3学期――1月

発覚

 年が明けて3学期が始まった。



 始業式の日早々、私は風紀委員の腕章を付けて校門前で挨拶運動を行っていた。

 何の偶然なのか今日は玲華先輩と一緒の日だ。挨拶運動は特段好きなわけじゃない。挨拶するのは気持ち良いけれど、早起きは大変だし校則違反を注意するのも嫌だ。でも、玲華先輩と一緒ならそんなこと気にならないくらいには頑張れる。



「未来ちゃん、おはよう」


「あ、おはようございます!」



 いつも通り挨拶をしていると、ふと優しい声で名前を呼ばれたので見てみると。かおり先輩だった。私に手作りのリストバンドをプレゼントしてくれた家庭科部の先輩だ。

 かおり先輩はいつもこうして、私が委員会の仕事をしていると気さくに声をかけてくれる。私の中では、おしとやかで優しいお姉さんといったポジションだ。



「始業式の日なのに大変だね。年が明けたけど今年もよろしくね」


「はい、今年もよろしくお願いしますね!」


「学校、少し憂鬱だったんだけど未来ちゃんの顔見たら元気出ちゃった」


「そ、そんな……私も声かけてくれて元気でました!」



 顔見たら元気出たなんて言われたら嬉しい。

 かおり先輩と話していると、玲華先輩が近くまでやって来た。



「未来。もうすぐ切り上げるわよ」


「え? でもまだ時間ありますよ」



 時計を見るが切り上げるには少し早い時間だった。



「1限、移動教室でしょ」


「違いますけど……」



 一限目は現代文なので通常通り教室で行われる。玲華先輩は何を言ってるんだろう。らしくない。



「いいから。挨拶運動はもう終わり」


「はい? え、なんで……」



 かおりさんはそんな私たちのやり取りを苦笑いで見ていた。



 その時だった。玲華先輩の手が私を手を掴んだ。



「帰るわよ」


「わぁ、ちょっと!」



 手を引かれて玄関口を通り校舎に入る。時間厳守の玲華先輩がこんなことするなんて――!

 校舎に入って少し進んだところで手を握り直されて恋人つなぎになった。中にいた生徒たちは唖然とした表情で私たちを見ている。わぁ、これは恥ずかしい。

 手を繋ぐだけなら別に日常風景としてはおかしなことではないけれど、恋人つなぎな上に相手は玲華先輩だ。こんなことしてたら目立ってしまう。



「玲華先輩、みんなが見てます」


「だから何?」


「いや、視線が痛いというか……」


「校則には違反していないのだから、堂々としていれば良いのよ」



 確かに違反はしていないかもしれないけれど……。

 手を繋ぐのは良い。嬉しいことだ。でも他の生徒の視線には慣れないものがある。かおり先輩も苦笑いだったし、私たちのことをどう見ていたのか気になってしまう。



「玲華先輩の取り巻きに恨まれちゃいます……」


「未来に何かをする人がいたら私が潰すわ」


「潰すって……」



 結局、私の教室に着くまで手は離してくれなかった。もうこれ知れ渡るのも時間の問題だろうな……。

 教室に入り、叶恵とみっちーが座っている席に向かった。



「未来おつかれ!」

「あけおめー! 挨拶運動もう終わり? 今日は早いね」


「おはよう、今年もよろしくね! うん。なんか今日は早く終わった……」



 強制的に挨拶運動が終わってしまったけれど、もしかして私とかおり先輩が話してるのが嫌だったりしたのだろうか。その真偽は定かではない。



 この2人は席替えで前後になったので自席で話していることが多い。私だけ席が離れてしまった。羨ましい。

 近くに空いている席がなかったので、ちょんと叶恵の膝に座ると手を回された。誰かの膝に座るなんて1年前の私じゃ考えられないことだけれど、それはこの学院では日常的なことのようで、私も自然とやるようになったし、やられるようにもなった。



「ねぇ未来。今、羽山先輩と手繋いでなかった?」



 背後から叶恵に顔を覗き込まれて思わず固まる。



「え、まじ?」



 みっちーはそれを聞いて身を乗り出してきた。



「あー……えーと……うん……」



 何これ恥ずかしい……。



「叶恵ー! 見過ごしちゃったんだけど……記憶わたしに転送して」


「はい残念でしたー。記憶は転送できませーん」


「ねー!! ずるい!!」


「あはは……」



 恥ずかしさを笑い声でごまかそうと試みて無理やり乾いた声を絞り出した。



「未来さ、羽山先輩のどこを好きになったの?」


「確かにそれ気になるかも」


「いやぁ、とにかくかわいくってさ……」



 玲華先輩のかわいいところなんて、あげたら切りが無い。強がりだから、そういう自分を隠そうと必死なのもまたかわいい。思わず顔が綻んだ。



「かわいくなくない?」



 おいみっちー。さすがに言い方があるだろう。



「そういう言い方だと語弊あるけど、かわいいっていうよりは綺麗系じゃない?」



 私は体を斜めにして叶恵の膝に座り直して叶恵の顔を視界に捉えた。



「分かってないなぁ……玲華先輩はかわいいの塊みたいな人なんだよ……!」


「あー惚気てるわこの人……。好きな人なら何でも良く見えちゃうやつな」



 あの破壊的なかわいさを知ってるのはきっと私だけだろう。でもそれで良い。あんなの皆の前で出されても困るし。何もかもがギャップすぎて愛おしく思える。あぁ、そう思ってたらまた会いたくなってしまった。さっき会ったばかりなのに。



「わたしだったら羽山先輩より千夏先輩が良いなぁ。すっごい優しいし、風紀委員っぽくなくて話しやすいし」


「あぁ、なんかどっち派なのかで両極端に分かれるイメージあるわ。うちも選べって言われたら千夏先輩かな。ドラム叩いてるのめっちゃカッコ良かったし」



 この2人は千夏先輩派のようだ。確かに親しみやすいと思う。私も最初見た時はフランクで話しやすそうだなと思った。でも――



「千夏先輩は良い人だけどドSだからなぁ」


「え、そうなの? めっちゃ優しくない? 面白いし署名運動も手伝ってくれたし」


「私も最初はそう思ってたよ……。良い人なんだけどね」



 いつからか、私も玲華先輩と同様にいじられるようになってしまった。いや、玲華先輩以上かもしれない。毎回変なボケを挟んでくるしつっこむのが大変である。

 みっちーも千夏先輩のいじりを受けるのは時間の問題なんじゃないかなと思う。



「羽山先輩がかわいかったり、千夏先輩がドSだったりするんでしょ? なんか風紀委員に入らないと分からないことみたいなのやっぱあるんだね……」



 叶恵はそう言うと頬杖をついた。



 程なくして3学期の始まりを知らせるチャイムが鳴ったのであった。今日は始業式の後に、お昼を挟んでから授業がある。初日から授業なのは進学校あるあるなのだろうか。



 ――――――――――――



 その日の放課後に私は風紀室を目指して歩いていた。生活指導の先生が生徒会と風紀委員を対象に「ストレスチェック」なるものを行うらしく、簡単なアンケートに答えねばならなかったのだ。何の目的でやるのかは不明だ。

 朝か昼か放課後に来て欲しいとのことだったが、今日の朝は挨拶運動だったし、始業式が終わったタイミングのお昼に行こうと思っていたけれど忘れてしまったので結局、放課後になってしまった。



「へい、いらっしゃい!」



 扉を開けて入ると千夏先輩がソファーに寝そべって本を読んでいた。ずいぶんとくつろいでいらっしゃるようで……。



「ラーメン屋さんみたいなお出迎えですね。あ、千夏先輩、明けましておめでとうございます!」



 今朝はかおり先輩と話していたので、千夏先輩に新年の挨拶ができていなかった。ちょうど良いタイミングだ。



「明けたね。年が」


「なんですかその倒置法……」


「ストレスチェック? それともあたしとイケナイ放課後の遊びをしに来たのかな?」


「ストレスチェックだけをやりに来ました」


「へいへい。そこの机に紙が置いてあるから記入よろしくー。終わったらちょーだい」



 千夏先輩は本を読みながら、気だるげに言った。チラッとタイトルが見えたけど「緊縛クラブ」と書いてあった。

 なんてもの読んでんの。恐ろしいな……。見なかったことにしよう。



「分かりました。皆はもう書いたんですか?」



 机には紙が1枚しか置かれていなかった。おそらく私の分だと思う。



「うん。未来が最後。ラストオブ未来」


「映画のタイトルみたいに言わないでくださいよ……。

 皆もう書いたんだ、はや……。私のこと待つために風紀室にいてくれたなら申し訳ないです。さっさと書いちゃいますね」



 バッグから筆箱を出して、シャーペンを握ると、急いで自分の名前を上に書いた。



「いやいや、書き初め展示会の警備の組み合わせ考えようと思ってたし気にせんでよしー」



 そう言いながらも本読んでるじゃん……。本当に考える気あるのかな。



 冬休みの宿題として書き初めがあって、中学、高校含めた生徒たちの作品は数日に渡り講堂に展示されることになっていた。

 その期間は外部のお客さんも入れるようにするらしく、それにあたって風紀委員が出動する。講堂は広いため、今回は2人組を作っての警備になるそうだ。



「ランダムにくじ引きでいいのでは?」


「そういうわけにもねぇー? 誰とは言わないけど仲悪い2人を一緒にするわけにもいかないし、難しいのよー」


「なるほど……」



 仲悪い2人なんていないと思うけど、千夏先輩が言うんだから実際いるんだろう。私が気づいてないだけか。



「わんにゃんカップルもいるわけだし」


「え……」


「玲華のバッグに猫の肉球ストラップが付いてた。未来は筆箱に犬のが付いてる」



 私の筆箱には玲華先輩にもらった犬の肉球ストラップが付いていた。やっぱりいつも使うものに付けていたかったから。玲華先輩はバッグに付けてくれていたのは知らなかった。嬉しい。

 それにしても、なんで本読んでるのにこんなことに気がつくの……。どこかに目が2つ以上付いているのかな。



「あー……よく見てますねぇ……」


「しかも朝、早々手繋いでたんだって? 妬けるねぇ」



 そう言いながら、千夏先輩は本を閉じて立ち上がって伸びをした。

 先輩は友達多いから、こういうことはすぐに耳に入ってくるんだろう。



「あはは……噂って早いなぁ。千夏先輩にもすぐ言おうと思ってたんですけどもう既に知っていたようで……」


「玲華が猫ねぇ……確かにあれはどうあがいてもだわなぁ」



 気まぐれに甘えてくるところは猫っぽいかもしれないけど、言うほどかな?

 どっちかっていうと千夏先輩の方が――



「千夏先輩は犬っぽいですよね」


「んーじゃあその犬のストラップもらっちゃおうかなー」



 千夏先輩はこちらまで来ると私の筆箱をひょいと持ち上げた。



「あ、だめ! 返してください!」



 取り返そうとするが、私の動きに合わせて筆箱は逃げていく。



「届くかなー?」



 千夏先輩は面白がって笑いながら筆箱を高く持ち上げたので、ジャンプして取ろうとするけれど千夏先輩もそれに合わせて背伸びをしたため届かない。



「ちょっと! 卑怯ですよ!」


「ふふふーん」



 何度も奪還を試みたが無理だった。悔しがる私のことを見て絶対楽しんでいる。許せん!

 ふと千夏先輩は筆箱の端と端を両手で持ったかと思うと、ストンと腕が振り下ろされて腰の位置で抱え込まれた。



「うおわっ」



 引き寄せられて思わず変な声が出てしまった。

 そんな私の顔を面白そうに見ている千夏先輩。



「ねぇ、付き合ってからちゅーした?」


「……まだ。そんなこと聞かないでくださいよ……」



 私は少し顔を伏せた。

 付き合う前は何度かした。でも付き合った途端に何故か下手に手を出せない自分がいてどうして良いのか分からなかった。

 もちろんしたいとは思うのだけれど……。こういうのタイミングというか、そういうのがなんだか難しいのだ。



「あららー。じゃあ未来がリードしてあげなきゃね? 玲華はかわいいかわいい子猫ちゃんなんだからさ」



 千夏先輩はそう言うと私の制服をたくし上げて中に手を入れてきた。肌着の上から指先で背中を妙な力加減でなぞられる。いきなり何!? 本当にいつも唐突すぎる!

 また変な声が出そうになるのを必死に堪えながら抵抗した。



「ちょっ! あっ……そこに手入れちゃ……そんな触り方やめてください!」


「あは、感じちゃった?」



 私の反応を楽しむかのように、少し意地悪な顔で微笑まれた。



「千夏先輩のばか! 変態!」


「ははは、ごめんごめん。頑張ってね、わんちゃん」



 ようやく先輩から解放されて筆箱を返してもらった。じゃれあいにしては度が過ぎるよもう……。千夏先輩の思い通りの反応をしてしまったのかと思うとなんか悔しい。乱れた呼吸を整えた。



 私がリード、かぁ。確かにこういうことに関しては私がやるべきなんだろうなぁとは思う。相手はウブだから。千夏先輩くらい躊躇なくできれば良いのに。



 千夏先輩はまた伸びをすると再度ソファーに寝っ転がって本を読み始めたので、改めてストレスチェック項目に目を通した。

 イライラする、不安、憂鬱、アンケート項目はどれも当てはまらなかった。まるでストレスなしだ。2学期後半は辛かったけれど、もう完全に回復した。

 いいえに丸を付ければ良かっただけなのでアンケートは一瞬で終わってしまった。



「書きました!」


「お疲れ様ー。机に置いといてー」


「はい、千夏先輩は残るんですか?」


「うん、書き初め当番表作ってから帰るー」



 千夏先輩は本を少しずらして顔をこちらに見せるとウインクした。

 その本持ちながらウインクするのやめてくれませんかね怖いんですが。



「分かりました。……じゃあお先に失礼しますね」


「おっつー」



 風紀室から出て廊下を歩く。なんとなく胸元がスースーする感じがしたので襟元から制服の中を覗くと私のブラのホックが外れていた。



 やられた。

 あの女……と心の中で呟いて拳を握りしめた。

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