第48話 あなたの娘
昔、俺と母さんは、兵庫のじいちゃんの家に帰省する時、よく奈桐の家族を誘っていた。
その理由に関してはよくわからない。
俺が物心つく時には、帰省のたびに奈桐たちがいたし、母さんもそれを当たり前だと思っているようにも見えた。
そんなだから、じいちゃんとばあちゃんも、奈桐たちの相手をするのは慣れたものだ。
全くの他人ではあるけれど、まるで親戚のように仲良くしていた。皆で色んな場所に行ったのを思い出す。
その中で、特によく行っていたのが、今いるレストラン。
森の中にあって、まるで某有名映画の『ト』から始まるでっかいアレと遭遇してしまいそうなほど、緑に満ち満ちた場所にぽつんと立っている。
店主も自分の店がどう思われているかわかってるようだった。
看板には、苔むした木板で【トトロロの森】と書かれている。
もう隠す気なんてどこにもない。
いっそのこと、その最後の『ロ』を取っ払ってしまえ、とも思うけど、大人の事情でそれはできないんだろう。難しいもんだ。
――ただまあ、そういうわけで。
俺たちは今、このトトロロのレストランで懐かしさに浸りつつ、会話を楽しみながら食事している。
母さんと父さんが結婚したってのが主に話題の中心だけれど、皆が皆、本当に話したいことを胸の内に秘めている。
そんな雰囲気がわずかながら伝わってきた。
「けれど、本当におめでとう晴美ちゃん。またこうして一緒に食事ができてすごく嬉しいわ」
「ありがとう、陽ちゃん。今日はもう飲み食いしまくりましょ。私の奢りだから」
「あはは……あんまりハメは外し過ぎないようにね……?」
苦笑いしながら言う芳樹父さんの後に続き、ばあちゃんが「そうよ!」と続く。
「バカなこと言ってるんじゃないの。陽子ちゃん? 奢りならばあばがするから安心しな。晴美にここの支払いは無理だよ」
「はぁ!? 舐めないでよ、母さん! こう見えても私は食堂を一人で切り盛りしてる女将で――」
「一人じゃねえだろ? 成もいる。なぁ、成? お前も手伝ってんだろ?」
「何言ってんの父さん! 成なんておまけよ! 私の力! 私の! ね、芳樹? 芳樹は私の作ったお弁当を食べて一目惚れしたのよね~?」
「は、晴美……? そろそろお酒控えた方がいいんじゃ……?」
「まだよ! 全然飲んでないし! 何? 私がこれだけの量で酔ってるって言いたいの? 全然そんなことないんらからー!」
「おいおい……」
げんなりする。
この割と洒落た雰囲気の漂うレストランでガチ酔いするおばさんが一人……。
赤の他人を装いたいくらいだ。俺は息子でも何でもないです。
「……成。ん」
「……?」
頬を引きつらせていると、隣に座っていた凪がお子様用のフォークで生春巻きを刺し、俺の取り皿にそれをよそってくれた。
「ああ。ありがと、なき……じゃなくて、凪」
「……。うん。いいよ。私にも何かくれる?」
「え。あ。お、おう。えーっと……」
「あの一口コロッケが欲しい」
「おー、了解了解」
言われ、コロッケに箸を伸ばす俺。
だが、非常に一言物申したかった。
『凪、幼児の真似とかしなくていいのか?』と。
この喋り方と雰囲気じゃ19歳の奈桐だ。
ハキハキしてて大人びてる。
守さんと陽子さん以外全員正体を知ってるからって、遠慮が無さ過ぎやしないだろうか。
俺はこれからすべてを語ろうとしてる。そこに揺るぎは無いんだけども。
「……ほいよ、凪。一口コロッケ。熱いぞ。お兄ちゃんが割ってあげるからな?」
「うん」
「ほれ。皿出して」
箸でコロッケをつまみ、凪の方へ持っていく。
皿を差し出してくれるよう言う俺だが、実際に凪がとった行動は思っていたものとまるで違った。
皿じゃなく、凪は顔をこちらへ寄せ、
「はむっ」
まるで「あーん」をされてるかのように、差し出しているコロッケをぱくりと食べた。
全員の視線がこちらへ向く。
俺も俺で、困惑が隠せない。
思わず頓狂な声を出し、疑問符を浮かべてしまった。
「な、奈桐さん……?」
無意識だった。
無意識のうちに自分で言い、俺はハッとして口元を手で抑える。
けれど、そんなのはもう遅かった。
追及が始まる。
「な、成君……? 今、奈桐って……」
守さんが苦笑いを浮かべて俺に言ってくる。
さすがにその間違いはマズいよ、とでも言いたげな感じだ。
あまりにも不意に出てしまい、俺も自分でびっくりした。
同じように苦笑しながら返した。
「あ、ははは……つ、つい……」
「成ちゃん。確かに凪ちゃんと奈桐は瓜二つだけど、さすがに……」
陽子さんも遠慮がちに言ってくる。
わかってる。
単純な呼び間違いなら、これほど不謹慎なことはない。
亡くなった女の子と、今生きている別の女の子を同列に語るなんて。
でも、凪の中には奈桐がいる。
奈桐は今、生きている。
その事実が、俺に覚悟を決めさせた。
ずっと、言おう、言おう、と思っていた。
もう迷いはない。
誤魔化そうとし、作り笑いを浮かべていた顔を真に戻す。
俺は、真剣な表情でここにいる皆の顔を見渡し、やがて守さんと陽子さんの方を見つめた。
「……あの、ごめんなさい。俺、ちょっと守さんと陽子さんに伝えなきゃいけないことがあります」
「……?」「え……?」
二人は首を傾げ、互いに見つめ合った。
それからまた俺の方へ視線を戻してくれる。
「……なんかえらく神妙だね? 急、というか……。どうかしたかな?」
「言いづらいこと? 成ちゃんがそんなに改まるなんて珍しい」
「……確かにそうかもです。俺がこんなに二人の前で改まって話しかけるなんて珍しい」
葉桐ちゃんと目が合う。
彼女はすべてを知っている。
ゆえに覚悟が決まっていた。
「でも俺、奈桐が生きてる時は、よく二人に真剣な相談してた。改まってよく話を聞いてもらってたし、アドバイスだってもらってた。覚えてはない……かな?」
「それは覚えてるよ。君と奈桐は幼馴染でありながら、互いに想いを寄せ合っていた。どうやって誕生日プレゼントを渡したら奈桐が喜ぶか、想いの伝え方はこれで合ってるか、些細なことで相談に乗ってた。全部覚えてるよ」
「そうね。あの子の好きなものが何かとか、そういうことも成ちゃんによく教えてあげてた。成ちゃん、決まって真剣な顔してたものね。懐かしいわ。あの頃が」
二人と俺以外、全員が黙り込んでいる。
その表情は、どれも皆何かしらの覚悟が決まったような、そんなものだ。
「けれど、それがどうかしたかい? またあの頃みたいに何か真剣な――」
「奈桐は生きてる」
場が固まる。時が止まる。
けれどもそれは一瞬で、俺が一瞬だけにさせた。
すぐに切り出す。
「守さん、陽子さん。信じられないかもしれないけど、奈桐は生きてます」
「……え?」「……な、成ちゃん……?」
「別に幽霊ってわけじゃない。透明でも何でもないし、俺たちが今見ている実体そのもので、それは幼い見た目をしているんです」
「幼い……見た目……?」
それって……。
守さんの視線がゆっくりと俺の横へスライドされる。
先にいたのは、紛れもなく凪で。
凪は……いや、奈桐はそれに応えるように、心の底から再会を喜ぶかのような柔らかい笑みを浮かべた。
彼はそんな小さい奈桐から視線を逸らす。
そして、助けを求めるみたいにして俺を見つめてきた。
俺は、その助けを拒むように真実を告げる。
「橋木田凪は、雛宮奈桐。亡くなったあなたの娘が宿っています」
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