11月
VS叶恵ストーカー
冷たい風が混ざってきた11月の頭。
「あーもう本当無理……。登下校の時が一番心不安定になる」
本日最後の授業である体育からの戻り道、校庭から校舎に向かう途中で叶恵は呟いた。
叶恵は相変わらず、元彼に付き纏われていた。最近だと最寄りの駅前で待機されていたりすることもザラだという。家の中では基本的に良い子にしていて、そもそも彼氏がいたことを親には報告していない叶恵はこのことを親に相談することができていない。周りに頼れる大人がいない状況なのである。
「大丈夫……?」
筋肉で引き締まった弾力のある背中をとんとんと叩く。
「怖すぎる……。ストーカーだしほぼ……ゲッ」
叶恵は口に手を当てて後退りした。
「ん……? あれは……」
校門の方に目をやると見覚えのあるツンツン頭の男が立っていた。夏休み前に見た叶恵の元彼である。まだこちらには気がついていない。スマホをチラチラと見ながら落ち着かない様子であることが伺える。
「何で学校まで来てんの、本当無理なんだけど……え、本当無理。無理すぎる」
「叶恵のストーカーってあの人?」
「そうだよ。私1回見たことあるから」
みっちーの問いかけに私が叶恵の代わりに答えた。
私たちは元彼に注意を向けつつ、気がつかれないよう叶恵を囲って歩いた。移動している間、無理、無理と絶句のあまり語彙力がなくなっていた叶恵。
終礼が終わり生徒たちは下校するが、叶恵は机に突っ伏していた。今日は陸上部もないので帰るだけだが校門前に元彼が待機しているため動くことができないのだ。
「どうするこの状況」
私とみっちーは幸いなことに今日は委員会の仕事がない。叶恵の近くの空いている席に座った。窓から校門の方を覗くが、まだいる。ずっと待ってそうだなこのままだと。
「校門通らないで帰る方法考えてたんだけど、中学の校舎に続く通路は今閉鎖されてるじゃん……? もうこれ空飛ぶしかないじゃんと思って。みちえもん、頭につけたら空飛べる秘密道具出して」
「道具は出せないけど、ヘリコプターとか呼べないかな? 屋上に来てもらうとかして。お金かかるかもしれないけど」
「いや、タクシーじゃねーからな? それにヘリコプターで下校とか頭おかしいだろ。どこの富豪だよ!」
「お金かかるかもしれないって言ったじゃん!」
「そういう問題じゃないんだよ! 第一、ここでヘリコプターなんか飛んでたら不自然だろーが!」
いつものやりとりが始まろうとしている中、私は握りこぶしを固めた。
「叶恵、ちょっと私行ってくる」
「……は? どこに?」
「叶恵の元彼のところ」
「え、やめてよ!」
「私こう見えて風紀委員だから。不審者はどうにかしないと」
「ちょっと、未来!」
「未来!」
2人の引き止めを押し切って私は校門に向かった。何か作戦を立ててから行くべきだったかもしれないけれど、私の身体は自然と動いていた。
叶恵の元彼はスマホをチラチラと見ながらイラついたような表情で校門前を行ったり来たりしていた。
「何してるんですか?」
叶恵を苦しめた元凶が目の前にいる。本当は今すぐにでもどこかに追い払いたいという気持ちは山々なのだが、気が立っている相手にそれを試みたところで解決には向かわないと思うので無難に声をかけた。
「あんたは……カラオケの時の……」
男は私に気がつくと口を開いた。カラオケで会った時のことを覚えていたようだ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
私の挨拶に応えてくれるあたり、まだ話を聞いてくれる見込みがあるかもしれない。最悪、警察を呼ぶつもりでいたがこれは最終手段だ。私だって大事にはしたくない。父に連絡がいくリスクを考えると……。制服のポケットに忍ばせたスマホを制服の上から軽く撫でた。
「叶恵を待ってたんですか?」
「そうだけど」
「ここは女子校だし、こんなところに男子が1人立ってたら目立つよ」
男は制服姿のままだった。私服ならまだしも、他校の生徒が何をしているんだと余計に目立つ。校門をくぐる生徒達は不思議そうに私たちのことを見ている。
「あんたには関係ねーだろ」
「関係あるよ、一応私風紀委員だから。不審者は取り締まらないといけない」
「誰が不審者だよ! 校舎には入ってねーだろうが! 俺はあいつと会わなきゃいけないんだよ! 関係ない奴は引っ込んでろ!」
男は声を張り上げた。不審者扱いするのはまずかったかもしれない。少し焦るが、ここで同調して言い返してはダメだ。こちらは冷静に対応しないと。
周りの生徒からの視線を更に浴びるのを感じる。風紀委員として大人な対応をしなくては……。
「会ってどうするつもりなの?」
「分からせてやるんだよ……」
「どうやって分からせるの?」
「……なんだっていいだろうが!」
「それで叶恵に手をあげたりするつもりなのかな?」
「そんなことしねーよ!」
「100%そう言い切れる?」
「……」
男は歯を噛み締めて沈黙した。鋭い視線で睨み付けられる。私を刺した男と同じ顔をしていた。いきなり部外者が現れて自分の行動を制御されるなんて、相当頭にきているのだろう。
自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。怖くないと言ったら嘘になる。けれど守らなきゃ。
「叶恵を傷つけないで……」
「……」
「お願いします……」
頭を下げた。友達が傷つかないなら何だってする。今の私にはそれができる精一杯のことだった。
「ちっ……。傷つけられてきたのはこっちだっての。なんで俺ばっかりこんな思いしないといけないんだよ……クソッ……」
男は顔をしかめて頭を掻き毟った。私が頭を下げたことで少し怯んだようだった。
校舎の方に目を向けると何人かの生徒に連れられて玲華先輩がこちらに向かってくるのが見えた。先程、男が声を張り上げたこともあって、驚いた生徒が真っ先に玲華先輩を呼びに行ったようだ。私も一応風紀委員なんだけどな……やっぱり頼りないのかな。先生より玲華先輩の方が生徒にとって信頼が深いのは分かるのだけれど、よりによってこのタイミングで……。
私は男と2人でもう少し話したかった。恐怖心もあるけれど、それ以上に話したいという欲求が何故か勝った。場所をずらした方が良さそう。
「ねぇ、ちょっと散歩しよう」
「お……おいっ」
私は男の手を引いて小走りで場所を移動した。意外にも素直についてきてくれた。
「今日学校はなかったの?」
「あったけど、6限サボった」
「サボったんだ、良いなぁ。私もサボりたい」
「……あんた風紀委員じゃねーのかよ」
「風紀委員だよ」
何気ない会話でその場を繋ぐ。仮にも叶恵の元彼だった訳だし、話の通じない人ではないという私の読みだ。まずは少しでも落ち着いてもらわないと、冷静に話もできないだろうから。
「どこまで行くんだよ、あいつが来るかもしれねーだろ」
「戻っても私よりずっと怖い風紀委員長が校門前で待ってると思うよ」
「ちっ……。じゃあここにいる理由ないから帰る」
「待って。ねぇ、何があったのか教えてくれないかな……」
不機嫌そうに舌打ちをすると、踵を返そうときたので男の腕を握る。
「どうせあいつから色々聞いてるんだろ。構うなよ」
そう言うと、腕を振り払われた。
「まぁそうなんだけどさ、あなたがどう思ってるのか知りたくて」
人は誰かに何かを話す時は自分のことを正当化する癖があるものだと思う。私は叶恵の話の中でしか彼のことを知らないけれど、彼から見える世界もきっとあるはずで……。
私がここまで彼と話したいと思うのは、叶恵を守りたいというのももちろんだが、私の手首を刺したあの男と面影が重なるからというのもある。あの場で玲華先輩に追い払われて解散するだけでは、何となく解決に向かわない気がしたのだ。
男が自己承認欲求が高いというのは話をしていてなんとなく分かった。だから、まずは彼の話を聞いてあげないといけない。
「どう思ってるも何も、あいつの為に尽くしてきたのにいきなり捨てられたんだよこっちは。どうせ叶恵は被害者面してんだろ。被害者は俺だっつーの!」
「捨てられたっていうのは、別れたいって言われたこと?」
「そう。おまけに着信拒否。訳分かんない。全部、全部叶恵に俺は捧げてきたのに、こんな仕打ちあんまりだろ……」
「そっかそっか。叶恵のことすごく好きだったんだね。それなのにいきなり拒絶されたら悲しいよね」
私を刺した彼も同じこと思ってたのかな。
「……あいつは俺のことなんて言ってんの。なんか聞いてる?」
私の会話の返しが良かったからなのか、男の口調は先ほどよりも落ち着いていた。なんとか普通に話せるところまで持って行けたかもしれない。
「分からないけど、うちの話を聞いて欲しいって言ってた。このまま別れちゃうのも叶恵にとっては本望じゃないのかも」
「どうせ聞いて欲しい話っていうのも別れ話だろ……ふざけんなよ……」
「私ね、叶恵みたいに一方的に男子を振っちゃって恨まれてシャーペンで刺されたことあるんだよね」
「シャーペン……?」
「うん。今どこで何をしてるか分からないけど、風の噂で少年院に入ったって聞いた」
「……へぇ」
男は歩きながら興味が無さそうにつぶやいた。
「まぁシャーペンじゃなくて包丁とかだったら私死んでたかもしれないし、それはしょうがないかもだけど……でも今思えば彼に申し訳ないことしたなって……あなたの状況を見てそう思った」
この男の肩を持つわけじゃないけれど、こんな事態になっちゃったのは叶恵にも少しは原因がある気がする。交通事故と同じように、どちらかが100%悪いとならないのは人間関係でもそうだと思う。
「待てよ、俺は刺したりなんかしない!」
男は焦ったように言い放ち、歩みを止めた。
私もそれに合わせて足を止める。
「本当? 叶恵に手をあげないって100%言い切れなかったでしょう?」
「いや、でも刺したりはしないから。だってそんなの犯罪じゃん」
「殴るのだって犯罪だよ。彼も後になって言ってた、最初は刺すつもりじゃなかったって」
「……」
「刺されるまでは私が悪かったんだよ。刺されるまではね。私が怒らせるようなことしちゃったから。でもね、刺された瞬間、皆が私のことを被害者で、彼のことは加害者だって言った」
私は彼に身体的ダメージを与えられたけれど、私だって精神的ダメージを彼に与えていたんだ。
でも、結局悪者扱いされるのは身体的ダメージを与えた方だった。
「俺が加害者になるって言いたいの」
「そうだよ。あなたは今、自分のことを被害者だって言ってたけど、怒りに身を任せてたら加害者になっちゃうかも。インターネットで調べたんだけど、未成年であっても一度犯罪を起こすと、どこかしらに記録が残るんだって。隠そうと思ったってどこかでバレちゃうって。1回やったことは消せないんだよ……」
「……はぁ。犯罪者呼ばわりすんなよ……」
「見てこれ」
私はリストバンドを外して袖をまくって見せた。
「うわ……。これ、その時の……傷?」
「そうだよ。もう2年くらい経つけど医者には一生残るって言われてる」
男は私の手首を見て顔をしかめた。
「この傷をね、まじまじと見る度にあの時のことを思い出して辛くなる。私でさえも辛いのに、刺した彼は今どんな思いをして生きてるのかなって思うよ……まだ恨まれてるんじゃないかって悲しくなることもある」
私は彼のことを恨んだりはしていないけれど、彼はどうなんだろう。
「やられたのはあんたの方なのにそんなこと思うのか」
「そうだよ……。結局傷つけた方も傷つけられた方もプラスの方向には進まなかった……。だからね、あなたと叶恵が2人共傷つかない方法って何かないのかなって今考えてた」
「もういいよ……なんかバカらしくなってきた」
「え?」
「……連絡先も消すし諦める。ムキになってた自分がバカみたいに見えてきた」
男はスマホを何やら操作している。
これは……なんとかなったのか。
「そっか……」
「あんたはさ……今彼氏いんの?」
「ううん、いないよ」
好きな人ならいるけどね。
「連絡先聞いていい?」
男はスマホでQRコードを表示させている。これを読み込むと男の連絡先が登録される仕組みになっているのだ。
「ごめん、うちの学校男女交際禁止だから男子には連絡先教えられないんだ」
ポケット越しにそっとスマホに触れる。君の出番は今回はなさそう。
「そんなの建前だろ?」
「私、風紀委員だから。校則は守らなきゃ」
「……んだよこんな時ばっかり」
男が頭を掻きながらため息を漏らすと、どこからか足音が聞こえてきた。音の方を見ると叶恵がこちらに走ってきていた。
「未来――!! はぁ、はぁ、はぁ……ここにいたんだ。心配した」
「叶恵……。ごめんね、ちょっと散歩してた」
「何もされてない? 大丈夫? おい、未来に何かしてたらぶっ殺すぞお前」
叶恵は私たちを探して走っていたようで息を整えながら、男を睨みつけた。
「大丈夫だよ。何もされてない。むしろ私に付き合わせちゃった」
「……叶恵。もう連絡したりしないから最後に少し話せないか」
男は叶恵に向き合った。叶恵はそんな力のない男の顔を見てギョッとした顔になる。
「……まじかよ。未来何したの」
「何にもしてないよ。……彼は話したいみたいだけど、叶恵はどうする?」
「……分かった。話す」
「じゃあ私はもう行くね」
「教室でみっちーがうちらの荷物見てくれてるから。未来、本当ありがとう、ごめん」
「私は何もしてないよ」
その後、叶恵と男は正式に別れた。もう友達には戻ることはないだろうけれど、これからお互い頑張ろうという前向きな別れになったそうだ。良かった。
翌日の叶恵の顔はすっきりしていた。私はただ2人の話し合いの機会を作ることに成功しただけで何もしていないのだけれど、少しは友達の力になれたのかと思うとそれが嬉しかった。
しかし――
『放課後に風紀室へ ――羽山』
玲華先輩の字で書かれた紙きれが私の机の上に置かれていた。
絶対、叶恵の元彼との件だ……それを察した私は1人固まっていた。
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