10月

文化祭――1日目

 いよいよ文化祭当日を迎えた。

 我が校の文化祭は2日間開催される。今回は金、土の開催で、土曜日の分は代休で月曜日が休みになる。土曜日は仕事や学校が休みの人が多いこともあって、生徒の家族や友達など外部のお客さんが増えることが予想される。



 今日は1日目――金曜日だから、来客対応は少ないだろう。

 中学と高校の風紀委員は合同で学院の敷地の警備にあたっている。私と千夏先輩は中学の校舎の玄関口付近の担当になったため一緒に警備していた。

 道行く人々がタピオカやチュロスを片手に歩いている。中学の校舎なことだけあってほとんどが中学生である。外部の人はやはりそこまで人は多くはない印象だった。

 千夏先輩は顔が広いから中学の校舎でも、色んな人に話しかけられていた。対して私は友達は多い方ではないので割と暇だった。怪しい人も特にいないしな。

 友達と話している千夏先輩をよそに突っ立っていると、視線を感じたのでそちらに顔を向けた。



「あのー、1年E組ってどこですかー?」



 2人組の女の人達が話しかけてきた。私服だしきっと大学生だ。誰の招待で来たんだろう。私たちは腕に風紀委員の腕章を付けているので、一般の生徒よりも目立つのだ。この腕章を見て、人々は困ったらこの人たちに聞いておけば良いと認識するらしく、私がこうして道を聞かれることは今日で3回目になる。

 話しかけてきた人の顔を見ると、かなり可愛かったので一瞬返事に詰まってしまった。スタイルが良くて、こげ茶の髪。顔はアイドルグループにいそうな感じで、顔の周りにキラキラと星が飛んでいるようだった。

 千夏先輩は話しかけられている私に気が付くと、こちらまで戻ってきた。



「1年E組……高校のですか?」


「はい!」



 中学生は1年1組、とクラスの表記が英語ではないので、E組と言われたら高校のクラスのことを指していることになる。



「ここは中学の校舎なので、この道を通ってまっすぐ行くと高校の校舎がありますよ。1年生の教室は1階です」


「わーありがとうございます! やっぱり校舎が違ったかぁ」



 道案内をすると女の人はニッコリと笑った。



「1年E組って確かラーメンでしたよね、お好きなんですかー?」



 千夏先輩はその人に話しかけた。相変わらずコミュニケーション能力が高い。私は見ず知らずの人に話なんて振れないから。

 各クラスで出し物の内容は違う。1年E組はラーメン屋さんをやるそうだ。



「この子の妹のクラスなんです! ね、優」


「う、うん」



 優と呼ばれた人は少し照れたように笑った。

 この人も、同様に綺麗な顔立ちをしている。少し童顔っぽさが残っていて照れ顔が妙に印象に残る。妹が1年生なら私も知っている人だろうか。もう長いこと挨拶運動や見回りなどしているので少なくとも顔は見たことあると思うんだけど……。

 名前だけ言われても分からないかもしれないけれど。



「妹さん何て名前なんですかー?」



 私と同じことを思ったようで千夏先輩は会話を続けた。



「舞です。七瀬舞」


「舞ちゃんだって。聞いたことあるようなないような……。未来は知ってる?」



 舞……。私の記憶が正しければ会ったことがある。



「あ、1回罰そ……掃除を一緒にしたことがあります。良い人そうでした」



 彼氏に振られて女子校目指したって言ってたあの子だ。



「妹がお世話になってます」



 舞ちゃんのお姉さんは軽く頭を下げた。



「そ、そんなお世話だなんて……。1回しか話したことないです!」


「この子バイト先がラーメン屋だから妹がラーメン屋やるって聞いてすっごく楽しみにしてたんですよ!」



 先ほどの女の人が、舞ちゃんのお姉さんの肩に手を回しながら微笑んだ。

 ラーメン屋で働いてるようには見えないかも。どっちかというとカフェとかにいそうな感じなのに……。



「理絵、余計なこと言わないで良いから」


「うふふ、早くラーメン食べたいね? 風紀委員さん、道案内ありがとうございましたー! ほら行こう、優」


「私より理絵の方が楽しみにしてそうじゃん。あんま引っ張らないでって」



 舞ちゃんのお姉さんは、理絵と呼ばれた女性に腕を引っ張られていった。

 なんかすごく仲が良さそうに見える。そんな2人の後ろ姿を私たちは見送った。



「うーん。あの2人、できてるな」



 千夏先輩は顎に手をあててニヤリと笑った。



「できてる?」


「そう。少し大人しめな方が攻めで、明るい方が受け」


「はぁ……。何を適当なことを……」



 千夏先輩の観察力がすごいのは認めるけどさすがにそれはないと思う。

 確かにすごく仲良さそうに見えたけれど……。

 受けとか攻めとか聞くといわゆるを指しているんだろうけれど、仮に付き合っていたとしても、どう考えたって舞ちゃんのお姉さんが受けだと思う。あの感じから。

 あの2人の関係については舞ちゃんに聞けば分かるかもしれないけれど、そんなこと聞いたところでどうなるというんだ。千夏先輩のただの冗談なのに少し真面目に考えてしまったことを後悔して溜息と同時に頭から流した。



「ちなみにあたしと未来だったらあたしが攻めだし、あたしと玲華でもあたしが攻め。未来と玲華だったら未来が攻――」


「はいはい、もうその話は良いですから」



 千夏先輩はドSだから攻めでしょうね。知らないけど。



「そういえばさ、玲華とは最近どう?」



 千夏先輩は玲華先輩の名前を出したせいか、思い出したように聞いてきた。2学期が始まってから玲華先輩、千夏先輩、私の3役で文化祭に向けての仕事を一緒にしてきた。玲華先輩を前にするとドキドキするのは変わらないけれど、極力普段通りを心掛けているし、玲華先輩も優しいので私のことを避けるそぶりはない。今まで通りだと思う。

 玲華先輩に彼氏がいないと分かってから、そのことを千夏先輩に話した時は、やっぱりねと返された。私はそれに対して、乾いた笑いを漏らしただけだった。ゲームのコンティニューの話はしていない。だってもう私は一度相手に気持ちを知られてしまった以上、攻略できる立場ではないから。私のゲームは続いているけれど、クリアすることは考えていない。思い出作りに専念しようとあの時に決めた。

 


「普通にやれてると思います。今は……もうゲームのこととかは考えてないですから。文化祭の準備とかライブとかで充実してますし、とりあえず文化祭を無事終えることに専念したいって思ってます」



 千夏先輩は私の顔を覗きこんだ。



「あたしはさ、辛いことがあっても音楽がいつも忘れさせてくれるんだ。だから未来が少しでも気が紛れると良いなって思ってあの時バンドに誘った。半ば強引に誘ってお節介だったかもしれないけど。まあ、今思えば結局、玲華には彼氏なんていなかったわけだけどさ」



 千夏先輩にも辛いことってあるんだ。意外だな。



「そういう意味では千夏先輩に感謝してますよ。まさか自分がライブなんてするとは思ってなかったですし。私、千夏先輩を初めてライブで見て、すごくかっこいいなって思ったんです。そんな人と一緒にステージに立てるなんて夢のようで……」


「そっかー。そりゃ良かった。あたしも初めて秋さん見た時同じようなこと思ったなぁ……」


「……あの、私のこと考えてバンドに誘ってくれたってことですよね、嬉しいです。少なくとも、私にラップやらせようとしたことが霞むくらいには好感度上がりました」



 ただボーカルが欠けた穴を埋めるために私を誘ったのかと思ってたんだけどな。



「お、ついに惚れちゃったー?」


「千夏先輩のことは好きですよ、先輩として」


「あたしは攻めだからよろしく」


「はぁ? なんで話飛ぶんですか!」



 ――――――――――――――



 巡回&巡回。クラスの出し物であるお化け屋敷にはほとんど関われていない。暗闇の中、驚かすために待機しているよりは巡回の方がまだマシだからそれはそれで良いんだけれど。中学、高校含めた風紀委員達がひたすらあらゆる場所を1人、あるいは2人でパトロールする中、私は1人で高校の校舎の巡回を行っていた。



 叶恵たち陸部とすれ違って挨拶をした。仕事さえなければ叶恵と一緒に回ってたんだけどな。叶恵は彼氏の存在がいることを私とみっちーにしか話していない。日に日に叶恵の顔からは笑顔が消えて行っているのが分かっている。だから、今もきっと悩んでいる。そんな時こそ少しでもそばにいてあげたいのにもどかしい。



『未来ちゃん、今校舎いる?』



 所持しているトランシーバーから雫会長の声が聞こえた。何か急用だろうか。

 


「はい。今2階にいますけど……」


『ごめーん、展示作品が剥がれちゃって本部まで画鋲持ってきてくれると嬉しいんだけど……――ちょっと! みーちゃん! それひっぱったらダメなやつだから! 破れちゃうでしょ!』



 風紀委員と生徒会の合同テントは、色んな絵やポスターなどの展示作品が貼られている丁度真横に位置している。ここを私たちは「本部」と呼んでいる。巡回以外の人たちは、基本的にこの本部に集まって様々な仕事をこなしている。風紀委員は巡回があるので本部にいるのは主に生徒会だが……。

 無線の後半、雫会長が何やら言っている声が聞こえたけれど、みっちー何してんかな……。



「……分かりました。画鋲ってどこにありましたっけ?」


『資料室! 地下にある! ちょっと見つけにくい場所にあるんだよね……――みーちゃん! いい加減にしないと怒るよ? もう何もしないで!」


「地下ですか……頑張って探してみますね」



 雫会長はみっちー対応に忙しそうなので、頑張って自力で探そう。

 校舎の地下は巡回対象外なこともあって滅多に行かないが、音楽スタジオのある階なので行ったことがないわけではなかった。地下は人通りが少なく、薄暗いためちょっと怖い。基本的に私は怖いのが嫌いだ。少し心細い。



『今校舎の近くだから向かうわ。未来、地下の階段前で待ってて。今後のためにも場所は覚えてもらう必要があるから案内する』


「玲華先輩! 分かりました! 待ってます!」



 聞き覚えのある透き通った声がトランシーバーから聞こえて嬉しくなる。



『羽山さんありがとう! 助かるー! ――ちょっ! みーちゃ――プツッ……』



 本当みっちー何してんの……。

 トランシーバーは、所持している人全員に音声が届くので、今回の会話は巡回している風紀委員や本部にいる生徒会の人に聞かれている。玲華先輩も校舎の近くを巡回していたようなので道案内をしてくれるとのことだ。

 玲華先輩がいるなら暗くてもへっちゃらだ。



 地下の階段前で待っていると、程なくして玲華先輩が来てくれた。

 案内されるがまま、薄暗い道を進んで資料室に通される。



「なんだか埃っぽいですね……」



 中はボンドやホッチキス、画鋲など様々な小道具が置いてあって、本棚に入っている本は古く埃っぽかった。

 全体的に薄汚れている。僅かに差し込む光がかろうじて中を少し明るくしているが、1人では入りたくないと思う部屋だった。



「資料室だけは改装していないのよ。足元不安定だから気をつけて」


「はい……」



 静かだ。私たちのローファーが床を蹴る足音だけが聞こえる。今日1日ずっと生徒たちの声をどこかしらで聞いてきたからか、この空間が妙に不思議な感じがした。外や校舎の1階から上は騒がしいのに、この空間だけ異質だった。

 それと同時に玲華先輩の存在感が大きく見えて無駄に緊張してしまう。会話をして気を紛らわそう。沈黙はちょっとよろしくない。



「外は騒がしいのにここだけ静かで変な感じがしますね」


「ここが安心すると言って、用もないのに訪れる生徒もいるのよ」


「そんな人いるんですね。地下だから暗いじゃないですか。私はもっと明るい方が好きです」


「私もここに来て本を読むことがあるわ。1人になりたい時とか」


「そうなんですか。こんなところで読書なんて目に悪そう……でもここが先輩にとっては落ち着く場所なんです――――あぁっ!!」



 その時私は足を踏み外して、バランスを崩した。

 そんな私に気づいて身体を支えようと玲華先輩が咄嗟に動いたがタイミングが悪く、玲華先輩に覆いかぶさるようにしてバサっと音をたてて押し倒してしまった。



「……っ!」



 私の代わりに床の固さを背中でダイレクトに受けた先輩。

 玲華先輩の胸の位置に私の頭はあった。顔を少し起こすと、玲華先輩の顔があまりにも近くにあって、とんでもないことをしてしまったことに気が付いて咄嗟に身体を離そうと動いた。



「ご、ごめなさ――っ!」



 身体を離そうとする私に反してぎゅっと制服のネクタイを掴まれて下に引かれて、動きが止まる。



 え……?



 灰色の目に私の唖然とした顔が大きく映っている。



「…………」


「玲……華……先輩…………?」



 ネクタイを引っ張られているせいで身動きがとれない。

 お互いの少し乱れた呼吸の音が資料室に響く。

 目の前にある顔の美しさに私は見入ってしまっていた。



「……っ」



 しばらくしてから玲華先輩はハっとした顔をして私の身体を押すと、自分の身体を起こした。

 私は茫然と立ち尽くした。



「足元気をつけてと言ったでしょう」



 玲華先輩は私に背を向けてそう言った。

 後ろからでも分かる。耳が赤い。



「……ごめんなさい、怪我ないですか?」


「受け身くらいできるわ。あなたこそ怪我は?」


「ないです、大丈夫です」



 制服を軽く叩いて埃を払うと、玲華先輩は手を伸ばして画鋲の箱を手に取り、それを私に差し出した。



「場所は覚えたわね。これを本部に持って行って」


「分かりました。ありがとうございます」



 私はその場で動かずに玲華先輩を見つめた。

 聞いちゃって良いかな、これ。



「どうしたの? 早く行ったら」


「玲華先輩。……どうしてネクタイ引っ張ったのか教えてくれませんか」


「それは…………」



 さすがにこんなことされると私も勘違いしてしまう。何の気もなかったのなら正直にそう言って欲しい。

 玲華先輩は頬を赤くしたまま私の問いに答えることはなく沈黙が続く。



『未来ちゃん。ちゃんと着けた?』



 そんな私たちの沈黙を断ち切るかのようにトランシーバーから雫会長の声が聞こえた。



「はい、玲華先輩に案内してもらいました。いまから画鋲持って本部に行きますね」


『ごめんねー! 待ってまーす』



 結局聞けなかった……。でも雫会長が待ってるから行かないと。

 玲華先輩は私のこと、どう思っているのだろう。こっちから攻略はしないが、向こうがこちらに気があるのなら話は別だ。

 以前のように、少しのことで舞い上がって自惚れたくはない。だから決定的な証拠が欲しい。まだまだ確信するのは早い。私には気がないと思っておこう。



 私は資料室を後にした。

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