第67話 さくらちゃんの家。

 大学の帰り道、迫中と一緒に駄弁りながら歩いていると、唐突にスマホがバイブした。


 電話ではない。


 LIMEのメッセージだ。


「誰からだ?」


「ん……赤坂から。何々……? 頼みがある……?」


「頼み?」


「何だろ? たぶん続けて送られてくるんだろうけど……」


 チャットルームを開きながら続くメッセージを待つ。


 10秒ほど経ってから、それは送られてきた。


「……え……」


「瑠璃の奴、なんて?」


「……なんか、今すぐさくらちゃんの家まで来てくれ、だと」


「……あ? さくらちゃんって、成が散々言ってる例の幼児?」


 問われ、頷く。


 赤坂から送られてきたメッセージには、住所も表示されてる。


 どうやらここがさくらちゃんの家らしい。


「……電車乗らなきゃだな……まあいいか。迫中、悪いけど今日はこの辺りで解散だ。また明日な」


「おう。また明日……って、そうはならんだろ。俺も連れてってくれ。そのさくらちゃんの家まで」


「は、はぁ? 迫中も来んのか?」


「どうせ明日の朝、俺もうたかた幼稚園行こうとしてたんだ。その時にさくらちゃんの顔も見ることになってたし、ちょうどいい」


「ちょうどいいって……。でも、初対面だろ? いきなり家行くのかよ」


「そこはお前が上手いこと話合わせてくれ。イケメンコミュ強の俺だ。ちょっとアシストしてくれたら後はもう余裕よ」


「そんな一筋縄にはいかないと思うけどな……」


 向こうにはもみじちゃんもいるだろうし……。


「大丈夫だって。ほらほら、瑠璃嬢も早く来てくれって言ってるんだしよ。行こーぜ、さくらちゃんハウス」


「……んー……まあいいけど……」


「いきなり楽しみなイベント到来だな。こいつはワクワクしてきた」


「一応赤坂に聞いてみるよ。迫中も行っていいか」


「おう、頼む。断るのは無しだぜ、って言っといてくれ」


「わかったよ」


 迫中のことをメッセージにして送る。


 少しして、赤坂から許可が出た。


 問題はないみたいだ。


「オーケーだと。じゃ、行くか」


「おう! っしゃ! 待っとけよ、さくらちゃーん! お兄さんが行ってやるからなー!」


「くれぐれも変な行動はしないでくれよ……?」


「そんなのしねーって。ほら、行くぞ成」


 少々の不安を抱きつつ、しかし頼もしさも感じながら、俺は迫中と一緒に指定された住所を目指すのだった。






●○●○●○●






 夕陽が沈みゆく中、俺たちは電車に乗り、歩いてさくらちゃんの家へ辿り着く。


 見事な外観と、庭に程よい木々が植えられている、綺麗な一軒家だ。


 ここにさくらちゃんともみじちゃんは住んでるらしい。


「いい家だな。こんなとこに住めるたぁ羨ましいぜ」


「だな。まあ、俺はそんなこと気にしてられる状態じゃないんだけど」


「おいおい、親友。緊張してんのか? 幼女の家だろ? もっとドーンと行こうぜ?」


「幼女だけじゃねーよ。厄介な女子中学生もいんだ。それはもう、すごく大人びてる、な」





「誰が厄介ですって?」





 背後から声がして、俺は瞬間的に後ろへ振り返る。


「も、もみじちゃん……!?」


 そこには、厄介女子中学生……ではなく、もみじちゃんが制服姿で立っていた。


 ギョッとして声を裏返らせてしまう。


「はい。もみじです。ちゃんと私の家まで迷うことなく来れたんですね。瑠璃ちゃん先生の杞憂でしたか」


「……?」


「瑠璃ちゃん先生、優しいから心配してたんです。あいつは方向音痴なところがあるから、もしかしたら迷うかもしれない、と」


「あ、な、なるほど」


 否定はできない。


 方向音痴のせいで何度かカッコ悪いところを晒したことがある。


「それで、瑠璃ちゃん先生自身が私の家の前まで出て、あなたを迎えようとしてたんですが、代わりにその役を私が買って出たんです。瑠璃ちゃん先生はあくまでもお客様ですから」


「そ、そうだったんだね。ありがとう」


「はい。感謝するのは当然ですね。当然ですが、よく私に催促される前に自分から言ってくれました。褒めてあげます」


「っ……。わ、わーい……」


 やりづらい子だ。


 作り笑いがただ苦しい。


「それで、そちらの方は? 変態のお連れさんということで、変態2号ですか?」


 おいおい……。


 頼む迫中。どうにかイラつかず、上手く対応してくれ。


 願う俺とは裏腹に、親友は笑って反応していた。


「はっはっ! 残念だったね! 俺は変態2号じゃないよ、お嬢ちゃん! 言うなれば、3号なのだ!」


「……は? 3?」


「そうそう! 1号は成だろ?」


「おい、ふざけんな」


 すかさずツッコむが、関係なしに続ける迫中。


「2号はなんと、君の言ってる瑠璃ちゃん先生なんだな、これが!」




「おい、ふざけるな!」




 突如2階の窓が開けられ、俺たちの方に向かって叫んでくる女の声。


 赤坂だった。


 チラッと見えたが、すぐ傍にはさくらちゃんもいる。


「バカなやり取りをしていないで、三人とも早く上がってこい。ご近所迷惑だろう?」


 ごもっとも。


 だけど……。


「一番近所迷惑行為してんのはあいつだろうにな……」


 俺の思っていたことを迫中が耳打ちしてくる。


 ただ、そこは地獄耳の赤坂だ。


 迫中を睨み付け、


「後で覚悟しておけ? 迫中?」


 この恐ろしさ。


 迫中はただ「はい」と言うしかないといった感じだ。


 俺たちは大人しくもみじちゃんに誘導され、家の中へ入り、2階の彼女の部屋へ案内された。

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