風紀委員長としての措置

 その後、帰ってからすぐに病院に行った。

 頭を強く打ったこともあり、羽山先輩に言われた通り念のため病院で検査をしたが特に異常はなく、打撲と診断されて痛み止めが処方されたくらいだった。

 すぐに保冷剤で冷やしたかいもあって、翌朝には分からないくらいには腫れと痛みも治まっていた。蹴られた腹部の箇所は触れるとわずかに痛く、薄く痣ができた程度で制服で隠れるので問題ない。



 今回の件は、羽山先輩の押しの強さに負けて話してしまった。

 分かった、と言われたがどうするつもりなのか気になって仕方がない。改めて頭痛のない頭で考えると不安だった。先輩の身に何か起こったら私は……



 とにかく大きな問題にならないよう願うしかなかった。

 


 翌日はいつも通りに登校した。みっちーや叶恵は私の怪我には気づいていないようで安心したけれど、これからどうなるのか分からない不安で気分は憂鬱だった。



 ――昼休みのこと。

 トイレに行った帰り、教室の入り口で呼び止められた。



「清水さん」



 竹内たちが立っていた。

 人気のない空き教室に連れて行かれる。またか。今度は殴られるだけでは済まないかもしれない。何をされるのだろう。身構えるけれど、昨日のような気迫は彼女たちからは感じなかった。



 空き教室に入ると、眉毛を八の字に曲げた彼女たちは深々と私に頭を下げた。



「あの……昨日は本当にごめんなさい」

「「ごめんなさい」」



「え……」



 動揺を隠せない。謝罪されている。

 また暴力を振るわれるのかと思っていたのに拍子抜けしてしまった。

 目の前の光景が信じられずに瞬きを繰り返した。



「つい頭に血が上っちゃって。本当はあそこまでするつもりはなかった」


「……急にどうしたんですか」


「風紀委員長に言われて、自分たちのしたことはヤバいって改めて気づかされたというか何というか」


「羽山先輩に……」



 驚くことに、もう羽山先輩は動いていた。



「大人げないことしてごめん。もう絶対にこういうことしないから、許してほしい」


「羽山先輩に何を言われたんですか?」


「色々……。病院の治療費払わせて」



 竹内は財布からお札を取り出そうとしたので制した。



「ちょっと! 大丈夫ですから」


「暴力はいけなかったと思う。1年生1人相手に3人っていうのも」



 昨日と打って変わった態度に愕然としてしまう。本当にこの人竹内? 

 急な平謝りに思わずこちらも謝りたくなってくる。そもそも暴力を振るわれるようなきっかけを作ったのは私なのだから。無関係の人間を2人巻き込んだのはいただけないが、私は竹内を憎む気持ちはない。



「昨日は土下座して謝りましたけど、私も自分がしたことに罪悪感を感じていないわけじゃないです。だから改めて謝ります」


「もうそのことは水に流すよ。最近悪いこと続きでいらいらしてただけなんだ。

 だから…うちらのことも……許してほしい」



 本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

 


「はい、別に恨んだりしていないです。ただ、私以外にはこういうことはしたりしないでください。これだけ約束して欲しいです」



 このことで他の人に迷惑だけはかけたくない。暴力を振るわれたりするのは私だけで十分だ。



「うん、清水さんにも絶対しないよ」



 竹内たちは自分の教室へと帰っていった。上級生に頭を下げて謝られた。

 また何か暴力を振るわれると想定していたためにまだ体が強張っているが、竹内がこれ以上危害を加えるつもりはないということが分かって良かった。

 


 それにしても、1日で簡単に人が更生するなんてことがあるのか。「信じて」と言った玲華先輩の眼には確かに偽りがなかった。一体どういうマジックを使ったというのだ。



 空き教室を出てそのままの足で風紀室に向かった。きっといるはず。

 ドアを開けると羽山先輩がデスクに座ってパソコンでカタカタと何かをタイピングをしている。やはりここにいた。



「羽山先輩」



 私に気が付くと、立ち上がり近くまで来た。左頬を見られる。



「……腫れは引いたわね。怪我の具合は?」


「だいぶ治まりました。昨日は保冷剤とかありがとうございました」


「そう。良かった」


「あの……竹内さん達に何話したんですか? さっき謝りに教室まで来ました」


「風紀委員長として取るべき措置を行っただけ」


「措置……」


「確認だけど、実際に被害を受けたのは1度だけ?」



 羽山先輩は制服のポケットからメモ帳を取り出すと、私に尋ねた。



「はい」


「体育倉庫で殴る蹴るの暴行を受けた。これで合ってる? 他に何かされたりは?」


「顔面を一発、倒れた後に何度か蹴られたくらいです」


「彼女たちの証言と合ってるわね。謝罪に対してあなたは何て言ったの?」


「許しました。私以外に同じことはしないって約束してくれたので」


「……あなたが暴力を振るわれたらまた私が出動することになるわ。これ以上、仕事を増やさないで」



 メモに何か書き込む手を止めて、そう言われる。



「すいません……あの、その措置って何なのか教えてくれませんか? 風紀委員長として取るべき措置をしたというのなら、同じ風紀委員として何をしたのか知りたいです」



 羽山先輩は近くのソファーに腰かけて話を進めた。



「今回のいじめを学院に摘発すると脅しをかけた。学院長や保護者たち、担任の先生を巻き込んだ調査が入るわ。学校側の措置としては加害者を停学、最悪退学にさせることもある」



 摘発に脅された彼女たちは改めて自分のしたことについて考え直したということか。

 私はそれを聞いて、父親の顔が頭をよぎった。調査に入ることで父に連絡がいってしまう。それは避けたかった。



「摘発するんですか?」


「今回は本人達に反省の意が見られたし実際にあなたにも謝ったようだから様子見ね。ただ、複数人で1人の生徒に暴力を振るったという犯罪まがいの事実は消えることはない。さっき彼女たちの名簿に風紀委員からの報告事項としてこの事を記録させてもらったわ。

 彼女たちの中には指定校推薦を狙ってる人もいたみたいだけれど、記録が残っている以上、学院長からの推薦はもう受けられないわね」



 自力で大学の試験を受けるという選択肢以外なくなってしまったということだ。風紀委員の権力を改めて思い知らされる。



「そうなんですね。竹内さんとお話したのはいつなんですか?」



 対応が早すぎる。昨日の放課後に羽山先輩に話してから24時間が経過していないのだ。



「今朝。登校してくるところを捕まえて。ついでに他の2人の生徒の情報も吐かせた。同じクラスの生徒だったわ」



 捕まえて、吐かせた。

 上級生相手に強すぎて開いた口が塞がらない。



「誰が竹内さんなのかパッと見て分かったんですか?」


「生徒の顔写真の入ったデータベースを持っているのは知ってるでしょう。それに千夏からも、竹内さんに目をつけておくよう言われてたの。清水さん絡みで怪しいからと。服装関係で何度か注意していたから私も顔は覚えていたわ」



 朝の挨拶運動で聞かれた時に心配させまいとしらばっくれていたが、千夏先輩には見抜かれていたということだ。私の知らないところで千夏先輩は動いてくれていた。申し訳ない気持ちが沸き上がると同時に、気にかけてくれていたことに胸が熱くなる。



「だから昨日竹内さんの名前言った時に、やっぱりって言ったんですか」


「そうよ。あなたは今回は許したようだけど、彼女たちが次に同じことをしたら私は許すつもりはないわ。首をかけてでも潰す」



 羽山先輩は握りこぶしを固めた。守られているようでキュンとしてしまいそうになるが、あくまで先輩は風紀委員の仕事を忠実にこなしているだけだ。これはぬか喜びになってしまう。それでも、その気持ちは嬉しかった。

 でも、事の発端は私だ。こうして羽山先輩にも迷惑をかけてしまった。



「そこまで言っていただけるのはありがたいですけど、手を出されることをしたのは私ですから、しょうがないと思います」


「……そのことに関しては竹内さんから聞いたわ」


「聞いちゃいましたか」



 あぁ、終わった。



 きっと竹内は私のことを「人の男をたぶらかした性悪女」とでも言っているんだろう。確かにそこは否定はできないが、羽山先輩に知られてしまった。

 基本的に女は、男癖の悪い女を好まない。私の好感度はきっと下がってしまった。途端に悲しくなる。



 羽山先輩は表情を崩さずにまっすぐにこちらを見て言った。



「どんな理由であれ、手を出した方が悪よ。一人を複数人で囲む時点で、それはいじめ。決して許されることじゃない。しかもあなたは抵抗しなかったそうね」


「……」


「……座ったら?」



 先輩に過去が知られてしまったショックから無言でいた私を、テーブルを挟んで向かいの席に座るよう促した。



「あ、はい。じゃあ失礼します」



 向かい合わせに座ると、私を諭すように先輩は続けた。



「……元々、この学院は共学だった。その時にできた校則が、男女交際禁止。進学校だったから恋愛で勉強に支障が出ないように、妊娠のリスクを冒さないようにという意味を込めて作られた校則」


「共学だったんですか? 初耳です」


「あなたはこの学院のことを知らなさすぎね。

 女子校になってからも、この校則は残り続けているけれど、思春期の学生にそれを強要するのはとても難しいことは分かっている。身だしなみや持ち物、時間のルールと違って自分で簡単に制御できるものではないから」



 仕事命の先輩から発せられる言葉とは思えず唖然としてしまう。



「先輩がそんなこと言うなんて意外です」


「……でも立場上、見つけた以上は放っておくわけにはいかないの」



 ちょっと待ってほしい。私は付き合ったりしていないし、この学院に入学してから男を弄ぶような真似はしていない。誤解を解かなければいけない。



「あの! 今回の件は私が中学生の時の話ですし、交際はしていないです」


「知っているわ。だからこそ今言っているの。私は役割に従って動いている。何のつもりで風紀委員に入ったのか知らないけれど、ここはあなたが思っている以上に厄介な環境になると思う。風紀委員を離れるなら今よ」



 この発言は一見、愛想をつかされているようにもみえるが、私を気づかっているようにも聞こえた。私が仮にこの先男性と付き合ったり、男関係のもめごとを起こしてしまった場合、それがバレたら自分は止めなくてはいけない。だから今のうちにここを離れろと。そういうことだろう。

 しかし今、私が今1番興味があるのは誰でもない、羽山先輩だ。この1年はやると決めたんだ。絶対に離れたくなんかない。



「そんなこと言わないでください。私はここでやると決めたんです」


「言ったでしょう。校則に疑問を持つなら生徒会へ行くようにと」


「羽山先輩はどうしてそこまで校則を重視するんですか?」



 立場上なのは分かるけれど、仕事のモチベーションがどこから来ているのか改めて聞きたい。そこまで私の心配をしてくれるなら、校則なんて無視して見逃してくれれば良いのに。千夏先輩のように緩くやることもできるはずなのにどうしてここまで執着するのだろう。



 羽山先輩は静かに口を開いた。



「……給食があるのはどうしてか知ってるかしら?」

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