第44話 遭遇

 朝。


 目を覚ました俺は、凪の姿をした奈桐と少しばかり会話し、寝室から出た。


 リビングに行くと、朝食のいい匂いと、料理をしている音がする。


 奈桐の言った通りだ。


 ばあちゃんは朝食を作っていて、じいちゃんはソファに座って新聞を読んでる。


 昔から知ってる光景。


 懐かしさを感じつつ、俺は二人に挨拶した。おはよう、と。


「おはよ、二人とも。朝ごはんもうできてるからね、食べちゃいな~」


 もうできてるのか。


 絶賛料理中って感じだけど。


「ほら、座って~? 凪ちゃんもね~、仲良しだねぇ~、朝からお兄ちゃんと手繋いでるの~」


「うんっ」


 座るように促され、俺と奈桐はテーブルに付いている椅子へ腰掛けた。


 新聞を読んでいたじいちゃんも無言のままにこっちへ来る。


 いつも通りのしかめっ面。


 昨日の夜、ベラベラ俺に喋ってたじいちゃんはどこへ行ったのやら。


「お父さんとお母さんは? まだ起きてこない?」


 味噌汁椀に口を付けようとしていた俺に、ばあちゃんが問いかけてくる。


 俺は手を止め、簡単に答えた。


「起きてると思う。部屋から話し声が聴こえてきたし、そろそろ下りてくるんじゃないかな」


「あらそう~? まったくねぇ、もう。部屋で何してるのやら。早く下りて来ればいいのに」


「別に変なことはしてないと思うけどね、こんな朝っぱらから……。てか、嫌な想像させないで。一気にご飯がマズくなるから」


「ねぇ、凪ちゃん? 凪ちゃんも気になるよねぇ? パパとママ、いったいお部屋で何してるのかなぁって」


「気になる~。凪、見てくるよ~?」


「見て来てくれる~? 変なことしてない~? ってね~」


「してないから! 凪も行かなくていいです! お兄ちゃんと一緒に朝ごはん食べましょう!」


 普通に大きめの声でツッコんでしまった。


 こんな朝っぱらからそんなことしてるわけないし、万が一のことがあったとして、奈桐を部屋に向かわせるのはいくら何でも悪意があり過ぎる。奈桐もなんでそんなノリノリで行こうとしてるのか。もう本当にやめて欲しい。


「ったく……。ばあちゃん、凪はまだ小さいんだから。その辺理解してよほんと」


「小っちゃい、ねぇ」


「……?」


 何か意味深な言い方だ。


 追及はしないが、怪訝な思いでばあちゃんを見やる。


 見やったところで、リビングの扉が開いた。父さんと母さんが入って来たのだ。


「おはようございます。お義父さん、お義母さん」

「お。美味しそうな朝ごはん。さすがお母さん。てか、成も凪ももう起きてたの? 早いねぇ」


「おはよ~! おとうさん、おかあさん!」


 元気に凪は挨拶する。


 で、その後俺の方をチラッと見てニヤッと笑った。


 何が可笑しいのか、このムッツリスケベめ。どうやらさっきばあちゃんに言われたお願いの意味は理解してたらしい。


 わざとだ。俺を困らせるため、わざと部屋に行くことを買って出たんだ。


「おはよ、二人とも。ほら、朝ごはん食べちゃって? あったものでしか作れなかったけどね」


「いえいえそんな。こんなに豪勢な朝食はなかなか食べられないです。ねぇ?」


 なんて言って母さんの方を見る父さんだけど、


「私も普段割と頑張って作ってるけど?」


 母さんは何でここで張り合うようなことを言うのか……。


 父さんは慌てて頭を掻き、苦笑しながら訂正。晴美も、と付け加えて。


「あっははは! さっき成たちと言ってた通りだね! あんたら、ほんとに仲良いみたいだ!」


 ばあちゃんが大きな声で笑うと、母さんはわざとらしくムスッとしながら父さんのお腹を突いていた。


 父さんはそれを受け、照れ隠しのように苦笑する。


 なんというか、まあ……親のイチャイチャを見るのは非常に何か苦しいものがあった。


 そりゃ、不仲なのに比べたら全然いいんだけど……うん。きつい。きついので、しょっぱい卵焼きを口に運んだ。美味しい。


「それで? 今日の予定は? せっかく家に来てもらったわけだけどねぇ、残念ながらここでできることは限られてるよ。どこか遊びにでも行くかい?」


 ばあちゃんのセリフに、父さんがすぐさま反応した。


 焼き鮭をほぐしていた手を止めながら、だ。


「それ、晴美さんともさっき話し合っていたんです。家にいるのもいいけど、お義父さんとお義母さんを連れて皆で遊びに出掛けようって」

「ショッピングモール行かない? 皆で出掛けるのってあんまりないし」


 父さんと母さんの提案はどうやら悪いものでもなかったらしい。


 じいちゃんとばあちゃんは一度考えるように宙を見つつ、すぐに頷いていた。


「いいじゃない。ちょうど色々買いたいものもあったし。凪ちゃんにもなんか買ってあげるわ」


「え! いいの、おばあちゃん?」


「うん。いいわよいいわよ~。何でも買ったげる」


「やったー!」


 幼女の真似も板についてきたもんだ、奈桐。


 まあ、ここにいる人たちで本当のことを知らないのはばあちゃんだけなんだが。


「ばあちゃん、俺には? 俺も可愛い孫なんだけど?」


「そうね~。よしよし。凪ちゃん、何が欲しいかばあばに言ってみな~? ん~?」


 この待遇の差である。


 普通に調子よく頭撫でられて終わった。


 なんか俺にも買ってよ、ばあば(涙)


「お昼前くらいには出ようと思ってる。ご飯はモールで食べようよ。二人ともそのつもりでいてね?」


 母さんの言葉にじいちゃんとばあちゃんは了承する。


 モールに行き、その後は街の観光名所を回ろうって話になった。


 会話の中で色々と思うことはある。


 けれど、皆の前ですべてを話すなら今日だ。


 昼でも夜でもいい。


 静かに、落ち着いたタイミングで皆に話したい。


 奈桐のこと。


 俺がどうしたいかってこと。


 それできるなら、たとえばあちゃんに何も買ってもらえなくたっていい。


 奈桐の存在を認めてもらうこと。


 凪に対しての理解。


 全部がそろって、ようやく俺は気持ちを晴れさせることができる。


 自分の気持ちを晴れさせるために、父さんたちの思いを無いものにしてもいいのか。


 そういう考えにもなるけど……そういうわけじゃない。


 とにかく、話すなら今日だ。


 今日しかない。


 俺は一人心の中で決め込み、朝飯を食べ終えるのだった。






●〇●〇●〇●






 昼になり、話していた通りショッピングモールへ着く俺たち。


 買い物をして、美味しいものを食べて、俺は案の定何も買ってもらえなくて。


 奈桐に一抹の羨ましさを感じ、指をくわえながら歩いていると、だ。






「あれ……な、成君……?」






 俺の名前を呼ぶ人。


 振り返ると、そこには奈桐のお父さん――守さんが立っていた。

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