誕生日プレゼント選び

 ――利他的に考えられるホスピタリティあふれる人間になりたい。

 


 そんな私の願望を実現する第一歩として、まずは千夏先輩の誕生日プレゼントを真剣に選びたいと思っている。遅めの誕生日プレゼントではあるけれど、ライブの時に渡すのだ。

 先輩だということを忘れてしまうほど緩くて、いつも友達みたいな感じで接してくれる面倒見の良い先輩。この前はなかなか勝てなかったゲームもクリアしてくれた。何より、味方だと言ってくれた。適当だし変な冗談言ってくることも多いけれど、この機会に恩返しがしたい。せっかくの夏休みで校則にも縛られない。ライブの日にちょっと良いものをプレゼントしたいけれど、千夏先輩って何が欲しいんだろう。カップラーメンじゃ味気ないし……バンドで太鼓叩いてるみたいだし、バチとかあげたら喜ぶかな。でも誕プレでバチっていうのもなぁ。



「あぁ、どうしよう」



 考えていると、ふと案を思いついてしまった。

 スマホを取り出す。

「こんばんは」と書かれたスタンプを連打した。宛先は玲華先輩だ。



 あぁ、勢いで送ってしまった。もう取り返せない。送ってからいつももどかしい気持ちになる。といってもメッセージを自分から送るのはこれで2回目なのだけど。業務連絡以外でこうして連絡をとることが無かったので新鮮な気分だ。

 どうせ返事はすぐ来ないだろう。ゲームでもやって時間をつぶそうかな。

 そう思った瞬間通知が来た。おぉ、早い!



『なに?』



 こんばんはって送ったのに、なにって……。まぁスタンプ連打したらそうなるか。

 私は早く返事が来たことにテンションが上がったので、ニッコリマークのスタンプを連打した。これくらいなら大丈夫だよね。どんな反応が返ってくるかな。ワクワク。無視はされない、大丈夫きっと。

 そう思っていると、着信音が響いた。

 なんと玲華先輩から電話がかかってきたのである。

 聞いてない! え、今? スマホの前で深呼吸を繰り返す。やばい、緊張してきた。おずおずと通話ボタンを押した。



「はい……もしもし」


『要件を言ってくれないと分からないわ』


「ごめんなさい、つい……」



 ちょっかい出したくなっちゃっただけです。まさか電話がかかってくるなんて私も思ってませんでした……。玲華先輩の声は電話越しでも透き通っていて綺麗だった。こうして声聞けるなら次からスタンプ連打作戦しちゃおっかな、なんて思って顔がほころぶ。

 要件と言えば――



「玲華先輩は千夏先輩に誕生日プレゼントあげました?」


『渡していないわ。そういえばこの前誕生日だったそうね』


「そうなんですよ。いつもお世話になってるので、改めてライブの日にプレゼント渡したいなって思ってるんですけど、千夏先輩が喜ぶものが分からなくて……」


『……あなたが選んだものなら何でも喜んでくれるんじゃない』


「そうですかね……。あのー……玲華先輩も買ってないなら、一緒に買いにいきませんか?……」



 心臓がドキドキいっている。2人きりで会いたい。ライブの日だけだなんて嫌だ。

 一緒に誕生日プレゼントを選ぶという口実で玲華先輩と遊ぶ。これが私の思いついた案だった。



『……いつ?』


「え、良いんですか?」


『良いから聞いているのよ』


「嬉しいです! じゃあ――」



 通話が終了する。玲華先輩と一緒に遊ぶことになった。決まったことなのに未だに信じられない。ついに。ついにだ。

 どうしようもなく胸がウキウキして抱きまくらをぎゅっと抱きしめた。千夏先輩の誕生日プレゼントを選ぶという口実付きだが一緒に遊べることには変わりない。勇気、出してみるものだな。



 「親切な先生は今日も新設手術室で施術中」の椿。主人公は強引なスタンスで距離を縮めていっていた。羽山ツンデレ玲華先輩には多少強引に動くのが効果的なのかもしれない。

 そして、主人公は目標を決めて椿に近づいていった。その目標とは、例えば「今日は手を繋ぐ」などといった小さな目標のことだ。これを積み重ねることで気が付いたら椿を落としていたという流れだった。



 「あぁーーうぅぅ」



 あぁ、どうしよう。息が詰まる。

 楽しみすぎる。私も目標を決めよう。



 ――――――――――――――



 学院の最寄りの駅の隣の駅には大型ショッピングモールがある。ここで玲華先輩と一緒に千夏先輩の誕生日プレゼントを選ぶことになっていた。

 開店直後に入り、ぶらぶらと色んなお店を見て回った。とある雑貨屋さんに入り、店内を見渡す。



「これなんてどうでしょう?」



 プレゼントは個別にプレゼントするのではなくて、2人で1つのものをプレゼントすることにした。だから私たちの意見が合って初めてプレゼントを買うことになる。

 私が手に取ったのは入浴剤。日本人は誰しも湯船に浸かるの好きなはず。気に入ってくれるのではないだろうか。



「いいんじゃない?」


「そうですよねー、これで日頃の疲れを癒してもらえたら良いなぁ。喜んでくれますかね? いやーでも千夏先輩のことだからやっぱりこっちのパッケージの方が良いかな――」



 入浴剤でも複数種類がある。保湿系、リラックス系、代謝アップ系。どれが良いか悩む。自分で使うのは適当で良いなんて思ってしまうけれど、誰かにプレゼントするとなると話は別である。しっかりとパッケージの文章を読み込む。



「千夏に日頃の疲れなんてないわ」



 態度が急変した玲華先輩。



「えぇ、そんな……結構疲れたーなんて言ってますよ」


「あれはただ言ってるだけ」


「そんな千夏先輩って超人なんですか……」



 さっきまで、いいんじゃないって賛成してくれてたのに……。玲華先輩は努力の人だから千夏先輩みたいに何でもできちゃう人への印象って良くないのかも。

 この雰囲気なら入浴剤じゃない方が良いかな。



「分かりましたー。じゃあ入浴剤じゃないのにしましょう! 何が良いかなぁ。やっぱり千夏先輩も女の子だしスキンケアとか気を使ってたりして。陶器みたいな肌で綺麗だし。うーん、パックとかどうでしょう?」


「良いんじゃない」



 箱の裏に描かれた説明書きを見る。口コミナンバー1商品らしい。これ送ったら喜んでもらえるだろうか。誰かのためにお金を使うのって悪くないかも。



「もう、後で否定してくるの禁止ですからねー! ふむ、プレゼント選ぶのって楽しいですよね。早く渡して反応見たいです」


「あなた、随分と千夏のことを慕っているのね」


「そりゃお世話になってますからね。玲華先輩だって好きでしょう? 千夏先輩のこと」



 なんだかんだ仲悪くないのは知ってるし、体育祭があったから私は近い距離でこの2人を見てきた。信頼関係は健在だ。



「……仕事はよくやってくれていると思うわ」


「素直じゃないんだからー」



 肩を少し小突いた。半そでなこともあって一瞬ではあったが肌と肌が触れ合った。そんな玲華先輩の細く伸びた白い腕を見つめる。

 あぁ、また手を繋ぎたい。この前のように足を突然くじいたりしないかなと思う。この際、痛みなんてどうでも良いから。でもちょっとこのタイミングでは厳しいかな。



 玲華先輩の顔を見ると並べられたストラップの方を見ていた。目線を追うと、犬と猫の肉球のストラップだった。



「先輩、このストラップ気になります?」


「別に……」


「うそー、がっつり見てたじゃないですか」



 女の子っぽいところもあるんだね。でもよくよく考えると、亡くなったお兄さんには星のピンをプレゼントしたと言っていたっけ。そういうものに今も興味があるけれど、お兄さんのことを考えてそういう自分を出さないようにしてるだけかもしれない。

 私の前では素、出して欲しいんだけどな。



「先輩、パックで良いですか?」


「……ええ」



 結局私たちはパックを買った。買い物袋をぶら下げて出口に向かって玲華先輩は歩き出した。



「この後ご飯行きませんか?」



 なんかこうして言うとナンパみたいだな。でもこのまま解散は嫌だ。

 ショッピングモールの開店時間に入ったこともあって、一通りお店を見終わって時刻はお昼時になろうとしていた。私は今日のノルマを決めていた。それは、お昼を一緒に食べてあーんしてもらうこと。つまり間接キスをかますことである。



 玲華先輩は私の誘いに応じてくれた。フードコートに入って、各々好きな食べ物を買うことにした。



「玲華先輩は何にします? やっぱりカレー?」


「そうね」


「じゃあ私はオムライスにします。注文してきますね」



 テーブル席に2人。2人きりでご飯は初めて。なんともワクワクする。この一時を私は大事にしたい。

 それにしても、こういうところでも玲華先輩はカレーを選ぶあたり、本当に好きなんだなぁ。たくさん練習して良かったかも。



「玲華先輩といったらカレーですよね、美味しいですか?」


「ええ」


「一口もらっていいですか? 私もカレーに関しては舌が肥えているので食べてみたいです」


「いいけど……」


「あーん」



口を開いて受け入れ態勢を作る。



「……………そういうことは……」



 長い沈黙の後、そう小さく言いながら恥ずかしそうに目を逸らす先輩。やはり、あーんは難しかったか。でも玲華先輩のカレーを食べることについては許可をもらったのだ。では別の手を。



「えー。じゃあちょいと失礼しますよ」



 玲華先輩のカレーを器ごとこちらに寄せて、器の上にのせられたスプーンでカレーを一口食べた。



「んー……うん、美味しいですね」



 これで間接キッス達成。ありがとうございます、ご馳走様でした。嬉しさで正直味なんて感じる余裕はなかったけれど、美味しいととりあえず言っておいた。



「あなたもカレーにすれば良かったんじゃない」


「舌が肥えてるので自分が作るカレーが一番美味しいんです。だからチェーン店のカレーは頼まないかなぁ。

 ……ねぇ、玲華先輩? 私が作ったカレーとそのカレーどっちが美味しいですか?」


「……」


「恥ずかしい?」



 玲華先輩はいつも恥ずかしそうに目を逸らすけれど、その顔が最高にかわいいということを本人は分かっていないんだろうな。この顔が見られるなら、いじわるだって言いたくなってしまう。



「そんなことはっ……」


「どっちが美味しいですか?」


「未来の方が美味しい……と思う」


「やっと名前呼んでくれましたね、ずっと待ってたんですよ」



 私のカレーを褒められたこと、名前を呼ばれたことが嬉しくてオムライスを豪快にすくって口に流し込んだ。美味しい!



「約束は守るわ。風紀委員長なのだから」


「さすが玲華先輩!」



 思わず顔がほころぶ。

 もっと「未来」って言わせたい。



「あ、先輩。現代文の問題です。過去の対義語は?」


「未来」


「ふふ、また呼んでくれましたね」


「……」


「もう1問出しちゃいます。英語のFutureフューチャー、日本語に訳すと?」


「未来」


「正解です! さすが学年1位ですね」


「からかっているでしょう。千夏に似てきたわね」


「そうですか? あー、オムライス美味しいなぁ」



 よりいっそオムライスが美味しく感じる。思い出込みの味だ。



「そんなに美味しいの?」


「食べますか?」



 もじもじと目を泳がせている玲華先輩。



「ほら、あーん」


「……ちょっと……」


「先輩? あーん」



 スプーンを口元に持っていくと、控えめに口を開いてパクっと食べてくれた。

 今日の目標は、あーんだったけれど、逆あーんはできました。ありがとうございます。

 ちょっと押しに弱いところあるよね。やっぱりギャルゲー主人公同様、玲華先輩には少し強引にいった方が良いのかもしれない。押す方も勇気はいるんだけどね。



「……美味しい」


「でしょう? 次はオムライス練習しよっかなぁ」



 満面の笑みを玲華先輩に送った。

 次会うのはライブハウスか。それもデートみたいで楽しみかも。もちろん千夏先輩の晴れ舞台も楽しみだけれど。

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