問題児登場!? ⑤

『何を言うかだけでも教えてくれませんか…?』



 千夏先輩に渚の委員会のない日を送った後、追加でメッセージを打った。



『えー気になっちゃうー(*゚∀゚*)?』



 返信はすぐに来た。



『はい……1人で行くつもりなんですよね?(汗)』


『もちのろん(^з^)-☆! 

 逆に未来とか玲華がいるとこっちとしては

 都合が悪いんだよね(笑)

 まぁでもそんなに気になるようなら、

 近くで見ててもいいけどどっかの物影に

 隠れて存在感は消しといて←これ重要!』



 あぁ、どうしようか。たとえ許可が出たからといって人の話を盗み聞くというのは決して良いことではないと思う。しかし聞きたくないといったら嘘になってしまう。不安と期待の入り混じった気持ちである。



 千夏先輩は放課後に渚の教室に直接出向くそうだ。

 わざわざ出向かなくてもどこかに呼び出せば良いのに、とは思うのだがそれだと、察しの良い渚は何かと理由をつけて来ない可能性もあるし、万が一友達を連れてこられたら面倒だからと言っていた。



 当日は渚を連れ出して体育館裏で話すという情報をもらうと、ベッドに仰向けに倒れた。

 その日は私も委員会のない日で時間は取れる。私がいてもいなくても、千夏先輩のやることは変わらないんだ。やり取りを聞かずして、時間が過ぎ行くのをただ待つのは嫌だ。やっぱり私も行って話を聞こう。そう心に決めた。



 ――そして決行の日。



 終礼が終わるとすぐに私は教室を出て体育館裏に向かった。

 よし、まだ来ていない。自分の足音がはっきり聞こえるくらい体育館裏は静かだった。渚たちが来る前にどこかに隠れなきゃ。辺りを見渡し、隠れられそうな場所――死角に入り込むと腰を下ろして待機した。多分ここなら大丈夫なはずだ。

 まるでアクションゲーム。敵に見つかるまいと隠れているようなハラハラした気分になった。



 しばらく身を潜めていると足音が聞こえてきた。ハッとして息を殺した。誰が来たのか確認したいところだけど顔を出したらバレてしまうかもしれない。耳に意識を集中させる。



「なんですか、こんなところに連れてきたりして。告白だったりします? ドキドキしちゃうなぁ」



 渚の声だ……。ということは千夏先輩も一緒か。



「告白っつーか忠告かな。単刀直入に言うと玲華に嫌がらせすんのやめろって話」



 千夏先輩の声のトーンはいつもより低めだった。声だけでも分かるいつもと違う緊迫した空気に心臓がドキッと脈打った。



「はい? ……私が玲華先輩に嫌がらせですか?」


「そう」


「ちょっと待ってくださいよぉ。勝手に決めつけないでくれます? 私が玲華先輩に何をしたっていうんですか?」



 あくまで渚はしらを切っている。私が渚に直接こうして問い詰めてもきっと同じ回答が返ってくる。そんな時、私はどう返していただろうか。しどろもどろしていたかもしれない。

 千夏先輩はどう返答するんだろう……



「……全部知ってるけど」



 鎌かけるっていってたけど、そういうことか……。

 

 

「知ってる? 玲華先輩の被害は知りませんけど、私がやったっていう証拠でもあるんですか?」


「見た」


「何をです?」


「玲華のロッカーで悪さしてるとこ」


「私を見たんですか?」


「そうだって言ったら?」


「あはは! じゃあ人違いですよー! なぎ何にもしてないしー」


「本当かな?」


「そもそもなぎに似てる人なんてこの学院にはあんまいないですよね? 幽霊でも見たんじゃないですか?」



 ここまで聞いていて思った。この自信満々な様子、もしかして本当に渚はやってない……? 冷や汗が出てきた。この鎌かけが空振りに終わってしまったら、千夏先輩がただの悪者になってしまう。焦る……。



「ふーん。逆にやってないって証拠あんの?」



 私とは対照的に千夏先輩が焦っている様子はない。



「なんでそんな疑われなくちゃいけないんです? とにかく! ……なぎは手紙なんて入れてないんですから謝ってくれませんか? やってないのに勝手になぎのせいにして、さすがに酷すぎますよ」


「ん? どういうことかな」



 千夏先輩は声のトーンを変えずに返した。



「はい?」


「……ロッカーで悪さしてるって言っただけなのになんで手紙だって分かったの?」



 思わず声が出そうになるところを手で塞いだ。

 それは決定的な証拠を拾い上げた瞬間だった。



「あっ……いや……えと……ロッカーで悪さするとしたら手紙しかないんじゃないかと思っただけです……」



 明らかに渚の様子が変わった。やっぱり犯人は渚……?



「他の人に、玲華のロッカーに手紙入れるよう頼んだ。違う?」


「……違い……ます」


「違わないよね? バレバレだよ。手紙で嫌がらせした上に、他の人に罪を擦り付けるつもりだった?」



 人間観察力に優れている千夏先輩は人の表情やしぐさの変化に敏感だ。そんな千夏先輩がそう言っているんだから、もうほぼ渚がやったと考えて良いだろう。



「……うるさいな、何なんですか。千夏先輩は関係ないじゃないですか!」



 図星をつかれたからか、渚は取り乱している。



「んー、こう見えて玲華とは2年間一緒にやってきたかんねー? 友達が悲しんでたら放っとけないでしょ。玲華は優しいから仕返しなんてしないけど、こっちとしては黙って見てる訳にはいかないんだわ。だからさ、今後一切そういうことはしないでくんない?」



 渚は感情が昂っている様だが、千夏先輩の声のトーンはずっと一定だった。



「くっ……」


「はいって言えないなら、皆にこのことバラすよ?」



 自分が言われているわけではないのに、ゾクっと背中に何かが走ったのが分かった。……怖い。これ、言ったの千夏先輩だよね……?



「……っ!」


「人脈だけは広い方でねー。皆なぎっちのことヤバイ奴って目で見ると思うよ。この学院で居場所がなくなるのも時間の問題かもね。何もかも失っちゃうけど良いの?」



 木々に吹かれて遠くで騒めく音だけが聞こえる。しばらくの沈黙が過ぎた。



「……嫌がらせをやめれば良いんですか」



 渚は観念したのかぶっきらぼうに呟いた。



「うん。今後一切、他の人にも。風紀委員でしょ? やって良いことと悪いことくらい判断はつくよね? いつまでもガキじゃないんだからさ」


「……っ。はいはい、やめれば良いんですねやめれば」



 少し投げやりにやっているのかその言葉に感情は入っていなかった。



「納得いかないって顔してるね。なんで玲華に嫌がらせしたのか教えてよ」


「分かってるでしょう? 未来先輩の彼女だからです」



 予想はしていたけれど自分の名前が出てきて辛くなった。それは間接的に私のせいで玲華先輩に被害が出てしまったことを指しているからだ。



「玲華に嫉妬しちゃったの?」


「……そう……です」


「未来のことそんなに好き?」


「好きですよ……。本当何なんですか? そんなこと聞いて」



 千夏先輩は半ギレ状態の渚の返答を聞いてから、一息置いて口を開いた。



「嘘だなそれは」 


「……嘘?」



 ……どういうことだろう。



「なぎっちさー、あんなことしたら傷つくのは玲華だけじゃなくて未来だってこと分かってんの?」



 千夏先輩の口をからも自分の名前が出てきて息を飲んだ。



「……」


「玲華が嫌がらせされて、傷ついてんのは未来も同じなんだよ。なぎっちは自分のことしか考えてないじゃん。未来のことをまるで考えてない。それでいて未来のことが好きだなんて言えちゃうんだから、ちゃんちゃらおかしい話で笑える。

 まぁ分かるよ、人間自分が一番かわいくて当たり前だもん。でも未来のことが本当に好きだっていうんなら、もっと違うやり方があったんじゃないの?」


「違うやり方……ですか」


「人を好きになるのは勝手だしそれ自体は否定しないよ。つまりなにが言いたいかっていうとさ……」


「……」



 私は固唾を飲みながら千夏先輩が何て言うのかを待った。



「本当に好きなら正々堂々やれよ」


「っ……」



 口からハッと息を短く吸う音が聞こえた。



「そういうやり方してるうちは、なぎっちは土俵にも立ててないよ。本当に未来のことを好きな玲華にそもそも失礼じゃん」


「……玲華、玲華って……千夏先輩と玲華先輩ってそんなに仲良かったでしたっけ。……なんでそこまで玲華先輩のために行動できるんですか」



 渚の声は弱々しくなっていた。



「大事だからだよ。自分が大切にしてるものを傷つけられたら嫌なのと一緒」



 千夏先輩、やっぱり玲華先輩のこと……。

 全然性格の違う2人だけれど、そこには固い絆がある。それは私が1年生の時から思っていた。



「……いいな」



 渚はそんな言葉を呟いた。

 いいな……?



「……」



 渚からの意外な返しに千夏先輩も沈黙している。



「そんな風に思ってくれる人はなぎにはいないです。レズだから親にも認めてもらえなくて……。私も誰かに大事にされたかった。想われたかった。でもなぎが良いなって思った人はみんななぎのことを見てくれないんです……! おかしいですよ、こんなの。なんでこんな思いばっかりしないといけないんですか。ただ大事にされたいだけなのに!」



 渚は声を張り上げた。少し種類は違うけれど、自分と家庭環境に共通するものがあったことに衝撃を受けた。認めてもらいたい、大事にされたい、その気持ちは痛いほど分かる。やっぱり渚と私って似てたんだ……。

 渚は自分のセクシャリティーを1番の理解者であるべきはずの家族に認めてもらえなかった。それは存在自体を否定されるようなもの。とても辛いことだろう。今だから分かる。

 そう思うと渚をあからさまに叱りたいと思う気力が薄れてしまった。



「望んだって周りの環境は簡単には変わってくれないんだから、なぎが動くしかなかった。じゃないと不幸なまま! 一生不幸なまま! そんなの嫌なの! 嫌だった……! 人気者の千夏先輩には、なぎの気持ちなんて分からないでしょうね!」


「……」



 渚の荒い呼吸がその場に響いた。



「なんですか? 哀れすぎて言葉も出ませんか?」


「仮になぎっちがさ、玲華に同じことされたらあたしは玲華にもこうやって言ってたと思うよ」



 千夏先輩は一度ため息をついた。

 声のトーンは一気に柔らかく、優しいものになっていた。私の知ってる千夏先輩の声だ……。



「……っ!?」


「あたしにとってはなぎっちも大事だから」


「私が……?」


「うん、縁は大事にってね。まあ期間短かったけど一緒に風紀委員務めた中じゃん? さっきはちょっと怖い言い方になっちゃったかもしれないけど、あたしはなぎっちのことが嫌いで言ったんじゃないよ。話したら分かってくれると思ったから言った。

 本当に見放してたら問答無用であらゆる手を使って追い詰めてたと思うよ」


「千夏先輩……」



 渚の声はかすれていた。

 千夏先輩の言葉が相当効いたようだ。



「だからさ、もうこんなことしないでよ、頼むから」


「……ごめんなさい」



 少しの沈黙の後、渚は静かに謝罪した。



「謝るなら玲華にお願い」


「分かりました……」


「……ふぅ、良かった。うし、じゃあその言葉信じるかんねー? 

 あー安心したら喉かわいた。そこの自販機で何か買ってくるけどミルク多めの甘いコーヒーでも飲む?」


「なぎ、千夏先輩のことすごく良いなって前から思ってました。こうやって叱ってくれるのも全部、なぎのことを考えてくれてたからってことですよね?」


「ん? え……ま、まぁ……。で、コーヒー飲む?」


「しかもコーヒーまで……なぎが甘いの好きだってこともちゃんと覚えててくれてた。千夏先輩……」



 あれ……なんか風向き変わってる気が……。



「うおっ……」



 バサっと布が擦れる音が聞こえた。



「なぎに教えてくれませんか? 人を想う気持ちを」



 渚の甘えた声がする。

 え、これ千夏先輩……。



「えぇっ、そう来る??」


「千夏先輩って女の子イケますか?」


「は? ちょっ……お、落ち着いて!」


「なぎでも可能性ありますか?」



 カチっとターゲットを切り替えた音が私にも聞こえた。



「待って、待って。あたしノンケ、ノンケだから!」



 千夏先輩はあからさまに慌てている。渚にどのような絡まれ方をしているのかは分からない。というかあまり想像はしたくない。



「千夏先輩~! 好きでいてもいいですか? 今度は正々堂々勝負しますから!」


「あーえーと……あたしちょっと用事思い出したから帰るわー。うりゃ!」


「あ、待ってください! 駅まで一緒に帰りましょう?」


「電車乗り遅れたらまずいから急ぐねー?」


「待ってー!」



 2人の走る音がどんどん遠くなって行く。



 しばらくして人の気配が完全に消えたのを確認してから私は顔を出した。

 


 結局渚が犯人だったけれど反省したっぽいし、最後色々あったけど、これは解決したっていうことで良いんだよね……

 

 

 もう渚とは仲良くできないかもしれないって思っていたけれど、渚の背景を知って少し見方が変わった。私がこうして変われたように渚もきっと変われるはずだ。それを後押しできる先輩でありたいと思った。我ながら成長したなぁ。

 

 

『今日、聞かせていただきました!

 すごくカッコ良かったです、

 ありがとうございました! 

 今度改めてお礼させてください!』



 家に帰って私は千夏先輩にメッセージを送った。

 本当に今回の件は感謝しなくちゃ。なんか菓子折りでも今度渡そう。

 最後のくだりにはあえて触れなかった。そこは頑張って欲しい、うん。


 

 そしてその後――。



『お話したいことがあります。

 良い話です!電話できますか?』



 連絡をしたくてたまらなかった、あの人宛にもメッセージを打ったのであった。

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