第43話 あなたを信じてる

 翌日の朝。


 あてがってもらっていた部屋で、俺は一人目を覚ます予定だった。


 ――が……。


「おはよう……成くん……?」


 聴こえてきたのは、朝を知らせる小鳥のさえずりではない。


 いたずらっぽい、ひそひそとしたロリボイス。


 薄っすらと開いた目で布団の傍を見やると、普段のツインテじゃない、髪の毛を真っ直ぐに下ろした奈桐がニヤニヤしながら俺の横で寝転んでいた。


 呆れるように息を吐くと、奈桐は一人でクスクス笑い始める。


 なんとなくからかわれたように思えて癪だったので、寝返りを打ち、彼女を抱き締める。


「んにゃぁぁぁぁ……!」


 奈桐は悶えるような声を出し、ジタバタ暴れる。


 けれども、その暴れ方も本当に俺から逃れようとしてるようなものじゃない。


 もぞもぞするだけで、結局すぐに大人しくなった。


 抱き締められた形になり、二人して寝転んでいる。


「……おはよ。奈桐」


「もう遠慮なしなんだね。その呼び方」


「遠慮なしっていうか……たぶん誰も今他に聞いてないだろ……? 朝早いんだし、皆寝てるはず」


「残念でした。おじいちゃんとおばあちゃんはもう起きてます。おばあちゃんは朝ごはん作ってて~、おじいちゃんは新聞読んでた~」


「またかい。あのジジイは」


「そんな風に言っちゃダメでしょ? 昔はよく遊んでもらったのに」


 抱き締められたまま、奈桐は俺の体をペシペシ叩く。


 あまりにもコンパクトで可愛い。髪の毛もきめ細やかでサラサラしてて、昨日使ったであろうシャンプーの香りがした。思わず奈桐の頭に顔を近付けてしまう。


「……はぁ。最高。奈桐吸い」


「んぇぇ……!? な、何してんの、何してんの!? やや、やめてよ、恥ずかしいんだからぁ!」


「何も恥ずかしがることはない。頭もちっさくて髪もサラサラでいい匂いで……うぅぅ……かわいい……」


「っ~……! な、成……」


 髪の毛の間からひょっこり見えた小さい耳が赤くなってる。


 それもまた可愛くて、俺は朝から奈桐吸いを思い切り敢行していた。寿命が三年くらい伸びた気がする。


「……ねぇ、奈桐?」


「……もぉ……何?」


「じいちゃんさ、なんか凪が奈桐だって気付いてたみたい」


「へぇ、そうなんだ。それはよかったね――って、え!? 嘘!?」


 驚いてちょっと声が裏返る奈桐さん。


 それが面白くて、俺はちょっと笑ってしまった。


「ほんと。びっくりだよな」


 言うと、奈桐はもぞもぞしながら、


「びっくりってレベルじゃないよ! 驚きだよ! 何でバレたの!?」


「びっくりも驚きも同じ意味だとは思うんだけどね」


「そんなの今はどうでもいいの! 何で!? どうして!? おじいちゃん、何で私が奈桐だって気付いて……!?」


「さあ。何でだろうなぁ?」


「もう! もったいぶらないで教えてよっ! おじいちゃんから理由とか聞いてるんでしょ?」


「……もふもふ」


「うぅぅ~……! す、吸わなくていいからぁ!」


 むぎゅっと頬をつねられる。さすがにこれは痛い。


「おーけー、話す。話すから手離して。痛い。痛いよ奈桐」


「じゃあそっちから離れて。いったん真面目に教えて」


「はい。了解でございます」


 言われた通り奈桐をハグから解放し、布団の上で正座する。奈桐も正座していた。本当にちんまりしてて可愛い。また抱き着きたくなるも、なんとか我慢。


 一瞬手を出しかけ、奈桐も警戒するように構えた。落ち着け。会話を進めなければ。


「えー、こほん。では、言います。どうしてじいちゃんが凪を奈桐だと見抜けたのか」


「うん。もしかして、エスパーか何か?」


「ノンノン。そんな大層な能力じゃない……けど、これはある意味大層なのものなのかもな。よくよく考えれば」


「何? どんなこと?」


「うん」


 俺は頷いて続けた。


「ずっと見てたからわかるんだってさ。俺のことも、奈桐のことも」


 奈桐はゆっくりと目を見開く。


「ほら、小さい頃ここに来た時さ、俺たちいつもじいちゃんと話してたろ?」


「……うん」


「で、じいちゃんは俺たちの話をいつだって真剣に聞いてくれてた。何か面白いことでもあったか、なんて聞いてくれてさ」


「……うん……うん。そうだったね」


「だから、話し方とか、雰囲気とか、俺たちのことなら手に取るようにわかるんだろうよ。それでわかったんだって。凪が奈桐であること」


「……」


「俺も言われたよ。お前はあの時に比べたら随分元気になったな、って」


「あの時っていうのは……」


「奈桐が亡くなった時だよ。たぶん、その時のこと言ってる」


「……っ」


「だろうな、って返しといた。はは。まあ、そりゃそうだよな。あの時と今とじゃ全然だ。だって、当の本人が目の前にいてくれるわけだし」


「……成……」


「というわけで、じいちゃんにはもうお見通しってわけ。ばあちゃんが察してるのかはわからんけども、いずれバレるだろうよ。……ってか、バラす。バラして、それを理解してもらわないといけない」


「……うん」


「芳樹父さんと、奈桐の父親、守さん、陽子さんにもな」


「……」


 無言のまま、奈桐は俺の方にゆっくり近付いてくる。


 ……で、何をするのかと思いきや、俺の両手を取り、それを自分の体に巻き付けるように持って行った。


「……あの……奈桐……?」


「……」


 また俺が奈桐を抱き締めるような形だ。


 でも、今回はさっきと少し違う。


 奈桐は、俺に対して「抱き締めて欲しい」とばかりに自分の体へ俺の手を回したのだ。


「……成のこと……信じてる」


「……え……?」


「私の大好きな、頼りになる幼馴染の男の子だもん。信じてる、成」


 ――全部上手くやってくれるって。










【作者コメ】

着々と終わりに近づいて行ってます。最後までしっかりと駆け抜けます。

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