第45話 頭の上に手を置く
「え……!? な、成君!?」
「ま、守さん!?」
何気なく父さんや母さんたちについて歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこにはいるはずのない男の人の姿。
奈桐の実父、雛宮守さんが立っていた。
すぐに場が騒然とする。
「あれ!? 守くん!? 何してんのこんなとこで!」
ショッピングモールの中だというのに、母さんは一際大きい声で守さんの名前を呼んで驚く。
周りにいた人は俺たちの方をチラッと見て通り過ぎていくが、これがまた恥ずかしかった。
勘弁してくれよ母さん。
そんなことを思いながら軽く頭を抱えてしまうも、すぐにハッとする。
いや、ハッとしたのは俺だけじゃない。
驚いてでかい声を上げていた母さんもだ。
微妙な表情で苦笑いし、チラッと斜め下へ視線をやっていた。
その先にいるのは言うまでもない。
「……凪……」
俺がポツリと呟いた刹那、気付かないうちに守さんは俺の元へ歩み寄っていた。
ギョッとしてしまう。
が、すぐに肩へ手を置かれ、呑気にびっくりしている暇もない。
守さんが頭を下げてきた。
それに対しても俺はびっくりする。
「本当にありがとう、成君!」
「……え……!?」
「ありがとう! ありがとう! 葉桐のこと、本当にありがとう!」
「え、えぇぇ!?」
これもまた往来の場で声が大きい。
母さんに負けず劣らずの声量で守さんは感謝の言葉を口にする。
――葉桐ちゃんのこと。
驚くものの、それを聞いて察した。
色々と。
「君に会って、葉桐はあれから外に出られるようになった! 奈桐が亡くなってから、ずっと心に傷を負ったまま苦しみ続けていたのに!」
「……べ、別に俺は……」
「ありがとう! ありがとう! ありがとうありがとう! 本当に……! ほんとう……に……!」
「……!」
守さんは泣いていた。
泣きながら、俺に縋りつくように言葉を紡ぐ。
俺は何も言えなかった。
そんなことない。
俺なんて何も力になってない。
全部葉桐ちゃんの力だ。
そう言おうとしたのに、ただ押し黙って奈桐のパパを見つめるだけ。
そっと奈桐……いや、凪の方を見ると、すぐに目が合った。
仕方ない、とばかりに微笑する何とも言えない表情。
あんなにどうしようか、と考えていた自分の父親が急遽目の前に現れ、俺の肩に縋って突然泣き出したんだ。
こんな顔にもなるか。
でも、もう少し一緒に感動して欲しかった。
せっかくなんだし。
「……守君」
「……!」
その場にいた皆が俺と守さんの方を見つめていたところ、一人しゃがれた声で名前を呼ぶ人がいた。
じいちゃんだ。
その珍しさを知っているからか、俺を含め、母さんやばあちゃん、守さんまでもが少し驚いていた。
うつむき、泣いていた守さんはすぐに顔を上げ、頭を何度も下げる。
「す、すいません
それがじいちゃんの下の名前だ。
「……いい。お前さんの性格は知っとるし、今さら気なんて使って頭を下げるな。何があったかくらい想像はできる」
「え、ええ……すいません」
「謝るな、と言っただろう?」
「は、ははは……」
「まったく」
仕方なさそうに息を吐くじいちゃん。
守さんは頭を掻いて苦笑い。
「それで、今日は兵庫まで何をしに来た? 一人か? 陽子さんと葉桐はどうした?」
「あ、一緒です。兵庫旅行に行こうってことになってたんですが、まさかどうしてっていう感じで」
そうだったのかよ。
一言も聞いてなかったぞ、葉桐ちゃんから。
「このショッピングモールも、葉桐が行きたいって言い始めたから来たんです。僕はもっと観光地を巡りたかったんですが、生き生きした娘を見るのも久しぶりだったもので、つい」
「……ふむ」
「で、でもよかった! こうして皆さんとまた会えるなんて思ってなかったですから! 葉桐が言わなかったらこんなことにもならなかった。娘に感謝してます。本当にありがとう、って」
そっと凪の方を見れば、にこーっと意味ありげな笑みを浮かべている。
まさか、だ。
葉桐ちゃん、もしかしてさっそく生まれ変わったお姉ちゃんと口車を合わせていたんだろうか。
凪のこの反応を見るに、どうもビンゴくさい。
けど、大丈夫なのか、とツッコみたくなった。
久しぶりに実の父親と会うのに、こんな急な再会で。
「晴美さんもご再婚おめでとうございます。挨拶が遅れてしまって申し訳ない」
「あ、う、ううん! 気にしないで! ていうか、そんな堅苦しい挨拶もいらないよ、守くん! もっと軽い感じできて? 昔みたいにさ!」
母さんの言葉に、「そういうわけには」と苦笑しながら首を横に振る守さん。
目元はまだ赤い。
その姿がどうにも健気で、こっちまでウルっときてしまう。
大変だったのは葉桐ちゃんだけじゃない。
この人もなんだ。
「どうも、よろしくお願い致します。私、雛宮守といいまして……」
「ええ。話は伺ってます。橋木田になりました、橋木田芳樹です。よろしくお願い致します」
守さんと父さんが互いに頭を下げ合う。
まだ何も知らない守さんはともかく、父さんの胸中はいったいどんなものか。
想像したくないけれど、想像してしまう。
きっと、それは言葉にできない複雑さが渦巻いているように思えた。
「……それで、お嬢ちゃんが確か……」
言いながら、守さんは凪に歩み寄る。
凪と同じ目線になるためしゃがみ込んだ。
俺はフォローするように口を挟む。
「凪。橋木田凪。四歳だよ。幼稚園に通ってる」
「……うん。凪ちゃん、だね。はは……本当にそっくりだ。葉桐の言う通り」
守さんは、当たり前のように自分の手を凪の頭の上へ持って行った。
表面上は赤の他人。
皆が何も知らなければ、その行為はどこか不自然ささえ覚えるだろう。
中年のおじさんが他人の子どもの頭を気安く撫でるなんて。
でも、誰も何も言わない。
何も言えなかった。
「…………おかえり……とか、そういうことは言うべきじゃないのかな? ……ははは」
じんわりとした熱が目の奥から滲む。
あんなに何ともない感じでいた凪も、この時ばかりは真剣な顔をして、遠慮しながら言葉を返す。
「ただいま」と。
【作者コメ】
走ります。ラストまで。
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