第47話 後押し

 ショッピングモールの中。


 人通りの多い場所で、俺の親や奈桐の両親、それからじいちゃんとばあちゃんたちは、色々と話に花を咲かせている。


 その隙を見て、まるで幼い時代に戻ったかのように、俺と葉桐ちゃん、それから小さな体をした奈桐は三人で身を寄せ合い、タブレット端末を囲んでいた。


「なあ、奈桐……? なんか大丈夫か……? タブレット持ってるけど、重たくない? なんだったら俺が持つよ……?」


 一番小さいくせに、一番偉そうにして大きなタブレットを抱えている奈桐。


 それがどうにも健気でついつい声を掛けてしまうが、心配は無用だった。


「成、今その呼び方はダメだって。お父さんとお母さんいるんだから」


「そーそー。気を付けてよ、成お兄ちゃん。私、まだお姉ちゃんが小さくなったことお父さんとお母さんに言ってないんだよ?」


 二人から一斉に口撃を受ける。


 タブレットが重いのも大丈夫らしい。


 まあ、本人がそう言うならいいか。


 俺はとりあえず奈桐の身長に合わせてしゃがみ込んだ。


 それを見て、葉桐ちゃんもしゃがみ込む。


「じゃあ、音声流すよ? 周りうるさいけど、ちゃんと聞いてね?」


「なるべく努力はしてみますよ」


 言って、俺は奈桐の持ってるタブレット端末に手を添え、耳を澄ませる。


 葉桐ちゃんは何か言いたげだったけど、呆れるような微笑を浮かべ、何も言わずタブレットに耳を澄ませた。


 雑踏の中、微かに、しかし確かに聞こえてくる奈桐の声と、芳樹父さんの声。


 二人の会話は本当に何気なく始まった。


 親子であり、他人であり、血のつながった父親と娘の会話。


 けれど、そこにはどこかよそよそしさがあった。





『お父さん。私、本当は19歳なんだ』





「……っ」


 聞こえた奈桐の声に、つい生唾を飲み込んでしまう。


 父さんはどんな言葉を返すか。


 そう思っていると、奈桐が笑み交じりに続ける。


『15歳の時に死んじゃって、今4歳だから19歳。私には前世の記憶が残ってて、そのままなの。だから名前も――』


『知ってるよ。雛宮奈桐ちゃんって言うんだよな?』


 父さんの声。


 いつも通り穏やかで、けれどもそのうちに確かな活力が感じられる、不思議な声だ。


『話は成君から聞いてる。凪の意識は前世の女の子そのもので、成君と幼馴染であり、恋人だった子のものが引き継がれているんだってね』


 奈桐は何も言葉を返さない。無言だ。


『聞いた時はびっくりしたし、信じられない気持ちだったけど、どうも本当みたいだね。凪……いや、君のそのセリフで信じなきゃって思えた。ごめんね。疑ってしまって』


『謝らないで? 謝らないでよ、お父さん』


『いいよ。大丈夫だ。無理に「お父さん」なんて呼ばなくてもいい。君には本当のご両親がいて、本当の人生がある』


『っ……』


『亡くなってもなお、こうしてまた巡り会うくらいだ。君と成君は、運命の赤い糸ってやつで繋がっているんだよ』


『……』


『たとえ理不尽で引き離されたとしても、神様が引き会わせようと画策するくらいには、ね? だから、お父さんの……いや、僕のことは気にしなくていい』


『……』


『勘違いもしないでいい。これは僕が機嫌を損ねて君を突っぱねているわけじゃないし、投げやりになっているわけでもない。心底から思っていることなんだ』


『……』


『大切な人とまた出会えてよかったね、って』


 無言だった奈桐は、何か少し喉を鳴らして、それから何か言おうとする。


『でも、お父さん。私は――』


 言いかけていたところで、父さんは奈桐の言葉をさえぎって笑った。


『そもそも、凪としてね? 2歳とか、3歳の時に「あれ?」って思うこと自体はあったんだよ。この歳でこんなこと普通でできるもんなのかな? とか、そういうこと結構あったよ』


『……っ』


『僕の娘は天才か、とも思ったりしたけど、その謎がようやく解けた。うん、何だ、やっぱりそういうことだよね、って。そりゃそうだ。「引っ越しがしたい。海の見える場所に」なんて言う2歳児がいてたまるもんか。あの時は僕、焦ったよ。えええ、って!』


『お父さん……』


『うん。それからね、あんなこともあったなぁ。3歳の時は――』


 凪との思い出を一つ一つ語りながら、一人で楽しそうに笑う父さん。


 奈桐がほとんど無言だったり、相槌を返すだけに終始していたのは、きっと何を言えばいいのかわからなかったからだ。


 俺が奈桐の立場であったとしてもこうなっていた。


 ただ、胸が痛い。


 本当に、どうしてこんな告白をしなければならないのか。


 答えは出ているけれど、だからといってそれを無条件に肯定するのも違った。


『産まれた時はね、目元が母さんにそっくりだと思ったんだ。ぱっちりしていて、けれどその内に秘められた優しさを感じる。美人さんになるだろうな、とは思ったよ。でも、それ以上に優しい子になるだろうな、と思った。僕からすれば、それが一番嬉しかったんだ』


『……』


『だから……ね……はは……うん。何て言うのかな……』


『っ……』


『あ……ははは……ダメだな。なんかダメだ。思い出し始めたら……どうしたって自分の娘だとしか思えなくなる……』


『お父さん……』


『凪……君は……お母さんによく似ててね………………本当に…………ほんと……に……』


 続く言葉はない。


 代わりに、鼻をすする音が聞こえた。


 父さんは泣いている。


 奈桐はいったいどんな気持ちで芳樹父さんと相対していたんだろう。


 胸がギュッと苦しくなって、俺は父さんから凪を取ってしまったような気持ちになって。


 ただ、歯を食いしばっていた。


 やっぱり、待っていたのは悲しいだけの現実なんだろうか。


 俺は――


「おい、三人とも。こんなとこで固まって何しとる」


 俺と奈桐と葉桐ちゃん。


 三人が一斉にすぐ真上。


 声のした方へ視線をやる。


 そこにはじいちゃんがいた。


 じいちゃんが一人で俺たちへ声を掛けてくれる。


「……こっちへ来いなぁ。飯、食べに行くってぇよ」


 言われ、父さんたちの方をさらに見やると、皆がそろって手招きしていた。


 こっちへ来い、と言っている。


「飯なぁ、別のとこへ行くみたいだ。ここからはもう出る。何も思い残すことはねぇか?」


 じいちゃんの問いかけに、俺たちは揃って頷く。


 それからすぐに問うた。なら、ご飯はどこで食べるのか、と。


「懐かしい場所だってぇよ」


「懐かしい場所……?」


「ああ。お前らが昔よく遊んでた、懐かしい場所で飯食べる」


 俺は首を傾げ、すぐにそれがどこなのか気付く。


「森の中のレストラン、か」


 じいちゃんは頷いた。


 そして、こんなことを言ってくる。


「そこで全部話せ。皆がいるところで、全部な。成」

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