【IF――未来×千夏】印――しるし

「みらいー、寝る前に本読み聞かせしてよー」



 ゲームをしていると後ろから声がした。



 今日は千夏先輩が泊まることになっていて、部屋着でベッドに横になってくつろいでいる。

 私はやっていたゲームを一時停止して時計を見た。まだ寝る時間にしては早い気がするんだけどな……。



「本くらい自分で読めるでしょう?」


「未来ママ読んでよー」


「もー」



 呆れ顔で千夏先輩の方を見ると、へへっとウインクされた。

 もー……とか言っときながら実はこういうだる絡みは嫌いではない。少し付き合ってあげようか。



「……どの本を読めばいいんですか」


「こーれ」



 黒いブックカバーのかかった文庫本を渡された。



「……この本の最初から読めば良いですか? 少し読んだら終わりにしますからね」



 絵本の読み聞かせならまだ分かるけれど、文庫本の読み聞かせか……。まぁ高校生相手に絵本ってのも変か。



「へーい。あ、このページからお願い」



 千夏先輩は本を一度開いて、再び渡してきた。

 私は開かれたページの一行目から何の疑いもなしに声に出して音読する。



「敏夫は彼女の敏感な花びらの核に触れた。筆舌に尽くし難い快楽に歯と歯の間から吐息を漏らしながら真奈は淫らに腰を動かし――……千夏先輩、どうしてこういう嫌がらせするんですか? 怒りますよ?」



 こういうことする人だってことは知ってたけど案の定だった。



「あは、続き読んでくれないのー?」


「読みません! このっ!」



 私は本を下に置いて、ベッドに無防備に横たわる千夏先輩の脇腹をくすぐった。



「おー、やったなぁ?」



 千夏先輩は身体を起こして反撃してきた。



「あはははひっ……ちなっ、だめだって……ははははっ!」



 負けじと私もくすぐるが全く効かず、一方的に攻められて床に転がって逃げた。



「はぁ……はぁ……はぁああああー……悔しい……!」



 白い天上を見上げながら、やけっぱちになって言葉を乱暴に吐いた。



 いつもいつもいつもいつも。

 千夏先輩の思い通りで悔しい。

 人の反応見て楽しんでるのは分かるけれど、私だっていじったりしてみたいし、あわよくば千夏先輩が悔しがる顔とか余裕のない顔を見てみたいと思う。でも私がいくら抵抗したところで絶対に敵わない。こんなのおかしい。



「悔しいの?」



 ひょいと千夏先輩はベッドから顔を出して私の顔を覗き込んだ。



「いつもやられてばっかなの嫌です。私だって……」


「おー?」



 少し面白がっているような表情で頬杖をついている。

 私の負けず嫌いは千夏先輩限定で発動するけれど、かえってそれが千夏先輩を喜ばせてるんだってことは薄々気づいている。でも、それでもやはり負けたくはないのだ。



「千夏先輩を攻めたいです」


「へぇ、攻めたいんだ?」


「……はい。いつも余裕そうな千夏先輩を屈服させてやりたいです」


「言ってくれるねぇ。いいよ。じゃあさ、攻めてみてよ。あたしはじっとしてるから」



 千夏先輩は部屋着のズボンに手を突っ込むと、ベッドの上に胡座をかいて座り直した。



「い、今ですか?」


「そっ」



 ニコっと笑顔を向けられる。これから攻められる立場になるのにも関わらずこの笑顔だ。舐められたものだ、くそう……。



「や……やってみます」



 千夏先輩の顔は余裕そうだ。

 でも、いつもやられる側の私に攻める権利が与えられた。しかも相手はじっとしているというオプション付きだ。これはレアなことだし形勢逆転チャンス! この機に千夏先輩の弱点を探して、私だって少しはできることを証明しよう。



 千夏先輩の身体をまじまじと見る。スタイルの良さはだぼだぼの服の上からでも分かる。これ脱がせても良いかな? でもこういうのは最初は露出した部分から攻めた方が良い気がする。なんとなくだけど。



 とりあえずやるなら……首とかかな。私はベッドに上がり、千夏先輩と向き合ってみた。こちらに視線が向いた。こうなるとなんかやりづらい……でもやるしかない。おずおずと近づき首に顔を埋めた。

 千夏先輩は乾燥しやすい時期はシャワーの後にボディクリームを塗っていることもあって、ほのかにフローラル系の清潔感のある香りが漂っている。

 首元を挟むようにして唇を押し当てて何度かちゅっとキスをする。



「ぬっ……」



 なんとも言えない声がした。

 もしかして効いてる……?

 千夏先輩が教えてくれたこと。人の繊維は縦。だからこうやって……そのまま舌を這わせて首をチロチロと上下に舐めた。



「はっはは、こんな可愛い攻め方ってある?」



 千夏先輩はクスクスと笑い声を漏らした。

 効いてないじゃん! 私が期待したのとは違う反応に気分を害す。ならば。



「じゃあこれならどうだ!」



 やけになって服の上から千夏先輩の胸に触れた。

 いつも思ってるけど羨ましいなぁ。形も綺麗で程よくあって。



「どう……?」



 どう? って……。



「や、柔らかいです」


「それだけ?」


「えっと……」


「どうしてここに触れようと思ったの?」



 千夏先輩は意地悪な笑みを浮かべていた。自分の顔がだんだん赤くなっていくのが分かる。まるで私がドスケベみたいじゃん……。



「そういうの聞かないでください。千夏先輩はだまって攻められる番なんですから」


「はいはい。じゃあ次はどこを攻めてくれるのかなぁ」



 露出された場所を攻める。我に返ったところで、最初に決めた方針に従って私はポケットにつっこまれた千夏先輩の手を取った。千夏先輩は手を取られたのが意外だったようで眉を少し上に持ち上げた。

 細長くて綺麗な手。自分の手と合わせてみたけれど、第一関節分くらい千夏先輩の方が長い。この手でいつもドラムを叩いてたくさんの人を喜ばせてる。そう思うと無性に愛おしくなった。

 手の甲に口付け、舌を這わせた。少し手がビクッとした。



「ん……」



 そのまま手の甲から指の方まで舐めあげ、爪のラインで辿り着くと薬指と中指をくわえ込んだ。

 舌を丸めて指全体を包み込むようにしながら上下に動かす。人間の繊維は縦。だからこの動かし方で合っているはずだ。



「ちょっと……これは…………」



 そう言って千夏先輩の手に少し力が入ったが、ぐっと両手で握り込んで固定し、私は動きを止めなかった。



「……み、みらっ……っ……」



 千夏先輩は僅かに声を漏らしている。

 普段の余裕そうな表情はどこにもなかった。これは効いてる。そう思うと私は止まることができなかった。



「きもひいいでふか?」



 うまく話せないが指をくわえながら上目遣いで見つめると、千夏先輩はぐっと唾を飲み込んだ。



 様子を伺いながら指と指との間も丁寧に舐める。発せられる水音が妙にいやらしくて自然と吐息がもれた。

 夢中で手への愛撫を続けていると、前方から声が聞こえた。



「……あ、これもう無理やつだ」



 ん?



「ん、むひ……? って、ちょ! あぁあ――! んっ……んんっ」



 千夏先輩は指を引き抜くと、そのまま私の頭に手を回してキスをしてきた。押し倒される身体。バスっと背中への衝撃がベッドに吸収される音が響く。



「やっ――ちな……あぁ……!」



 唇が離されると首元をそのまま舐められて声が漏れる。



「何もしないんじゃなかったんですか!」



 なんでこうなるのか。私のターンだったはずなのに! 結局こうなったら意味ないじゃんか……。



「こんなに煽られて我慢する方が無理」



 千夏先輩の舌が下って首の付け根の部分までくると、私の胸元のボタンは外され、首元に噛み付かれた。

 ピリッとした痛みが走る。



「い、いだっ! な、何するんですか!」



 押し倒されてる上に覆いかぶさられているので動けない。両手で手首を押さえ込まれて抵抗する術がなかった。



「未来さぁここにホクロがあるの知ってる? すっごくエロくてずっとここに噛みつきたかった……」



 首元がじんじんと熱く、痛む。

 噛まれた……。しかも結構強い力だ。口を離されても止まない痛みに思わず顔をしかめる。



「何考えてるんですか……離してください!」


「嫌だ。ねぇ、もっと噛んで良い?」


「はぁ!? だめです! なんでこんなことするんですかっ」



 私は人に噛み付きたいという心理が理解できない。だって痛いじゃん。私にはこういう趣味はない。目隠しとか縛られる系は許せても痛いのは勘弁してほしいと思う。



「なんでって……未来の痛がってる顔が見たいのと、自分の痕をつけたいから」


「痕つけたいって……」



 独占欲が垣間見えた瞬間だった。そんなに思ってくれるなら……なんて私も甘いかな。



「あたしのものだって思わせてよ……」



 もうこうなったら千夏先輩は聞いてくれない。その後は最初ほど強く噛まれなかったが何度かまた首元に噛み付かれてしまった。



「はぁ……これ痕になってる……。明日学校なのにひどい!」



 やっと解放され、近くにあった手鏡で自分の首元を見ると血は出ていないが見事に痕になっていた。触れるとボコボコとしていて熱を持っている。千夏先輩って八重歯尖ってるから無駄に痕になってる気がする。

 痛いのは嫌だし、痕になるのも嫌だけど千夏先輩になら良いって心のどこかで思ってしまっているから本気で責める気にはなれなかった。

 でも、どうすんのこれって感じだ。



「痛かったのはごめんね。でも別に隠さなくても良いじゃん。あたしにつけられたって言えばいいよ」



 映る鏡に千夏先輩が後ろから顔を出した。



「そんな……」


「本音言うとさー、かわいすぎるから人前に晒したくないんだよねー未来のこと。もういっそのこと学校休んじゃえば?」


「千夏先輩にも独占欲とかそういうのあるんですね……」



 手鏡を置き、千夏先輩の顔を直に見る。



 好きって言ってくれたり、抱きしめてキスしてくれたり、千夏先輩の愛情表現をたくさん受けてきたけれど、こういうことは言われてきたことがなかったように思う。少なくとも今みたいに露骨な感じではなかった。

 痕をつけたいだとか、人前に晒したくないだとか……。



「ないとでも思ってた?」



 真顔の千夏先輩はそう言って小さくため息をついた。



「だってなんかいつも余裕そうだし……」


「大人気ないと思って顔に出してないだけ。……教えてあげるよ、あたしがどれくらい欲深いか。もうスイッチ入っちゃったから止められる気がしないし」



 千夏先輩は人差し指と中指で私の耳を挟むようにして両手で頬に触れると、顔を近づけてきた。



「せんぱ――」



 その時スマホが振動した。



 ディスプレイに映し出される名前はみっちーだった。こんな時間にどうしたんだろう。出ようと思って手を伸ばすとその手を掴まれてしまった。



「だーめ」


「え、でも急用かもしれないし……」


「こんな時間に急用? ……電話、そんなに出たいなら出てもいいけど悪戯しちゃうよ? だってあたしよりそっちの方優先するんでしょー、あー妬けるなー。こういうところでまた煽るんだ、未来はさぁ」


「みっちーが電話かけてくることってあんまないから……委員会のことかもしれないし」


「後ででいいじゃん。それにさー、こんな時にほかの女の名前なんて出さないでよ。これからセックスする相手がここにいるんだからさ」

 


 そう言っている間に、抱えられてベッドに放り投げられた。



「うわぁっ!」



 怪力すぎる……。

 放り投げられたのも束の間、電気を消したかと思うとそのまま覆い被さられ、耳を舌先で舐められた。



「ひっ……」


「逃がさないよ」



 いきなりのことに身をよじるが固定され、そのまま舌先で耳への刺激が続いた。



「ふっ……ん……」


「声、我慢しないでもっと聞かせて」



 温かい息が耳にかかる。



「んっ……大きい声出したら誰かに聞かれちゃう」


「今更? じゃあ今までの分はどうなるの? ここは角部屋だし隣は空き部屋だってことくらい知ってるよ。学校と違うんだから出して良いよ、声」


「ちなっ……! んんん―」



 強い力で噛みつくような口づけられ、口内を凌辱されていく。

 やっぱり今日、ちょっと違う……。



「はぁ……はぁ……これでも余裕そうに見える? 未来が煽るからあたし今自分でもびっくりするくらい今未来に興奮してる……」



 唾液が糸を引いて私と千夏先輩の口を繋いでいた。私も息が上がって身体が火照っている。

 頬を上気させながら髪の毛をかけあげたその姿があまりにも色っぽくてドキリとした。



「……嬉……しいです。あんまりこういう先輩のこと見たことないから」



 いつもの千夏先輩じゃない……。息を荒くしながらも自分だけを必要としてくれて、求めてくれている。その姿に高揚し、心臓が更に激しく脈打っている私がいた。



「ごめん、今日は優しくできないかもしれない」



 ボタンが徐々に外されていく。

 いつも私は劣勢。それが時折私を不安にさせていたけれど、今は少し自分が優勢になれた気がする。



「……千夏先輩が欲しいものは全部あげます。だから……千夏先輩は私だけのものだって安心させてください」



 千夏先輩の首に手を回して唇に自分からキスをする。溶け合うように舌が絡まり合っていく。



「あぁ未来、愛してる……愛してる! 愛してる!」



 キスをしながらも何度もそう囁かれて、私の心は満たされていった。



 千夏先輩は自分の部屋着の上を脱いだ。縦線がくっきりと入った腹筋と形の良い胸と下着が露わになった。



「これも邪魔だからとっちゃおう」



 私の下半身に手が伸びて脱がされていく。



 燃えるように熱い夜。この後、私は何度も昇天させられてしまったのであった。



――――――――――――――



「そういえばあの本、よく買いましたよね」



 シングルベッドの上。肌と肌が触れ合う中で先輩の肩に頭をもたげながら言った。

 千夏先輩はやっぱり男の人の方が良いのかな。なんて。



「買ってない買ってない。兄貴の部屋のベッドの下にティッシュと一緒に置いてあったから拝借しただけ」



 頭をさらっと撫でられる。



「それ良いんですか……」


「あたしが風呂入る前に入浴剤って言ってプロテインの粉末入れてくるような奴だからこれくらいしても良いっしょー」


「なんかご兄妹で性格似てますね……仲は良いんですか?」


「あたしは仲良しだって思ってんだけどねー。暇つぶしに悪戯しまくってるから嫌われてるかもなー」



 千夏先輩みたいなお姉さんいたら毎日が楽しそう。その分疲れそうな気もするけど。



「いいなぁ、楽しそうです。私も兄弟欲しかった」


「あたしが代わりになってあげる」


「いつも遊んでくれますもんね。でも千夏先輩は恋人ですから。私の大事な人です」



 千夏先輩と目が合った。



「……未来、もう1回しよっか」



 部屋は暗いけれど先輩の瞳はきらきらと輝いているのが分かった。



「えぇっ、またですか」


「……だめ?」


「……別にいいですけど」



 千夏先輩は覆いかぶさってきた。手のひらと手のひらが重なり合って絡まる指。やっぱり私は下、か。でも余裕のない千夏先輩の顔見れたから今日は良しとするか……。



 明日みっちーに電話出られなかったこと謝らなきゃな。痕の隠し方も考えよう。そう思いながら優しい口づけに応えるのであった。

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