のおかげです。本当にありがとうございました」
「2学期は1人でできる?」
その言葉に少しショックを受ける。なんでそういうこと言うのかな。まるで見放されたような気がして悲しい。確かに玲華先輩の時間を大幅に取っちゃったのはあるけれど……。
「我儘かもしれませんけどまた一緒に勉強したいです。……今度はつきっきりじゃなくて良いですから。ただ一緒に勉強したいんです。今回みたいに良い点数がとれたのは先輩が勉強教えてくれたのもそうですけど、一緒に勉強できたことでモチベーションが上がったからなんです……ダメですか?」
「私がいないと勉強できないというのは言い訳よ」
「そうですよね……ごめんなさい……」
「でも、これでまた清水さんに前回みたいな点数とられても困るの。私がいることで次回もこれ以上の順位を取ってくれるというのなら考えるわ」
「本当ですか? 絶対取りますから! ……私頑張りますから! お願いします!」
「……次回は30位以内よ」
「うぅ……頑張り……ます」
玲華先輩と一緒にいる口実がただただ欲しい。それが条件というのなら、頑張るしかない。
あ……そういえば、約束。
「あの……」
「なに」
「約束覚えてますか? 私のこと、名前で呼んでくれるんですよね」
「……分かったわ」
「……」
玲華先輩が、私の名前を呼んでくれるのを待つけれど、なかなか口を開いてくれない。まだかなー。
「……今じゃないとだめ?」
「はい。今すぐご褒美が欲しいです」
「………………」
「…………まだですかー?」
玲華先輩は斜め下の方を見ながら恥ずかしそうにしている。名前呼ぶだけでそんなに恥ずかしい? 私がお願いした時は、「そんなことで良いの?」って言ったじゃん。打ち上げの時は自然に呼んでくれたくせに……。
「……今はこれで勘弁して欲しいのだけれど」
「なんですか?」
先輩はノートに挟んであった紙切れを私に渡した。
2つに折られていたそれを開く。
「これ、私?……」
「欲しがっていたでしょう」
模写。手を枕にして寝ている私の寝顔が描かれていた。
白黒だったけれど、写真のようなクオリティに驚く。私が寝てしまった時に描いたんだ。恥ずかしいような嬉しいような気持ちでポワポワする。
「描いてくれたんですか? ありがとうございます、大事にします」
私が玲華先輩に似顔絵描いてってあの時頼んだからかな。
そういえば玲華先輩に確かめたいことがあるんだった。
「1つ聞きたいことがあるんです」
「なに」
「私の頭、撫ででくれたの玲華先輩ですか?」
確かに感じた温もり。あれは夢なんかじゃなかった。
千夏先輩も風紀室には居たけれど、撫でたのは玲華先輩だと思う。
「寝てたんじゃなかったの?」
その言葉で確信した。やっぱり玲華先輩だったんだ。
「その時だけ眠りが浅くなってたんです。すごく嬉しかった……」
「スケッチに髪が邪魔だったから少しずらしただけよ」
「……髪をずらすだけであんな触り方するんですね」
「……そうよ」
すごく優しい撫で方だった。何往復もする手。髪をずらすだけならそんな触り方しないよね。
「ふふ、またスケッチの時、私の髪の毛邪魔だったらずらしてくれて良いんですよ?」
「……。そんなしょっちゅう描くものでもないでしょう」
「じゃあ髪の毛ずらすだけでも良いですよ!」
「何のためにずらすの」
へへっと笑う。
太陽に照らされた誰もいない校庭が風紀室の窓から見えた。
「もう夏休みですね。1か月も先輩と会えなくなるの寂しいです。なので最後に名前呼んでくれませんか? まだご褒美もらってないですから。似顔絵もすっごく嬉しかったんですけど、先輩成分補給しておきたいので」
ご褒美、欲しい。私は今お腹を空かせているんだ。食い溜めしておきたい。
「別に夏休みだからって会えないわけじゃないでしょ」
「だって風紀委員ないじゃないですか…………もしかして私と遊んでくれるんですか?」
「……」
「連絡します。だからその時は返事してくださいね」
玲華先輩は目を逸らしながら頷いた。
夏休みも会えるなんて夢のようだ。もうそれだけで満足です。また会う時は絶対名前で呼んでもらおう。
私が帰ろうすると玲華先輩も帰る支度を始めた。
「まさか私のこと風紀室で待っててくれてました?」
「ここで報告しないとあなたも消化不良だったでしょう」
なんだこの可愛い生き物は。
玲華先輩とは校門前で別れた。
似顔絵を取り出して見つめる。こんなことされて嬉しくない人なんていないよ。先輩コレクションがまた1つ増えた。そして私の頭を撫でてくれていたのが玲華先輩だということもはっきりした。どんな気持ちで私の頭を撫でていたんだろう。どんな気持ちで私の似顔絵を描いてくれていたんだろう。ある程度親しくない人にはこんなこと、しないよね。
特別な好意を手に入れた訳ではないけれど晴れやかな気分だった。
さぁ、夏休みの始まりだ。
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