ハッピークリスマス

「お待たせしました!」



 待ち合わせ5分前に着いたのに、既に玲華先輩は駅で待っていた。

 玲華先輩の私服はどこか上品だし、美人なこともあって他の人とオーラが違うからすぐに目がついた。姿を見ただけで顔が緩んでしまうほどにテンションがぐんぐん上がるのが分かる。



 デートが決まったのが前日の終業式の日――クリスマス直前ということもあって、それらしいプランも練られずにいた。でも私は会えるだけで十分だった。

 とりあえずは、学院の最寄り駅の近くのデパートの上階にある映画館に行って、何か観ようということになり今に至る。



「別に待ってないわ」



 玲華先輩は目を伏せながらそうポツンと言った。



「えー本当に? 30分くらい前からいたりして……なんて。ふふ」



 5分前には着いてるんだから、駅に到着したのはもっと前だろう。なのに強がっちゃって……あまりにも反応がかわいいから、ついからかいたくなってしまう。

 上機嫌な私は玲華先輩を前にこのテンションの上がり様を隠すことができなかった。



「……楽しそうね」


「はい、こうして会えただけでどれくらい嬉しいことか……」



 だって私の目の前にいる人、彼女なんでしょ?

 一応付き合ったことになっているけど、昨日は家に帰ってからも実感がなかなか湧かなかった。自分は夢でも見てるんじゃないかと錯覚してしまうほどに。

 だから夜は少し眠るのが怖かった。朝起きたら全部なかったことになってたらどうしようかと思って……。

 でもこうして私のことを駅で待ってくれていたことが、夢ではないということを教えてくれている気がして嬉しさがこみ上げてしまう。

 今回は口実なしの本当のデートなんだ。



「行くわよ」


「はい!」



 時刻は16時にさしかかる頃だったが、どこのお店も混んでいた。友達と遊んでいる人もそれなりに多かったけれど、やはりカップルも多かった。子供連れの家族も多く、何かのイベントの帰りなのか風船を持っている子がたくさんいた。

 通りかかったコンビニの前ではサンタの恰好をした店員さんがクリスマスソングをスピーカーから流してクリスマスケーキを売っていて、列ができているのが見てとれる。



「なんか今日は混んでますね。やっぱりクリスマスだからかな……」



 人ごみに紛れぬよう少し玲華先輩の方に寄った。



「未来、今日は足を挫いていないの?」


「はい? 挫いてないですけど……」



 周りがそれなりに騒がしいので何かの聞き間違いだと疑ったけれど、透き通る玲華先輩の声が私の耳に直接入ってきたこともあって、聞き間違いではなさそう。

 でも普通そんなこと聞く? 足を挫いていないかなんて唐突に聞かれたことなんてない。普通に答えてしまったけれど……。あまりに不自然すぎる質問に、先輩が何を考えているのかを一瞬思考を巡らせた結果、すぐに答えにたどり着いた。



「まさか手繋ぎたいんですか?」


「……あなたが挫いていたら支えようと思っただけよ」



 体育祭の日に初めて手を繋いだ。

 でもそれは私が足を挫いてしまっていたからだった。

 こんな時にそんなこと掘り起こしてくるなんて本当に玲華先輩は……。あの時、先輩も私と手を繋いでドキドキしてくれていたのだろうか。そう考えちゃうのはちょっと自惚れすぎ?



「素直じゃないなぁ。そんないつも足挫いてるわけじゃないですから。手繋ぎたかったらそう言ってくださいよ。私たち付き合ってるんですから……」


「……」



 玲華先輩が耳を少し赤くして黙ってしまったので、私は先輩の手にそっと触れると握り返された。身体は素直なのになぁ……。口実なしのデートに加えて、口実なしで初めてこうして手を繋いで歩くことができるのが嬉しい。



 辺りを見渡してみる。私たちは女子同士だけど、周りから見ても大して不思議な光景でもないようで自然と街の風景に溶け込んでいた。学院の近くなこともあって誰か知り合いに会ってしまわないかと心配したけれど大丈夫だった。



 映画は私の希望でアクション映画にしてもらった。



 本当はこういう時は恋愛物を観るものなんだろうけれど、今の時期に上映しているものは失恋ものだったから……。もう十分失恋したし、映画の中でも失恋を味わうのは勘弁して欲しかった。それこそ涙腺が崩壊してしまう。

 爽快なアクションでスカっとしたい! 玲華先輩はそんな私のわがままを聞いてくれた。



 手に汗握るカーアクションに戦闘シーンが画面いっぱいに繰り広げられる。何度も動画サイトで予告映像を見ていただけに見入っていた。音がすごい。耳じゃなくて身体で感じるこの感じ。アクションものはテレビで見るより映画館で見た方が絶対良い。何かのアトラクションに実際に乗っているくらい気分は高揚した。



 周りのザコキャラを倒して、とうとう敵のボスとの戦闘シーンになった。映画館にいる全員が固唾をのんで展開を見守っているのが分かる。緊迫したシーンに私は横の手すりをきゅっと握った。両者一歩も引かない戦いに息が詰まる。

 しかし、主人公の一瞬の隙をついた敵が今だとばかりに切りつけてきたので赤い血が舞ってしまった。思わず硬直した。肩の部分に怪我を負って主人公がピンチを迎えたところで玲華先輩の手がこちらに伸びて上から覆いかぶさるように触れられた。

 映画の内容が一瞬で飛んでしまった。驚いて玲華先輩の方を見ると、顔はこちらに向けずに黙って画面を見ていた。

 私は手首を返してその手に自分の指を絡めて展開を見守った。

 


 起死回生。



 ヒロインが助けに来て、主人公ピンチシーンを切り抜けた後でも先輩の手は私から離れなかった。



 玲華先輩って実は甘えん坊なのかな……。でもこうやって甘えてくれるのが嬉しかったりするんだけど。



 映画を観終わってその帰り、余韻に浸りながらエレベーターに乗った。



 「いやぁ、フラットビットかっこよかったですよね。最後のシーンなんてもうどうなっちゃうかと思いましたよ」



 1階のボタンを押してから扉を閉めるボタンを押したところで腰に手が回って後ろから優しく抱きしめられた。石鹸のような香りがフワっと香る。


 

「玲華先輩?」



 エレベーターの中には私たちだけだった。



「……甘えん坊」



 首だけ振り返って、そうからかう様に言ってみた。



「ち、違うわ……」


「何が違うんですか?」


「こうしていた方が落ち着くのよ……っ」



 少し焦った様な口調がまた面白くて、ニヤニヤしてしまう。



「わかりましたよ、じゃあ思いっきり甘えて落ち着いてください」


「……」



 玲華先輩を背中いっぱいで感じる。1階に降りるまでエレベーターは止まらなかった。私たちは同じ体勢でじっとしていた。



 デパートから出て目に入ってくる外の景色。日はすっかり落ちていてイルミネーションの光が街を照らしていた。ため息が白い吐息と共に漏れた。前まではイルミネーションなんて見てもなんとも思わなかったのに、今はすごく綺麗に見える。それも好きな人とデートしているからだろうか。玲華先輩を見上げるとその横顔は優し気な表情をしていた。一緒にいるだけでこんなに楽しい気分になれるなんて。

 今頃みっちーと叶恵は楽しんでるかな。私はこれまでにないくらい楽しめてると思う。



 これで帰るのも味気ないので、どこかレストランにでも寄ろうと色んなお店を見ていたが、丁度ディナーの時間と重なることもあって目につく店はどこも満席だった。



「どこのお店も混んでますねぇ……」


「騒がしいわ」



 玲華先輩はいつもの風紀委員長モードでそう言った。



「玲華先輩にとっては図書室も騒がしいんですもんね?」


「あれは……」


「そんなに騒がしいのが嫌だったらうち来ますか? ピザでもとりましょうよ!」


「……家に?」



 玲華先輩は恥ずかしそうにしながら目を逸らしてしまった。



 言い終わってから後悔する。……付き合ってからの「うち来る?」はまずかったかもしれない。もちろんそんな意味で言ったわけじゃない。誤解を解きたい。



「えっと、やましい気持ちとかそういうのないです! 何もしないので!」



 あぁ……勢いでそう言っちゃったけど、何もしないからって言う男の人の気持ち分かっちゃった。

 でも昨日付き合ったばっかりなんだし、相手は超ウブな女子だ。やっぱり大事にしたいから今日はプラトニックに終わらせようと思っている。一応、不純異性交遊禁止という校則は残っているわけだし……。玲華先輩がどう捉えているのかは分からないけれど。

 本音はそんなの全部取っ払って求めてしまいたい。でもいざ付き合うとなかなか距離感が掴めなくてどうして良いのか分からない。調子狂うなぁ。



「分かった」



 少し小さめの声で玲華先輩は返事をした。

 結局、私の家に行くことについては大丈夫なようだった。



 家に着いてからすぐにピザを注文して一緒に食べた。

 クリスマスなのでピザの宅配も忙しいのかと心配したけれど30分経たないうちにピザが家に届いた。テレビではドッキリ番組が流れていて、それを見ながらピザを食べ、他愛もない話をして一緒に時を過ごした。何気ない日常の切れ端のように見えるかもしれないけれど、私にとってはこれ以上ないくらいの幸せだった。



「いやぁ美味しかった。クリスマスはやっぱりピザですね! 1回千夏先輩が来た時にピザとってくれたことがあって……デリバリーって便利ですよね。1人の時はなかなか使う機会がないんですけど、こういうのも良いなって思います」



 千夏先輩が来なかったらデリバリーなんて選択肢は私の中に最初からなかっただろう。あの時食べたピザが感動的に美味しかったので同じ味のピザを同じお店から注文させてもらった。でも今日はあの時の100倍は美味しく感じられた。思い出込みの味なんだろう。



「あなたは千夏と仲が良すぎよ……」


「え? まぁ仲は良いと思いますけど……」


「……」



 先輩は少し切なげな表情になった。



 玲華先輩とこうして長く一緒にいて分かったことだけれど、多分玲華先輩は嫉妬深いんだと思う。だってゲームにも嫉妬しちゃうんだし……。

 普段からあまりそれを顔に出さないようにしているのかもしれないけれど、今回のはさすがに分かってしまった。私はこういう事には疎い方だから、これまでにも同じような思いをさせてしまっていたら申し訳ないな。

 でも確実に私が好きな人は玲華先輩だけなわけで……。それは今伝えた方が良いだろう。



「私の彼女は玲華先輩なんですから、そんな顔しないでくださいよ……今度うち来てくれた時はカレー作ります。私の自家製手作りカレーは玲華先輩にしか食べてもらってないですし、これからも食べてもらいたいので!」



 そう笑顔で言うと、こちらに視線が向いた。



「あなたが最初に私にカレーを作ってくれた時、何か裏があるんじゃないかと思ったわ」


「うーん……裏はないけど……胃袋掴みたかったっていうのはあるかもしれないですね」



 攻略真っ最中だったから少しでも気を引こうとしたのは確かだ。



「だとしたらあなたの思惑通りになったわね……」



 そう言って玲華先輩は顔を伏せてしまった。

 やっぱり美味しいって思ってくれていたんだ、嬉しい。



「おぉ、胃袋掴めたんですね! やった!」


「……もちろんあなたの魅力はそこだけではないのだけれど」



 チラっとこちらを見てボソっと呟くと、再度目を逸らされてしまう。



「先輩の思う私の魅力、教えてくれませんか?」



 そう言って少し身を乗り出して玲華先輩に顔を近づけるけれど、目は合わせてくれなかった。



「……言わない」


「ざんねーん。じゃあいつか聞かせてくださいね」



 これを玲華先輩から直接聞けたら嬉しいのにな。

 私は乗り出していた身を元の位置に戻した。



 その後、ゴミを捨ててテーブルを布巾で拭いたりなどして一緒に片付けをした。洗い物は玲華先輩がやってくれた。といっても、コップくらいなのだけれど。

 体育祭の打ち上げの時に一緒にお皿洗いをした。またこうして一緒に家事っぽいことをしている。なんか良いなって思った。



 かがんでゴミ袋をまとめていると玲華先輩は私の背後に立った。



「あなたの面倒は私が見る」


「へ?」


「……高校生で1人暮らしだなんて」



 振り返ると少し心配そうな顔がこちらに向けられていた。



「……はは。もう慣れましたし大丈夫です。むしろ先輩の面倒は私が見ますよ!」



 玲華先輩の上のお兄さんにも言っちゃったし。

 先輩が心から幸せって思えるように私は頑張るんだ。



「ふざけないで。あなたは後輩なのだからおとなしく先輩の私に面倒を見られていれば良いのよ」



 少しムッとした顔で言われたので反撃した。



「甘えん坊のくせに」


「違うわ!」


「あー違うんですね、そうですかー」



 本当素直じゃないなぁ。そんなところもかわいいのだけれど。



「未来も甘えて欲しい」



 玲華先輩は少し顔を赤くしながらそう言った。



「……分かりました。じゃあその時は甘えさせてもらいますね。あ、もうこんな時間ですか。そろそろ解散しましょう、もう遅いので」


「……そうね」


「玲華先輩のお兄さんが心配しちゃうかもですし……お兄さん今家ですか?」



 遅くなる前に、ね。本当はずっと一緒にいたいし名残惜しい気持ちは山々なのだけれど、時計はずいぶんと遅い時間を指していた。



「兄は今彼女と一緒にいて、11時前には帰ってくると言っていたわ」


「そうですか、じゃあ丁度良い時間ですね」



 玄関で私は靴に足を通す。駅まで送って行くつもりだ。できるだけ一緒にいたいし。



「本当に何もしてこないのね」



 玄関でふいに先輩はそんなことを呟いた。



「……私ってそんな手早く見えますか?」



 玲華先輩の顔を覗き込んだ。

 照れているのか手の甲で口を隠している。



「そういうことでは――あっ」



 背伸びをして玲華先輩の頬に軽く口づけた。



「今日はこれで我慢しておきます」


「……」



 玲華先輩の顔は真っ赤になった。何か言いたげな表情でゆっくりと視線がこちらに向けられた。

 私は満面の笑みを作って言った。



「好きですよ、先輩」


「未来……。私も……その…………す……すき……」



 ボソっと呟いたかと思うと先輩は両手で顔を覆ってしまった。



「ははは」



 この空間が幸せすぎて笑い声が漏れる。

 つられたのか、手と手の隙間から玲華先輩の口角が上がったのが見えた。



「あ……笑った」


「――!」



 ハッとした顔をして先輩は顔を覆っていた手を口の方にずらした。



「笑顔の先輩も大好きです!」



 見えたのは口角だけだけど、確かに先輩は今笑ったんだ。

 胸がいっぱいになる。



 もっと、先輩を笑顔にできるように頑張ろう。



 その後先輩を駅まで送って行って、帰り道は今日のデートを振り返って幸せに浸っていた。



 玲華先輩、最高のクリスマスプレゼントをありがとう。イルミネーションで照らされた街はまだまだ明るかった。

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