体育祭――後編
体育祭も終盤。いよいよ本番の部対抗リレーが始まる。
出場する団体は全部で10あったが、10チームを一気にやるのでは数が多いので、5チーム、5チームの2部制で行うことになっている。
生徒会+風紀委員のチームは第一試合だったために、早速準備を始めた。少し緊張する。
運の悪いことに陸上部と一緒に試合をすることになってしまった。私は第2走者のレーンに立つ。隣には同じく第2走者である叶恵が立っていた。
部対抗リレーなこともあって、走る選手たちはそれぞれ部活着に着替えていた。無論、私たちは普通の体操着である。弱そう。各選手が部活着の中、私たちは体操着に腕章をつけている。それっぽい衣装があれば少し盛り上がったかもしれないのに……。見た目的に戦闘力が低い。
陸上部の部活着はショートパンツのごとくスレスレで太ももがむき出しである。上はタンクトップのようなものを着ていて、全体的に露出度が高い。程よく日に焼けた叶恵の筋肉質ながらも細く引き締まった腕と脚は戦闘能力の高さを伺える。
「まさか叶恵と一緒に走ることになるとは」
「うち長距離派だから短距離はあんまりなんだけどね。でもやるからには全力でやらせてもらうから」
「負ける気しかしないけど頑張る」
クラスメイトで色は同じだけれど、ここではライバルなのだ。叶恵は、私たちが昼休みを削って練習してきたことを知っているが、ここで手を抜くことは一切しないだろう。
叶恵は長距離選手ながら走るのはクラスで1番なのだ。だから一緒に走っても絶対勝てないのは分かっている。同じ第2走者として、いかに差をつけられずに走れるかが肝である。
第一走者たちが、各自スターティングブロックを設置していた。
「生徒会がんばれー!」
「陸上! 陸上!」
「バレー部ファイトー!」
たくさんの声援が聞こえる中、「風紀委員をぶっ潰せ」という声が聞こえた。誰だよ、私が貴様をぶっ潰すぞと観客席を睨みつけるが数々の声援に紛れて、犯人は分からなかった。憎まれ仕事だから仕方ないとは思う。でも、ぶっ潰せはさすがにひどくない?
風紀委員への声援がないか耳をすます。応援してくれている人は意外にも多いことに気がつく。ファンが一定いるからね。玲華先輩への声援も多いが、やはり第1走者である千夏先輩への声援が圧倒的に多かった。
「セット……パン!!」
スターターピストルの音と共に生徒たちが一斉に駆け出した。
千夏先輩は胸を揺らしながら走り出した。練習の時にあんなこと言われたばかりに胸ばかりに目がいってしまう。本番だというのに私は何を意識しているんだ。次に私は走るんだぞ。分かっているのか?
千夏先輩は出だし好調で、陸上部に続いて2位をキープして私にバトンが渡された。
「行きなさい!」
千夏先輩は私が言った通り、玲華先輩スタイルでバトンを渡してくれた。しっかり受け取って走り出す。
トップを走る陸上部の叶恵。一生懸命走ったが、差は開くどころかバレー部とバスケ部に抜かされて4位になってしまった。陸上部は周りとの差を広げダントツだった。一気に2人に抜かれることってある? 悲しい。全校生徒が見ている前で。人に迷惑はかけたくないから尚更だ。私の後ろには柔道部が続いている。
雫先輩にバトンを渡した後もその順位は変わることはなかった。
しかし、バトンがみっちーに渡ってからはすごかった。みっちーがバレー部を抜いたのである。かっこ良かった。その姿は痺れるものがあった。思わず叫ぶ。
「がんばれみっちー!」
そしてとうとう玲華先輩にバトンが渡る。アンカー争いの始まりだ。玲華先輩は目にも止まらぬ速さでバスケ部を抜くと、陸上部を追いかけた。どんどん差が縮まっていく。もしかしてこれは抜けるか?
「玲華先輩ー!!」
声援の声が大きくなる。玲華先輩の圧巻の追い上げに会場の応援は白熱していた。
ゴールテープが切られた。わずかに速かったのは陸上部だった。惜しかった……。
これ私が走らなければ勝てたんじゃないの?
生徒会チームはこの試合で2位。タイム的には10団体中でも2位だった。運動部がひしめき合う中で陸上部に続いて2位を決められたことは、できた方なんじゃないかと思う。その証拠に雫先輩は歓声をあげて喜んでいた。
素晴らしい追い上げぶりを見せてくれた玲華先輩の元へ駆け寄った。
「お疲れ様です、すっごくかっこ良かったです!」
「お疲れ様」
「終盤の追い上げ痺れました」
「でも勝てなかったわ」
玲華先輩も悔しいんだ。
「私ももっと練習しておけばってちょっと後悔してます。そうしたら1位になれたのかもしれないのにって」
もう少し気合を入れて練習しておけば……。私の頑張りはチームに還元されるということを意識できていなかった。これはチームプレイなのである。風紀委員の仕事だけではない。ここでもそうだ。今になって練習に身が入っていなかったことに後悔する。5人の中で1番足が遅いのは私なのに。
「千夏とのバトンの受け渡しはスムーズだったんじゃない」
私のことをちゃんと見てくれていることに胸が高鳴った。しかもこんな私を褒めてくれるなんて。
「千夏先輩が玲華先輩の真似してくれましたから……」
千夏先輩は玲華先輩スタイルでバトンを渡してくれた。あの掛け声でなんとなく元気が出たし、頑張ろうと思えた。私のモチベーションは玲華先輩だから。
「どういうこと?」
「なんでもないです。この後の巡回、よろしくお願いしますね」
部対抗リレーも終わった。この後行われる学年種目の大縄が終わったら、いよいよ玲華先輩と2人で警備だった。最近2人きりで仕事をしていなかったのもあって楽しみだった。体育祭の競技よりも巡回が楽しみだなんて我ながらどうかしてると思うけど。
浮かれていたせいかその後行われた大縄で、私は足をくじいてしまった。
たいした怪我ではない。普通に歩ける。ただ、走ったりはできないかもしれない。大縄が部対抗リレーの後で良かったと思う。特に大縄の後は私の出番はなかったし、くじくタイミングとして最高だ。
時刻もさることながら、いよいよ玲華先輩との巡回の時間になった。
疲れからか、生徒の声援も絶え絶えになっていた。
校舎の中にも生徒たちの声が薄く反響している。誰もいない校舎に自分たちの足音が響いている。
「誰もいませんね」
「誰かいても困るでしょ」
静まり返った校舎。そんな中で2人で歩くというのは妙に新鮮味があった。この空気の中、いけないことをしようとする生徒の心理は理解できる気がした。体育倉庫でキスをしていた生徒もこんな気分だったのだろうか。
「玲華先輩」
「なに」
「体育祭、もうすぐ終わっちゃいますね」
「そうね」
「赤組は優勝は無理そうです。でも白組は1位になれそうですね」
「どうかしら」
玲華先輩は白組。
仕事とはいえ、せっかく玲華先輩との時間ができたから何か話したいけれど、会話があまり続かないし、なかなか話題が思いつかない。当然、玲華先輩から何か話してくる気配もなさそうだ。
トランシーバーが鳴った。
『羽山さん、今時間巻いてて、もうすぐ閉会式なんだけどあとどれくらいかかりそう?』
雫会長からだった。
「そんなに時間はかからないわ。あと10分もすれば戻れると思う」
『了解』
玲華先輩は足を速めた。しばらく無言で歩いていたが、私は足首の痛みに耐えていた。先ほど足を軽くくじいたこともあって、先輩のペースに合わせると少し追いつくのが大変である。
少しでも長く玲華先輩と巡回したいから、それもあってあまり早く歩いて欲しくないけれど、閉会式に間に合わせるためには仕方ないのかもしれない。
視界の少し先に見える、玲華先輩の細長くて白い腕。咄嗟に玲華先輩の手を握った。
「……なにしているの」
「あっ……えと……」
「……」
立ち止まって無言で睨まれる。先輩の手を私は握ってしまっている。その現実に思わずたじろぐ。手を握るくらいのスキンシップは今まで何度も経験してきたのに、今回のは完全に無意識だった。何してるんだ私は。
「さっき足挫いちゃって……その……」
「挫いたの?」
「はい……さっきの大縄の時に」
「大丈夫?」
「大丈夫です。歩けます。でも先輩が少し歩くのが速かったから……。その……目の前に手があったから取ったといいますか……」
「……」
「これが私なりの甘えだったりするのかなー……なんて……」
「……」
千夏先輩は、頼ったり、相談したり、我儘を言うことが甘えることだと言った。そう考えると私の今の行為は甘えだろうか。でもいきなり手を握るなんて迷惑だっただろうか。
玲華先輩は眉毛を上に持ち上げてポカンとこちらを見ている。
「ごめんなさい、迷惑でしたよね」
手を離そうとすると、ぎゅっと握り返された。
「玲華先輩?」
「行くわよ」
私の手をひいてそのまま歩き出した。足取りは先ほどよりもゆっくりだった。
玲華先輩の手はひんやりしていたけれど、しっかり私の手を握っていてくれている。
嘘……今私は先輩と手をつないで廊下を歩いている。信じられない。
玲華先輩の横顔はよく見えないけれど、耳が少し赤くなっているのが確認できた。
「あの……ゆっくり歩いたら閉会式に間に合わないですよね。もう少し速く歩いても良いですよ」
「そんなことは良いのよ」
「いや、でも遅れたら迷惑――」
「私は迷惑だなんて思ってない」
「……ありがとうございます」
手が離れないようにと玲華先輩の手を握りこんだ。
ゆっくり歩いてくれるのなら別に手を繋がなくても歩けるのだけれど、それは黙っておくことにした。
握っている手にばかり意識がいってしまう。くじいた足の痛みなんて忘れてしまっているくらいには。
「玲華先輩と手繋ぐのなんか緊張します。自分から繋いどいてあれですけど」
「千夏とも繋いでたでしょう」
「あの時は千夏先輩が無理やり……」
先輩は意外と私のことを見ている。いつも私と千夏先輩との会話にはあまり入ってこないけれど、ちゃんと見ていてくれている。部対抗リレーの時もそうだった。自分の存在を認めてもらっているような気がして純粋に嬉しい。
「……」
「……」
2人分の足音が廊下に響く。
言葉は交わさないくせに、妙にその空間は心地良かった。
こうして手を繋いでいるけれど、先輩として後輩の甘えを許してくれているだけ。そんなの分かっている。特別な好意が手に入ったわけではない。それでも、なんでこんなに私は満たされているんだろう。
「私1人っ子なんですけど、お姉ちゃんがいたらこんな感じだったんでしょうか」
「あなたがもし妹だとしたら世話が焼けそう」
「先輩は何だかんだ世話焼いてくれそうですよね」
「……」
「……」
特にこの後も会話はなかったけれど、巡回終了まで繋がれた手が離れることはなかった。
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