第42話 新婚旅行だと思って

「あの子は奈桐ちゃんなんだろう?」


 電気を付けていない暗い部屋。


 俺とじいちゃんは並んであぐらをかき、見つめ合う形で座ってる。


 そんな状況の中、とんでもないことを言われた。


「……え……?」


 俺は思わず頓狂な声を出してしまう。


 疑問符を浮かべ、ゆっくりと首を傾げた。


「……ど……どういうこと? 何でそう思うの?」


「何で、か。何でかって聞かれたら、そいつは直感だとしか言えないな」


「か、隠さないでくれよ。何でそう思うのか、ちゃんと教えて欲しい」


 追及すると、じいちゃんは咳払いした。


 続けてくれる。しゃがれたままの声で。


「直感なんだよ。直感。お前に新しくできた四歳の妹は、仕草から言葉遣い、佇まいまで全部奈桐ちゃんだ。わかるんだよ」


「は、はぁ? でも、凪は――」


「何なら、仮に成があの子の立場であったとしても、じいちゃんは見極めることができる」


「……?」


「成、お前が死んじまってな、四歳の子どもに生まれ変わった。それでじいちゃんの前に正体を隠しながら現れたとしても、必ず見極められる」


「……なんで……?」


「決まってる。お前たちのことをずっと傍で見てたからだ」


 夜闇に目が慣れてきた。


 窓から見える夜空を見上げながら喋っていたじいちゃんだったが、気付けば俺のことをジッと見つめている。


 そういえばそうだ。


 改めて思い出す。


 じいちゃんは、俺が話しかけた時、寡黙なくせにいつだってジッとこちらを見つめてくれていた。


 それは奈桐が話しかけても、だ。


 俺と二人。今日は何があったか、色々な話をじいちゃんにした。


 朝起きて、テレビを見ながら。

 外遊びから帰ってきて、何があったかリビングで。

 夏の風が吹き抜ける和室で、昼寝をしながら。

 ばあちゃんの包丁の音が聴こえる、夕暮れ時の家の中。


 そのシーンごとに風景が思い出された。


 開いたままだった口を塞ぎ、唾を飲み込む。


「……じいちゃん……」


 呼ぶと、じいちゃんは昔から変わらない返しをしてくれた。


「何だ? 面白いことでもあったか?」


 つい、軽く笑みを浮かべてしまう。


 照れくさくなるも、俺は頷いてさらに返した。


「凪は奈桐だよ。間違いない」


 俺が静かに言うと、じいちゃんは咳払いをしながらこちらを無言で見つめ、やがてまた視線を窓の外へ投げた。


「やっぱりだな。不思議な話だ」


「俺もそう思う。生まれ変わりなんてものが現実にあるのか、って」


「まあでも、神様はたまによくわかんねぇことするもんだ。わかんねぇ、わかんねぇ、って先のことが見通せない人間に言わせてな、結局あとになって『あぁ、あの時のあれはこういう理由があったんだな』なんて思わせる。そんなもんなんだよ」


「けど、失った奈桐は戻ってこない。奈桐は今、凪になってる」


「……そうだな。奈桐ちゃんは亡くなっちまった。それは変えられない現実だ」


「父さんも、奈桐の両親だって、簡単に受け入れられないと思う。行きの車の中で言いはしたんだけどさ」


 俺が言うと、じいちゃんは「ほぉ」と小さな声で感心するように言う。


「そいつは、芳樹君にか?」


 頷く。そして返した。


「事実を伝えるだけ伝えて、そこから先はちゃんとまだ腹を割って話せてない。……たぶん、色々複雑に考えてると思う。自分の娘の意識が、前世で俺と付き合ってた十五歳の女の子だなんて、簡単には受け入れられないだろうから」


「……そうか」


「でも、父さんは大人だ。母さんと結婚する前の奥さんを病で亡くしてるし、思うところはあるはずなのに、冷静に俺と会話してくれた。明日か、明後日か、またどこかのタイミングで俺はその話の続きをしようと思ってる」


「……」


「それが俺のやるべきことだと思うから」


「……そうだな」


 呟くように言って、じいちゃんは一つ息を吐く。


 ため息とか、そういうものじゃない。


 座ってる体勢に疲れたのか、眠たくなったのか、一度伸びをした。


 それからあくびもする。どうも眠たいらしい。


「寝る? 俺に付き合って起きててくれなくてもいいよ?」


「気にするな。寝たいわけじゃねぇ」


 本当だろうか。


「成、もしもだ」


「……?」


「もしもまた、凪のこと皆に話してな、全部上手いこといったら、お前もう一回じいちゃんのとこ来い」


「え」


「凪連れてな。二人でだ」


「え、えぇ!?」


 えらく急な話だ。


 俺が驚いたのが面白かったのか、じいちゃんは珍しく笑った。「ふふ」と鼻でではあるが。


「お前が言ったんだからな、これくれぇ小さい時によ」


 手で高さを表すじいちゃん。


 いつくらいに何を言ったんだ俺は。


「奈桐と結婚するから、その時はじいちゃんも式に呼んでやる、ってな。男なら約束くらい果たせ」


「い、いやいや、約束果たせって! 式もしないし、奈桐はまだ結婚も何もできないからな!? 四歳児なうえに、付き合ったりするってなるとこれまた父さんや母さんの許しが必要になってくるんだから!」


「それくらいわかっとる。だから式はいい。せめて二人でじいちゃんとこ来い」


「それもまあ……奈桐に言ってみないと……」


「いい。絶対だ。男と男の約束だぞ?」


「え、えぇぇ……」


「連れて来んかったら、じいちゃんは死んでお前の枕元に立ち続ける。わかったな?」


「それも困るんだが……」


「じゃあ連れて来い」


「はいはい……わかったよ……」


 強引に約束を取り付けられてしまった。


 まあいいか。


 奈桐はたぶんこの誘いを飲んでくれる。


 すべてが上手くいった後だ。


 その時、今度は二人でここへ来よう。


「……それがお前らの新婚旅行だよ……」


「……ん? じいちゃん、今なんか言った?」


「いや、何も。じゃあ、じいちゃんそろそろ寝るぞ。お前も早いところ寝てしまえ。明日に差し支えるからな」


「ん、う、うん」


「遅く起きたらばあさんが怒る。せっかく朝飯作ったのに冷める、とか言ってな」


「はは……変わらないな、ほんと……」


「変わらねぇよ。大切なところは何もなぁ」


 そう言って、じいちゃんは和室から出て行った。


 何も変わらない。大切なところは。


 じいちゃんの言葉を自分の中で噛み締め、俺は少しばかり一人で夜空を眺めていた。

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