体育祭――打ち上げ

 私の家には玲華先輩、千夏先輩、雫会長、みっちーがいた。

 今日は日曜日。

 リレーメンバーで体育祭の打ち上げだ。



 ――時は体育祭直後。



「全体2位はすごいよ! 皆で練習頑張った甲斐あったね! 打ち上げしよう!」



 雫会長の提案で打ち上げが決まった。

 確かに昼休みを潰してまで練習を行っていたこともあって、結果的に運動部を抑えてこの順位なのだから凄いことだと思う。玲華先輩がチームメイトにいたからというのも大きいが、皆で勝ち取った2位なのだ。総合順位としては私のいる赤組は4位。玲華先輩のいる白組が1位だった。優勝はできなかったけれど、色なんてどうでも良い。部対抗リレーが私の記憶の中で一番思い出深いことは言うまでもない。



 雫会長の提案で打ち上げが決まったが、学校から近くで一人暮らしである私の家が打ち上げ会場になるのは自然なことだった。



 学院の校門前で待ち合わせをしてから皆で私の家に向かう流れとなっていた。風紀委員や生徒会の人とこうして学校が休みの日に遊ぶのは初めてである。みっちーとは遊んだことあるけど……。

 私の家に彼女たちが来るというのが未だに信じられない。全校生徒の前で堂々と挨拶をしていたあの雫会長に加えて、しかも、あの玲華先輩も来てくれるのだ。会長の提案だから乗らざるを得ないのは分かるけれど、玲華先輩と遊ぶことが出来てとにかく嬉しい。学校外で会える。いつもと違った先輩が見られるのではないかと期待に胸を膨らませながら、校門前を目指した。



「お、未来ちゃん来たー!」



 雫会長が笑顔でこちらに手を振る。



「皆さんもう来てたんですね。待ちましたか?」


「全然! 大丈夫だよ」



 待ち合わせ時間ぴったりに校門前に着いたのに、既に皆お揃いのようだった。時間や約束にルーズな人は生徒会や風紀委員ではやっていけないから、頷ける。さすがだ。



 玲華先輩は白いシャツにロングスカートを履いていて、上品な大人な格好で思わずドキリとする。千夏先輩はノースリーブのボーイッシュなパンツスタイルで体型のシルエットが綺麗だった。雫会長とみっちーはゆるふわ系でゆとりのあるニットに丈の長めのスカート。私はシンプルにワンピースだ。私服姿をこうして見ると皆、色があって面白い。制服は制服でまた違った良さがあるけれど、これも悪くないと思う。



「どうぞ、あがってください」



 少し歩いて家に着き、来客を部屋に通した。みっちーが部屋に来るのはこれで2回目だ。私の部屋は1kで、キッチンと部屋が分かれている。部屋はそこまで狭くはないけれど、5人いるとなんとなく圧迫感を感じた。でも、それもそれで皆との距離が近くて良いなとも思う。

 今日は、奥寺家がたこ焼き機を持参で、たこ焼きパーティーなるものを開催するらしい。ひとまず荷物を置いた皆は、テーブルを囲ってそれぞれ好きなようにくつろいでいた。こういう時はBGMなんか、かかっていると雰囲気が出て良いよね。スマホを操作して音楽を再生する。ポップな洋楽をセレクトだ。



 玲華先輩と奥寺姉妹はたこ焼きを焼く準備を整えている。私も手伝おうとしたその時、隣に千夏先輩が座った。



「墓穴掘ったらごめんだけど、未来のパパとママは今どこにいるのー?」



 話しかけられたので身を乗り出した身体を戻して千夏先輩に向き合った。



「えっと父は海外に。母は……分かりません。もう何年も会ってないので」


「なるほどー。一人で家事とかしてんの偉いなぁ、部屋も結構綺麗だし」



 千夏先輩は腕組みをしながら、うんうんと頷いた。



「父が家にいないことが多かったので幼い頃からある程度は家事してきました。おかげさまでもう慣れましたよ。最近は料理も始めて、お弁当自分で作ったりしてます」


「パンしか食べてなかった未来がねー。感心感心」



 カレーにハマって料理をやり始めたけれど、今は色んな料理を作るようになった。料理を作っていると温かい気持ちになれるから。次は玲華先輩に何を食べてもらおうかとか考えるのも楽しいし。



「あ、ルービックキューブ」



 本棚の上に置いてあるルービックキューブを千夏先輩は手に取って興味深く見ている。



「幼い頃父に買ってもらったんです。私には難しくて今じゃただの飾りですけど」



 そう言っている間に千夏先輩はルービックキューブの一面を揃えていた。



「やったことあるんですか?」


「ないない。面白いねーこれ」



 楽しんでくれてるなら私が持ってるより、千夏先輩が持ってた方がずっと良いかもしれない。なんか似合うし。



「あげますよ」


「え、いいのー?」


「はい。持ってても使わないので」


「太っ腹だね」


「別にルービックキューブくらい太っ腹でも何でもないですから」


「ルービックキューブを笑うものはルービックキューブに泣くよ」



 意味が分からないから……。



「はいはい」


「あ、今面倒くさいって思ったでしょー?」



 ほっぺを軽くつねられた。

 時にはスルーすることも人生においては必要だと思う。突っ込む方も疲れるんですよ。ここ最近、千夏先輩のフランクさも手伝って距離がだいぶ近くなったこともあり、あまり気を使わなくなってしまった。でも、悪いことではないんじゃないかと思うし、千夏先輩もそれを望んでそうだ。



「ほら、たこ焼き焼けたよー! 食べて食べて! 取り皿ある?」



 千夏先輩と話している間に雫会長は手慣れた手つきでたこ焼きをひっくり返していた。



「ありますよ。テーブルの上の物片付けちゃいますね」



 取り皿を全員分テーブルに並べる為のスペースを作らなくてはいけない。テーブルの上にあった本やゲームをひとまとめにする。



「ん、これ何のゲーム?」



 千夏先輩は興味深そうに私が手にとったゲームのパッケージを指差した。



「羊飼いの執事です」



 体育祭が終わってから、すぐに洋子はゲームを貸してくれた。まだ序盤だけれど、ふざけた設定の割にはストーリーはしっかりしていると思った。絵柄もとても綺麗だ。まだ共通ルートとやらで、攻略対象を選ぶ前段階だけれど、もし選ぶ時が来たらメジャーに信夫からプレイしようかなと思っている。



「なんだって?」


「羊飼いの執事です。略してひつしつです」



 よし、噛まずに言えた。



「とりあえずクソゲーだってことは分かった」



 ……ですよね。私もこのネーミングはないなって最初聞いた時思いましたよ。



「これ知ってる! 雑誌で見た! 執事と恋愛するやつでしょ?」



 みっちーがテンション高めに身を乗り出している。



「まぁ……そうだね」



 恋愛ゲームやってるって思われるの恥ずかしいな。玲華先輩の方をおそるおそる見ると真顔だった。これ以上男好きって印象を与えたくないのだけれど、ゲームならセーフだよね……?



「羊と恋愛するの?」


「執事です! し、つ、じ! 千夏先輩は羊と恋愛しててください」



 この人は分かっててボケてるから、このくらい言ってもいいだろう。



 あのさ、とみっちー。

 どうした、とみっちーの方を見る。



「ダイアモンドカレーとコラボしてたけど、もしかして未来が最近カレーにハマってた理由ってそれ?」


「コラボ?」


「え、知らなかった? わたしが見たのはグルメ雑誌なんだけど、ダイアモンドカレーが羊肉使った新しいメニューを出すんだって。羊飼いの執事も続編出るタイミングだったから、キャンペーンでコラボしてたみたい。急にカレー作りたいって言い出したタイミングと同じだったからもしかしてって思ったんだけどなぁ」


「……ちょっとトイレ行ってくる」



 トイレの個室に入り鍵を閉めた。



 カレー。

 このワードを玲華先輩と千夏先輩の前で言って欲しくなかった。私とみっちーとのやり取りを聞いて玲華先輩は若干目を見開いていた。千夏先輩は意味深な笑みを浮かべていた。

 カレー弁当を渡したこともあって、玲華先輩に対しては気恥ずかしい思いだ。

 玲華先輩がカレー好きだという話は千夏先輩から聞いた。みっちーが言った「最近カレーにハマってた理由ってそれ?」の「最近」で恐らく、玲華先輩がカレー好きだから私もカレーにハマったということがバレた。勘の良い先輩だ。恐らく意味深な笑みはそういうことだろう。最悪だ。恥ずかしい。

 いっそのこと、みっちーの問いに対してそうだよと答えておくべきだった。ゲームのせいで私がカレーにハマったことにすれば良かったんだ。そうすればこんな恥ずかしい思いはしなかった。でも時すでに遅し。



 そもそも。なんで乙女ゲームがカレーブランドとコラボしてるんだよ……。確かにアイドルグループに所属してるイケメンがカレー作ってるCMはよく見かけるけれど、執事がカレーってどうなの? ゲームは羊毛を売るために刈り取るだけで、食用ではないし殺したりはしない。オリジナルの羊を愛情たっぷり育てていくゲームなのに、羊肉を売りにした商品とコラボして良いわけ? 羊飼いの執事を一応プレイした私としては、そんなカレー食べたくないのだけれど。

 色々思うことはあるのだが、カレーにハマった時にあれほど検索をかけたのに、このことを知らなかったのが悔やまれる。



 トイレから戻ると、既に違う話題になっていたので良かった。

 結局私たちはたこ焼きを食べて、体育祭について振り返り、思い出話に花を咲かせた。食事は皆で食べるから楽しい。にぎやかだ。玲華先輩は相変わらずな感じだったけれど……。



 食器もらっちゃいますね。

 皆が食べ終わった頃に食器を回収して流しの方に向かった。パパッと洗ってしまおう。



「玲華ー。後輩が1人寂しそうにお皿洗ってるじゃん。手伝ってあげなよー」



 千夏先輩の声が聞こえる。あぁ、やっぱりさっきのみっちーの発言で、あたかも私が玲華先輩大好きっ子だと思っているなこりゃ。



「あなたが行けばいいでしょ? なんで私が……」



 そう言いながらも、玲華先輩は私の隣に立った。なんと来てくれた。先輩が隣に立った時にフワッと石鹸のような香りがした。玲華先輩の匂いだ。思わずスポンジを持つ手に力が入る。



「なんだかんだ手伝ってくれるんですね、ありがとうございます」


「……どうすれば良い?」



 ぼそっと玲華先輩は呟く。



「じゃあ私が泡つけるので流してください」



 叶恵のアイデアがここでも役に立ちました。ありがとう。

 肩を並べて狭いシンクで一緒に作業。夫婦っぽい。実際の夫婦がどうかは知らないが……うん、悪くない。



「あなたも食べているの?」



 玲華先輩はお皿を流しながらシンクの奥のスペースに置いてある赤い小さな籠に入った、黄色のパッケージのバランス栄養食を見ていた。先輩がよく食べているやつだ。



「それ、玲華先輩からもらったやつです」



 少し照れくさくて笑ってごまかした。

 食べたら無くなってしまうから、なかなか食べられなかったのだ。いつも料理をしながら眺めては口角が自然と上がっていた。



「食べるのもったいなくて……許可証はもちろん、先輩からもらったテープも、放課後に風紀室にって書いてある手紙も、捨てられなくて実はとってあるんです。ばかみたいですよね」



 リストバンドが使える今、肌色のテープの出番はないし、玲華先輩からもらった手紙もただの紙切れに過ぎないのは分かっている。でも、持っていたかった。



「……これは賞味期限が切れてしまう前に食べて欲しいのだけれど」



 玲華先輩は少し複雑そうな表情を浮かべていた。



「新しいのくれたら食べますよ。その頃にはまた先輩のためにカレー作りますから。交換しましょう」



 カレーと言ってしまってハッとする。先ほどのみっちーの発言を思い出して、恥ずかしくなり目をそらして玲華先輩の手の方を見た。白く綺麗な手先。この手に私は体育祭の日に触れたんだ。そう思いながらじっと先輩の手を見る。



 玲華先輩の手の動きは止まっていた。水道の流れる音がシンクに響く。

 私何かまずいこと言ったかな。カレー、もしかして気に入ってくれなかったとか?



「未来……」


「なんです……へ……?」



 今私の名前呼んだの玲華先輩だよね? 他の3人の方を見るが何やら他の話で盛り上がっていたようで爆笑していた。

 先輩の方を見ると、透き通った目がこちらを見ている。やっぱり私の名前呼んだの玲華先輩だよね?



「先輩、私のこと今名前で呼びました?」



 玲華先輩はハッとしたような顔をした。みるみる赤くなっていくのが分かる。



「もう一回名前を呼んでください」


「……清水さん」


「そっちじゃないです!」


「洗い終わったから戻るわ」



 その日は、皆で夕方くらいまでだらだらして解散となった。今更だが、交換していないメンバーと連絡先を交換した。風紀委員は業務連絡はメーリングリストで送られて来るので、個人的なやりとりはしていなかったのだ。雫会長、千夏先輩、そして玲華先輩を連絡先に追加した。



 誰もいない部屋でベッドに仰向けに倒れた。今日楽しかったな。スマホを操作して、画面を表示する。顔なしアイコン。羽山玲華。



 今日初めて名前で呼んでくれた人。



「玲華」



 なんてね。

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