夏休み充実大作戦 ②

 昼下がり――。

 テーブルの上に、氷の入ったお茶を常備して宿題に向かい合うこと数日。

 宿題なんて気が進まないけれど、どうせ最終的にはやらなければならないことだ。もし忘れでもしたら……とんでもないことになる。辱めを受け、皆に顔向けできなくなってしまう。想像しただけで恐ろしい。

 他にすることも特にないんだ。ベッドに横になってスマホの動画を見て過ごすのなら、できることは早めに終わらせて重荷を取っ払って楽になりたい。

 ここ数日、私にしては集中して宿題に取り組んだ。高校2年生になって苦手な数学もなくなったため、1年生の頃に比べて宿題はスムーズに進んでいる。分からないところはみっちーや叶恵に聞いたりなどして適宜進めた。

 玲華先輩は受験勉強で忙しいので、邪魔はしない程度に連絡を取っている状況だ。尚、時臣さんとの食事はまだ日程調整中である。



 テーブルに置かれているお茶に手を伸ばした。もう宿題の終わりが見えている。あと少しだ……。やればできるじゃん、私。

 去年は宿題を忘れた上に千夏先輩に数学の答えを全部写させてもらった。私たちは本当に悪い風紀委員だった。今思えば黒歴史でしかない……。これは墓場まで持ち帰ろう。なんて思いながら一息ついて窓の外を見る。陽気に照らされた木々から蝉が鳴いている。視線をずらし、窓の横にあるカレンダーに目をやった。夏休みはまだまだあるな。

 そして今日の日付の枠に書かれた赤字を見てハっとする。



「あ、やば。今日千夏先輩の誕生日じゃん!」



 慌ててスマホに手をかけた。

 千夏先輩の誕生日はカレンダーにあらかじめ書いておいた。朝一に誕生日おめでとうのメッセージを送ろうとしていたけれど、宿題に気を取られて今の今まで忘れてしまっていた。

 私は急いで文字を打ち込んだ。



『千夏先輩!

 お誕生日おめでとうございます!

 今年も良い誕生日になりますように!

 暑い日が続いているので熱中症には気をつけてくださいね。

 ぜひまた今度遊んでください』



 夏に生まれたから千夏だもんね。

 急いで打ったので少し端的になってしまった気がするけれど、言いたいことは書けた。こんなもんで良いだろう。



 危ない危ない……。

 机にスマホを置いて、再び宿題に向き合った。

 千夏先輩から返事が来たのはその数分後だった。



『熱意が足りない』



 画面を見て一瞬固まる。熱意って何……。

 らしいっちゃらしいけど、こんな返しされたの初めてなんですけど。

 私は再度文字を打ち込んだ。



『誕生日おめでとうございます!!!!!!!!!!!!』



 ハッピーバースデーと書かれたスタンプを連打する。

 どうだ! これで少しは伝わるかな……。



『記号やスタンプでかさ増ししてもダメよっ☆』



 ……かさ増し作戦失敗。

 でもじゃあどうしろというのか。



『熱意、伝えてるつもりなんですけど!!』



 送信ボタンを押す。

 まただる絡みされてるなぁ私。千夏先輩の面白がってる顔が目に浮かぶ。



『タメ口で祝って(=゚ω゚)ノ』



 タメ口……。



『えぇー。それは恐れ多いです……』


『いいからやるのです。さすれば道は開かれる』



 何の道だよ……。千夏先輩のタメ口要求は今に始まったことじゃないけれど、やっぱりなんかなぁ。たまに冗談交じりにタメ口っぽくなることはあっても敬語で癖づいてしまっているので今更変えるのは……。

 でもメッセージならまだいけるかな。この際、思い切って打ってみようか。

 よく考えながら文章を作り、思い切って送信ボタンを押した。



『誕生日おめでとう!

 廊下ですれ違ったりした時に

 いつも絡んでくれてありがとね。

 こうして今もメッセージを送り合える

 関係でいられることがすごく嬉しいよ。

 ちなっさんのいない風紀委員は寂しいから

 良かったらまた遊んで欲しいなー!』



 送ってからむず痒い気分になる。

 本当に送っちゃったよ……どうしよう。なんて返事来るかな……。



 その数分後に返信通知が来たので、ドキドキしてスマホを開いた。



『うへへー、やればできるじゃん未来!

 遊ぼう遊ぼう(*´з`)!

 いつ暇ー?』



 良かった……。本当にタメ口でも何も思わないんだね。

 もし千夏先輩と同年代だったら私たちの関係は今とは少し変わっていたりするのだろうか。いや、きっと変わらないだろうな。そんな感じがする。

 少しヒヤヒヤした部分はあったけれど、返事を見てポッと花が咲くように心が暖かくなった。



 千夏先輩が遊んでくれるようなのでそのまま日程を取り決め、夏休みの予定が1つ埋まった。この先は叶恵とみっちーと遊ぶ約束もある。

 カレンダーに予定をマジックで書き込む。穴埋め感覚でスケジュールが埋まっていくことに何とも言えない満足感を覚えた。女子高生、楽しめている感じ。宿題ももう直に終わるし、気分は晴れやかだ。

 今年の夏休み、去年よりも充実させるぞ! ガッツポーズを決めた。



 ――その日の午後。



 蝉の鳴く声に煽られ、少し息抜きでもしようかと襟のついた白シャツに短めの丈の黒いズボンとシンプルな服装に着替えをして、駅近をぶらぶら散歩することにした。



「暑い」



 せっかくの良い天気だしと思ったけれど外に出ると容赦なく熱気が襲いかかってきた。どこか冷房のあるところに避難したい。私は駅前のレンタルビデオショップに足を運んだ。ひんやりとしたエアコンの空気が汗を乾かす。そのまま店内を散策するが、見放題の動画配信アプリや音楽配信アプリが流行っていることも手伝ってかDVDやCDの棚を眺める人影は以前よりも少なくなった気がする。

 私もそれらをスルーしてゲームソフトが置かれている棚の前まで来た。「恋愛シミュレーション」と書かれた段には、イケメンや美少女たちがパッケージの中で微笑んでいる。恋愛ゲームは良い暇つぶしになるのだけれど、れいぴーから禁止令出てるしなぁ。

 特にやりたいゲームもあるわけじゃないし、他に何か暇つぶしできるものはないだろうか。



 行く当てもなく店内をぐるぐると回っていると、店の入り口に置かれている求人雑誌が目についた。何気なく手に取ってパラパラとめくって中を確認する。

 なに、バイトをする気なんてなかったけれどただの興味本位だ。もし私が働けるとしたらこの夏休みだけだし、高校生でもOKな求人なんてそもそもそんなないんじゃないかなと思う。



 実際、その通りでほとんどが長期のバイトの募集であった。短期で時給が良いバイトはあったけれど高校生にはできないものだったりと、私にも可能な求人なんてほとんどなかった。



「悔しいな……」



 千夏先輩だって去年は1か月限定でイベントのバイトをしていたわけだし、探せばあるんじゃないの?

 舐めるようにして隅々まで目を通して見てみると、なんとか1件だけ見つけることができた。



『週3、1週間からOK! 楽しいお弁当作り! 

 高校生でも大歓迎! 気軽に稼いじゃおう』



 1週間から大丈夫で高校生もいける求人。

 しかも場所も最寄りから近い……。仕事内容としては、弁当工場でベルトコンベアに乗せられて来るお弁当に、お惣菜を流れ作業でひたすら詰めていくというものだ。単純作業だしこれなら私でもできそう。



 うちの学校は校則は厳しいくせに、社会勉強だとかいってアルバイトの制限は設けていないし、アルバイトであれば寄り道扱いにもならないため、運動部に入っていない人は結構してたりする。



「社会勉強……か」



 どうせ暇だし、これを機に経験としてバイトにチャレンジしても良いかもしれない。お金を稼いでも特に使い道は思い浮かばないけれど、やってみる価値はあるんじゃないかと思う。

 うーん。例えばだけどバイトしたお金で千夏先輩の誕生日プレゼントを買うとかアリかも。よくジュースとか買ってくれたからその恩返しもかねて今度遊ぶときに千夏先輩に食事をおごるとか!

 日頃お世話になっている人たちのためにお金を使うの、良いかも。ナイスアイデアだ! ワクワクがこみ上げる。



 バイトを始めるためにはまず面接を受けて、受からなければならない。その際に必要な書類が履歴書である。よし、作ってみようか。

 手に取った求人雑誌は無料で、最後のページにはおまけとして履歴書がついていた。目を通してフォーマットを確認してみた。



「自己PRとか何書けば良いんだろう。あ、証明写真も必要なんだっけ」



 私はもうこの時点で面接を受ける気満々になっていた。

 証明写真、証明写真……。確か駅にボックス型の証明写真機があったはずだ。そこで撮ろう。



 店を出て少し歩いて証明写真機の前まで来ると、カーテンをめくって中に入り椅子に腰掛けた。ムワっとした空気が立ち込めている。あっつい。換気して欲しいな。

 撮影においては「美白モード」、「美肌モード」、「スリリングモード」などが選べ、モードによって値段が異なるようだ。



 ん……。待って。何、スリリングモードって。

 目を凝らしてみると、スリリングモードは通常の証明写真の価格の半額だった。米印がふってあり、そこには「こちらのモードをお選びになっても当社は一切の責任を負いません」と注意書きがある。



 いや、気になるじゃんこれ。

 通常の半額。裏があるに違いないし、名前からして嫌な予感しかしないけれどきっとここでスリリングモードを選ばなかったら、家に帰ってからも気になってソワソワしてしまうだろう。私は本能の赴くままにお金を入れてスリリングモードのボタンを押した。



『顎の位置が合うようにして椅子の高さを調整してください』



 女性の音声案内が流れる。

 言われるがまま椅子のレバーを引いて高さを調整した。



『画面中央に頭の位置を合わせてください』



 はいはい。

 画面を見ながら頭の位置を合わせた。



『顎を引いて背筋を伸ばしてください。撮影の準備が整いましたら中央にあるボタンを押してください』



 なんだ、スリリングモードとかいうから何かヤバいものを想像したけど案外普通じゃん。

 モニターの下には丸いボタンが3つ並んでおり、私はその中央のボタンを押した。



『それではカウントをします』



 おぉ、ついにだ。口角を上げて待機する。



『3、2、1……』



 シャッターが切られるかと思いきや、そこで音声案内は沈黙した。



 ……あれ。

 壊れたのかと思って立ち上がったその時――。



『の合図で撮影を始めます』



 フェイントやめて……。

 そのまま腰かけた。スリリングモードってそういうこと? ちょっとやっかいだな。

 私はそのまま待機した。



『それではカウントします。3、2……』



 そこで音声案内は途絶えた。



「ん……?」



 え、これもわざと?

 さっきも変なタイミングで止まったし本当は調子悪いだけだったりする……?

 色んな思考が頭の中を巡る。



「……」



 ボックス内を見渡してみる。特に何か変わったものがあるわけでもないしな。



『1…』



 音声案内が再び流れた。



「は、今!?」



 フラッシュが焚かれ、カシャっと写真を撮る音が聞こえた。



 唖然とする私をよそに画面にプレビューが表示される。

 そこには口を「ま」の字に開き、目を見開いている私が写っていた。

 「今!?」って言った時の「ま」の口だ……。



『撮り直しいたしますか?

 撮り直す場合は10秒以内に中央のボタンを押してください』



 撮り直すでしょ!

 こんなの履歴書に貼ったら人間性を疑われて面接で落とされてしまう。

 私は迷わず中央のボタンを力強く押した。



『撮り直しをするんだね! ボクに勝ったら良いよ!』



 いきなり画面にクマのぬいぐるみが表示されて音声案内の声色が変わった。



「ねぇ、誰なの!?」


『じゃんけんポンのリズムにあわせてボタンを押してね!

 それじゃあ、じゃんけん……』



 待って??? どのボタン押せばいいの!?

 私が把握しているボタンはモニターの下の3つのボタンだけだ。

 咄嗟に押し慣れている中央のボタンを押した。



 中央のボタンはどうやらグーだったらしく、クマはチョキを出している。



「……勝った?」



 どのボタンがグーなのかチョキなのかあらかじめ書いといてくれないと分からないじゃんか。何なんだよもう!

 撮り直しにじゃんけんで勝たないといけないなんて、どうかしてるけどスリリングモードだからしょうがないか……でもなんとか勝てて良かった。



 安堵していると、画面に映っているクマの笑顔が突如消え、画面が真っ黒になった。



『後出しをしたのでペナルティモードに変更します』


「はい!? ペナルティモードって何!?」


『ただいま写真をプリントアウト中です』


「え、撮り直し無理なの? ちょっと!? ねぇ!?」



 音声案内にガン無視される私。

 ほどなくして、照明写真がプリントアウトされた。



 手に取って見ると、私の眉毛はなくなっていた。



 口を「ま」の字に開き、目を見開いた眉なし女がそこには写っていた。



「くっそ!」



 丸めて無造作にバッグに押し込む。こんな写真使えるわけないだろうが!

 無駄にテクノロジー駆使して眉毛消してくるのやめろ!



『お持ちの携帯に写真のデータを転送いたしますか?』


「転送するわけないでしょ!! アホか!?」



 私には撮りなおす他に選択肢はなかった。企業戦略にまんまと引っかかってしまったんだ。ひどい目にあった。

 こんなふざけた証明写真機を開発する企業にお金なんて払いたくないけれど、他に思い当たる証明写真機がない。舌打ちしながら追加でお金を入れて「美白モード」を選択した。



 美白モードはいたって普通で、難なく撮影が終わった。

 写真を撮り終え確認すると、夏の暑さにやられ汗だくになった自分が写っていた。鼻と唇の間のくぼみには汗が溜まり、発光している。長時間ここに座ってたからな……最悪だ。



「汗だくと眉なしだったら、汗だくだよな……」



 証明写真にいくら使わなければいけないのか。汗だくの方が眉なしより幾分かマシだ。これで妥協しよう。

 私は帰宅後、汗だくの方の写真を履歴書に貼り、応募先に電話をするのであった。

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