生徒会長の素顔
私はみっちーと一緒に駅前で叶恵を待っていた。叶恵の陸上の大会も終わり、3人で遊ぶことになっていたためだ。
1回目は私の家、2回目は叶恵の最寄りということもあって、3回目の会場はみっちーの家である。
叶恵は若干遅れるようなので、みっちーと2人で時間を潰す。
「未来は夏休みどこか行った?」
「行ってないかな。ずっと引きこもってゲームしてる」
「親切な先生は今日も新設手術室で施術中」の全てのキャラクターをとりあえず1周した。ストーリー部分に関しては悔しいが本当に良くできていた。主人公とヒロインがくっつくまでの描写が丁寧で、違和感なく楽しむことができた。ここまでストーリーのクオリティが高いのに数限られた人しか遊べないなんてもったいない。それもこれも、千夏先輩に感謝だ。メインストーリーを楽しむことができる数少ないプレイヤーの1人になれたのだから。
プレイヤーの人数が少ないこともあって攻略サイトに攻略情報は載っていなかったので手探りで進めている。今は回収しきれなかった要素を回収すべく周回しているところである。
やはり私の押しは玲華先輩似の椿である。未だにノーマルエンドのみでハッピーエンドにはたどり着けていないので会話文の選択肢に気をつけながら好感度を上げている最中だ。
椿は最初はツンツンしていて、口調も玲華先輩そっくり。そしてデレた時のギャップがすごかった。口内チェックをしますと言ってキスをしてくるのだ。こんなこと本当に玲華先輩にされてしまったら鼻血ものだ。……ん。 私玲華先輩とキスしたいのか……?
「顔が歪んでるけどそんなに面白いゲームなの?」
歪んでる? 緩んでるの間違いじゃなくて?
多分悪意はないから気にしないでおこう。もうみっちーのこういうところには慣れたし。
「面白いよ。みっちーは夏休みどっか行った?」
「わたしはお姉ちゃんと遊園地行ったくらいかなぁ」
「本当姉妹で仲良いよね」
「そうだね、仲は悪くはないかも」
普通の姉妹ってこういうものなのだろうか。退屈しなさそうで羨ましいな。
夏休みに入って最初は暇だったけれど、ゲームのおかげで暇は潰せているし、今日もこうして友達と遊べている。何より夏休みの終わりには玲華先輩とライブを観に行くことが決まった。夏休みもなんとか周りの皆のおかげで楽しめている。
「ごめーん、待った?」
そう言ってやってきた叶恵の顔は真っ黒だった。この前駅で会った時よりも数段と黒い。日焼けだ。
「焼けたねぇ」
「毎年そうだよ。日焼け止め塗りたくってこれ。去年はみっちーも真っ黒だったのに今年は白いの、本当に陸上やめちゃったんだなってちょっと悲しいかも」
「わたしも叶恵の顔見て懐かしいなって思っちゃった」
叶恵とみっちーは顔を見合わせて笑った。笑顔の白と黒の顔。実に微笑ましい。
私たちは3人並んで、みっちーの家へと歩いた。駅からそこまで離れておらず、すぐに一軒家へとたどり着く。表札には「奥寺」と書かれている。
「どうぞー」
玄関に通されるが、家の中は静かだった。
「今日は誰もいないの?」
「うん、後でお姉ちゃん帰ってくるかもだけど。スリッパ用意するからここで待ってて?」
みっちーのご両親に挨拶しようと思ったけれど今日はいないようだ。叶恵と玄関の前で待つ。エントランスにはお花が飾られていて麗しい雰囲気を醸し出している。しかし、それを台無しにするかのように玄関から見える汚部屋……。
「あれ物置かな?」
「見た感じ普通の部屋っぽいけどね」
まさかみっちーの部屋?
いや……みっちーの机の中はいつも片付いている。整理整頓できない子じゃないと思ってたんだけどな。私たちをこの後、部屋にあげるなら片付けくらいはしてそうだし。
戻ってきたみっちーは、あ、と言って汚部屋のドアを閉めた。
「見ちゃったよね?」
「見なかったことにしておいた方が良いかな?」
「ううん、開けっ放しにしてたわたしが悪いし……」
「あの……あれみっちーの部屋?」
「わたしの部屋じゃないよ! ……お姉ちゃんの部屋なんだ。やっぱり見なかったことにしてくれると嬉しいかも……」
そうだ、ここは奥寺家の家であって、雫会長の家でもあるんだ。入学式の時に家じゃだらしないってそういえば言ってたけど、そういうことか。察した。しかし雫会長の部屋があれとはさすがにビックリする。だって学校ではすごくしっかりしているし、気さくで明るいし……。あの部屋を見て、雫会長の部屋だなんて誰も思わないだろう。
みっちーは雫会長の部屋より少し進んだ部屋に私たちを招き入れた。雫会長の部屋とは対照的で中は片付いていて、ラグの上に小さなテーブルが置かれている。小型テレビが置かれていて、シンプルで温かい雰囲気のある部屋だった。テーブルを囲って座ると、みっちーがジュースの入ったグラスを人数分持ってきてくれた。
「ありがとう、いただきます」
「遠慮しないでくつろいでね」
みっちーの部屋は綺麗だった。同じ姉妹で顔と性格は似ているけれど、みっちーは天然だし雫会長は整理整頓が苦手で、個性が出るなぁとしみじみ思う。
「ところでさ、叶恵は彼氏とどこまでいった?」
「……え?」
「やった?」
真昼。突然の爆弾発言に私はジュースを飲もうとしていた手を止めた。みっちーのジャブをあびる叶恵。付き合って4か月以上経つみたいだし、いくところまでいっててもおかしくなさそうだけど、真昼間からする話題ではなさそう。みっちーは勇者だ。
「……や、やってない」
「いつやるの?」
「……なっ!」
みっちーやめたげて。叶恵がノックダウンしそう。もうゴング鳴りそうだから。私は気を紛らわそうとジュースを喉に流し込んで乾いた喉を潤した。
「今でしょって言わせたいの? やめて。お互い初めてだからもう少しこういうのは時間かけていきたいというか……ていうか最近喧嘩しててそんな感じじゃないし」
「喧嘩? 大丈夫?」
「大丈夫だよ、些細なことだし。今は冷却期間」
恋人には喧嘩は付き物だろう。
まあ、そういうことについては時が来たらきっと教えてくれるんじゃないかな。その時まで私は待つよ。だからみっちー、もうジャブ打つのやめたげて。
その時、玄関からチャリーンと鈴の音が聞こえた。みっちーは部屋を出て玄関の方へ向かった。誰か帰ってきたようだ。雫会長だろうか。
叶恵はみっちーのジャブから解放されて、一息ついてからジュースを口に含んだ。
「やっほー未来ちゃん! ……と叶恵ちゃんだよね? ゆっくりしていってね」
「お邪魔してます」
「叶恵です、いつもみっちーとは仲良くさせてもらってます」
家に帰ってきた雫会長が私たちに挨拶をしてくれた。ニコっと微笑むと手を小刻みに振って部屋を後にした。さっきのあの部屋を見た後だから若干気まずいな。
みっちーは部屋に戻るとテレビの電源を付ける。
「未来はゲーム好きなんだよね? うちにあるゲームはRPGくらいしかないんだけど好き?」
「あーRPGはあんまり……。でも人がやってるの見るのは好きだよ」
「そっかー。皆でやるのには向いてないよね。あ! レースゲームならあるよ、やる?」
「……やる」
正直レースゲームには親切な先生は――以下略のせいで嫌な思い出しかないけれど、3人で遊ぶにはちょうど良いだろう。コントローラーが2つしかないため、ローテーションで回していった。誰かと一緒にゲームするのって結構面白い。マルチプレイはオンライン上でしかやってこなかったけれど、やっぱりリアルな友達と一緒にプレイすると尚面白い。勝ち負けではなくて、同じ空間で一緒のことをするのが好きなんだ。
「未来結構強いね。わたしこのゲームわりと得意だったんだけどな」
「レースゲームはそこそこだから」
そう言いながら叶恵にコントローラーをパスする。
「トイレ借りても良い?」
手持無沙汰になったし、今のうちに行ってしまおう。みっちーはコントローラーを操作しながら告げた。
「うん、リビング通って右側にあるよ」
みっちーに言われたとおり、リビングに行くとソファーに下着姿の女がだらしない体勢で寝ていた。
「雫会長……」
雫会長は上下、下着姿でソファーの背もたれに足を放り出して寝ていた。小ぶりな胸に開かれた足……。会長、さすがに下着姿でこの格好はまずいですよ。
自分の部屋でしてくださいと言いたいところだけれど、あの部屋じゃ無理か。それにしても警戒心の欠片もないけど大丈夫なのかな。今改めて見たけど胸は私の方があるみたい。のぞき見しているようで申し訳ないけれど目に入ってしまったものは仕方ない。
トイレを済ませて部屋に戻る。
みっちーからコントローラーをパスされる。先ほどの光景が脳裏によぎり、質問せずにはいられなかった。
「あのさ、みっちー。雫会長がリビングですごい恰好して寝てたけどいつもあんな感じなの?」
「すごい恰好って?」
「下着1枚でめっちゃ足開いて寝てたんだけど」
「あぁ……お姉ちゃん裸族なんだよね……」
あの雫会長が裸族って……。これ絶対秘密にしておかないとだめなやつじゃん。叶恵と顔を見合わせて意思疎通した。
でも下着は着けてくれていて良かった。着てなくてあの体勢を見てしまった時のことを考えると恐ろしい。
「あのさ……なんでみっちーのお姉ちゃんは生徒会長になろうと思ったの? 中学の時も生徒会長だったじゃん?」
叶恵は尋ねた。確かに気になる。雫会長が仕事をしているところはすごくかっこいいし、様になっているけれど、家のあの様子を見るととても生徒会長には見えない。これは偏見かもしれないけれど。
「あーうん……ちょっとこれ話すと暗い話になっちゃうかも……」
テレビから聞こえる愉快なゲームのBGMを止めたみっちー。
これから真剣なことを話すんだという空気を察する。私たちは沈黙の中、みっちーが何を言うのかを待った。
「小学生の頃、いじめられてたんだ。ほら、わたしこんなんだから。ちょっとバカなところあるなっていうのは自覚あって。
お姉ちゃんは生徒会長の妹なら誰にもいじめられないって思ったみたいで、頑張ってくれてるんだよね」
「そうだったの……」
みっちーは天然だし、変なことを言うけれど、悪意はないし人一倍優しいということは知っている。裏表もないし、人間特有のどす黒い嫉妬、妬みといった感情がない。気さくで明るくて良い子だと思う。入学してから初めてクラスで私に話しかけてくれた子でもある。
でも、そんなみっちーも小学生の頃に……切なくなった。部屋は妙な雰囲気になった。叶恵も目を伏せている。そんな私たちに向かってみっちーは言った。
「中学からはお姉ちゃんが生徒会長なこともあっていじめもなくなったし、運動部に入って精神的にも強くなれたよ。高校になってからは2人と仲良くなれて、こうして一緒に遊んでくれてること、すごく嬉しい。わたし2人のこと大好き!」
そう言いながら、音量を上げてゲームのBGMを再開させた。
「私も大好きだよ。みっちーのこといじめる人がいたら風紀委員としてぶっ飛ばしてあげるから」
「まぁちょっと抜けてるところあるけど、うちもみっちーのこと好きだよ。一緒のクラスになってもっと好きになった」
「2人ともありがとう……」
私たちは愉快なBGMが流れる中、抱き合った。
「みっちーのお姉ちゃんも良い人だよね」
「うん、本当感謝してる。家じゃだらしないけど、あれが本当のお姉ちゃんなんだ。きっと学校じゃ無理させちゃってる。それを分かってるから、お姉ちゃんが勉強してたら私も頑張らなきゃって思うし、部屋の片づけだって手伝うようにしてるんだ。今は生徒会でお姉ちゃんの仕事のサポートもできてるし少しは恩返しになれてるかなって……」
「家で素を出せてるんだね。うちは家だと素でいられない。長女だし、何かしら手伝わないといけない、とかいつも親の目を気にしちゃうから。ある意味家で素でいられる会長がうらやましいかも。うちは今が素だなぁ……家にいるより誰かと遊んでた方が楽」
家だと素でいられる雫会長。家の外で素でいられる叶恵。
どっちが良いんだろう。
家庭環境は様々だ。一概に、どっちが良いとも言うことはできない。
私のように誰からもプレッシャーを受けない生き方が幸せとも限らないだろう。
――玲華先輩は学校では素なのだろうか。恐らく違う。完璧を作っているのだから。雫会長と同じだ。じゃあ家では?――思ったより私は玲華先輩のことを知らないのかもしれない。
改めて雫会長について考える。雫会長はいじめから妹を守るために生徒会長になった。そして玲華先輩は兄のため、罪滅ぼしもかねていじめから生徒を守るために風紀委員長になった。
2人とも共通していること、それは誰かを守るためにこの仕事をしているということだ。
それに対して私は今まで自分のためにしか生きてこなかった。誰かのために、見返りを求めずに何かに一生懸命になったことはなかった。
1つ分かること、それは誰かのために頑張っている人からはものすごいエネルギーを感じるということだ。成し遂げたいことがあって一直線。原動力。使命感から今の仕事をしているんだろうけれど、信念がある。そういう人は、強い。人間的な魅力がオーラとなって現れている。
そういう人を、むさ苦しいだとか鬱陶しいと思う人もいるんだろうけど、今の私の目から見たら格好良いと感じる。
私も誰かのために一生懸命になれる日が来るのだろうか。もし、そうなれたら素敵なことだな、と思う。
関わっている人のために何か出来ることを考えるのも悪くないかもしれない。
私たちはゲームをしばらく楽しんだ後、近くのファミレスでご飯を食べて解散した。次会うのは夏休み後である。
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