第46話 私の人生がリスタートする時
守さんとのまさかの遭遇は、全部奈桐と葉桐ちゃんが仕組んだ罠だった。
すぐ後で葉桐ちゃんは一緒にいた陽子さんを連れ、俺たちの元へやって来る。
奈桐……いや、凪を見た陽子さんの反応は、迫中と少し似ていた。
立ち尽くし、手に持っていたカバンをその場に落とす。
ここまでは一緒だ。
けど、違ったのはその後。
無言のままに凪へ歩み寄り、しゃがみ込んで目線を同じ高さに合わせる。
そして、何も言わないまま小さい体を抱き締めた。
包み込むように、ギュッと、見ていてもわかる力強さ。
その抱擁は、普段おっとりしている陽子さんからは考えられないくらいに思いが篭もっている。
それから、彼女は涙声で呟いていた。
「ごめんね……ごめんね……」と。
その言葉は、きっと凪に向けられたものだ。
『あなたは何も知らないただの幼い女の子なのに、他人の私がこんなにも抱き締めてしまってごめんね』
意味としては、たぶんこういうこと。
陽子さんは、まだ凪の中に亡くなった自分の娘がいるとは知らないはず。
助けられなかった奈桐に対しての『ごめんね』ではないと思う。
既に葉桐ちゃんが暴露していれば話は変わってくるのだが。
「……葉桐ちゃん」
そこにいた彼女へ俺は声を掛ける。
葉桐ちゃんは、俺が何を言おうとしていたのか、すぐに理解したらしい。
何も言わずに頷いた。
言いたいことは通じてる。
まだ奈桐のことについて何も話していないらしい。
守さんと同じだ。
「凪ちゃん、ごめんなさい。びっくりしちゃったわよね? いきなりおばさんが抱き締めちゃったから」
「……ううん」
凪は首を横に振る。
それを見て、陽子さんは優しく、泣きそうにしながら微笑み、小さい凪の頭を撫でる。
実の母親なんだ。
4歳の頃の奈桐を思い出していてもおかしくない。
はち切れそうなほどの思いを抱えていることは、想像に難くなかった。
「陽子ちゃん、久しぶりねぇ~。元気にしてたかい?」
ばあちゃんに話し掛けられ、陽子さんはいつもの優しい表情で受け答えする。
いきなり凪を抱き締めてしまったことを謝りながら、父さんと母さんにも挨拶していた。
久しぶり。
皆がそう話し、会話が繋がっていく。
気付けば、ショッピングモールの道の片隅で、親同士、大人連中が話で盛り上がり、亜俺たちは子ども勢は蚊帳の外になった。
けど、それでいい。
俺は、凪と葉桐ちゃんの三人で固まり、目配せするところからやり取りを始める。
「なんで俺に言ってくれなかったのかねぇ、お二人さん?」
俺がわざとらしく言うと、凪も葉桐ちゃんもチラッと目を合わせ、やがてクスクス笑う。
「成お兄ちゃん、知らない? ドッキリって基本的に誰にも言わないから成立するんだよ?」
「いや、残念ながらその言葉の意味は知ってるんだな。問題はなんで俺にドッキリを仕掛けようとしたのかって話だよ、葉桐ちゃん」
「それは、ねぇ?」
言いながら、視線を右下に持っていく葉桐ちゃん。
そこには、言うまでもなく凪がいて。
「成のびっくりする顔が見たかったから、だよね?」
「「ねぇ~?」」
俺はもう、一人で頬を引きつらせるしかない。
苦笑いだ。
「成。けど、そろそろだね」
凪が……じゃない。奈桐として、凪が俺に言ってくる。
俺は軽く首を傾げた。
何がそろそろなのか、と。
「何って、決まってるよ」
「……?」
「私の人生がリスタートする時」
「え……?」
かっこよくウインクしようとしながら言う奈桐だけど、それが全然できてない。
両目を閉じてしまい、完全な失敗だけど、まるで恥じることなくそれを何度かする。
俺はもう疑問符だ。
いや、言いたいことはわかるけど、リスタートって言葉を使う理由がなんとなくわからない。
「リスタートって、要するにアレだよな? 雛宮奈桐(15)の人生がまたここから始まる、みたいな」
「うん。そんな感じ。正確に言えば19歳だけど」
「……えらくあっさりしてるな。あれだけ今のお父さんの気持ちを考えて色々渋ってたのに」
「お父さんとはもう喋った。二人きりで」
「……え?」
完全な新情報。
俺は目をぱちくりさせる。
「橋木田凪じゃなくて、藤堂凪でもない。雛宮奈桐として、芳樹お父さんと昨日の夜話したの」
「き、昨日の夜……? マジか……」
俺がじいちゃんと喋ってた時だ。
あの時、奈桐も起きてて父さんと喋ってたらしい。二人きりで。
「ちょ、ちょっと待って。いったいどんなことを? 何を話したんだよ? 聞かせてくれ、細かく俺にも」
焦るように俺が言うと、葉桐ちゃんが待ったをかけてくる。
あまりがっつかないで、とのこと。
ここに来てもシスコンを発動させる妹様に、俺も白旗だ。本当にこの子はお姉ちゃんのことが好きらしい。まあ、俺も奈桐のことは大好きなんだけどもね。負けない。
「じゃあ、成? 見せたげる。葉桐のタブレット端末で会話録音してたから」
「え、えぇ……? 録音してたの……?」
「うん。ほらほら。もっとこっちに来て? 聞かせたげるからね」
「う、うん」
向こうにいる親たちをチラッと見て、俺は小さい奈桐に体を寄せた。
葉桐ちゃんは頬を膨らませて嫉妬し、やがて一緒になって体を寄せてきた。
三人でぎゅうぎゅうになりながら、録音したものを聞く。
俺は、色んな意味で心臓をバクつかせながら、そのタブレット端末から出る音に耳を澄ませるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます