問題児登場!? ①

 新しい環境。学年が変わったことで立場も変わり、フレッシュな空気を吸いながら日々を過ごしていた。



 2年生になった私は後輩もできて、慣れない先輩呼びにどぎまぎしながらもなんとか楽しく学校生活を送れていた。

 私は過去一に緩い風紀委員長として生徒たちに認知されているため、委員会の仕事に関してはありがたいことに洋子を始めとした周りが結構助けてくれたりする。頼りっぱなしで申し訳ない気もするけれど……。

 風紀委員だからといって生徒たちに僻まれたりといったこともまだなく、順調である。



 玲華先輩とも、もちろん順調。みっちーや叶恵とも相変わらず上手くやれてるし、何もかも平和だと思っていた日常に黒い影ができたのはちょうど3年生が風紀委員を引退したタイミングでのことだった。



 三栗渚みくり なぎさ――。

 私のことを慕ってくれているようで、よく話しかけてくれる風紀委員の1年生。



「はいはーい! なぎ、未来先輩とペアがいいでーす!」



 ぱっつんの前髪。肩まで伸びた毛先のカールした茶髪をゆらゆらさせながら渚は挙手をした。髪染めは原則禁止だが、地毛だと言い張っており、真相は定かではないので誰も咎めることはできないでいる。スクールバッグにはたくさんのキーホルダーがジャラジャラと付いており、見た目や性格から風紀委員っぽくはない。私が言えたことではないかもしれないが……。



 新1年生は仕事を覚えるため、先輩との仲を深めるといった目的で、2年生とペアを作り挨拶運動と放課後の見回りを一緒に行う機会がある。先程の彼女の発言は、そのペア決めを行う時のものだった。

 随分と好いてくれてるんだってこの時は呑気に思っていた。この時、玲華先輩はホワイトボードに立つ私の姿をただ見ていた。千夏先輩は渚の発言に顎を触りながら何とも言えない表情をしていたのを思い出す。



「未来先輩はぁー、女の人もイケるんですよね?」



 結局放課後の見回りは渚とペアになった。桜もとっくに散り、ざわめく木々の中で外周を一緒に歩いていると、渚はふとそんなことを聞いてきた。直接的にそんなことを聞いてくる人は今までいなかったので少し驚く。

 私と玲華先輩が付き合っていることはもう学校の公認のようなものだ。今さら隠すつもりはない。



「うーん。たまたま好きになったのが女の人だったってだけで……」


「じゃあなぎにも可能性あるのかなぁ?」


「なに言ってるのさ。あんまり風紀委員長をからかったらだめだよ? もう」


「えー。本気なんですけどー」



 渚は私の腕にしがみついてきた。



 口調からして渚が本心でそう言っているのかは分からない。

 威厳なんてものは私にはなく、後輩からもよく冗談を言われるから、その延長線上なんだと思っていた。



「こーら。仕事中だぞ?」


「はーい。なぎ、風紀委員になって良かった。未来先輩に会えたんだもん」


「……渚はどうして風紀委員に入ろうと思ったの?」


「未来先輩がいるから。入学式の時に見て一目惚れしちゃったの」



 どうしてこの子に好かれてるんだろう。

 後輩に好かれるのは悪いことじゃないと思う。でも渚の好意に少し特別なものを私は感じていた。もちろん気分の良いものではない。

 こういう冗談を言ったり、スキンシップが好きな人はたくさんいる。委員会以外では特に会わないし、渚はそういう子なんだと割り切ってしまえば良い話だと思っていた。



 しかし、そんな思いをよそに渚は徐々に私の中に踏み込んでくるようになった。



『今、学校の近くなんですけど

 良かったらお茶しませんか∩^ω^∩?』



 休みの日、家でゆっくりしているとそんなメッセージが届いた。正直あまり気は進まない。でも油を売っていたのは確かだし、せっかくの後輩からの誘いだったので、私は乗ることにした。

 さっと支度をして身なりを整えると、近くのカフェを目指して歩みを進める。



「未来先輩の私服すごい新鮮! やっぱり超かわいい、ホント目の保養です!」


「あはは……ありがと」



 カフェに着くやいなや、渚はこちらに駆け寄ってきて抱きつかれた。

 想像はしていたけれど、渚の私服は派手目で、むせ返るような香水の香りを漂わせている。



 向き合って座る。



 両手で頬杖をついて、キラキラと丸い目を輝かせながらこちらをじーっと見ている。あまりにもダイレクトな視線に私は目を逸らしてストローをくわえこみ、チョコレートスムージーを喉に流し込んだ。なんかやりづらいな。



「未来先輩。他の風紀委員の1年生とこうやって会ったりしてますか?」



 渚は上目遣いで聞いてきた。



「ううん、1年生だと渚くらいだよ」


「やったー! 未来先輩はなぎだけのものー」



 ニコニコと笑顔でキャラメルの入ったカフェモカに口をつける渚。

 何となくその好意が一線を超えはじめている気はしていたものの、先輩として好かれてるだけと自分に言い聞かせるようにして、またチョコレートスムージーを飲み込む。早まってはいけない。



 ふと、机の上に置いていたスマホが振動した。

 誰かからメッセージが入ったようで、手にとってディスプレイを見る。



「……誰ですか?」



 渚は少し怪訝そうな顔になった。



「えっと……あ! 玲華先輩だ」



 普段、私たちは頻繁にやりとりをするわけではないけれど、私がどうでも良いようなメッセージを送って、それに対して玲華先輩が付き合ってくれるようなやりとりが多い。

 今回も同様、委員長になってから肩こりが気になるといった内容を朝送ったのだが、その返事が今来た。

 お風呂に肩まで10分浸かるとそれだけでも結構違うみたいだ。さすが物知り玲華先輩。今度試してみよう。



 玲華先輩からのメッセージに頬の筋肉を緩ませている頃、ふと渚からの視線に気がついて顔を見るとムッと口を結んで不機嫌そうな表情をしていたので思わず私も真顔になって固まった。



「……」



 何この空気。

 今ので渚の機嫌を損なわせてしまったのは確かだけれど、恋人からの連絡が嬉しくないわけもなく、自分に負があるとも思えない。何も悪いことはしてないはずなのにどうしてこんな思いをしなくてはいけないのだろう。

 ここは先輩である私がリードして空気を変えるべき……? でもどうすれば良いの。



「……なぎ、未来先輩のお部屋行ってみたーい!」



 沈黙の中、先に口を開いたのは渚だった。

 ずっとあの空気だったら気まずかったから相手から口を開いてくれたのは助かったと思いつつも、それは許容できる内容ではなかったため更に気が重くなる。



「え、今日? 片付いてないから厳しいよ……」


「……玲華先輩だったら良いんですか?」



 渚は明るい声のトーンから一変、咎めるような言い方になった。



「えっと……そういうわけじゃ」


「ちょっと顔とスタイルが良いからってホント調子乗ってる」



 渚はぼそっと呟いてカフェモカに口をつけた。



「渚?」



 これって玲華先輩のことかな……。

 もしそうだとしたらすごく悲しい。こんなこと言う子だったっけ。



「なんでもないでーす。未来先輩の飲んでるそれ、美味しいですか?」


「う、うん」



 渚は再びハイトーンな口調になって尋ねてきた。



「もーらいっ」


「あぁ!」



 渚は私からチョコレートスムージーを取るとストローをくわえて中の液体を飲んだ。



「おいしー!」


「ちょっと!」


「……これ、間接キスですね?」


「……」


「未来先輩との間接キス、ご馳走様でーす」



 何も言い返す言葉が見つからず、その場で俯いた。決して照れくさいだとかそういう感情ではない。どちらかというと不快だ。

 この間接キスのくだり、私も似たようなことをしたことがある。あれは去年の夏休み、千夏先輩の誕生日プレゼントを買った後のランチで玲華先輩の食べているカレーをもらった時のことだ。

 あの時はお互い恋人なんていなかったし、まだ許されたとして、今回みたいに恋人がいる私にそれを言っちゃうのはどうなのかな、と思う。理解ができない感覚である。



 解散してから考える。

 今度は何をしてくるのか。渚のことは嫌いじゃない。でも最近エスカレートきてきている気がする。

 このまま一線を超えてくるんじゃないかと思うと怖かった。相手は後輩だ。別に臆することはない。

 私の気持ちが渚に向くなんて現状ありえないし、このまま耐えれば相手もそのうち気が変わるだろう。そう思いたかった。



 ――とあるお昼休み。

 今日は風紀委員のミーティングの日だ。



 4限が終わり、教科書を机にしまっているタイミングで教室の入り口に渚が立っているのが見えた。ここ最近、ミーティングがある日はこうして教室まで迎えに来る。わざわざ3階にまで来なくても良いのに……。

 渚からの連絡も途絶えない。毎日のように連絡が来るようになったし、ミーティングのある日は迎えに来るため、みっちーや叶恵も渚の存在を認知するまでになっている。

 最初はずいぶん好かれてるね、くらいだったけれど最近は少し見え方が変わってきたようで大丈夫なのかと心配されるまでになっていた。



 渚と合流して2階に続く階段を下ろうとしていると、階段を上がってくる玲華先輩が見えた。心が躍る。

 


「あ、玲――」


「行きましょう未来先輩?」


「え、あ、ちょ!」



 渚は私の腕を引っ張ると、階段とは逆方向に歩きはじめた。玲華先輩は明らかにこちらを視界に捉えていたが、無表情のまま瞬きをしているだけだった。



 さすがにやりすぎだ。相手に分かるようにあからさまに避けていた。後で玲華先輩にも謝っておかなければならない。



「渚、さすがにあれは露骨すぎだよ」



 少し歩いた先で私は足を止めて渚を見た。



「え、何のことですか?」


「何のことって……玲華先輩いるからわざと避けたでしょ?」



 少し厳し目に言った。

 性格上、人に強く言うことには慣れてないけれどさすがに今回のは注意すべきだと思った。



「あーあ、そうやって庇うんですね。やっと引退して邪魔者がいなくなったと思ったのにホント最悪……」



 渚はボソッと呟くとこちらを見た。

 恋人を邪魔者だと言われて私は不快感を募らせた。



「未来先輩。目のところ、なんかついてますよ」


「え、どこ?」



 突然の指摘に、感じていた不快感を一度横に置いて自分の手で目元に触れる。



「取ってあげます」



 渚はこちらに一歩近づくと、そのまま唇にキスをしてきた。



「――!」


「渚!! 何してるの!!」



 目を見開き、慌てて渚の肩を押して遠ざける。



「……えへへ、奪っちゃったー」



 渚は口元に手を当てて微笑んだ。



「何考えてるの? 本当やめてよ……。それに誰かに見られてたらどうするの?」



 行動が予測不能な人はいるけれど、渚も例外ではない。突然のことに困惑を隠しきれず、脱力した。千夏先輩も予測不能なところはあるけれど、私と玲華先輩の仲を知ってることもあってふざけても一定以上の線は越えてはこなかった。でもこの子は違う。

 問題児だ……。不信感がどばどばと湧き上がる。



 周りを見渡すが人気のない場所なこともあって今の一連の流れを見ている人はいなさそうだったけれど、こういうのは勘弁してほしいと思う。

 私には玲華先輩がいるのに、人の気持ちを無視してこういうことするのは良くないでしょ……。



「別になぎは誰かに見られても良いですよー。っていうか、玲華先輩よりなぎを選んでくださいよ。こんなに尽くす後輩いないと思いますよ? なぎの方が未来先輩を幸せにできます」


「……ごめんね。渚のことは好きだけど、これ以上の関係にはなれないよ」



 後輩に好かれていることは嬉しい。でもそれに恋愛感情が入ってきているなら話は別だ。



「ふーん。ま、未来先輩には絶対振り向いてもらわないとって思ってますから。その為の障壁は排除しなくちゃ……」


「何考えてるの?」



 嫌な予感しかしない。

 鳥肌が立つような怖さに自分の身体が竦むのが分かった。



「えぇ? なんにも。行きましょう? ミーティング遅れちゃう」



 渚は私の腕を引っ張って風紀室を目指した。



 その日以来、玲華先輩からの連絡が途絶えがちになった。顔を合わせてもどこか素っ気ない感じがする。

 渚が私の腕を引っ張ってあからさまに玲華先輩を避けたから?

 理由は分からないけれど、とにかく玲華先輩と距離を感じるようになってしまった。

 障壁を排除……この件に渚が関係してる可能性も否めない。



 私にとって恋人に冷たくされるのはこの上ない苦しみだ。理由を直接聞くのは怖いけれど、何か私に原因があるなら直したいし、玲華先輩がどう思っているのかを確かめたい。



 委員会のない放課後、なんとか時間を取り付けて玲華先輩が学院のカフェテラスで会ってくれることになった。



 私はそこで驚愕の真実を知ることになる。

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