難攻不落の風紀委員長を落としたい
風丸
プロローグ
お金と愛情
人生はゲームだ。
画面上のRPGゲームにハマっている友達は遠くの方を見ながら「現実逃避できる唯一の娯楽だよ」なんて言っていた。勿体ない話だ。
人生という名の最高のクオリティのRPGゲームがあるにも関わらず、人が作り出した物語の中でしか娯楽を得られないなんて。
だってゲームの中でお金をたくさん貯めて経験値を積んで強くなって、地位と名誉を手に入れても、それは所詮小さなゲームの中での話。虚構の世界。結局はメインの人生ゲームを進めていかなければならないし、向き合わなければならない。
現実を放棄すれば、必然的に他のゲームは進められなくなる。だって死んじゃったらそれこそ本当のゲームオーバーなのだから。
どうせなら、この現実世界で色んなスキルをつけて、のし上がっていきたい。
自分という名の存在を他の誰かに知ってもらいたい、認めてもらいたい。
私がそう思い、人生という名のRPGゲームを本格的に始めたのは中学に入学した頃のことだった。
しかし、お金を稼ぐことには興味が湧かなかった。語学やITの知識、経済やビジネスについて中学の頃から理解を深めておくことは将来的な投資にはなるかもしれないが、特に欲しいものがあるわけではないし、特別良い暮らしを望んでいるわけでもない。誰かに尊敬されたり、羨ましがられたいといった欲望もなかった。
幼い頃に両親は離婚した。母の浮気が原因だった。そのまま母は浮気相手と再婚、私は経済的に安定している父に引き取られ、一緒に暮らしていた。
父は家にほとんどいなかった。仕事がとても忙しいようで、ほとんど会話という会話をしたことがない。いつも、ご飯代としてお金がリビングのテーブルに無造作に置かれていた。小学校、中学校にかけては給食が出たが、夜ご飯と朝ご飯を買わなければならなかった。
母はたまに会いに来てくれたが、再婚相手との間に子供ができると途端に頻度は減っていった。今では年に1度、誕生日におめでとうと一行のメールが送られてくるだけだ。
父は私が望めばなんでも買ってくれた。ゲーム、本、洋服、楽器。
高級マンションの最上階。ワインを片手に街を見下ろす父の姿が浮かぶ。私は眠い目をこすりながら、その後ろ姿をただ見ていた。その背中は遠かった。
父との共通点を探した。顔は似ていない。食べ物の好き嫌いは知らない。どんなことに関心があるのかも分からない。自分と父の繋がりが欲しかった。彼の子供である証拠が欲しかった。
父が休日の日に勇気を出して、声をかけたことがある。
「パパ、一緒にトランプしたい」
「悪いが仕事の疲れが残っててな。買ってあげたゲームに、トランプのミニゲームがついているはずだから、やってみると良い」
うつむきながら父に背を向けた。悲しかった。
私はただトランプをしたかったわけではない。父と一緒に過ごしたかった。それだけだった。多くを望んでいる訳ではない。ただ、一緒に同じ時を過ごして笑い合いたかった。繋がりを感じたかった。
けれど、まともに相手をしてくれたことはなかった。1人っ子なこともあり、話し相手はおらず、ぬいぐるみを抱きしめて寝る日々だった。望めば何でも手に入る生活だったけれど、ゲームや本は私を満たしてはくれない。
まるで父は一緒の家に住んでいる何でも買ってくれる「他人」のようだった。
中学に入学する頃には、こういうものだと割り切ることができていた。父に何かを期待しても無駄だということは、とうに悟っていたのだ。
私が中学を卒業する頃から海外赴任が決まっていた父は、一緒に来るかと尋ねた。断った。日本を離れる理由がなかったからだ。父に着いていくことで何か得られるわけではないと、その頃にはもう分かり切っていた。
マンションの最上階の部屋は私には広すぎたので、入学先の女子学院から近い小ぶりな部屋を借りて春から一人暮らしをすることになった。
お金には不自由のない生活を送れるよう、毎月のように私の口座には父からの仕送りが送られてくる。父がいてもいなくても、私の生活は変わることはない。
家政婦さんがいないので、一通り家事はこなせるようになったけれど、料理は作る気にはなれなかった。作ったご飯を家族と一緒に食べるような思い出の1つや2つあれば、もしかしたら自分も家で作ろうと思えたのかもしれないが、食事をすることは私にとっては生きるための作業のようなものだった。特に食に執着はないので、適当にスーパーやコンビニでご飯を買っては食べていた。
お金は私を満たしてはくれない。
父に愛して欲しかった。母に愛して欲しかった。抱きしめて欲しかった。他の家族が仲睦まじく過ごす姿をただ指をくわえて見ていることしかできなかった。誰かに好かれたい、愛されたい、認められたい。
そんな自己承認欲求の成れの果てに悪癖がついてしまった。
それは相手を落とすことだった。
中学から始めたゲーム。それは、ターゲットを決めては接触し、相手の好意が自分に向くように仕向けていくものだった。好意がこちらに向いたと分かったところでゲームはクリアだ。その先はない。好きでもない相手と愛を育もうとしたところで何も感じなかったから。だから新しいステージに進むだけだ。
きっかけは仲良くしていた男友達からの告白だった。自分を選んでくれたことが嬉しかった。自分に特別を求めてくれることがただ嬉しかった。後々、私はもっとこの「特別」が欲しいと思い始め、数々の男をその気にさせてきた。
こっちに気のない相手を落とすような難易度の高いステージはより燃えた。時間はかかっても確実に仕留めてきた。クリアが見えてきた時に感じる、あの満たされる感覚は忘れることができない。
小柄な背丈に、ぱっちりの二重に通った鼻筋、周りの誰もが美人と囃し立てる外見を生まれながらに持つ私としては、1人落とすことくらいは正直イージーモードだった。
笑顔を振りまきながら相手の目をじっと見つめるだけで大抵は落ちる。それでもダメならさりげなく相手の身体に触れれば良い。次第にこちらを見る視線に熱が入ってくるのが分かる。
これまで数々の男を手玉にとってきた。相手の好意を利用して自分の承認欲求を満たすだけの日々。もちろん、恨みを買うこともしばしばあった。中学2年生の頃に激昂した男子にシャーペンで顔面を刺されかけ、必死に手で庇い手首に傷をおった。たくさんの血が流れた。
鋭利なもので刺されたわけではないので、傷はえぐれ、病院で縫い合わせても長細く伸びる痛々しい傷跡は時間が経っても消えることはなかった。
その男子生徒は退学を余儀なくされた。今どこで何をしているかは分からない。
以降、私はその傷を隠すように右手に黒いリストバンドをつけて生活をしている。自分が相手の好意を弄んでいることには自覚があったから、この傷もしょうがないと腹をくくっている。男子生徒に対して恨みはない。でもこの最低なゲームを私はやめることができなかった。
学校から連絡が入り、仕事中に呼び出されて不機嫌な父は、私の手首の傷と、それが私の身体に刻まれるまでの経緯を知ると、高校は女子校へ行くよう強要した。
私が男と絡むと面倒なことになると思ったからであろう。それなりのコネがあるそうで、特に試験などを受けなくても入学させることができるという。名の知れた学校で、中高一貫校の進学校。素行の悪い生徒が少なく、平和に学校生活を過ごせる環境が揃っているそうだ。
女子校に行くことにはあまり気が進まなかった。一時的な欲求を満たしてくれるターゲットがいないのだから。私がやっているゲームは、食べ物と同じように、食べた直後は満足できる。しかし、次第にお腹がすくのと同じように渇望し、求めてしまう。食べ物にありつけず、ずっとお腹を空かした状態で過ごさなければいけないことは嫌だったし、何より女子に苦手意識があった。
中学の頃に男を散々たぶらかした私は、女子から「たらし」と嫌われていた。クラスの女子は私を避けた。1人でいる私を気遣うように男子たちがやってきて、それがさらに女子たちの反感を買う悪循環だった。
そんな自分が女子校でやっていけるのだろうか。不安が募る。
女子校への進学に反対しても、父は聞く耳を持たなかった。
もうこれが運命なんだと受け入れるしかなかった。男のいない環境で自分はこの先どうなっていくのか分からない。昼間は適当に学校で過ごして、夜になると夜道に繰り出す生活を送るはめになるかもしれない。そんな私を見て父はどう思うのだろうか。面倒事さえ起こさなければ、別にどうなったって構わないんだろうとは思うが、そう考えると更に悲しくなる。どこかで父に愛されたいとまだ願っているのかもしれない。
鏡の前で制服に袖を通した。
ひらひらとした紺色の可愛らしいセーラー服に赤いネクタイ。
共学だったらきっと男子たちが見惚れるだろう制服姿。
前髪をしっかり作って、髪の毛は内巻きに巻いて完成だ。
適当に買ってきたパンで朝食を済ませて、玄関のドアに手をかけた。
私の名前は、
今日は
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