【IF――未来×千夏】実験

「未来、先輩が呼んでる」



 昼休み。お弁当を食べ終わり、いつものようにみっちーと叶恵と過ごしているとクラスメイトに肩を叩かれた。

 指された方向を見ると千夏先輩が教室のドアの前に立って笑顔でひらひらと手を振っていた。



 なんだろう。訪ねてきてくれたことに少し嬉しくなりながら、席を立って千夏先輩の元まで駆け寄る。



「どうしたんですか?」


「あんねー未来。実験したいことがあるんだよねー。ちょっと付き合ってよ」



 なんとなく嫌な予感がしたけれど恋人からの誘いに断る理由もなく、とりあえずついていくことにした。校内で並んで歩くことはあんまりないから、新鮮な気分だ。千夏先輩は人目を引く性質を持っているので手を繋ぎたい気持ちを抑えて歩いた。



 廊下を歩いて着いた先は多目的室だった。

 入ってと言われて中に通される。小ぶりな部屋の中には顕微鏡など理科の実験で使うような器具が棚のいたるところに置かれている。

 千夏先輩の言ってた実験って化学的なもののことだったりするのかな……。

 相変わらず何考えてるのか本当に分からない。



 手持無沙汰な私は突っ立って指示を待っていると、千夏先輩は内側から多目的室の鍵を閉めた。



「え、なんで鍵閉めるんですか!」


「えー? 演出?」



 少し悪巧みしたような笑顔で自分の顎を触っている。


「はぁ……?」


「ま、演出っていうのは建前。本当は誰にも邪魔されたくないから閉めてるんだよ。分かるでしょ?」



 最初に感じた嫌な予感が的中しつつあることを私は察した。



「……実験って何をするんですか」


「ちょっと後ろ向いて」



 言われるがまま後ろを向くと、シュルルと何かの擦れる音が聞こえた。何か良からぬことをされるんじゃないかと直感的に感じたので振り返ろうとするが、その前に私の両手は布のようなもので縛られてしまった。



「え、何!」



 いきなり手の自由を奪われて困惑する。手が離され、やっと振り返るとネクタイのなくなっている千夏先輩が薄ら笑いを浮かべていた。私の自由の利かない両手は千夏先輩のネクタイによるものだということが分かった。



「実験するのに抵抗されちゃ困るじゃん?」



 千夏先輩はいつものテンションでそう言ったけれど、鍵をかけられた上に手を縛られた。抵抗されるようなことをこれからするってこと……? 信じていないわけじゃないけれど何をされるのか分からない状況に恐怖にも似た感情を覚えた。



「……どうするつもりですか」



 低い声が出る。



「大丈夫だよ。痛いことはしないから」



 千夏先輩がじりじりと近づいてきたので、後退りするが、縛られた手が壁に当たり背後が壁であることが分かった。そうしている間にも千夏先輩は近づいて来てとうとう追い詰められてしまった。

 

 

「怯えてるの? そんな顔もかわいいけど今からすることは未来にとっては悪いことじゃないと思うよ。安心してよ」



 優しげな表情でぎゅっと抱きしめられる。温かい。

 大丈夫、愛されている。手を縛られたまま抱きしめられる感覚に違和感を覚えながらも不安が少しずつ薄れていくのが分かった。



「ここで問題です。人間の五感の中で一番情報量が多いのはどこでしょうか」



 千夏先輩は身体を離し、満面の笑みで聞いてきた。

 出たよ唐突な問題出題。



「……情報量? えっとそもそも五感って視覚と聴覚と……嗅覚と……あと何でしたっけ?」



 よく聞く言葉のように思うけれど五感について特別真面目に考えてたことがなかったので分からなかった。



「あとは触覚と味覚」


「うーん。その中でいうと……視覚とかですか?」



 なんとなく答える。



「正解ー。やるじゃん。ということで今から未来の視覚を奪います」



 千夏先輩は私のネクタイに手をかけた。



「え、え、なんで!」



 何故正解したのに視界を奪われないといけないのか。訳が分からない!

 後ろは壁だし手を縛られているので必死に身体を左右に振って抵抗する。


 

「大人しくするのだ」



 抵抗かなわず結局私のネクタイは外されて、そのまま目隠しをされてしまった。

 ネクタイの使い方絶対間違ってるだろ……。

 視界は真っ暗。自分の呼吸と少し速くなっている心臓の音に意識が傾いた。

 

 

「わー風紀委員長が手縛られて目隠しされてるー。なんて背徳的な眺めなんだろ……うっとりしちゃう」



 面白がっているようで、くすくすと笑い声が聞こえた。



「なんなんですか本当に!」



 私このままどうなっちゃうの……。



「……五感で一番情報量が多いのが視覚。そんな視覚が奪われるとどうなるかというとね、失われた情報量を補おうとして他の感覚がより研ぎ澄まされるようになるんだよ」



 千夏先輩の指先が頬に触れ、首をつたって胸元まで下りる。



「んんっ……」



 くすぐったさに小さな声が漏れた。



「普段より敏感になってるでしょ?」


「言われてみれば……」



 千夏先輩の指は胸元でUターンしてまた上にゆっくりと上がってきた。

 この先何が起こるのかなんとなく想像がついてしまった。きっとこのまま、するつもりなんだ。



「あの、なんで今なんですか……」



 昼休みももうすぐ終わってしまう。タイミング的に良くないと思うし、第一、ここは学校だ。

 どうせ気分、とか回答されるんだろうな。本当いつも振り回されてばっかり。



「えー? 未来のこと考えてたらムラっとしたから。4限、世界史の授業聞きながらずっとえっちなこと考えてた」



  千夏先輩の手が制服の中に入り、下着の上から胸を鷲掴みされた。



「ちょっと! 本当変態すぎます!」



 手が動かないからされるがままだ。

 昨晩も……昨晩もあんなにしたのに……。



「付き合う前に言ったじゃん、えっちだって。死ぬほど求めちゃうかもしれないよってさ。それでも良いって言ったのは未来じゃーん」


「……そうかもしれないけどちょっとこれはマニアックですよ。目隠しして手を縛るなんて。私こういう趣味ないです!」



 千夏先輩がドSなことは承知だ。

 千夏先輩のことが大好きだし、愛してくれているのが伝わるから上に乗られることは嫌いなわけじゃないけれど、私は別にそういう趣味はない。……はずだ。



「だから良いんだよ」


「はぁ?」


「こういうのを喜んでやる人より、新鮮な反応が見られるんだからさー。じゃないと実験の意味がないじゃん?」



 もうこの人本物じゃん……。

 こうして私はおもちゃにされていくんだろうな……。



 でも、千夏先輩の期待している反応をするのは何となく癪だ。実験、とか言ってるけど今日は失敗させてやろうと思う。



「千夏先輩の思い通りになんてなりませんから」


「へぇー。じゃあ試してみよっか?」



 何故か千夏先輩は嬉しそうだ。



 耳にふっと息を吹きかけられる。

 思わず身体がビクッと動いた。漏れそうになる声を必死に抑える。



「……っ」


「すごい良い反応。まだ直接触れてないのに」



 目隠し……ちょっと侮っていた。しかし私はここで負けるわけにはいかない。いつも心のどこかで私は千夏先輩に勝ちたいと思っている。あわよくば、上に乗ってやりたいと思うこともある。

 先輩の思い通りになんかなってたまるか。今日は勝たせてもらう。



「ぜんっぜん余裕ですけど?」


「ククク……じゃあこれはどうかな」



 触れるか触れないかの力加減で耳の淵をなぞられた。

 私が弱い部分を千夏先輩は熟知している。こぶしを握りこんで耐える。ここは家じゃない上に、縛られて視界は遮られている。いつもの状況じゃないので少し緊張していることもあってかすごく敏感になっているのが分かった。え、これダメなやつじゃない……? 焦る。



「人の繊維ってさ、縦に流れてるんだよ、唇に入ってる線も縦じゃん? だから繊維に沿ってこうして上下に触れられると気持ち良いでしょ?」



 耳に触れた手が再び首をつたって鎖骨にかけて下りてくる。

 思い返せばいつも千夏先輩の手は上下に動いていた。どこでそんな知識つけたんだろ。

 そんなことを思いながら手の動きに息を殺して耐えていると生暖かくてぬめぬめとした触感が首の下の部分から上へとなぞった。



「あっ……んんっ……」



 新しい刺激に思わず声が漏れた。……首、舐められてるんだ。電流が走ったような感覚。首からビリビリと広がっていく。なにこれ……いつもと全然違う。ぞくぞくとした感覚が全身を駆け巡り身体を熱くさせる。

 

 

「気持ち良い?」


「うっ……んんっ……ここ、学校なのに! こんなことっ……」



 漏れる自分の声を聴いて我に返った。そうだ、学校じゃん。こんなことしてたらダメだ! 私は風紀委員長なのに! これは非常によろしくない状況である。



「そうだね、学校だね。だから声出したら誰かに気がつかれちゃうかもよ? 風紀委員長がこんなことされてるって知ったら皆どう思うんだろうね」



 どうやら逃してくれないようで、千夏先輩は首への刺激を続けながら吐息まじりで囁いた。首に息がかかるだけでこんなに……。

 ここは学校なのに、という自制心を忘れてしまうくらい別の感情が湧き上がってくるのが分かった。まずい。懸命に声を抑える。腕の自由が利かなくてもどかしい。



「うぅ……ふっ……っ…………んん」


「必死で声堪えてるの、ホントかわいい。あぁ、未来……あたしだけの未来。いっそのこと永遠にここに閉じ込めたくなる」



 悔しいけどこんなことを言われたら、求められてる、愛されてるって感じがして嬉しくなってしまう。千夏先輩の前では負けたくないって強がっちゃうくせに、心の中では些細な言葉にも喜んじゃってるなんてさ。ホント笑える。

 千夏先輩の手が再び制服の中に入って胸元の部分を弄られた。



 胸元に伸びた手が、敏感になった先端部分に辿り着く頃、自分の息がだいぶ荒くなっていることに気がつく。



「はぁ……はぁ……千夏先輩……もうっ……ほんとに……」



 情けないな。抗うこともできずにされるがまま。きっと今の私は千夏先輩を喜ばせる反応しかできていない。



「未来、舌出して。もっと良くしてあげる」


「……」



 ダメだ。ここで従ったらダメだ……。今度こそどうにかなってしまう。僅かながらに残っている理性に従い、奥歯を噛んだ。



「……キス、嫌?」


「……」



 もう無理だ。……求めちゃってる。最悪だ。ダメだって分かってるのに。

 口を少し開けて舌を控えめに出した。



「良い子だね。じゃあ次は聴覚も奪っちゃおうかな」



 千夏先輩は私の両耳をそっと塞いだ。

 真っ暗な視界の中、まるで水の中にいるような感覚になった。心臓が激しく脈打っている。



 そのまま巻き取られていく舌。温かさに包まれながら何度もスライドされ、曇った水温が脳に響く。まるで空を飛んでいるようなフワッとした感覚になった。とにかく心地が良くて仕方ない。



「ふっ……はぁ……」



 膝がガクガク震えた。こんな姿見せてしまうなんて恥ずかしい。学校でこんなこと、自由を奪われてこんなこと、千夏先輩の前でこんな……嫌なのに……嫌なはずなのに……。でも私、興奮しちゃってる。最悪だ。



 千夏先輩は私の脚と脚の間に膝を入れるとそれを上にぐっと持ち上げた。

 新たな刺激に声が漏れる。



「ふふふ、感じちゃってかわいいなぁ」



 ようやく唇と手を離されて囁かれた。もう全身の力が抜けてとろっとろになってしまっている。私を支える柱は千夏先輩の膝だった。



「千夏先輩、ぎゅってして?」



 千夏先輩を感じたい。包まれたい。もうここがどこだとか千夏先輩に勝ちたいだとか考える余裕はなかった。



「求めてくれる未来が大好きだよ」


 

 背中に手が回り抱きしめられた。温かさに包まれる。もうこの人になら何されても良い。委ねたい、なんて思いが湧き上がってしまう。我ながらチョロすぎだ。



「千夏先輩。……好きです」


「……かわいいよ未来」



 更に強い力で抱きしめられた。

 もう少しこうしていたい。もたれかかるようにして頭を千夏先輩の肩に乗せた。温かさに包まれながらゆっくり呼吸を繰り返す。



 ――その時昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 ハッとする。



「移動教室だからもう行かなきゃ!」


「次の授業なに?」



 抱きしめられたまま千夏先輩に問われた。離してくれる気配はない。



「化学です」


「じゃあサボっちゃおっか。続き、しよ」


「そんなっ……だめです! 私、風紀委員長なのに」



 授業をサボりたい気持ちは山々だけど、私は風紀委員長なのに……。多目的室でこんなことしてるなんて誰かに知られたらまずい。



「バレたら全部あたしのせいにしちゃっていいからさ。それに次化学っていうけど実験ならここでもできるよね?」


「……」



 押されると弱いのは私もそうなのかもしれない。



「……それにここ、濡れてる。この状態でやめられて良いのかなぁ。切ないよね?」



 千夏先輩の膝にぐっと力が入る。



「そんなこと言わないでくださいっ……恥ずかしいです」


「素直に言うこと聞いたらちゃんとイかせてあげる」


「……」



 千夏先輩の手がスカートをまくり私の太ももに触れ、ゆっくりと上に上がってきた。

 完全に私の負けだ。敵わない。でもいつかは……。



 そんな思いも虚しく鍵のかかった部屋での実験は続行されてしまったのであった。

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