第40話 寡黙なじいちゃん

 父さんの運転する車に揺られること数時間。


俺たちは遂に兵庫県へ到着した。


 時刻は夕方の六時。


 高速道路を下り、下道を走り出してからはすぐに祖父母の家へ着いた。


「いらっしゃ~い! あなたが凪ちゃんねぇ~! あらあらまあまあ可愛いこと~! 私がおばあちゃんでちゅよ~、凪ちゃ~ん!」


 家の前の庭付近。


 そこへ父さんが車を止めて降車するや否や、ばあちゃんが待ってましたと言わんばかりに出迎えてくれた。


 さすがは俺の母さんの母さん。


 テンションが高いというか何というか……。


 ついて行けないものがある。


「ん……ん~! お、おばあちゃん~! く、くっつきすぎだよ~!」


 奈桐も奈桐で上手いこと凪(四歳児)に扮して可愛げのある嫌がり方。


 これを見たおばあちゃんはさらに凪のことをギュッと抱き締め、頬擦りしていた。


 なんか、こういうところ母さんに似てるよな。距離感の近さとか。


「ごめんね~、母さん。言ってた時間より少し早めに着こうかと思ってたんだけど、なかなか渋滞とかあってさ~」


「大丈夫。そんなことじゃないかと思ってたから。だいたい晴美、あんたの時間に対するルーズさは昔から変わってないし。ねえ、芳樹さん? 色々この子から話聞いてます。末永くよろしくお願いしますね~」


「あ、あぁ~、はははっ。はいっ。こちらこそよろしくお願いします。本当に」


 さっそく話を振られ、父さんは頭を軽く掻き、照れるようにして会釈した。


 ばあちゃんはニコニコだ。


 こうして俺たちが来たことで、やっぱり喜んでくれてるみたい。


「成ちゃんも! よく来たねぇ~! 何年ぶりだろ? 五年くらい?」


「勘弁してよばあちゃん。そんな経ってないって。二年ぶりくらい」


「あっははは! だってねぇ、もうドンドン男前になってくからねぇ! それくらい経っててもばあちゃんおかしくないって思った! 彼女はいるのかい?」


「さっそく過ぎません……? いないよ」


「ったぁー! 世間の女は見る目がない! こんな男前放っておくなんてセンス無しだよ! ダメだねぇ!」


 天を仰ぎながら嬉しいことを言ってくれるばあちゃん。それと、ばあちゃんに抱き着かれたまま、うんうん頷いている凪。


 二人の反応はいいのだが、その横にいた母さんは、いやいや、と手を横に振って呆れ気味。おい。ふざけんなマイマザー。


「しかしねぇ、四人ともよく来てくれたよ。さぁ、こんなところじゃ何だからね。うちにお入り。夕飯も作ってあるから」


 おぉ~、と四人して声を揃える。


 聞くに、色々とごちそうを作ってくれているらしい。さすがは母さんの母さん。


「家の中には厄介な頑固爺さんもいるからね。凪ちゃん、気を付けて? 芳樹さんも」


「おじいちゃん? がんこもの~?」


「あはは……。気を付けるだなんてそんな」


 首を傾げる凪と、苦笑いする父さん。


 凪……というか、奈桐に関してはじいちゃんのことを知っている。


 昔、何度か家族ぐるみで旅行に行った際、奈桐はじいちゃんとも話してた。


 中学生に上がってからは一度も会っていなかったが、奈桐が亡くなった時、じいちゃんは珍しく俺に声を掛けてくれた。


『思い切り泣け』って。


 無口だし、怖いしで、俺は正直じいちゃんのことが苦手だ。


 でも、この時だけはすごく優しく手を差し伸べてくれたような気がして、俺はその言葉を頼りにした。


 奈桐の死なんて、立ち直ることができるはずない。


 それでも、泣くことでどうにか自分が壊れていくのを防いでいた気がする。


 ある意味、じいちゃんは俺の恩人だった。


「はいは~い。おじいさ~ん。可愛い娘家族がやって参りましたよ~」


 家の中に入り、リビングのすぐ傍。


 テレビのある居間のソファにじいちゃんは腰掛け、新聞を広げて読んでいた。


 ちらりと俺たちの方を見て、すぐに視線を父さん、そして凪の方へ向ける。


 父さんは深々とお辞儀し、凪は「おじいちゃん」と可愛げのある声でじいちゃんを呼ぶのだが、


「……うむ」


 短い一言を発しただけで、また視線を新聞の方に戻してしまった。


 この無口っぷりは相変わらずである。


 母さんとばあちゃんは「やれやれ」と呆れ、俺はため息をついた。


 そして父さんに言う。じいちゃんはいつもこんなだから、と。


「あのねぇ、おじいさん? 晴美が新しい旦那さんと娘を連れて来たのよ? もっとこう、歓迎してあげたらどう? それに、夕飯も出来てるからこっちへ来なさいな」


「……うむ」


「うむ、って。そればっかじゃんお父さん。尻の穴から卵でも産むつもり? うむ、うむってさ~」


「おいおい……」


 吹き出す凪だが、今度は母さんに対してげんなりした。


 いくら何でも下品過ぎでしょこのおばさん。この場で「尻の穴」とか堂々と言うなよ……。


「……」


 ツッコミどころは多いものの、とにかくそうやって皆から誘われ、じいちゃんはテーブルの上に広がっている料理の元へ来る。


 ばあちゃんと母さんはまだ何か言いたげだったが、とにかくじいちゃんも卓の前に揃ったんだ。


 各々椅子に座り、テーブルを囲んだ。


 いただきますの挨拶をし、夕飯に興じ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る