第41話 深夜の会話

 ばあちゃんの作った夕飯はどれも美味しかった。


 和、洋、中、色々なものが大皿に載せられていて、それを各々好き勝手に取っていくオードブル式。


 懐かしいもんだ。


 昔、俺が小さい時、いとこや親戚、それから奈桐と一緒にこの家に集まった時も、ばあちゃんの料理の出し方はいつもこうだった。


 来る前は『面倒くさい』とか思ってたけど、来てみれば俺も楽しんでいる。


 皆でする会話も楽しかった。


 母さんと父さんの馴れ初めを改めて聞いたり、酒の入ったばあちゃんがドンドン突っ込んだ質問をしていって、それを面白おかしく父さんが答えたりしていく。


 そこには笑いがあって、確かな家族としての温もりを感じた。


 ……感じたんだが……。


「はっはっはっ! それでですね――」


 口を大きく開けて笑う父さんを、俺は斜め横からそっと眺める。


 この人は元々いた奥さんを亡くし、それで母さんと結婚した。


 悲しみを乗り越え、凪を育て、今度は俺の父親でもあろうとしてくれている。


 いったいどれだけ強いんだろう。


 俺には到底真似できない。


 大切な人を亡くし、二度と会えないままに立ち直るなんてこと。


「……ほら、成。これも食べろ」


「……! じいちゃん……」


 ぼーっとしていた俺を心配してくれてか、左横にいる凪を超え、俺にエビフライが三本載った皿をくれる。


 戸惑う間もなく、俺はそれをぎこちなく受け取った。


 食べ始めると、じいちゃんはそれを見て、表情も何も変えぬまま、また大人しく一人でビールを口にする。


 凪はそれを見て、ニッと笑み、じいちゃんに抱き着いていた。


 揉みくちゃにされるが、じいちゃんはこれまた表情を変えず、凪にされるがまま。


 やめろも何も言わない。


 不思議な光景だ。


 不思議な光景だけど、嫌そうではなかった。


 そういえば、と思い出す。


 昔、奈桐とじいちゃんは仲が良かった。


 何でかはわからないままだったけど。






●〇●〇●〇●






 夕飯を終え、俺たちは寝るまでの時間をそれぞれに過ごした。


 父さんは凪と二人で何やらトランプをして遊んでいて、母さんはばあちゃんと二人になってコーヒーでも飲みながら語り合っている。俺は一人でソファに座ってテレビを眺め、じいちゃんはその横で何も言わずに新聞を読んでいた。


 そうして、時間が過ぎて風呂に入り、俺たち四人家族は和室で布団を敷き、そこで寝ようということになった。


 じいちゃんとばあちゃんは、いつも通り二階でベッドだ。


 にぎやかだった家の中も、寝る時間になって静かになる。


 明日が早いというわけでもないが、ダラダラ遅い時間にも起きられない。


 早いところ寝て、翌日に備えよう。


 ……そう思っていたのだが。




「……寝れねぇ……」




 慣れない寝床だからか、それとも興奮状態だからか、原因はわからない。


 俺は、まったくと言っていいほどに訪れない眠気に耐え兼ね、ゆっくりと布団から起き上がる。


 で、なるべく音を立てず、和室を出た。


 場所を変えよう。


 リビングに行き、何となくコップにミネラルウォーターを入れ、それを一気に飲み干す。


 テレビでも見てやろうかと思ったが、音を立てると誰かが起きてしまうかもしれない。


 それだけは避けたかった。




「……夜空でも見るか」




 そんなことだから、下した決断は、空いている一階の和室から一人で夜空を見上げること。


 これなら音も立てないで済む。


 次第に眠たくもなってくるかもしれない。


 そうと決まると、すぐに件の部屋へと向かった。


 真っ暗な畳張りの部屋。ここも和室と言っていいだろう。


 小さい頃は、何となくこの部屋が怖かったっけな。


 暗くてがらんとしていて、何も置かれていないのが不自然で、不気味だった。


 今はその何も無さが逆に心地いい。


 俺は電気も付けず、障子扉を開け、真っ暗な中、そこで適当に大の字で寝転んだ。


 窓から見える夜空には、輝く星々が見える。


 田舎はこれがあるからいい。


 星空なんてちゃんと見たのはいつぶりだろう。


 何も考えずにぼーっとそれを眺め続けた。


「…………………………」


 時計も何も無い空間だ。


 あるのは外から聴こえる虫の鳴き声だけ。


 目を閉じた。


 目を閉じると、不思議なもので、そこにはいつだって奈桐が現れる。


 俺の中で見る奈桐は、いつだって少し離れた場所から俺へ手を差し出してくるんだ。


 俺はそれを追いかけ、彼女の手になんとか触れようとするんだけど叶わない。


 どうしてなんだろうか。


 凪がいて、その中には本物の奈桐がいる。


 奈桐は俺のために生まれ変わってくれた。


 それですべては解決したはずなのに。


 俺の中で、あの夏のことを未だに消化し切れていないのかもしれない。


 凪は凪で、奈桐は奈桐だから。


 そう誰かから言われてるみたいだ。


 それが苦しい。


 目を背け、耳を塞いでいるけれど、その言葉を頭の中で反芻させるたびに嫌な気持ちが生まれる。


 ……凪は奈桐だろ……。


 強引な言葉でそれをかき消し、俺は頭を掻いた。


 ダメだ。眠気がまた引いてしまった。いつになったら眠くなる。


 そう思った矢先だ。




「……何だ。起きてたのか」




 心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。


 俺は飛び上がるように上体を起こし、部屋の出入り口を見やる。


 そこにはじいちゃんが一人で立っていた。


 噴き出た嫌な汗を拭う。


 本当にやめて欲しい。びっくりさせないでくれ……。


「じ、じいちゃんか……。一瞬幽霊か何かかと思った……」


「………………」


 ここに来ても安定の無言。


 無言だけど、何を思ったか、じいちゃんはそのまま部屋の中へ入ってきて、俺の隣にドスっと腰を下ろす。


 隣合って座るような形になった。


 俺は少し戸惑う。


「……寝れないのか?」


 戸惑っていると、じいちゃんが問うてきた。


 珍しい。


 俺は少しの間の後、軽く頭を掻いて答えた。


「……まあ、そんなとこ。何でかはわかんねーけど」


「……考え事か?」


「考え事…………いや、どうなんだろ。考えないといけないことが無いわけじゃないんだけどさ」


「……新しい父親ができたんだ。それはお前も色々と考えるだろ。家族が増えるなんてことは……環境が変わるってことだ。環境が変われば……それもまた悩みの種になり得る」


「……どしたんだよ、じいちゃん? なんかえらい喋るな。深夜なのに」


 怪訝そうに俺が問うと、じいちゃんはこっちを見やってきた。


 で、まったく顔は笑ってないのに、鼻で「ふっ」と笑ってる形だけ作る。


 そして、続けた。


「成。お前、誰かに褒めてもらったか?」


「……? 褒めてもらった、か? 何それ? どゆこと?」


「奈桐ちゃんが亡くなった。それでお前は落ち込んだ。深く。深く」


「まあ、それは……。てか、何で急に奈桐?」


「褒めてもらったか? 立ち直れたこと」


「いやいや、俺の問いかけは無視ですかい」


 まったく。


 じいちゃんは昔からこういうところがある。


 相手からの質問を無視して、自分の質問を続けざまにしてくる。


 けど、それが今は嫌じゃなかった。


 じいちゃんが話しかけてくれるのは珍しい。


 質問自体も一言こっちから言いたいものだったし。


「褒めてもらってはないかな。あと、じいちゃん。じいちゃんは勘違いしてる。俺、奈桐の死から立ち直れてないよ。未だに」


「……そんなことはない」


「そんなことあるって。だって俺――」


「あの子は、奈桐ちゃんなんだろう?」


 時が止まったような感覚。


「……え?」


 俺は頓狂な声を出していた。

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